第4章 17 眠り姫の寝室へ
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それ以上、この場でクロエが話すことは無かった。
重い空気の車内で一時間と少々。
私たちは東京駅に着いていた。
「ん〜っ。結構かかった気がするなぁ。やっぱ電車はしょうにあわん!まぁ、これでも昔に比べてだいぶ早くなったけどな〜。路線も増えたし…昔は四時間くらいかかったんだぜ?」
と、クロエが言いながら大きな伸びをひとつしながら昔話をしてくれる。
「知ってっか?昔は路線一本しかなかったんだぞ?」
「……それ、二十年くらい前の話ですよね?」
まるで当時を振り返るような口ぶりのクロエを私はあしらった。高校生のクロエはまだ産まれてない頃の話だ。
クロエの昔話は聞き流して、改札を出た私たちは広い構内をクロエに着いて外に出る。
駅の構内は一階だけでも広く、平日の昼前にもかかわらず多くの人でごった返していた。
駅の外に出るとクロエは私とシオリの方に振り返る。
「さて!これからどうする?」
と、分かりきったことを尋ねてくる。
しかし、クロエの“これからどうするか?”という問いは、どこへ向かうかという意味ではないだろう。
「……花梨のいる場所、知ってるんでしょ?」
「うん。」
クロエを射抜くシオリの視線にクロエはあっけからんと頷いた。その態度に一切動揺や良心の呵責はないようだ。
--……ごめんな。
花梨は無事なのかというシオリの問いに、クロエはただそう返した。
予感はあった。だからこそ、私は今日急いで行動を起こした。
しかし、それでもいざ言葉にして突きつけられたその現実に、私は少なからずショックを受けた。
--それはシオリの心を案じてか、見知ったクロエという人物が明確に私の目に“悪”として映ったからなのか、はたまた私自身が花梨を案じているからか……
それはよく分からなかった。今はっきりさせることでもなかった。
ただ、このまま花梨のところに向かう前にはっきりさせることがある。
--花梨は今どうなっているのか。
状況次第では、シオリに会わせるわけにはいかなくなるかもしれない。
…シオリの精神は病み上がり、下手なショックを与えると取り返しのつかないことにもなりかねない。
なので私はシオリを再び制して、クロエに尋ねた。
「…花梨は今、話せる状態ですか?」
「いいや。」
クロエの返答にシオリが後ろで目を見開いた。
「……それって、」
「…ヨミ。」
追求する私に後ろからシオリが声をかけてくる。私の肩に手を置いて下がらせる。
「……ここまで来た。私は行くから。」
「……っ。」
「……ごめん。迷惑かけるかも……」
今更なシオリの謝罪に私は閉口する。
ここまで来て会わずに帰るなんて確かに骨折り損だが……
いいのか?本当に……
「んじゃ、行くか。」
私とシオリと向き合ったクロエが淡々と告げる。決断を急かすような彼女のどこかさばさばした態度に私は少なからず苛立ってきた。
「……どこにいるの?」
「病院。」
シオリに返ってきたクロエの返答に私はまたしてもショックを受ける。
いや、いつまでもそんなことではしょうがない。覚悟はしていたことだ。
私が平静でいなきゃ…シオリに何かあった時対処出来ない。
クロエは私たちを引き連れてタクシー乗り場に向かう。
駅の前で客を待っているタクシーの一台に乗り込んで、クロエは行き先を告げる。行き先は新宿だった。
道中は二十分くらいとの事で、車内には重い空気が流れはじめた。
「病院シオリはさ〜、」
思い沈黙を破ったのはクロエだった。
相変わらず間の抜けた声音でシオリに問いを投げた。
「…もし花梨が目を覚まさなかったら、どうする?」
その質問は、シオリの神経を逆撫でするには十分過ぎる内容であることに間違えないかった。
「……どういう意味?」
「シオリ。」
殺気立つシオリを抑え込んでクロエに抗議の目を向ける。当のクロエは窓の外の景色に目を向けており質問の答えにすら無関心な様子だ。
