第4章 14 深すぎる代償
いつまでも惚けてもらっていても困る。
「会いたいんでしょ?花梨に……急ごう。」
「…なんか、考え無しというか…もしかしてバカ?」
なんて失礼なことをいう子なんだろう。
「会いたい会いたいって、口で言うだけじゃ、なんにも始まらないよ?」
背中を押すために口にする私の台詞に、シオリが目を丸くして固まる。しかしそれも一瞬で、次の瞬間には吹き出していた。
……笑った。
彼女が笑うところなんて想像がつかなかった。花のように可憐な笑顔を咲かせた彼女に今度は私が惚けて固まる番だ。
「…すごいね。あなた……まるで漫画の主人公だ。」
何がそんなにおかしいのか声を震わせて笑うシオリに私はなんだか顔が熱くなる。
「…漫画とか読まないし…分かんない。」
私の反応が面白かったのか、シオリはさらに破顔して笑った。
「…そっか。」
「〜っ!」
……もしかしてバカにされてます?
「…と、とにかく!東京行くにはお金いるから!まず寮に財布取りに行くよ!いい?」
くすくすと声を殺して笑うシオリを蹴飛ばして私は先に歩き出す。目に涙を浮かべたシオリがその後を遅れてついてくる。
とにかく、マザー達に見つかると面倒だ。慎重に進まないと……
「…ねぇ。」
「なに?無駄口叩いてる暇無いよ?」
後ろから隣に並んでくるシオリに対して目も合わせずに毅然と返す。そんな私にシオリは柔らかな声で言葉を投げた--
「ありがと--」
私はシオリの顔を見なかった。けれどきっと、その顔には花のような笑顔が咲いていただろう--
--寮に行くためには学舎を経由する必要がある。
そして、授業中の学舎は当然生徒ととマザー達で溢れかえっている。
私たちはその中を気付かれずに通過する必要があった。
「…なんか、スパイか怪盗にでもなったみたいだ。」
「ノリノリだね……」
楽しそうなシオリを横目に、私は学舎の玄関を避け回り込む。
学舎の一階、廊下の窓の前まで気付かれずに辿り着くことが出来た。
花壇の花を踏まないように気をつけながらしゃがみ窓を開く。廊下の窓は基本施錠されていないので、簡単に学舎内に侵入出来た。
廊下に降り立ち、辺りを見回す。誰もいない。
「…結構簡単に入れたね。」
「そりゃあ…ね。」
「この学校のセキュリティは日本一って触れ込みだけど…」
守りが固いほど中からは脆いものだ。そもそも、部外者の侵入がほぼ不可能ならば、中を固めても意味が無い。
……というか口数増えたなぁ。
私とシオリは、足音を立てないように廊下を走る。
トイレの角を曲がると教室が並んだ廊下だ。ここは慎重に行かなくてはいけない。いくら制服姿でも、授業中に廊下をうろついている生徒は目立つ。
教室の窓から見えないように、しゃがんで教室の壁に引っ付いて私たちは廊下を抜ける。傍から見たらすごく間抜けな光景だ。
この先真っ直ぐ行けば中庭の渡り廊下だ。そこを抜ければ寮につく。なるべく外を経由したので早い。
「ストップ。」
角を曲がって一気に進もうとする私をシオリが制する。
「?」
「…この先は私のクラスの教室がある。」
小声でシオリがそう告げた。
「問題ない。このままいく。」
「…いや、多分…」
と、腕時計に視線を落としながらシオリが角の向こうの廊下を伺う。
次の瞬間、教室の扉が開いて生徒たちの騒がしい声が廊下に響き出した。
「……移動教室なんだ。」
なるほど……シオリが止めた理由を理解した。
この生徒達を抜けるのは骨だ。まして、シオリのクラスメイトがいるのでは、シオリはほぼ確実にバレる。
移動教室外だろうか?続々と生徒たちがこちらに向かって歩いてくる。
一旦外に出ようと私たちは廊下の窓に手を伸ばした。
「っ!?」
窓を開けて外へ脱出--私たちの思惑は外を歩く人物に邪魔された。
窓の外から見える敷地内を歩くのは、寮監--マザー小林だ。
腰を曲げてよたよた歩く寮監は手にジョウロを持っている。きっと花壇に水やりでもしに来たんだろう。
まずい、今でたら確実にバレる……
もたついているうちに生徒の群れがすぐそこまで迫っている。万事休すか?
