第4章 6 虚空地獄1
※
--目を瞑るとすぐに、意識が引っ張られるような感覚に落ち私は沈む。
その時、まぶたの裏でよく目を凝らしてみるけれど、瞳が捉えるのはまぶたの裏の闇だけだった。
いつの間にか、私を見つめる“誰か”はいなくなってしまった。
私を見つめて笑ってたあの人は、もういなくなってしまった。
「--っ……」
息苦しさを感じて水面に顔を上げるように、私は勢いよく目を覚ます。
仰向けに寝ていたみたいで、私の上半身は自然と起き上がっていた。
「おはよ。」
若干混乱する私の隣に、しゃがみこむ少女がこちらに声をかけてくる。
髪の毛は銀髪--染めているのだろうか、頭頂部だけは黒い元の髪色が残っている。
髪の毛と対称的に肌は浅黒い褐色。こちらを覗き込む瞳は丸々していて愛嬌がある。
しゃがんでいるがそのスタイルの良さはよく分かり、背丈も私より高い。
どうやら私と同様に潜ってきた『ダイバー』らしい。
……潜るのには成功、したのか。
私は少女に見守られながら辺りを見回す。
--既に何人もの生徒を壊したという夢の世界、そこには何も無かった。
無だ。
視界に広がるのは果てない荒野。草木の一本も、水の一滴もない枯れ果てた荒野。
赤い土と、曇り空。
乾いた風はやけに冷たくて私の体を芯から凍えさせる。
ここが、人によってはそもそも潜ることすら出来ず弾かれるという噂の夢の世界。
「……。」
殺風景ではあるが、一見したらただの夢。しかし、私の体は確かに異変を訴えていた。
「ちょい、大丈夫?」
目覚めて早々に、体を丸めて吐き気をこらえる私に、少女が心配そうに背中をさする。
ものすごい不快感だ。
直感的に、この世界に受け入れられていないということを実感する。しっかり気を強く持たないと、消えてしまいそうだ。
……精神汚染じゃない。単純に、“認められてない”んだ…この世界の一部として……っ
『サイコダイブ』導入機のサポートを受けながらこれだ。
確かに人によってはそもそも入ることすらできないのかもしれない。
--屈指の難易度の『サイコダイブ』…それをようやく肌で実感してくる。
「……しばらくしたら落ち着くよ。私もさっき死ぬほど吐いた。」
と、吐き気をこらえる私に少女はしばらく寄り添ってくれる。
「お、戻ったみたい。」
と、私の吐き気が治まってきた頃、少女は振り返ってそんな言葉を発した。
「……?」
私も彼女に倣って振り返ると、寂しい荒野を背景に少女が一人こちらに歩み寄ってきていた。
どうやら『ダイバー』は私と褐色少女だけではなかったようだ。
プラチナブロンドの長髪を腰あたりまで伸ばした美少女だ。
前髪もかなり伸びており、顔の右半分が隠れている。
切れ目の瞳はどこか鋭い印象を与え、どことなく日本人離れした容貌も相まって近寄り難い雰囲気をまとっていた。
その手には銀色のレイピアが握られており、曇り空の隙間から差す強い日差しが刃を鈍く光らせていた。
「どうだった?」
「……何もない。」
褐色少女に素っ気なくそれだけ返し、少女は私たちの隣に立ち止まった。
「もう一人来たよ?」
「……。」
段々回復してきた私を上から見下ろしながら、興味無さそうに少女は明後日の方を向いてしまう。
あんまり感じ良くないな……
何となく私と似た匂いを感じる少女だった。
「今回は三人だね。難攻不落の夢を攻略する精鋭だ。」
と、褐色少女は意識した明るい声をあげて私と少女の間に入ってくる。
「私はアスカ。高等部三年、二人は?」
と、アスカと名乗った褐色少女に私も倣う。
「……ヨミ。高等部一年です。」
私が二人に向けて名乗る。そんなアスカとのやり取りに、一瞬こちらに視線を向けた少女がボソリと呟くように口を開いた。
「……シオリ、高等部一年。」
あんまり私と変わらない、しかし、私の倍くらいは無愛想な自己紹介を目も合わせずに少女--シオリは済ませた。
「オッケー、ヨミとシオリね!」
アスカは私とシオリの間に立って私たちを取りまとめる。
「この夢が最近生徒の間で噂の超難易度高い夢ってことであってるよね?」
「……知らない。初めて潜るんだし。」
確認するアスカにシオリがごもっともな台詞を返す。
先輩に対する傲岸不遜な態度に、アスカは寛容だ。派手な見た目とは裏腹にしっかり者で優しいのかもしれない。
「まぁ、潜る前マザーによく気をつけるようにって釘刺されたし……間違いないとは思うけど。」
と、辺りを見回すアスカは参ったように頭をかいた。
「……にしては、平和よな。」
荒野には草木の一本はおろか、敵影のひとつも見られない。ただ、風が吹き抜ける寂しい心象風景がどこまでも続いている。
最初に感じた不安と実感は、吐き気と共にいつの間にかどこかへ飛んでいってしまった。
「……アスカ先輩たちはここに入ってどれくらい…?」
「私はヨミとそんな変わんないよ。あの子のが早かったみたいだけど…」
私とアスカの視線を受けて、シオリがようやくこちらに向き直る。
「……多分、三十分くらいは。」
三十分?
