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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第4章 忘れてはいけないもの
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第4章 9 虚空地獄4

 

 ※




  振り返った視線の先で、シオリの顔が青ざめ歪んでいた。

  見なくても解った。何が起きたか。


  つまり、間に合わなかったのだ。


  それでも私は前を見た。


  --私の眼前、鳥かごの中で、地面から突き出した細い針のような岩石にアスカが刺し貫かれていた。


  背中から貫通した針の群れはその先端を赤く染め、曇天に向かって伸びていた。

  その曇天と地面の間で、天を仰いだアスカがぐったりとして絶命していた。


  --絶命。つまり夢の中でだ。

  当然現実の身体に変化はないだろう。しかし、この一瞬でむき出しの心に受けた彼女のダメージは、きっと想像を絶する。


  一体何ヶ所穿たれたのか…

  鳥かごの中で天を仰いで貫かれるその姿は前衛的な彫刻作品でも見ているような--それくらい現実味がなかった。


  「……っ」


  夢の世界とはいえ、致命傷は取り返しがつかない。

  今はもう、現実の彼女が無事であることを祈るしか無かった。


  「シオリっ!」


  私は呆けて立ち尽くすシオリに声をあげた。声に弾かれたように顔を上げた彼女に私は続ける。


  「物理的な干渉は効かない!でも直接の精神汚染なら効果があった!」

  「……精神汚染?どういう……」

  「私たちの感情を相手に押し流す!それしかない!」


  つまりは、私たちが普段の『サイコダイブ』で受ける精神汚染をそのままやってやるということだ。


  シラユキへの『ダイブ』の時は必死にやったらできた。

  さっきのは偶然だが、またやれるはず。『ダイブ』できているということは私たちと相手の精神はリンクしているのだ。なら、こちらからだって相手の精神を汚染できるはず。


  それが『ダイバー』として正しいかは別として……


  「……攻撃は効かないのに…効果あるの?」

  「あった!とにかくやる!」


  確かにシオリの言うことはもっともだ。精神世界への攻撃は無効化されているのに、精神汚染は有効なのか?と…


  しかし今できた。原理は分からないが、効くのだ。


  「……いや、それどうやる--…」


  シオリがそう言いかけた瞬間、私たちの目の前の地面が爆ぜた。

  大量の粉塵と瓦礫が打ち上がり雨となり降り注ぐ。

  その中から地面を割って飛び出したのは、腕だった。


  白く細い、枯れ枝のような--しかし巨大な腕。

  地面から飛び出した腕は10メートルはあろうかという長さ。枯れ枝のようなというのはその長さに対しての細さであり、弱々しい腕の太さは私たちの腰回りの倍はあるだろう。

  指の先の爪は赤黒く、そして針のように鋭く長い。


  「……っ!?」

  「『ナイトメア』!?」


  今までの攻撃は地中に潜むこの『ナイトメア』の仕業か?


