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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第4章 忘れてはいけないもの
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第4章 4 クロエとの攻防2

 

  自分が気になる--もちろんそれもある。

  しかし、一番の理由はシラユキが心配だから。

  そこには嘘はひとつもなかった。


  『ナンバーズ』や理事長が私にとった得体の知れない存在だからこそ、本気で不安な気持ちになっていた。


  「……そっか。」


  私の返答に満足したのか、してないのか…クロエの反応は予想外に淡白だ。

  先刻同様、ガラス張りの天井を見上げてぼんやりとその先の空を眺める。


  「…ちょっと、安心した。」

  「……?」


  なんだからしくない声音でそんなことをつぶやくクロエに私は首を傾げていた。


  「友達思いなんだな。」

 

  クロエがニカッと、歯を見せて爽やかに笑っている。その笑顔に、無邪気なようで、どこか寂しさを感じた。


  私は彼女のことが分からなくなってきた。


  能天気にしているようで、どこか深慮深くも見え、溌剌としているようで少し寂しげにも見えた。

  『ナンバーズ』という肩書きを持ち、他の生徒から避けられて、どこかで孤独でも感じているのだろうか?

  だからこそ、『友達』という私の答えに彼女はなにか思うところがあったのかもしれない。


  彼女に対して感じていた苦手意識が少しだけ、和らいだような気がする。


  「……数少ない友人なので。」


  私はクロエに返した。本心だった。


  「…本当は、君がその話題を持ち出した時、色々探ってやろうかなとか思ったけど……」


  と、クロエが続けた。


  「やめとくね?マザーももう興味ないみたいだしさ。」

  「……私としては、クロエ先輩からもうちょっと色々聞き出せると思った分、残念ですけど。」

  「なになに?もっと突っ込めって?腹の探り合いしたい?」


  油断ならない『ナンバーズ』に私は挑発じみた台詞を返すが、返ってきたクロエの返答にその気はない。


  「やめときます。」


  私がうっすら微笑むとクロエもニッコリ笑う。


  「そうしなよ。」


  クロエの好意に甘えて私はこの件はこれで収めることにする。どうやら本当に、私が期待していた程のものを彼女は持っていない様子だ。


  「ま、とりあえずシラユキって子は大丈夫っしょ。心配しなくても……この間の『サイコダイブ』も問題なかったしょ?」


  この間?……水飲み鳥の『ナイトメア』の時のことか?


  「……あの時シラユキと一緒だったのって、そういう意味なんですか?」

  「ウチじゃないよ?ウチはそういう手回ししないし。」


  察した私にクロエは余計なことを言ったと舌を出す。

  そして言外に、根回しすれば『サイコダイブ』の組み合わせも指図できるということを匂わせる。


  やはり、『ナンバーズ』の権限は生徒の域を超えている。


  「で?他は?なんか訊きたいことある?」


  と、ベンチの上で大きく背を逸らして空を仰ぐクロエが尋ねてくる。


  ……随分気前いいな。


  「じゃあ、もうちょっと。」

  「おぉっ、あんのかい。しょーがねーなぁ。答えられる範囲までだぜ?」

  「……ちなみにどの程度踏み込めます?」

  「知らん。」


  ……この人は情報源としてあてになるのか?


  「この間の東京での事なんですけど……」

  「うわ〜、それは答えれること限られてんわ〜。」

  「……なにか秘密にしないといけないことが?」


  まぁ、No.05がわざわざ釘を刺してきたくらいだ。あの時の雰囲気からして他言できる内容ではないだろうが……


  「いやウチなんも知らんし。」


  ……何しに来たんだこの間は?


