第4章 15 寄宿学校からの脱出
「……っクロエ…先輩!?」
「えっ!?」
私がその名を口にすると、シオリが目を見開いてその少女を見やる。
黒いスーツに二つ結びの髪の毛。手首のシュシュにネイルアート……
こんな生徒は他に居ない。見間違えようのない少女の姿に私は困惑した。
「こーんな所で何してんさ?ん?」
私とシオリの顔を交互に見てクロエが尋ねてくる。いつも通りの間の抜けた対応だが、彼女のの真意が測れない。
このタイミングで現れたのは偶然ではない気がする…
「……あなたが、クロエ?」
「う?ウチも有名人だな。ヨミの友達?」
馴れ馴れしいクロエの腕を振りほどいてシオリが逃げるように離れた。先輩に対しても相変わらずな彼女の態度に、クロエは気を悪くする素振りも見せない。
「……高等部一年のシオリです。一緒に『ダイブ』しました…」
シオリに代わりクロエに紹介してやる。私の警戒して表情にクロエが可笑しそうにくすくすと笑った。
「知ってる知ってる。例の『サイコダイブ』っしょ?噂になってんぞー?うちの学舎じゃ唯一の生存者だから?」
と、クロエがからからと笑った。全くよく噂にされるものだ。
「見舞い行こうと思ってたんだけどさ…身体はもういいの?」
「…お見舞いも理事長のお使いなんですか?」
と、私はクロエを見つめた。
彼女が根っからの悪人--とは私は思えなかった。たとえ彼女が花梨に“何か”したのだとしても…
それだけに自分のとげとげした物言いには少なからず良心が傷んだが、ここで躊躇って足踏みしてもしょうがない。
--ここまで行動したのだ。もう退けない。
「……あはは。いいや、言われてねーよ?」
困ったように眉根を寄せてクロエが笑ったが、その表情に一瞬陰りが見えたのを見逃さなかった。
「言われてないけど…あの夢で何見た?」
そしてその陰りを隠すことなく、彼女はストレートにぶつけてきた。
「……っ。」
私から(私の先入観が多分に含まれた)話を聞いていたシオリは、クロエの言葉にますます警戒を強くした。そして、それは私も同じだった。
ここは勝負どころだ。
私はクロエは公私を混同する程度には馬鹿だと思っている。けれど、超えてはいけない一戦くらいは心得ているだろうとも思う。
なので賭けだった。
「……『サイコダイブ』の話が聞きたいなら、私のお願い聞いてくれますか?」
「うん?」
勝算は低い。が、私は行けると信じてみた。
「外に出たいんです。手伝って欲しい。」
「いいよ〜。」
私の提案にクロエは驚くほどあっさり首を縦に振った。
あまりの呆気なさに私もシオリも呆然と惚けて固まった。そんな二人にクロエは意地悪な笑顔を向けてくる。
「なにさなにさ?散々文句言っといてなんだかんだで、癖になったか?ん?ヨミも不良だなぁ。で?どこ行くの?」
……この人がどこまで本気か分からない。
あの日私に見せたクロエの仮面の底の得体の知れない表情が、私の脳裏に浮かんでくる。
この人を信じてはいけないと、関わるべきじゃないと、本能がそう言っているけれど……
ここまで来てビビってもいられない。
私は、シオリを花梨に合わすと決めた。たとえ、『ナンバーズ』が花梨に何をしようと…
「……行先は外に出てから。」
「……ヨミ?」
後ろからシオリが心配そうに声をかけてくる。私はそれに、大丈夫と笑いかけた。
「オッケオッケ〜。ウチも行っていいってことな?いいね!三人で遊ぼ!南青山行こ!ウチ、ヴィトンの新作めっちゃ欲しい!」
こちらの目的を知ってか知らずか、南青山なんて言って勝手にテンションをあげてくるクロエに私は嘆息をひとつ。
「南青山には行きません。遊びに行くのではないので…」
「いいじゃんちょっとだけ!てか、着替えてきていい?」
「ダメです時間ないので。」
「なんだよ〜。」