「…一か八か。」
冷や汗ダラダラな私の横でシオリが意を決した。何が妙案が浮かんだか?と隣の彼女を見やる。
私の隣でヘアゴムを取り出したシオリは、素早く自分の長い髪をふたつに結んだ。
……え?
そのまま堂々と、角から出てくる生徒の群れの先頭に混じるように、生徒の間を抜けていく。
ただ髪型を変えただけ--変装とも呼べないお粗末なカモフラージュで、自然と生徒たちに紛れ込んだ。
慌てて私も後に続く。
固まった生徒たちの間に入り込めば、進行方向が逆でも案外気づかれない。制服姿に加え、私の顔を知るものは他クラスにはまず居ない。赤いメッシュをさりげなく手で隠してやれば私はただの地味な通行人だ。
流石にクラス担任のマザーの隣を通過する時はヒヤヒヤものだったが、それよりヒヤヒヤさせたのは前を行くシオリだ。
シオリの所属するクラスなら彼女が今日ここに居るはずがないことは承知だろう。もし気づかれたら言い逃れできない。
しかし、堂々と歩くシオリの存在に誰一人気づくことなく、私たちは難所を突破した。
「……。」
「……。」
生徒の群れを抜けてから髪を解くシオリに私はなんだか複雑な気持ちになっていた。そしてそれは彼女も同じだろう。
「……気づかれなかったね。」
言うべきでないと思ったが、なんだか言わないとかえって可哀想な気がして、明るいトーンで私は言った。
「……ちょっと髪型変えただけなのにね……」
言ってしまった。
「…誰も私の顔、覚えてない……」
「いやいやいや、人混みに紛れたら誰だってそうだって!それに、髪型ひとつでだいぶ印象変わるし?」
私にはシオリの気持ちがよく分かった。とても分かった。
普段から他人との関わり合いを欲していなくても、だからといって存在を認知されていないとショックを受けるものだ。
同時に彼女が普段クラスでどんな風に過ごしているのかも何となく分かった。
「……。」
「……行こっか?」
最大の難所を抜けて、その代償はあまりにも大きく--私たちは中庭を抜けていった。
ちょっとだけ、病み上がりの彼女の精神が心配だった。
※
無事寮にたどり着いて財布をゲットした二人は、寮の窓から再び外に出ていた。
「……東京までっていくらくらい?」
「…さぁ?」
お互いの財布の中身を見合って、中身が十分に潤っていることを確認する。
キャッシュカードもあるし金銭面はこれで解決。
問題はこれからだ。
「…敷地外に出るのが一番の難関か…」
「策は?」
「ない。」
言い切る私にシオリの視線が冷ややかだ。なんだねその目は?
「……なにか考えがあったから抜け出すとか言い出したのかと思った。」
「ない!」
再び強く言い切る私にシオリはいよいよ呆れた表情だ。
「……ここから東京までは新幹線で大体二時間かかるかかからないかくらい……行って戻ってくる時間を考えると私たちが抜け出したことは絶対バレる。」
私の言いたいことを察してシオリが返す。その表情にはもう不安しか見て取れない。
「……つまりもう、バレる前提で強行突破すると?」
ここまで来ればあとはもう外までダッシュだ。
実に勝算の低い賭けではあるが、私の頭ではここの警備システムに引っかからずに突破する方法は思いつかなかった。
「……正門まで走って飛び越える!以上!」
「……無茶な。飛び越えられる?守衛もいるし……」
全く乗り気でないシオリを叱咤して私は覚悟を決めた。
シオリも私の覚悟に応える決心をしたようだ。非常に大きなため息を吐きながら頷いた。
「……やろう。」
「--なにをやんのさ?」
決意の眼差しを交差させる私たちの背後から、気の抜けた声と共に体重がのしかかってきた。
「っ!?」
「…え?誰!?」
二人の肩に両腕を組むその人物の声に私はぎょっと目を見開き、シオリは驚いた様子で固まった。
「ちッス、一年たちよ。」
私たちの肩を組んで捕まえていたのは、『ナンバーズ』のNo.09--クロエその人だった。