「……いいよ、分かった。」
「何が分かったって?」
呟くように言ったクロエにシオリがいよいよ殴りかかりそうな勢いだ。バックミラー越しに目が合った運転手が後ろのただならぬ空気に様子を伺っている。
「きみが友だち思いってこと。」
次の瞬間クロエの口から飛び出した台詞にシオリの毒気が抜けた。
予想してなかった反応だったのか、そのままシオリは大人しく座席に腰を下ろす。
「……分からない。」
そして、誰にでもなくぽつりと、心の中を吐き出した。
「……本当はなんにも覚えてない。友達だったのかすら、分からない…ただ、謝らなくちゃって思ってる。私はあの子を傷つけたみたいだから。…そしたら、気づいたらこんな所まで来てた。」
「……ふぅん。」
心中を吐露するシオリに対して、クロエの反応は至極冷たいものだった。
自分自身の感情を理解出来ず困惑するシオリにクロエはただ一言--
「…謝れるといいね。」
他人事みたいに--いや、彼女にとっては他人事なのかもしれないが…
彼女はただ一言シオリにそう言った。
※
--やってきたのは大きな総合病院だ。
見上げるほど高い建物に、広大な敷地。駐車場だけで下手な学校のグラウンドより広そうだ。
敷地内には緑も多く、玄関に向かうまでの道すがら眩しい新緑が私たちを出迎えてくれた。
平日だというのに人でごった返した受付で、クロエが何やら手続きを済ませている。東京はどこに行っても人が多い。
人の多さはそれだけ病院の規模が大きいことを表している。そしてそれは、そのまま不安材料となって私とシオリにのしかかってきた。
……ここに花梨がいる。
花梨がこの病院にいる訳--そして、あの時の『サイコダイブ』に現れた訳……その理由がここで明らかになるはずだ。
得体の知れない不安感に、私は先に進むことを躊躇われる。
が、シオリが進むと決めた以上、私だけ退く訳にはいかない。彼女をここまで連れてきたのは私だ。
「おまっとさん。んじゃ、眠り姫に会いに行こか?」
受付を済ませたクロエが待合場の長椅子に座る私とシオリの方に戻ってきた。その手には入館証が握られていた。
クロエからそれを受け取ると、私たちはクロエの後に続き、受付の方に向かって歩いた。
「……?どこに行くんです?」
尋ねる私にクロエは答えず、受付の向こう側に入っていく。
関係者意外立ち入れないエリアに堂々と踏み入るクロエは、そのまま細い通路を抜けてエレベーターの前までやってきた。
一般用のエレベーターと違い、飾り気のない荷物運搬用の様なエレベーターに乗り込んで、クロエは地下五階を選択する。
……地下五階。やっぱり、普通の入院患者ではないか…
エレベーターがぐんぐん降りていき、すぐに目的階に到着した。
エレベーターの扉が開き、私たちの視界に暗い通路が広がった。
明かりは頼りない蛍光灯の弱い光が等間隔に灯っているだけで、通路の先は見通せない。
壁はコンクリートの打ちっぱなしで、暗い通路と相まって冷たい雰囲気を漂わせている。
人目につくことを前提にしていない造りだ。
「……ここに花梨が?」
「そ、着いといで。」
シオリに返したクロエは薄暗い通路を迷うことなく突き進んでいく。その足取りは慣れた雰囲気を感じさせ、何度も足を運んでいることを言外に物語る。
暗い通路は長く、病院の敷地外まで出てしまうのではないかと思う程続いていた。とにかく狭い一本道をひたすら歩いた私たちを出迎えたのは、分厚い金属の扉だった。
どこか古臭さを感じさせる飾り気のない通路とは反対に、時代の最先端を感じさせるセキュリティロックがかけられた鋼鉄の扉だ。
固く閉ざされた扉はその先に守るものの重要性を物語る。
クロエは慣れた手つきで扉の隣の液晶にパスワードを入力し、入館証を押し当てた。
ロックが解除された扉は自動で開き、私たちを招き入れる。
一歩足を踏み入れた先は、別世界が広がっていた。




