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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第4章 忘れてはいけないもの
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第4章 8 虚空地獄 3

 

  「やっぱり敵がいるって言いたいの?」


  アスカが怯えた様子で口にしたと同時--


  まるで私たちの会話を聞いていたかのようなタイミングで、私たちの真下の地面がひび割れた。


  「っ!?」

  「アスカ先輩っ!!」


  一瞬で、私たちの周りを囲むように広がった亀裂の円から私とシオリは反射的に飛び退いた。


  しかし、アスカは間に合わなかった。


  アスカを囲むひび割れの下から、鉄杭のような棒が伸びてくる。赤い地面を砕き割って天を衝く勢いで伸び上がる鉄杭はアスカの退路を塞ぐように彼女を取り囲んで彼女の頭上で結ばった。


  まるで飴細工みたいにぐにゃりと曲がった鉄杭の先端は各々が絡み合って結ばり、アスカを中に閉じこめる即席の檻と化す。


  「……鳥かご?」


  その形状--唐突に発生した鉄杭の監獄は、真上に向かって伸びた形状が鳥かごを連想させた。


  「……っ!先輩っ!」

  「いい!自分の身を守って!!」


  捕まったアスカを救出せんと鳥かごに向かう私にアスカが声をあげる。

  その声を無視してわたしは影から新しい得物を引き出す。

 

  格子の幅が広い鳥かごにライフルは撃ち込めない。

  私は得意の得物である肉切り包丁を取り出して鳥かごに向かって斬り掛かった。


  --それが大甘だった。


  鳥かごに向かって駆け出す私の足下--その一歩、私の足下の地面がひび割れ膨れ上がった。


  ……っ!


  背筋に悪寒が走り私は再び横っ跳びにひび割れの範囲から脱出する。

  脱出には間に合った。しかし、その代償は私の左脇を下から串刺しにした鉄杭だ。


  0コンマの差で間に合わず、地面から突き出した鉄杭が私の左脇から肩を下から突き刺し貫通する。


  「っ!!……ぐっ!!」


  焼けるような激痛。しかし、痛みに泣いている暇はない。

  鉄杭は先程同様、一定の高さまで伸び他の鉄杭と結ばろうとしている。

  鳥かごに閉じ込められはしなくても、これでは左肩を囚われ動けなくなる。


  鉄杭ははるか頭上まで伸びている。今から抜くのは間に合わない。

  そして--


  多分、この鉄杭に攻撃は通らないっ!


