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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第4章 忘れてはいけないもの
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第4章 12 謝りたいの

 


  --夢で出会った女の子。


  シオリの言葉に私の予想は間違っていなかったと、心の中で嘆息する。


  ……やっぱり、花梨はあの夢の中にいた。


  つまりは、何らかの事態に巻き込まれたというわけだ。全く好ましくない予想の的中。


  「……やっぱり、知ってるんだ。」


  どこまで話していいのやら、と私は思案する。

  花梨の件は『ナンバーズ』が関わっている。シオリにそんなことを話したところでなんにもならないし、巻き込むことになりかねない。


  「…あの子のこと、知ってるの?」


  しかし、確信にも似た予測のもとシオリは私を問い詰める。鬼気迫る視線の圧に思わずたじろいだ。


  「知ってるなら、教えて。ずっと……探してたの。」


  --次の瞬間にシオリの口から飛び出していた台詞は私の予想外のものだった。


  「…探してた?」


  --花梨のことを知っている?しかも、探していた?

  首を傾げる私にシオリは僅かに逡巡しながらも概要を話してくれた。


  「……私の昔の思い出に…ずっとあの子が出てきてた…『サイコダイブ』の最中、気を失った時もあの子が記憶の中に出てきた。」

  「……昔の思い出。」

  「ずっと記憶の中で私に声をかけてきてた…何言ってるのか分からないだろうけど……とにかく、知り合いみたいなんだ。」


  遠い昔の記憶の中でだけ、出会っていた女の子--


  シオリはなんと説明したものかと言葉を巡らせていた。意図が伝わっているのかと不安そうにも見える。

  しかし、彼女の言っていることは、私にも良く理解出来た。


  --朧気な記憶の中でだけ、目を閉じたその瞬間だけ……

  きっと彼女は出会っていたんだ。

  私が出会えなくなってしまったあの“笑顔”--

  シオリは、出会ったんだ。あの夢で--


  「……忘れかけてた昔の思い出にいた女の子が、あの花梨だったってことだ。」

  「…花梨って、言うんだ。」


  私がシオリの言いたいことを要約する。花梨という名前にシオリは反応を示した。

 

  「…花梨は友達なの?」


  私がそう尋ねると、シオリは「友達?」と不思議そうに眉根を寄せて、困ったような表情で天井を仰ぎ見た。

  意外と表情が豊かだと、私は出会って間もないシオリの特徴を見つけてそう思った。

 

  初対面の私たちには冷たい対応で、感情を表に出すことも珍しそうだが、楽しいことには普通に笑顔なんかも見せてくれるのだろうか……


  「……友達だったのかは、覚えてない。」

  「そう、なんだ……でも、会いたかった人なんでしょ?」

 

  ずっと探していたとシオリは言った。大切な人なのではないのか?


  「…私の記憶の中では私のことを(なじ)ってた。」


  私の問いかけにシオリは淡々と返した。


  「…そうなんだ……」

  「謝りたいの……」


  私の方を真っ直ぐ見つめてシオリは訴えるようにこちらの目を見る。彼女の茶色い虹彩から強い意志を感じた。


  「…どうしても、言いたいことがある。」

  「そっか……」


  喧嘩別れでもしたのだろうか?

