第4章 7 虚空地獄2
引き金を引くと共に地面に向かって放たれた鉛弾は地面に到達するより先に、まるで空間に“呑み込まれた”かのように消失した。
「……っ」
地面が硬くてレイピアが欠けていたのではない。
シオリの攻撃は、はなからこの世界に触れていない。
触れる前に消えていた。
「……まじ?」
事態を悟ったアスカがシャベルを振り上げる。全体重を乗せて、地面に向かって一直線にシャベルの刃を振り下ろす。
が、刃は地面に触れるよりも先に、地面との間の空間に呑まれるように消失した。
「……攻撃が無効化されてる。私たちから干渉できない。」
それはつまり、『ナイトメア』が現れても反撃の手立てがないということだ。
夢の世界の物理的干渉ができないのなら、夢の一部である『ナイトメア』にも当然触れられない。
「……これ、敵が来たらどうする?」
「……そもそも、なんで襲ってこない?」
アスカの問いかけにシオリが根本的な疑問を口にする。
「……精神干渉への拒絶反応がない?」
「干渉できてないってこと?」
「待って待って。」
シオリと私のやり取りに、分かりやすく動揺を示すアスカが割って入る。
そして口にする。恐ろしい疑問を--
「じゃあ、私らのいるここは……どこ?」
得体の知れない恐怖が私たちの胸中を埋め尽くす。
ここは夢の世界ではないのか?いや、そんなはずはない。
しかし、干渉できないというのは、そもそも潜れてないということ……?
一瞬、言葉にできない不安感が私の中で以上に膨れ上がる。
分かりやすい精神汚染の兆候に私は必死で平静を保つ。
「……落ち着いて。大丈夫。ちゃんと潜れているはず。攻撃出来ないのは、ここでの私たちの存在が不安定だから。」
私とアスカにシオリがすかさず声をかける。その声を頼りに私は何とか冷静さを保つ。
「……主導権を握れてないんだ。この世界で最低限活動するだけの……」
「潜った直後だよ?」
私の推察にアスカが反論する。
確かに今までそんなこと無かった。それに、武器の具現化は出来た。
私たちの行動が反映されないというのなら、自在に武器の創造などできないだろう。
それ以前に、きっと私たちは夢の世界から弾かれたはず……
でも存在はできてる。
「……シオリ、さっき夢の世界を見回って来てたよね?この世界、限界はあったの?」
「……限界?」
「行き止まり、果てだよ。」
確認する私にシオリは首を横に振った。
「どこまで行っても行き止まりはないと思う。…少なくとも、私が行ってみた限りでは……」
やはり、期待はしていなかったが……
「……ここが確かに夢の世界だとして、精神干渉の拒絶反応がなくて、そして私たちは干渉できてない…」
改めて事態を口にしてまとめてみるが、どういうことなのか分からない。
いや、潜れている時点で対象の精神には干渉している。
それに対する拒絶反応--『ナイトメア』の襲撃はなく、しかしこちらからの攻撃は無効化されている…
しかし、夢の世界での存在と、ある程度の行動の自由は確立している。
「……『サイコダイブ』自体はちゃんとできてる。つまり、この状況そのものが精神世界の拒絶反応なのかも……」
「……?」
私の出した結論にアスカが首を傾げる。
「……つまり、私たちは既に攻撃されている。」
攻撃--という表現は適切ではないかもしれないが、シオリの言ったことが最も適当な表現だ。
『ナイトメア』は出現していないが、この状況は既に夢の主からの抵抗を受けているのだ。
「私たちが創り出した武器が削られてるっていう点で、“攻撃”とも捉えられるかもね。」
創造した武器へのダメージは本人にフィードバックしないが、もし直接地面を殴り掛かった場合、それを“夢への攻撃”とみなされたら武器同様私たちの拳はどこかへ削り取られてしまうだろう。
「……だとしてだよ。現時点では攻撃しない限りは拒絶反応は出てないんだよね?」
と、アスカはとりあえず私の出した結論を答えとし、状況を整理する。
「つまり、どうすんのこれ?」
「……確かに、精神異常を解消できない限りは『サイコダイブ』からは醒めない。」
アスカの懸念に私も頭を抱えた。
「つまり、出られねーの?」
「こちらから仕掛けない限り拒絶されないけど……仕掛けたところで無効化されてます。」
その“現象”自体が『ナイトメア』であるなら、私たちに打つ手はない。
攻撃された時だけ反応し、その攻撃を自動防御するカウンターという訳だ。
それにしても、解せない点は多い。
