第4章 1 始まりの足音
--嘘つき、という言葉は嘘をついた時に言われる言葉だ。
私は誰かに嘘をついたのだ。つまり、約束したということだ。
真実でないことを私は言わないと思う。なので、私が嘘つき呼ばわりされたのは、きっとなにかの約束を守る破ったんだろう。
約束--未来を誓う言葉。
私にそんな人がいるのだろうか……いたんだろうか……
きっとあの子は、本当に、心の底から私に裏切られて傷ついたんだ。
そういう顔をしていたから。
私が思い出した彼女の顔が、今だに頭から離れない。
私は彼女に何をしたのだろう……
髪に隠れた右目の奥に焼き付いた彼女の顔に問いかけても、その答えは返って来ない。
--謝りたいな、なんて思った。
ただ漠然と、思い出せない『何か』に対して詫びたいと思う。
そんな私は、どうかしているのだろうか?
※
図書館に着いた私たちは、いつものテーブルに着くのではなく、入口横のカウンターの奥--図書館の準備室にやってきていた。
図書準備室は、手狭な書庫といった感じで、一面を収納棚に囲まれている。
棚の中では修繕中の本や資料等、普段は本や棚に並ばないものを拝むことができる。
部屋の隅っこには小さな事務机が置かれており、そこに古い型のパソコンがあった。
「--課題の為の調べ物でどうしても必要なんです!」
コハクがそんな嘘バレバレの芝居をすると、こだまさんはなんともあっさりパソコンの使用を許可してくれた。
「……ごめんねこだまさん。迷惑かけて…」
私がこだまさんに謝ると、彼女は首を横に振って気にするなと許してくれる。
ついでに人差し指を唇の前に当てて「ないしょ」のジェスチャー。
……どうやら全て承知の上で付き合ってくれたらしい。
私たち三人は深々と頭を下げて礼を言う。ここまでしてもらって目的がただの暇つぶしというのだから情けない。
「これも青春だよ。」
私のそんな感想にコハクが適当な返しをしながら、早速インターネットにアクセスする。
「……これ、閲覧復歴とかチェックされてないかな?」
「こだまさんが仕事で使ってるんだし……そんな厳重にする必要なくない?」
コハクの言い分ももっともだ。私も少し神経質になってるようだ。
「マズ、ナニヲシラベルノ?」
と、私とコハクの後ろでシラユキが首を傾げる。ジュースを持ってきてくれたこだまさんがそんなシラユキを後ろから腕を回して包み込むように抱きしめた。
シラユキの頭頂部に顎を乗せてパソコンの画面を覗き込むこだまさん。こだまさんも気になるみたいだ。
「まず、ちゃんと会社のこと知らないと……」
コハクは社名を検索する。検索結果として、ずらりと関連サイトや記事が表示された。
コハクはまず、一番上表示された公式ホームページにアクセスした。
よくある企業のホームページが表示される。コハクは会社の概要をまずチェックする。
本社は東京都渋谷区、創業は六十年前。
資本金は約八千万円。年商七十億。従業員数約七百人。代表取締役社長は橘秋葉。
主な事業は医療機器の生産とあり、さらに詳しく見てみると……
「……ほんとだ、『サイコダイブ』導入機って書いてある。」
でかでかと、『サイコダイブ』導入機の唯一の国内生産を行っているとあった。
どうやら国立研究開発法人の研究機関と共同で『サイコダイブ』の研究、機材の開発等を行っているらしく、企業の規模に反して想像以上にオフィシャルなことをしているようだ。なんだオフィシャルなことって?
