第4章 20 冷たい牢獄
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「……お前らが噂の不良家出少女?ま、座れよ。」
広い室内で私とシオリを出迎えた少年--No.01が目の前のソファへの着席を促した。
促されるまま、私とシオリは応接用のソファに腰掛ける。私たちが座るのを待ってから、No.04が入口横の台車に準備されたティーセットを運んできた。
「09、お前はそこで立ってろ。後で説教だ。」
「え?」
私たちの隣に座ろうとしたクロエがNo.01の声にぴたりとコミカルに固まる。
クロエを手で払って入口まで下がらせた少年が改めて私たちに向き直った。
「…はじめまして。えっと、そっちとは二度目かな?」
少年は紅い瞳で私の方をじろりと見つめた。紅い瞳孔に射すくめられる私は唾を呑むことすら出来ず蛇に睨まれたカエル状態だ。
少年の眼光にはそれほど威圧感があった。
「……あなたは?」
と、シオリが勇敢にも少年に臆することなく見つめ返した。少年はそれに取ってつけたような作り笑いを浮かべてみせる。
「09から聞かなかったか?…『ナンバーズ』の第一席…01とでも呼んでくれ。」
まるで下民に寛容な態度で接する王のように--足を組んで少年、No.01はそう名乗った。
『サイコダイブ』適性が最も高い上位十名の『ダイバー』たち…
その頂点に君臨するのが、彼らしい。
部屋の隅でかかしのように突っ立っているクロエに、No.01のすぐ後ろに控えるNo.04--
彼女らの様子を見るに『ナンバーズ』の序列もその適性の高い順のようだ。
つまり、名実共に最高位の『ナンバーズ』ということになる。
しかしそうなことはどうでもいいと、先を急ぐシオリは殺気立った様子で本題に入った。
「……私たちをここに連れてきたのはなぜ?私たちはクロエのマザーに会いに来たんだけど?」
別にこちらから会いに来た訳でもないが…訂正せず黙っているとNo.01は楽しそうに頷いた。
「クロエって……ああ09の事ね。マザーに会えるって聞いてきたと?」
「……勝手に連れてこられたの。」
「……お前らが会いたいと言ったところで、ホイホイ会えるもんでもないけどな?」
友好的な笑みを崩さず、少年はそう言った。
その一言にシオリも押し黙ってしまう。私もだ。
それくらい、その一言には威圧が込められていた。あまり調子に乗るなと--
連れてこられた訳すら不明瞭な私たちはその一言で震え上がるに十分だった。
「ま、環なんてそんなありがたがるもんでもなし……俺で我慢しとけ。」
すぐにその威圧を解いてヘラヘラと少年は笑う。私たちはピクリとも笑えなかった。
「さて、ここになんで連れてきたのか?だったか……?」
と、用意されたティーカップを口に運んで舌を湿らせるNo.01が話を先に進める。
たった一言で主導権を握られた。もう下手に口を開くことすら出来ない雰囲気だ。
表面上は友好的で笑顔すら見せているが、その底に隠すことなく抱えている不気味な本性を、私たちはたった一言で感じ取ってしまった。
「お前さんらがなんでここにいるのかの方が疑問だがな……お前らのマザーは自由な外出を許可しているのか?」
冗談めかしたNo.01の追求に冷や汗が滲んだ。口調からしてジョークだと理解出来ても、彼の糾弾していることは事実なのだ。何も言い返せなかった。
「まぁいいや、話が進まん。…ここに来た理由…用があったのはお前らなんじゃないのか?」
すぐにおどけてみせるNo.01に私とシオリはようやく顔をあげた。
「私たち……?」
「お友達に会いに来たんだろ?」
シオリに対してにやりと笑うNo.01に、向かい合ったシオリの表情に血の気が戻る。
というか戻りすぎる。あっという間に頭に血がのぼりだした。シオリは意外と短気だ。
「……あなたっ」
「ここにいるぞ?」
No.01のその一言は、今日何度目になるかの衝撃を私たちに叩きつけていた。