「落ち着きましょうアスカ先輩。とりあえず私たちはダメージを受けてません。大人しくしていれば私たちの身に危険はない。」
楽観的な捉え方だが、現状で組み立てられる材料だけで私は対策を練る。
「……『サイコダイブ』自体は対象が目覚めれば強制的に終わるはず…つまり、時間で勝手に私たちは現実に戻れます。」
「それまで大人しくしてるってこと?」
「それか、何とかしてこの異常を打破するか…」
世界そのものからの拒絶--攻撃。
この世界に存在している以上、その世界からの拒絶には対処のしようがない。
状況の打破は現実的ではない。
「……仮に、精神異常の原因解決をするとしたら……?」
アスカの問いかけにシオリが推察を述べる。
「……こちらの攻撃に対して抵抗はしているので、より激しい攻撃を加えたらそれに応じて何らかの変化が起きるかもしれない。」
「問題はその手段がない事だよ。」
シオリに私はそう返した。
そもそも何をしても無効化されるのならどれだけ攻撃しても同じことだ。攻撃以外で私たちが干渉する術はない。
「……大人しく待つのが、安全策か。」
「現状憶測でしかありません。確定した情報でない以上、憶測を元にして動くのは危険ですが…それでもそうせざるを得ない状況なら、ここは『何もしない』のがベストかと……」
私の進言にアスカも同意の頷きを返す。
何もしなければ精神汚染も攻撃もない。座して待つのも癪だが、他に手立てがない。
「よし!どうしようもない!」
アスカはそう結論を出して勢いよく座り込んだ。
「夢が覚めるのを待とう、じたばたしてもしゃーないし。」
刃がなくなり使い物にならないシャベルを地面に突き立て--ようとしたらまたしてもシャベルが削られアスカがびくりとして柄から手を離した。
「……これ、私たちは大丈夫よな?」
「…私たちの存在は確立できてるっぽいし、攻撃とみなされなければ…」
青ざめたアスカに私も曖昧に返す。
アスカの顔色からして、攻撃の意思がなかったのにシャベルが消えたのでびっくりしているのだろう。
「……攻撃の意思がなくても攻撃とみなされることがあるわけね。…気をつけよう。」
シオリはそう言ってゆっくり慎重な動きで地面に腰を下ろした。
そんな訳で八方塞がりな私たちはただ待つしかできない状況に追い込まれた。
「……なんか、考えれば考えるほど訳わかんないね。頭こんがらがってきた。」
と、厚い雲に隠れた空を見上げてアスカは呟いた。
「……確かにこんな『サイコダイブ』は今まで無かった。」
「私たちが存在する夢の世界そのものが敵ってことだ……」
「……これ、『サイコダイブ』のバクかなにかじゃないの?」
私はシオリに首を振る。
「可能性もあるけど…今議論しても答えは出ないよ。」
とにかく今は動かずただ待つ…それしかできない。
私は一応周囲を警戒しながらアスカとシオリ同様に腰を下ろした。
この状況で一番最悪なのは『ナイトメア』が別にいて襲ってくることだろうが、可能性として一番低い状況でもある。
「……夜明けまであとどれくらいなんだろ。」
と、アスカがぼんやりと呟く。その答えは、この場にいる者は誰も持ち合わせていないだろう。
……夢の世界って現実とは時間感覚違うよね。
空を仰ぐと、風に乗った雲がゆっくりと空を移動している。雲が動くことで、切れ目から太陽の光が一瞬私たちを照らした。
通常の『サイコダイブ』ではありえない程ゆったりとした時間の流れの中、私たちはただ夢から醒めるのを待っていた。
「……ひとつ、気になることがある。」
と、静寂を破ったのはシオリだった。
すっかり短くなったレイピアを手の中で弄りながら彼女は淡々と自身の疑問点を口にしていく。
「……この夢に潜った『ダイバー』たちはみんな精神汚染でおかしくなったらしいけど…現状私たちにはそんな気配はない。」
シオリの口にした疑問は私も頭の隅で考えていたことだった。
「……「何もしなければ攻撃されない。」そんな夢の中で、どうしてみんな精神干渉を受けたのか…ってこと?」
「精神異常を解消できない……『サイコダイブ』に成功しない。これは解る。」
「ただ、精神を壊されるのは解らない。それは確かに……」
警戒するシオリに私も同意する。
何もしなければ無事でいられるのなら、普通に帰ってくる子たちの方が多いはず……何人がこの夢に潜ったかは知らないが、そこまでの被害が出る程危険な『ダイブ』だろうか?
得体はしれない。それは認める。しかし…