「……へぇ、元々は医療機器の製造してたただの会社みたい……」
「……今も主力はそっちみたいだね。」
事業説明を読むコハクに私は頷いた。
主に病院等で使われる医療機器の製造、販売を行っているようで、基本的な事業はそれになる。
ただ、企業ホームページでは近年本格的に実用化された『サイコダイブ療法』の立役者として、そちらの方が大々的にピックアップされていた。
ホームページでわかるのはそれくらいのようだ。
その後、私たちは様々なサイトを見て回ったが、ネットにある記事はほとんど『サイコダイブ』導入機を研究所と共同開発したという当時の記事ばかりで、目新しいものがない。
「……スゴイカイシャ、ナンダネ。」
と、素朴な感想をシラユキが述べる。
ちなみにシラユキはまだ漢字の読み書きが完璧にできる訳では無いのでいちいち内容を私やコハクが口頭で読んで教えてあげていた。
「ふぅむ…この会社、理事長と揉めてるんだよね。」
と、コハク。
「あんまりいい雰囲気ではなかった。」
私、ビンタされたし……
問題なのはその揉めた内容なのだが、私はクロエたちや橘社長の言葉の端々に違和感を持っていた。
-- …ま、ああなるか。子供取られたくないもんな。
--娘に触らないで!!
彼女らの話題には--おそらく交渉の中心であった内容の中に、「娘」というキーワードが頻繁に出てきた。
会社の事業や理事長との関係での拗れなのだろうか?
私の脳裏に花梨の陽気な笑顔が浮かぶ。
「……そもそも、『サイコダイブ療法』ってうちの学校ばっかりがやってるのかな?他の『ダイバー』っていないのかな?」
『サイコダイブ』関連での揉め事なのか、理事長個人との関係の拗れなのか、『サイコダイブ』というものがこの寄宿学校の専売特許なのか--
調べるには情報が足りない。
「じゃ、他のとこを調べてみようか。」
と、私の疑問にコハクは次のキーワードを検索しようとする。
(株)オフィシャルテクニックの検索結果ページがスクロールされていく中、私は一つ、気になる記事が目に止まった。
--橘秋葉、“睡眠療法”論文、学会に発表
……?“睡眠療法”
「それじゃあ、理事長について調べてみる?」
私の目に止まった記事はすぐに検索窓までスクロールされ視界から外れた。
コハクはそう言いながら、理事長の名前を検索した。
「……理事長の名前とかどこで知ったの?」
「逆に知らないの?」
と、私の質問にコハクが返す。そういえばハルカも普通に知っていた。それが当たり前なのか?
「ナンテヨムノ?」
「くどうたまき、だよ。」
私が読み方を教えてやると、シラユキは記憶に刻み込むように「クドウタマキ。」と復唱する。片言でかわいい。
「うわ……全然出てこない。」
驚いたことに、彼女の名前で検索をかけても、彼女自身の情報は一切ヒットしなかった。
そのほとんどが、同姓同名の誰かのSNSアカウントだったり、工藤環という名前の画数占いだったりだ。
全国的にも有名な学校の理事長で、色々な事業も手がけててもおかしくなさそうな人なのに、財界人としてはあんまりな知名度だ。実は大した人ではないのでは?
「ダメだ。ウィキにすら記事がない。詰んだね。」
と、コハクがお手上げと両手を挙げた。
ここで、一定知的好奇心が満たされたコハクがこちらに振り返った。
「やっぱり『ナンバーズ』に直接訊くしかないねぇ。」
「早いね、万策尽きるの。」
私の返答にコハクはあははっと呑気に笑いながら席を立った。
「こだまさん、ありがとう。」
「ありがとう。」
「アリガトウゴザイマシタ。」
捜査協力してくれたこだまさんに三人で礼を言う。片言で頭を下げるシラユキにこだまさんがよしよしと頭を撫でてやる。かわいい。
「さぁて、どうする?」
もう全部どうでも良くなったコハクが欠伸しながらこの後の予定を尋ねる。
すると、シラユキが控えめに手を挙げた。
「ワタシ、ニホンゴ、ベンキョウスル。」
どうやらネット記事の漢字表記の多さに日本語の読み書きの必要性を一層感じたようだ。
それならばこの図書館以上に日本語の勉強に適した空間もないだろう。
それに、勉強するというなら図書室、図書館は定番だ。最も、私は勉強する場所だとは思っていないが……
「じゃあ…シラユキの勉強会かな?」
と、そんな感じで探偵ごっこも幕を閉じ、私たちの休日はいつも通りに紡がれ始めた。
--その頃には、私の胸の中の不穏なわだかまりもすっかり解けてしまっていた……