「…ここに、いる?」
「俺らもなんだよ。」
疑問符をつけてその台詞を反芻する私を無視して、No.01は肩をすくませ困ったというジェスチャーをしてみせる。
「俺らも花梨に会いたくて会いたくて仕方なくてな…だがあいつの母親は過保護が過ぎてよ……とうとう娘を取り込んで眠りこけちまった。」
No.01の言葉の端々に見え隠れする不穏な空気は、シオリを必要以上に刺激するには十分だった。
それでも彼女はここで感情任せになるほど愚かでもなかったようだ。
「……一体どういうこと?ちゃんと、説明して欲しい。」
「はっ!」
シオリの要求にNo.01は鼻で笑って返す。
「説明が欲しいのはこっちなんだがな…お前ら、あの夢に潜って帰ってきた唯一の生存者だ。是非あそこでの体験を聞かせて欲しい。」
「……あなた達は、花梨で何をしようというの?」
私もNo.01に噛み付いた。今までの言動からして、『ナンバーズ』が花梨に対してよからぬ事を企てていることは明白だった。
「……知ってどうする?」
しかし、No.01から返ってきた返答はあまりにも冷たいものだった。
「お前ら花梨に会いたいだけだろ?会えればいいんだろ?こっちの事情が関係あったか?」
「……っ!お前……っ!!」
「シオリっ!」
立ち上がろうとするシオリを制して、私は務めて冷静にNo.01と向き直った。
「事態の原因がそちらにあるなら、重要な問題だから…それとも、話せないような事情なの?」
「ああ。」
私の問いにNo.01は驚くほどあっさりと正直に返してきた。
「とても公には出来ないような話だ。お前らも聞かない方がいい。後悔するぞ?」
……こいつ。
掴みどころのない言動はクロエと変わらないが、クロエのそれとは比較にならない邪悪を内包している。
「話が脱線しすぎたな…本題だ。お前ら花梨に会いにここまで来たんなら、会ってくればいい。ついでに、連れて帰ってこい。」
と、尊大な態度でNo.01は命じるように私たちに言った。
「お前らが花梨を夢の中から引きずり出せ。」
※
--実際に見せてやる。
No.01はそう言って椅子から立ち上がった。
私たちを置いて部屋を出ていくNo.01。突然取り残される私たちは、No.04に促されて彼の後を追いかけた。
No.01は階段を降り、一階の正面階段の裏に回る。
階段の裏手に隠れた一階奥の通路をつかつかと早足で進んでいく。私たちを待つ気は皆無だ。
通路は広く、装飾が施された壁には等間隔で燭台が設置されていた。まるで中世の屋敷だ。
実に時代遅れな照明に照らされた長い通路には、左右に等間隔に部屋が並んでいる。
そのうちの一つの前でNo.01は立ち止まった。
木製の扉は押し開くとギギギと立て付けの悪そうな音を立てて、ぽっかり開いた口みたいに真っ暗な室内を覗かせた。
「…灯り。」
No.01がそう言うと、慌てた様子でNo.04が蝋燭立てを手に先に入室した。
ぼんやりと橙色の明かりに照らされた真っ暗な室内で、なにかの影が浮かび上がった。
それは寝台に寝かされた二人の人物だった。
一人は女性--毛先がカールした長い茶髪をベッドの上に広げ、そのこめかみには見慣れた装置の線が繋がれている。
化粧っ気こそなかったが私にはそれが誰だか分かった。
橘秋葉--花梨の母親。
真っ暗な牢獄のような狭い室内で、『サイコダイブ』導入機に繋がれて死人のように眠っていた。
もう一人は男だ。
年齢は私たちより少し上か…大柄な体躯の青年で髪の毛は赤毛だ。肩あたりまで伸びた男性にしては長い髪に、顔の堀は深く、その寝顔は整っていた。
彼もまた橘秋葉に並ぶように寝台に寝かされ、『サイコダイブ』導入機に繋がれていた。
「…こっちは知ってるよな?」
と、寝台に歩み寄るNo.01が秋葉の頭を乱暴に叩いた。
「…誰?」
「花梨のお母さん。もう一人は分からない。」
私の返答にシオリの表情が硬直し、やがて殺気によって険しくなっていく。




