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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第4章 忘れてはいけないもの
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第4章 11 突然の見舞人

 

 ※




  --私が『サイコダイブ』から戻ってくるまでに、四日もカレンダーの日付が進んでいたようだ。


  コハクが呼びに行った藤村先生と入院棟の職員が、大慌てで私の病室に駆け込んでくる。


  なんだか見慣れた光景になってしまった。この短期間に二度もここのベッドに横たわることになるとは……


  いつも以上に念入りな検診を受けている間、私は少しずつ記憶を取り戻してきた。

  まるで再起動した脳が少しずつ記憶というデータを読み込み始めたみたいに……


  私はアスカとシオリと共に過去最悪の夢に『ダイブ』したのだ--


  そして、敗けた--


  ……あの時、どうして助かったのか分からない。

  分からないけれど、何故かあの時、東京で出会った少女--花梨の姿が見えた。


  --ダメだよ。こんな所に来ちゃダメ……


  花梨はそう言っていた。


  どういうこと?花梨が『サイコダイブ』を?まさか……


  思い出そうとするとまた頭が激しく痛んだ。呼応するように私の脳波が乱れ、病室の全員が慌て出す。


  「……『ダイブ』の途中から君の脳波と精神パルスが異常値を示してね……他の二人も。急いで強制終了しようとしたんだが、戻ってこなかったんだ。」


  藤村先生はそう説明してくれた。

  その後、自発的に『ダイブ』から帰還した私は、四日間寝込んでしまったということらしい。


  「とにかく今は絶対安静だ。いいね?」


  先生はそう念を押すように告げてから病室を後にした。

  残されたハルカたちは、起き上がっていた私をゆっくりとベッドに寝かしつける。


  「安静に、だって……もうおやすみ?ヨミ。」

  「あ、コハクありがと…」


  仰向けにヘッドに寝かされる私にコハクが掛け布団をかけてくれる。


  「ネルマデ、イッショニ、イルネ。」

  「いいよ。大丈夫だから、シラユキ……」

  「食欲はある?りんご持ってきたけど…剥こうか?」


  シラユキが手を握ってくれて、ハルカがりんごまで剥き始めた。


  「あ、すりおろしがいい?」


  ……すごく甲斐甲斐しい。なんだろう、むず痒い。


  私は困惑しながら友人たちの介護を受けて、満更でもない気分だ。折角の機会なので甘えることにする。


  四日間も目を覚まさないのは、やはり相当に心配をかけたらしい。


  四日間私の意識と身体がどうなっていたのかは分からない。ずっと夢の中だったのだろうか?それとも、夢から出たあの時から四日気を失っていたのだろうか?


  ……花梨。


  最後、夢の中で見た少女の姿が蘇る。


  改めて考えてみても、何故花梨が私たちの目の前に現れたのか理解できない。


  あの夢の精神汚染は、私の記憶を無理矢理引っ張り出してきた。花梨も私の記憶の中のもの?


  私は根拠もなく頭に浮かんだ推察を首を降って否定する。

  違う気がする。花梨は間違いなく、あの夢の世界に存在した。


  ありえない。夢の世界に存在できるのは『ダイバー』か夢の持ち主くらいのもののはず…


  あの夢は花梨の…?


  『サイコダイブ』は犯罪者更生の為に行なわれるもののはず……花梨がその対象になったというのか?


  --私は君の“敵”だぜ?


