第4章 2 災厄の再来
※
「--ダメよ。」
昼間っから明かりもつけずに、カーテンも閉め切られた寝室で、天蓋付きベットの向こうで惰眠を貪っていたマザーはそう言った。
俺の話も最後まで聞かず、しかしその真意は理解した上での反論だろう。
「……05もお手上げだ。金じゃなびかんよ。あの女。」
「彼女とは友達なの。」
ベットの向こうで裸体を起こす環がいけしゃあしゃあとそんなことを吐いた。
この女は友人から宝物を奪おうというのだ。
「……『サイコダイブ』の導入機はドイツでも製造している。国内での生産にこだわる必要もないし、供給は間に合っているだろう。奴らに造らせる必要も無い。」
「実。理解というのが重要なのよ。」
食い下がる俺に環はなかなかいい返事を返さない。
そもそもこの一連の騒動--そこから発生する利益になんの興味もない俺からしたら、今回の一件は些事でありそんなことに時間を割くのは心底ストレスだ。
早々に終わらせたい俺の意志とは裏腹に環は頑なだ。
「彼女は『サイコダイブ』をよく理解している。適切な理解者との協力関係は必要よ。彼女は貴重な人材だから…」
確かに、あの女の有用性は認める。しかし、全てをとることは出来ないのだ。
「有用でも代わりは居る。それに、これから先も働いて貰えばいいだけだ。」
「実。ビジネスパートナーとは円滑な関係を築かないと。」
既に円滑でなくなっている点に気づいて欲しいものだ。
俺はうんざりした表情で後ろに控えるNo.04を見る。
当然のように黙って俺の後ろに控えるNo.04の助力は期待できない。
「……脳は壊さん。心配するな。」
「私はあの子を丸ごと手に入れたいの。」
環がベットのカーテンを手で脇によけ、こちらに顔を出す。
何も身につけていない、産まれたままの身体を惜しげも無く見せつける。この女に恥じらいの概念はない。
白い裸体はまるで陶器を思わせるほどなめらかで、薄暗い寝室の闇に浮かび上がるように映える。
彼女自身の暗い雰囲気と髪色とのコントラストは危険な色香を纏っていた。
ベットから這い出してきた彼女の隣から、小さな少女が飛び出した。
外見年齢は十歳ほどか……髪の毛は灰色で色素が薄く、目は大きくくりくりしている。まだ幼い少女の頬は印象的なくらい朱く、ぷっくり膨れた頬は触ると柔らかい。
体に対して全くあっていないダボダボのシャツを一枚身にまとった少女が短い手足をばたつかせてこちらに寄ってくる。
--No.07
こんなナリでも彼女もまた『ナンバーズ』に名を連ねる『ダイバー』だった。
彼女はその愛らしい容姿からか環のお気に入りで、環の寝室への出入りまで許されている。
「……兄ちゃん。」
「07、俺この間呼んだのになんですっぽかした?」
くりくりした瞳でこちらを見上げるNo.07に俺は講義の視線を向けた。
「……あぁ、そうだったの。ここ最近はずっとそばに置いてたから……ごめんなさいね?」
…この女。
さらりと俺の神経を逆撫でする環に心の中で毒を吐く。
「……てめぇで集めたんじゃねぇのか?ほんとに殺すぞ?」
ついでに直接も吐いておく。
「『サイコダイブ』であの子を壊すことはしないで……」
俺の吐いた毒をスルーして環はまだ眠たそうに大きく伸びをひとつ。
「……人間は体だけで生きているわけじゃないのよ?『体』と、『魂』で生きてるの。私はね、あの子の全部が欲しいの。」
「それはお前の拘りだろう?環。脳さえ残っていれば他の体も中身も問題じゃない。」
一歩も退かない俺に環も不機嫌そうに頬を膨らませ分かりやすく拗ねてみせる。
そのままゆっくり俺の方に歩み寄ってきて、起伏に富んだ裸体を押し付けてくる。
「どうして?どうして母さんのお願いが聞けないの?」
「息子に色仕掛けするな。そんな母親がいるか。」
冷たく突き放す俺に環はクスクスと可笑しそうに笑う。
ベットの脇に設置されたテーブルから、ワインとグラスを手に持って再びベットに戻る。
「とにかくあの子は買い取って。いくらかかってもいいし、お金以外でも可能な限り要望には応じるから…」
ベットの上でワインボトルを開栓し香りを楽しむ環に俺はまたしても毒を吐きかける。
「……友人なら自分で言って頼んだらどうだ?その軽い頭でも下げて。」
「人に頭を下げるのは苦手なの。」
俺は環の軽口に応戦する気も失せて、そのまま踵を返した。
※
「--潜らせろ。」
環の寝室を後にする俺は、後ろに着いてくるNo.04にそう指示した。
「……マザーにはなんと?」
「必要ない。」
俺の独断の決定に、No.04は不安そうな表情を見せる。が、彼女の中では環より俺の方が上だ。
彼女は環から直接でも指示されない限りは俺の命令に従う。
No.04には他の『ナンバーズ』との連絡役を一任している。
No.04を通して環に悟られず『ナンバーズ』、そして『量産機』を動かすことは容易だ。
「……いずれバレますよ?」
「問題ない。05に指揮を執らせろ。一任する。」
「はい。」
淡々と俺の指示にNo.04が応じる。ほんとに便利なやつだ。可愛がっている甲斐がある。
あの親子の脳には多少興味があるが、俺たちにとってはどうでもいい。
くだらない些事に金も時間も費やすのは環の悪癖だ。長年生きているとこうなるのだろうか?