  次何が起こるか解らない状況--躊躇いは本当に命取りだ。


  私は覚悟を決めて、肉切り包丁を下から肉を貫通された左脇肩に押し当てた。


  水っぽい音と骨をひと息に断つ切断音。私の左腕は肩から先から切り離される。


  「--うっ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


  遅れてやってくる激痛--否、痛みという感覚を上回る熱さ。

  傷口の断面が空気に触れて焼かれるようなジンジンとした激痛が私の頭の先からつま先まで駆け抜けた。


  地面に崩れながら、霞んだ視界で鉄杭の鳥かごを見ると、鉄杭の格子に私の左腕がバーベキューの肉みたいに串刺しにされてぶら下がっている。


  瞬間、私の脳裡にごちゃごちゃの記憶がフラッシュバックする。


  夢の世界では、自分の受けたダメージは全て精神を蝕む。それは自傷でも変わらない。


  --ヨミ。


  私を呼ぶ声が反響しながら頭の中に響いてくる。

  霞む視界で、誰かの顔が私を見つめている。


  --大丈夫ですか?ヨミ。


  ……違う。

  いつもの精神汚染では無い。

  普段なら、夢の持ち主の記憶やトラウマ、感情が私の中に逆流してくる。


  でもこれは……この人は……


  --もっと周りを見ないとダメですよ?ヨミ。


  --あなたは視界が狭いから。


  ……これは私の記憶だ。

  とうに忘れたはずの私の記憶--私の、トラウマだ。


  「っ!!」


  頭が割れそうなほど痛む。目から涙が滲み、まともに前が見れない。それでも見たくないものは私の視界に割り込んできた。


  「--っ!さっさと立って!!」


  頭痛と耳鳴りの中にシオリの声が割り込んだ。

  一瞬、記憶の波に埋もれかけた私の理性がかろうじて現在に繋ぎ止められる。

  と同時、腹部に重い衝撃を受けて私の身体が転がった。


  どうやらシオリに蹴り飛ばされたらしいと認識したと同時、私の転がっていた場所の地面が爆ぜ、その下から氷柱のような形状の岩石がせり上がった。


  「ヨミ!!シオリ!!」


  鳥かごの中からアスカの声が聞こえた。


  私が何とか身体を起こす。その横に滑るようにシオリが並んできた。


  「……生きてる?」

  「さぁ?かなりやばい。リアルは死んでるかも……」


  今も頭痛が酷い。頭が割れそうだ。

  私の軽口にシオリは応じず、影の中から長大な青龍刀を引き出した。


  「……腕落としたのはいい判断。で、どうする?」

  「アスカ先輩を助ける。……その前に確かめることがある。」

  「……よし、私がやる。」


  私の言葉にシオリは地面を蹴って駆け出した。

  弾かれたように駆け出すシオリを追うように、赤い地面が爆ぜていき、鋭い岩石がそそり立ってくる。

  シオリは跳ねるように駆けながらそれを躱し、せり上がる岩石に青龍刀を振り下ろした。


  渾身の一撃--しかし、触れることすら叶わない。


  刃は岩に当たるより早く空間に削り取られ、刃を失った青龍刀が虚しく空を切った。


  「避けろ!」


  後ろで見ていた私が叫ぶ。

  ほぼ同時、シオリの真横から地面を突き破ってきた巨岩が彼女の身体を弾き飛ばした。


  「っ!!」


  勢いを殺しきれず激しく地面に打ち付けられバウンドするシオリ。

  追い討ちをかけるように彼女の下の地面から鋭い岩石が伸びてくる。

  すんでで駆けつけた私がシオリをその場から引き離した。

  が、間一髪間に合わず彼女の横腹を浅く抉る。


  「……っ!」

  「串刺しにならなかっただけ感謝して!」


  自分を引きずる私をシオリが睨むが、こっちだって片腕だ。

  しかし、問題なのはそこではない。


  やっぱり、攻撃は無効化されてる……っ!


  明確な攻撃の前にこちらの反撃は触れもしない。なるほど数多の『ダイバー』が壊されたわけだ。


  にしたって急に……っ!


  いきなりの攻撃に私たちは浮き足立っていた。それにつけ込むように、私の中の精神汚染が増幅していく。


  蘇ってくる--


  あの時の夢が--帰ってこられなかったあの人が……


  ズキズキと心臓を搾り上げるみたいな痛みを感じ、頭蓋が割れるように痛い。


  「……っヨミ!シオリ!逃げなさい

 っ!!」


  鳥かごの中でアスカが叫んだ。

  そんな先輩の姿まで、廃人になったあの人とダブって見えて……


  --壊れた灰色の目が蘇る。

  焦点が合わず、虚空を見つめる乾いた目が……


  ……っ!その目は、忘れたことはなかった!!


  向き合え。これは私だ。

  今までの精神汚染とは質が違う。拒否するものでは無い。これは私だ。私の一部--


  膨れ上がるトラウマに覚悟を決めて私は駆け出す。

  走り出す私を追いかけるのは地面から突き出してくる、岩石の牙。

  絶え間なく地面から迫り来る攻撃を紙一重で躱しながら、アスカの鳥かごに近づいた。


  …ここまでの地形変化も、今までの『サイコダイブ』ではなかった!


  夢の世界は対象の心象風景--多少は弄れるだろうが、明確な攻撃として変化してくるのは稀だろう。


  「……っ、近づいてどうする?」

  「知らん!!」


  隣を並走するシオリに吐き捨てて、私は盛り上がる足場を蹴った。

  足下からせり上がる岩石を蹴ってそのまま宙に飛び上がった。


  しかし無策だ。どうする?


  私は真上から、アスカの鳥かごに肉切り包丁を振り下ろす。

  自然落下に合わせて上から下に叩きつけられる--いや、その前に空間に呑まれる包丁の刃は虚しく空振るばかり。


  くそっ!


  追いすがるように、着地した私に地面から岩が襲い来る。逃げ場を奪うように四方からせり上がる岩石が、津波のように上から迫ってきた。


  「……ちっ!」


  早くも窮地。すんでのところで地面を蹴り上から襲いかかる岩の氷柱を回避し、岩石の隙間から包囲網を抜ける。

  が、逃げ遅れた右脚は上からの重量に簡単に押しつぶされた。


  「--っ!!」


  骨折所ではない。肉ごと潰れた。

  想像を絶する痛み。味わったことのないタイプの痛みに私の口から苦悶が漏れた。


  合わせるように私の中のトラウマが記憶の隅から一気に這い出してくる。


  救えなかった。弱かったから。私はあの人より弱かったから。


  「……ぅぁっ!…ぐっ!」


  岩の顎に捕まって、身動きできない私にさらに内から痛みが襲い来る。

  しかしこれは、私の痛みだ。


  痛みに比例してどんどん溢れてくる胸の苦しさに、息が詰まる。やがて飽和し、心の堰が決壊した。


  --外に溢れた気がした。私のトラウマが。


  瞬間、私の脚を押し潰していた岩石が、ひび割れて粉々に四散した。


  「……っ!?」


  機動力を奪われ、みっともなく這いずりながら鳥かごから距離をとった私はすぐに合点がいった。


  --逆流した?


  シラユキに潜った時と同じ。

  私の中の感情を、シラユキに流し込んだ時の“あれ”が、偶発的に起きた?


  触ることは出来なくても、思念は流せる。つまり、こちらからの精神汚染攻撃…


  「……っシオリ!」


  突破口が見えた。私はシオリを振り返り声をあげた。

  振り返ったことで、目の前の鳥かごから視線がそれた。


  --幸運だったのかもしれない。ある意味。

  見ずに済んだから。


  私が視線を外すと同時、実に不快な音と共に、べっとりと生温かい液体が、私の身体に降りかかった。


  --それが一体なんなのか、想像せずとも理解でき、私は前を見れなかった。

  きっと、目の前は地獄だ


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