むくれて唇を尖らせるクロエを引っ張って私は正門に向かって歩き出す。
「え?ホントに出れるの?」
私の外出の話を聞いていたはずなのに、やばりまだ半信半疑のシオリが普通に正門に向かう私とクロエに声を投げる。
「ん〜。おねーさんに任せなさい。」
「あと、外出がバレた時のことも…お願いできます?」
得意げな声クロエに私はさらに図々しい願いを申し出る。これに関しては私がというよりシオリの方のことだった。
バレる覚悟はしていたので、叱責された時は私がシオリを無理矢理連れ出したということにするつもりだった。実際、提案したのは私だ。
だがもしクロエがまた守ってくれるなら……
「ん?オッケー。ウチのせいにするってことでしょ?いーよ?」
あっけからんとクロエは笑って私の頭を撫で回す。
言っていることはそういうことなのだが、実際言葉にするとかなり申し訳ない。
「ただし、用が済んだらショッピングな?」
「……分かりました。」
クロエは器が大きいのか馬鹿なのか本当に分からない。
なんて考えていると、私の頭に手を置いたクロエが立ち止まる。
「……?」
歩みを止めたクロエを見上げると、彼女の表情はほんの少し不安げだ。私を見つめて眉間に皺を寄せている。
「……クロエ先輩?」
「あ〜、いや…」
と、声をかけるとバツが悪そうにクロエはいつもの表情に戻って笑った。
「いい子だなぁって、思ってさ……」
「?」
なんの脈略もなく突然様子が変わったクロエに私は僅かな不安を感じながら首を傾げた。そんな私にクロエはいつも通り笑いながら……
「……あんま無理はすんなよ?」
妹に語りかける姉のような優しい口調でそう告げた。
※
正門に辿り着くなり、守衛が私たちの前に立ちはだかったが、クロエの顔を見るなり恭しく頭を下げて引っ込んだ。
「開けて。」
正門を指さしながらクロエがそう告げる。守衛は困惑気味に後ろの私とシオリを見てから「この二人は?」と尋ねる。
「同行者。だめ?」
可愛らしく首を傾げるクロエに守衛はビクリと肩を震わせて守衛室に引っ込んだ。
守衛室の中で同僚と「どうなっても知らんぞ。」と言い合いながら、大きな正門を開けてくれる。
「お疲れ〜。」
年配の守衛二人に手を振りながら、クロエは堂々と正門から敷地外に歩いていく。私とシオリもその後に続いた。
「……え?まじ?」
実にあっさり二度目の脱走を成し遂げた私の横で、後ろを振り返りシオリが目を丸くして立ち尽くしていた。
後ろでは既に門が閉まりつつあり、本当に寄宿学校からの脱走に成功したことを現実として告げていた。
対して私の方は感動はない。だって二度目だし。
二回も脱走かぁ……しかも堂々正面から。不良というかVIPだな。
「うしっ!外だー!どこ行くー?」
よく分からない感慨に耽っているとクロエが大きく腕を突き上げて歓声をあげる。
「……東京に行きます。」
私の返答にクロエは驚いた様子もなく、まぁそうだろうなといった表情で頷いた。
「よしよし。んじゃ駅まで行くか〜。歩くのはかったるいからタクシー拾お。」
と、私たちを置き去りにクロエが走り出す。当然動き出す奔放なクロエに私とシオリも慌てて後を追いかける。
……この人、足早っ!
私たちが息を切らして追いつく頃にはクロエは捕まえたタクシーに乗り込んでいた。私たちも慌てて飛び乗った。
「……今回は飛行機じゃないんですね。」
と、運転手に行き先を告げるクロエに私が肩で息をしながら冗談を飛ばす。いきなりプライベートジェットを用意しろなんて方が無茶な話だ。
「あ〜、空の旅がいい?準備しよっか?」
と、私の冗談を真に受けたクロエが電話のジェスチャーをしながら真顔で問いかけてきた。
どこまで本気か分からない。今から用意させれば飛べるというのか?
『ナンバーズ』って本当に何者なんだろうかと、私は怖くなった。