--いずれにしろ、俺とは合わない。
心の中で嘆息しながら、バレた後へそを曲げるだろう環をどうやってなだめるかと、俺はまたしてもくだらぬ些事に思考を巡らせた。
※
--連休最終日、日曜日。
皆が待ちに待っている外出日だが、ペナルティを課されている私にはその権利がなかった。
よって私は朝から一人、図書館に入り浸っている。
ハルカ、コハク、シラユキは普通に外出していった。外出が初めてのシラユキに街を案内してやるらしい。
よって私は一人留守番だ。
……一人きりになるのは久しぶりだな。
最近は私の周りも随分賑やかになった。こうして一人で読書するのも久しぶりのような気がする。
外出日ということもあり図書館は私以外人っ子一人おらず、いつも以上に静まり返っている。
カウンターの奥でこだまさんが何やら作業をしている音をBGMに、私は心地いい静けさを楽しみながら読書に没頭した。
--しかし、ここ最近の傾向からしてそういう時間は必ず邪魔される。
良くも悪くも、本当に私の周りはやかましくなった。
「見っけた一年!!」
聞きたくない声が図書館の静寂を突き破り私の鼓膜を震わせた。
同時に、その声の主に対してふつふつと怒りにも似た感情が湧き上がってきた。
「よっ、久しぶり。」
私の前に姿を現したのは『ナンバーズ』のNo.09--クロエだった。
「……」
「ちょいちょいっ!無視?何故無視?」
フレンドリーに近づいてくる忌々しいクロエに一言も返さず席を立つと、逃すまいとクロエが私の腰に抱きついてきた。
あとなんかすりすり腰に頬ずりまでしてきた。やめて欲しい。
「なにか?私になにか?離してもらってもいいですか?」
「おぉいっ!やけに冷たいじゃないか!そんなに邪険にするなよォ。」
この人に関わるとろくな事がない。
私はクロエが抱きついたままずるずると引きずり、図書館を後にする。私とクロエの漫才をこだまさんが不思議そうに眺めていた。
「ちょっと……っ重いので離してもらっていいですか?」
「いやいやいや、ウチは一年に用があるんだよォ!」
絶対やだ。
また私を巻き込んで私だけ罰を受けるやつだ。断固拒否する。
「この間は悪かったって!謝るから!」
「どうせくだらない用事でしょう?他の子を誘っては?友達いないんですか?」
「おい!それは心外だぞ!?こう見えてみんなから慕われてるんだからなウチは!!」
「じゃあ慕ってくれてる子達とウィンドショッピングでもしてきてください。私は、外出れないけど!」
嫌味と恨み言を多分に込めてクロエを引き離す。
無理矢理突き放されたクロエが床に潰れたカエル見たく置き去りにされ、泣きそうな顔で私を見上げてくる。
「めっちゃ根に持ってんじゃん!ウチ、ちゃんと反省してるって!ごめんって!今日はその事で来たの!」
その事?
「……また東京に来いとでも?」
「いや行きたいなら何度でも連れてってやるよ!行く?今から行く?」
……こいつは私を退学処分にでもしたいのか?
「……なんなんですか?」
床に這いつくばる彼女の姿があんまり惨めに見えたので、私は仕方なく彼女に歩み寄った。
近づいた途端、凄まじいスピード感で再び私の腰に腕を回してがっちりホールドする。
「……あー、一年なんかいい匂いすんなぁ。あと、腰細い。飯食ってる?」
「やめてもらっていいです?」
「うわマジか……結構硬い?…もしかして腹筋割れてたりすんの?やばエロ……ちょっと見せてもらっていい?」
私はあらん限りの力を使って再度クロエを突き放した。
「待っでぐれよぉぉぉぉぉぉ!!軽いスキンシップじゃないかぁぁっ!置いてかないでよぉぉぉ!!」
惨めったらしく這いつくばって号泣するクロエ。ほんとにやめて欲しい。
「いちねぇぇぇぇぇんっ!ちょっとでいいからぁぁぁぁ!!じかんくれよぉぉぉおおっ!!」
クロエの大絶叫に廊下を行く生徒が何事かと私とクロエを交互に見る。
「ずでなぃでぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
……ほんとにろくな事がない。