  地面の海を割って姿を現した巨大な『ナイトメア』に、本能的な恐怖が押し寄せてくる。


  底の見えない深海や、その中にぼんやりと浮かび上がるなにかの影--

  生い茂る木々に陽光も阻まれ届かず、見渡す限り同じ景色の続く先の見えない樹海--

  落ちれば命はないとひと目で分かる、どこまでも続いて先の見えない火口の底--

  遠洋から押し寄せてくる高波の壁--


  自然や、そこに潜むものに人が感じる本能的な恐怖や不安にも似た漠然としたものが、私の中を駆け回る。


  おそらくは、これも精神汚染だ。しかし、それと別に私は直感した。


  --勝てない。


  天高く持ち上がる死神の腕は、数秒後には私たちを叩き潰しているのだろう。

  逃れられない夢の世界での死を前に、私の頭に鮮明にトラウマが蘇り何度も駆け巡る。


  ここで死んだら、戻って来れない。


  私の中に、吹けば飛ぶような人生の走馬灯のようなものが駆け巡る。


  ハルカやシラユキ、コハクの顔が浮かんで消えた。


  それも一緒のことで、私の中にはただ「死にたくない」という漠然とした恐怖が広がっていく。


  ……それでも、私は動いていた。

  本能に従い、“死”から逃れるために、潰れた脚を引きずって、私は必死に動いていた。


  そんな私の右腕を、シオリが掴んで引っ張った。


  直後、空気が震えるほどの振動を纏い、巨腕が地面に向かって振り下ろされた。

  あまりの大きさに、そのスピードは酷くゆっくりに見えた。


  しかし、私たちの目の前に叩きつけられた掌が発した衝撃波は、決してのろまな攻撃でないことを嫌という程分からせた。


  --波打つように空気が揺れた。

  波紋のように広がる衝撃が、私とシオリを軽く吹っ飛ばす。直撃したわけでもないのに、その無造作な一撃に私たちは文字通り羽虫の如く蹴散らされていた--




 ※




  意識が刈り取られ私の身体は地面に叩きつけられた--

 

  身体を突き抜ける衝撃と共に私の視界はプツリと、電源を落とされたテレビみたいに切れて真っ黒に染められる。


  --無意識に瞼を閉じていた。


  そう気づいて私は瞼を開いた。

  しかし、目を開いても私の意識は現実に戻ることは無かったのだろう。


  --公園だった。


  ブランコやシーソー、小さな砂場に、ベンチ。奥には公衆トイレが設置されている。


  どこにでもありそうな小さな公園だ。外には細い歩道が伸びていて、車道を挟んで向かい側には色とりどりの看板が立ち並ぶ。


  向かいの和菓子屋には、よく行った。お饅頭をよく食べていた気がする……


  見覚えのない場所なのに、私の感覚はそれを否定する。

  見覚えのない覚えのある公園で、時計が五時を示していた。


  「--なんで?」


  どこか哀愁漂う光景をぼんやりと眺めていると、正面から幼い声が聞こえてきて私はハッとしてそちらを見る。


  私の目の前には少女がいた。


  髪は明るい茶髪、短い髪を二つに結んでいる。

  服は動きやすそうな半袖のシャツと短パンだ。

  年齢はおそらく小学校高学年くらい……


  見覚えのない公園に佇む少女の容姿に私の心臓が大きく跳ねた。


  それは、私に呪詛を吐き続けた少女。

  記憶の底で、目を閉じる私を攻め続けた少女。つい最近、ようやくその顔を思い出したその少女が--立っていた。


  瞼を閉じた闇の中で、私を責めていたあの時の顔で……


  裏切られ、傷つけられたあの顔で……


  「なんで?一緒の中学って…言ったじゃん。」


  呆然と立ち尽くす私の前で、少女は震える声でそう続けた。今にも泣き出しそうな少女の顔は、私を真っ直ぐ睨みつけている。


  「……ぁ。」


  何か言わなければ……そう思って口を開いても、喉が詰まったみたいに何も出てこない。


  「……ずっと一緒って、約束したのに…」


  --約束…そうだ、私は約束した。

  思い出せない何かを、そして裏切った。


  思い出す。告げなければならない言葉を--、言わなければ……


  「……あのっ」

  「……嘘つき。」


  私の声を遮るように、少女は絞り出したようにそう言った。

  震える声で、ようやく絞り出した声で--


  「……嘘つき。」

  「……っ」

  「真奈美(まなみ)の嘘つき……」


  何度も何度も……


  ……真奈美?誰だろう?私に向かって言っている。

  もしかして、私の名前……?


  頭の中にとめどなく湧いてくる思考と感情についていけず、私は完全にフリーズしていた。


  ただ、ひとつ。


  湧いては消えて行く感情の奔流の中でただ一つ--胸を切り裂く後悔の念だけは、私の中で確かに渦巻いている。

  今だけじゃない--消えることなく、ずっと……


  言わなきゃ--


  使命感にも似た、焦りにも似たものに背中を押されるように、私は言葉を絞り出そうとする。


  この痛みから逃れるには--


  「……っ私!」


  口から飛び出しかけた言葉はとうとう形を成すことはなく--


  無情にも時間切れを告げる暗闇が、私と少女を切り離すように視界を覆って--


  待って……っ


  まだ、言ってないの……っ


  胸の中で言葉にならない叫びを必死に上げながら、私は仮初の夢から引き離された。


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