  クロエのあの時の台詞が頭にこびりついて離れない。

  『ナンバーズ』には、花梨に対して何らかの目的があるようだ…

  そしてそれは、どうやら私が“怒るような”ことらしい…


  もしそれが、花梨への『サイコダイブ』なら…


  忘れようと決めたはずの事柄がぐるぐると思考を巡り埋め尽くす。


  --花梨が本当に夢の中に実在したのか……確かめないと。それに、クロエにも……


  「……ヨミ?」


  私を呼ぶ声に反応してそちらに頭を傾けると、コハクが私の額をデコピンで弾いてきた。


  「あいてっ!」

  「おやすみって言ったよ?あんまり考え事は良くない…」


  私が思考を巡らせていたのを感じ取ったのか、コハクが忠告する。

  その忠告に、私の頭が再び割れるように痛み出したことを気づく。


  夢の世界での出来事--そこで味わった“死”へのリアルな恐怖と予感……

  思い出して記憶として噛み締めた途端、私の中に得体の知れない不安感が膨れ上がって、精神汚染が加速した。


  ……ダメだ。今は考えられない。


  握られたシラユキの手を握り返して、一旦思考を中止する。

  今はコハクの言う通りに、大人しく休むことに専念しよう……


  そんな私の決心は、突然開かれた扉の前に邪魔されることになる。




 ※




  ノックもせずに扉を開いて中に入ってきた人物の顔に、私は重要なことを失念していたことに気づいた。


  「?シオリ!?」


  プラチナブロンドの髪をなびかせて慌てた様子で入室してきた彼女--シオリの姿にリンゴを剥いていたハルカが目を見開いて仰天する。


  「……ぁ。」


  室内に見舞人がいた事は予想外だったのか、全員の視線が一斉に自分に向けられシオリは固まった。


  「……あんた、じっとしてなきゃダメじゃない!」


  と、ハルカが突然の来訪者に詰め寄った。そんな二人をシラユキとコハクが不思議そうに見つめている。


  「……誰?」

  「シオリ。私と潜ってた子…」


  首を傾げるコハクに私がそう説明した。合点がいった彼女は「あぁ…ハルカの友達の…」と頷いた。


  どうやらシオリの方は私より早く目覚めていたらしい。


  「……ハルカ、ちょっと…どいて。」

  「どいてじゃないわよ!寝てなきゃダメじゃん!身体の方にもダメージあったんでしょ?」


  と、鬱陶しそうにハルカを押しのけるシオリをハルカが静止する。


  「アノ…ミンナシズカニシテ。ヨミ、ネレナイ。」


  ハルカを押しのけて寄ってくるシオリにシラユキが眉根を寄せて抗議する。それに配慮が足りなかったと気づいたシオリはバツが悪そうに謝った。


  「……ごめん。でも、その子に用があるの…」

  「…ヨミになんの用事か知らないけど、今はやめてよ。さっき起きたばっかりで--」


  と、シオリに対して帰るように促すコハクをベッドの上から私が制止する。

  彼女には私の方からも訊きたいことがあった。


  「いいんだ、コハク…悪いけど、ちょっと二人にして?」

  「エ?」

  「……。」


  私の頼みにシラユキもコハクも困惑した表情だ。「でも……」と渋るコハクに私は懇願する。


  「……ちょっとだけよ?二人とも、あんまり起きてると身体に毒だから。」


  私の頼みを聞き入れたのはハルカだった。

  腕組みして子供に言い聞かせるように忠告し、シラユキとコハクに退室するよう無言で促す。


  「…ワカッタ。」


  名残惜しそうに席を外すシラユキに続いて、シオリを不審そうに見つめるコハクも退室する。


  「ほんとに少しね!」


  最後に釘を刺しながらハルカが部屋を後にして、私とシオリは二人きりになった。

 

  「…いつ、起きたの?調子は?」


  ベッドの横に腰掛けるシオリに私が切り出す。

  シオリの容態も良くは無いはずだ。私ほどではないにしろ、かなり痛めつけられた。パッと見でも顔色は良くない。起きているのもしんどそうだ。


  「…きついなら、横になる?」

  「…いい。」


  丸椅子の上で俯きながら首を横に振る。そして申し訳なさげな表情でまず頭を下げた。


  「…病み上がりにごめん。もうちょっと待つべきだった……」

  「いいよ。私も訊きたいことある。」


  私の返答が予想外だったのか、少し驚いたようにシオリは顔を上げた。


  「……?なに?先に聞く。」


  シオリが応じたので私は鈍い頭痛の中で思考を巡らせた。

  色々あったが、まず一番に確認しなければいけないことを口にすることにする。頭の中に嫌な記憶が蘇ってくるが、有耶無耶にすることは許されない。


  「…アスカ先輩は?」


  その質問が来るだろうと、予測していたようにシオリの反応は薄かった。今までよりさらに視線を伏せて彼女は感情の籠らない声で淡々と事実だけ伝えてくれた。


  「……目を覚まさない。昏睡状態らしい。」


  ……あの夢から戻ってくることすら出来なかった。

  覚悟はしていたが、現実として聞かされることで私の中に重い何かがのしかかってくる。


  --目の前で串刺しにされた彼女の姿が蘇る。

  私たちは一体、彼女にどんな風に詫びればいい?


  「……あなたが責任を感じることじゃない…誰も責めないから。」


  余程動揺が外に漏れていたのだろう。まさか当事者から慰められるとは…

  しかもその当人の表情は酷く暗く沈んでいる。彼女自身、心にもない言葉を口にしたのだろう。そんな彼女に気を遣わせたことに、私は自己嫌悪すら覚えた。


  「……大丈夫。初めてじゃないし…」


  聞かれてもない過去の醜態を晒し、私は返す。それにシオリも無言で頷いた。

  これ以上は必要ない。事実を知って受け止めるしか、今はできることがない。


  「…それで?私になんの用事?」


  と、シオリに向き直って本題を切り出す。

  まだ尋ねることがあったけれど、シオリの要件も気になった。まさかただ見舞いに来たわけでもないだろう。


  しかしすぐに、こちらから尋ねる必要は無くなったとすることになる。


  私に促されたシオリは、単刀直入に切り出した。


  「--夢で会った女の子について、聞きたいことがある。」


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