  「……あの会社、『サイコダイブ』の導入機を作ってる会社なんですよね?」

  「そだよ。」

  「……あっさり。」

  「だって調べれば分かるし、隠してないし。」


  そりゃそうだ。現にインターネットで検索したら普通に出てきた。


  「……あの時の用件って、結局なんだったんですか?」

  「え?なんでそんなに気になるのそれ?」


  ……そりゃそうだ。だって私には関係ない。

  クロエの反応も納得だ。自分から厄介後に首を突っ込んできているようにしか見えないだろう。


  「……なんで私連れていかれたのかなって。実は関係あるのかなって思って。」

  「ないよ。」


  取り繕う私にクロエはあっけからんと返す。本当にないらしい。

  まぁそれは分かっていたことだ。つまり本当にビンタ食らっただけなのだ私は。


  「どうよ?解決した?」


  私の顔色を伺うように覗き込んでくるクロエ。そこに先程見た影はない。


  「……嘘です。本当は花梨のことです。」


  と、私は正直に白状する。この方が、彼女は揺さぶれると判断した。

  そして何より、それが一番引っかかっていたところであり、本心だ。


  「……花梨?」

  「社長の娘さんです。」


  私の台詞に一瞬、本当に刹那--クロエの表情が凍りついたのを私は見逃さなかった。


  「……あぁ、なんか話してたもんね。」

  「用件って、花梨に関係あることなんでしょうか?」


  クロエは言っていた。--子供を取る、と。

  そして、彼女の同行者である私と花梨の接触に、花梨の母は異常な程激昂していた。


  --花梨の身に、なにか良くないことが降りかかるのかもしれない。


  そんな予感があった。


  ……だからなんだ、関係あるのか?

  そう言われると答えに窮するだろう。本当にないから。

  花梨とはあの時少し言葉を交わしただけ……深い関係では無い。


  なのに、私は妙に彼女のことが気がかりだった。


  --この子は友だ--……っ


  花梨の母が私に手をあげた時、彼女が言いかけた言葉が耳に残っていた。


  たったそれだけのことで……?


  もしかしたら私は相当チョロいか、お人好しなのかもしれない……


  「……うーん、それはぁ……答えないなぁ。」


  クロエは難しそうに眉間にシワを寄せてからそう返した。


  「……なぜ?」

  「君は怒るかもしれないから。」


  半分答えのようなことを、実にあっさりとクロエは吐いてのけた。

  本気で隠すにしては、あまりにもおそまつな回答だ。


  クロエは私の質問に答えたようなもの--目的は花梨で、クロエは用件を確かに知っている。

  そしてそれは、私にとって“良くないこと”なのだ……


  「……下手ですね。」


  私の中に急にもやもやとした感情が広がり始めた。


  「……そう?きみも下手くそだ。」


  一体なんのことか、クロエは私の胸を指さして短く告げる。


  「気持ちは隠してこそ、だぞ?」

  「……?」


  「君は交渉ごとには向かないなぁ」と、クロエは小さく呟いた。

  そして私の胸にそっと手を当てて……


  「うわぁっ変態!」

  「おぉいっ!空気読め!?そういう流れじゃないっしょ!?」


  逃げるように距離を取る私にクロエが盛大に突っ込む。


  「……大事にしなよ?“それ”は。」

  「……え?」


  クロエは何を言っているのだろうか?

  クロエの言葉の真意を理解出来ず、私は困惑して首を傾げる。

  なんだかこの数分で、彼女の印象が『ただのバカ』から『掴みどころのない人』に変わってしまった。

  どっちにしろ苦手だ。


  「で?他は?もうないのかにゃ?」


  にゃんにゃんと手を猫の手を模して丸めておどけてみせるクロエ。かわいいと思っているのか?


  「……最後にひとつ。」

  「……おぉっ、まだあんのかい?きみは好奇心旺盛だなぁ。長生きできねーぜ?」


  クロエの軽口を流して私はクロエを見つめる。

  射抜くように、強い視線で。


  「……花梨に、私が怒るかもしれないこと、しないでくれますか?」


  私の言葉にクロエは面食らったように固まり、すぐにその顔は笑顔の形に破顔する。


  「あっははははははははっ!漫画の主人公だね君は!」


  腹の底からの笑い声を高らかにあげて、クロエは私にずいっと顔を寄せた。

  そして耳元で囁く。


  「……約束はしない。出来ないからね。」

  「……っ!」


  「--私はきみの“敵”だぜ?」


  恐ろしく冷たい、体の芯から冷え込むような冷たい声だった。

  今までの彼女の顔が崩れて、その奥から得体の知れないものが覗いている。


  --決して関わってはいけないものだ。

 

  私の本能が震えている。


  固まる私の頭にクロエは乱暴に手を置いて、ガシガシと撫で回す。


  されるがままに撫でられるうちに、固まった緊張が掻き回されて霧散していくみたいに、私の心はほぐれていく。


  --見上げた先にあるクロエの顔は、いつもの仮面に戻っていた。


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