「その間に、なにか変化は?」
「あなた達が入ってきたこと以外は、別に…」
私の問いかけにシオリは首を振った。
さて困った。
散々煽られて不安を抱えて潜ったものの、内容はこれだ。そもそも、何も起きないのではどうしようもない。
夢の世界がこちらに危害を加えてくる様子もない。
通常、『ダイバー』が精神に侵入したら、拒絶反応という形で『ナイトメア』が襲ってくるはずなのだが…
「……どうしましょうね。適当に暴れてみます?」
私の提案にアスカは首を振った。
「下手に暴れたら夢の持ち主のそもそもの人格を攻撃しちゃう可能性がある。私たちは、精神異常の原因を抹消に来たわけだし…」
その原因--『ナイトメア』が顔を出さないからお手上げなのだ。
かと言ってアスカの言い分も正論だ。精神そのものを破壊してしまっては意味が無い。
「……もう少し待ってみよう。」
安全策、ということで私たち三人は並んで荒野に腰を下ろした。
※
私たちが座して待つこと十五分程--
「アスカ先輩はその髪、染めてるんですか?」
「見りゃわかんじゃん。」
「……。」
最初の不安感やら緊張感やらはどこへやら……
荒野のど真ん中、私たちは談笑に花を咲かせていた。
もちろん、警戒は怠らない。私たちは各々周囲を見回し、自身の精神状態にも気を配っていた。
しかし、『ナイトメア』も表れず行動を起こそうにも何も出来ない状況下、私たちは間を潰すためくだらない会話を続けている。
「髪の毛染めるのは校則違反……」
「それ、君が言うの?」
私の指摘にアスカのもっともな突っ込みが入る。私の赤いメッシュを指してアスカは感心したように言う。
「いや、本当にそこまで派手派手しくしてる奴は見たことないわ……てかピアスやば。」
あなたも十分派手な色ですけど?
「シオリは?それ地毛?」
「……。」
相変わらず会話に参加せず、先輩に対して無視を貫くシオリ。そんな彼女にもアスカは寛容だ。
「シオリってさ、もしかして外人の血入ってる?なんかそんな気しない?」
「……そうですね。」
シオリがこちらに同意を求めてくるので、私も素直に頷いた。
どことなく異国の雰囲気を漂わせる顔が、彼女の近寄り難い神秘さを助長しているの。
「……で、どう?」
と、雑談を切り上げてアスカが改めて周囲を見回す。
「……敵影なし、精神汚染の気配もなし。」
参ったなぁと、私の返しにアスカは立ち上がる。
「……これ、やっぱりこっちから動かないとダメか…」
アスカはそう言い、影から得物取り出した。
影から引っ張り出したのは大きなシャベル。彼女自身と変わらないくらいの大きさの赤い柄のシャベルだ。シャベルの刃には大きなハートが掘られていて絶妙にダサい。
「……このまま待ってても始まらないみたいだし。」
アスカが行動を決意するのに倣い私も影からウィンチェスターライフルを引っ張り出した。
「お、銃とか使うんだ……珍しいね。」
私の武器に興味津々のアスカ。そんな二人のやり取りにシオリも立ち上がった。
「……で、どうしよっか?」
「何かしら攻撃を加えたら反撃があるかも……」
アスカに対してそう提案した直後、シオリが勢いよくレイピアを突き刺した。
……意外と大胆だな。
「……。」
「どう?」
どうと言われても……という感じだ。様子を伺う私とアスカの見守る前で、シオリがレイピアを突き刺したまま固まっている。なんともシュールな光景だ。
「やっぱりなんも起きないか。攻撃対象がいないんじゃ……」
「……違う。」
アスカが参ったと辺りを見回す中で、シオリが小さく呟いた。
何らかの異変に気づいた様子のシオリがレイピアを何度も地面に突き立てた。それを不思議そうに見つめる傍らで、私はシオリの感じた異変に気づく。
「……切っ先が。」
勢いよく何度も地面にぶつけられるレイピアの切っ先--初めは地面に突き刺さっているように見えた。
しかし、回数を重ねる毎にそうではないと気づく。
……先端が欠けて--いや消えていってる。
何度も振り下ろされるシオリのレイピアがどんどん短くなっている。アスカもそれに気づいた。
「折れてんよ剣が。シオリ、剣が欠けてって……」
「違う。無くなってる。攻撃できない。」
地面への攻撃--夢の世界への干渉が、無効化されている?
私は目の前の光景にある予感を感じてライフルの引き金を引いた。