  しかしそれについてこれ以上詮索する必要はない。私は彼女の思い出にそれ以上踏み込むことはしなかった。


  「もし、あの子のことを知ってるならなんでもいいから教えて欲しい。」


  こちらに身を乗り出すシオリの勢いに思わず私はその分上体を仰け反らせて距離をとる。


  同時に、話が複雑になってきたことも直感した。


  そういう事情なら、彼女には説明しなければならない。そのうえで、確かめる必要がある。

  そのためにまずお互いの情報を共有する必要がある。

  --私は覚悟を決めるように息を吸い込んだ。


  「……花梨のことは、そんなに知らない。」


  前に一度、出会った程度だと、前置きしてから……


  「--ただ、会いたいっていうことなら、どこにいるかは知ってる。」


  --会えるかどうかは、別の話だが……




 ※




  --私は、花梨との出会いと、その過程で起きたことをシオリに一から説明した。


  私が『ナンバーズ』のクロエと知り合いであること。

  彼女に連れられて東京に行った時出会ったこと。

  名前は橘花梨であること。

  母親は『サイコダイブ』導入機を造っている会社の社長であること。

  どうやら『ナンバーズ』は花梨本人に用事があったらしいこと。


  --シオリは『ナンバーズ』がなんなのか知らない様子だったのでそれについても私の知り得る情報を一から教えた。


  話を聞き終えたシオリは情報を処理しきれない様子でしばらくぼうっと固まっていた。


  「……かなり、突拍子もない話だけど。」

  「…つまり、」


  シオリは自分の理解を整理するように口に出して反芻する。


  「東京でたまたま出会った女の子が、花梨で……そして私の知り合いだった。」


  たまたまなのかは、よく分からない。

  クロエが私を連れ出したのが気まぐれだと言うのなら、たまたまなのだろうが……


  「…で、なんでその花梨が夢の世界に……?」


  シオリは私と同じ疑問点に行き着く。まぁ当然だ。


  しかし、彼女が花梨のことを知っているとなると、事情も少し変わってくる。

  --つまり、あの花梨は本物なのかということだ。


  「……仮説だけど、あの世界にいた花梨は現実では無いのかもしれない。」


  シオリの疑問に私はひとつの仮説を立てる。


  「……どういうこと?」

  「あの夢の世界で見た花梨は花梨自身の精神体じゃなくて、私たち二人の記憶が統合されて反映されたものなのかも…」


  私かシオリの、あるいは二人の記憶が何らかの拍子で夢の世界に介入することで、夢の世界に反映されたのではないか?


  私もシオリも、精神攻撃を試みていた。


  夢の主に対して、私たちのほうから感情や記憶を流し込む精神汚染。

  それが成功していて、夢の世界への精神攻撃として花梨が反映されたのではないか……


  そんなことが起こりうるのかは分からないけれど……

 

  「……それはないと思う。」


  と、シオリはそんな私の推察をあっさり否定した。


  「……私が覚えてた花梨は、まだ小学生くらいの頃だったから。」


  夢の中で出会った花梨は高校生……私が知っている花梨の姿だった。つまり、シオリにとっては初めて見る花梨の姿だ。


  「つまり、私の記憶から流れ出した花梨じゃない……だとしたらあなたの、ということになるけど……たった一回会って話した程度の花梨が、あなたの記憶からわざわざ飛び出してきたとは、思えない。」


  あの局面で無意識に私の記憶から流れ出て夢の世界に干渉する程、花梨は私にとって大きな存在では無い--


  シオリの指摘は的を射ていた。

  たしかに、あの時花梨のことは、頭になかった。

  もし、記憶の中のものが夢の世界に具現化するなんてことが起きたなら、あの局面ではきっと、私の中でトラウマとして膨れ上がっていた“あの人”が出てきたはず……


  「…たしかに、そうかも……」

  「あの時、花梨はあそこにいたんだ……夢の世界に…」


  それにと、シオリはさらにあの時の『サイコダイブ』の異変を指摘した。


  「…花梨が出てきた時、あの夢の敵の動きが止まった。…おかげで私たちは助かったけど、見方によっては……」

  「花梨が助けてくれたって?」


  それもまた突拍子のない推察だが、花梨が現れた瞬間、私たちは『サイコダイブ』から戻された。


  私たちは『サイコダイブ』の接続が切れず、戻って来れなかったのだという。


  ……それを花梨が切ってくれた?


  --こんな所に来ちゃダメ……


  夢の中で花梨が口にした台詞が、私の中に今だこびりついている。

  たしかに、状況から見てそう考えられなくもない……かもしれないが……


  「…『ダイバー』でもない花梨が夢の世界に存在できる方法は…」

  「あれは花梨の夢だった?」


  シオリが私と同じ結論に至る。


  「……もしくは、夢の持ち主が花梨を知っていて、無意識に出てきたか……花梨は『ダイバー』だったのか……」


  夢の持ち主の記憶の一部だとしたら、あの花梨も悪夢の一部だ。

  その夢が、私たちを見逃したとは考えにくかった。そしてそれ以上に、花梨が『ダイバー』だという可能性も低いだろう。


  「…『ナンバーズ』っていうのは、花梨になんの用事があったんだろう。」


  シオリの呟きはこの問題の根幹を成す重要な部分であることはほぼ確定している。

  しかし現状、それを確かめる術はない。そして、もっと言うなら、その真相を確かめるのも、後回しでいい。


  「……とにかく、シオリは花梨に会いたいんだ。」


  私は呟いた。そう、それが今最も重要なことのはずだ。


  「……え?」

  「だって、そのためにわざわざ私に会いに来たんでしょ?」


  シオリの驚いた表情に、私は返す。わざわざ私の安眠を妨げるほどの要件だ。

  きっと彼女が花梨に伝えなければいけない謝罪とは、それ程重要なことなのだ。


  「……どうするの?いや…それは別にあなたに関係は……」

  「ん?折角手がかりを持ってる私が自分から歩み寄ってるんだけど?」


  私自身、心の底で花梨のことが気になっていたのだろう。

  そうじゃなきゃ、こんなお節介はしない。私はきっと、そんなお人好しじゃない。


  「……手伝ってくれるの?」

  「会いたいんでしょ?まぁ、シオリが諦めるって言うんなら別にそれでいいけど……」


  理解できないといった表情のシオリに私は決断を託す。

  きっと、私にもできることはある--それをしてやるべきかは、終わった後で考えてもいいだろう。


  「……理解できない。」

 

  と、シオリは目を丸くして呟いた。そんな表情も見せるんだと、彼女の情緒に人間味を感じて私はなんだか安心した。


  「……あなた、相当にお人好しなんだ。」


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