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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第1章 夢の世界へ
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第1章 5 灰色の日常

 

 ※



  補給を終えて、メンテナンスも終えて、これで私の体は何時でも発進できる状態になったわけだが…

  私たちの仕事は夜から……


  夜の帳が降りるまで--私はただの女子高生。

  朝のルーティンを終えて、閉鎖的な私たちの一日が始まるわけだ。


  寮を後にし私たちは渡り廊下を歩き再び学舎へやってくる。

  ぴかぴかに磨きあげられた廊下を上履きで汚しながら、私たちは自分の教室の扉を開く。


  例によって古臭い学舎の教室も古臭くどこか歴史を感じさせる。

  正面に大きな黒板がありその前に教壇、向かい合う形で木製の古びた机たちがお行儀よく整列している。よくある足がパイプの学校机ではなく、全て木製。

  イメージとしては明治や大正の頃の学校はこんな感じだったのではないだろうか…

  教室も狭く、三十人分の机と椅子を並べたら後ろまでいっぱいいっぱいだ。

  照明も小さく頼りないが、大きな窓が並んだ外側の壁からは朝の日差しが差し込んでおり、自然の照明で気分がいい。

  教室中木の香りが漂う、どこか非日常的な空間--なんてのも最初の頃だけで、今はエアコンがないことにぶーたれる日々だ。


  無駄なセキュリティばっか積む前に快適な学習環境を確保して欲しいものだけど…


  そんな風に代わり映えのしない教室で、私は自分の席に座る。


  この四月から高等部に進級した私だが、教室もクラスメイトも、何も変わらない。小学部の頃からこの教室、このメンバーだ。

  最も新しい顔ぶれになることは無いが、いつ間にかいなくなってしまっている子は何人かいるが…

  そんな子達が一体誰だったのか……その顔も名前も、いつかは記憶が霞んで忘れていってしまう。そうやって、やがては誰もその子の事を口にしなくなっていく…


  クラス全員、約三十人が入室した数分後、一日の始まりを告げるチャイムと共にマザーが教室に入ってくる。このチャイムの音もまたどこか古臭く哀愁が漂っている。


  「--みさなん、おはようございます。」


  さっきぶりに見るマザーの顔。私の心がまた泡立ちはじめる。こんなことでイライラしていてもしょうがない。分かっていても、やはり自分の中というものは自分一人では騙し通せないものなのだろうか…


  寄宿学校の勉強自体は、普通の学校と変わらない…

  最も、幼い頃からこの世界しか知らない私にとっての普通とは、テレビや雑誌で眺める遠い外の世界の話であり知識としてしか知らない。


  というか、私にとっては“これ”が普通なんだ……


  黒板に連なっていく白い文字を視線で追いながら私はそれをノートにひたすらに書き写していく。そうすると、ただ書いているだけなのに自然と内容が頭の中に定着していく。


  これが安心安全、最高の教育と言うやつなのだろうか…


  一限の授業が終わり、二限、三限と授業が続く。

  担当するのは相変わらずマザーで、やっぱり代わり映えのない光景が淡々と続いていく。


  普通の中学や高校では、教科ごとに教科担任という奴がいてそれぞれ受け持つ教科を教えてくれるらしい。つまり、授業の内容によって先生が変わるわけだ。当然、教え方や内容も…

  他にも別のクラスと一緒に授業を受けたり、楽しい行事があったりするらしい。


  この寄宿学校にはそんな行事などないし、別のクラスの生徒とも休憩時間以外接する機会もない。

  当然、全て授業をマザーが一人で受け持つので、淡々と代わり映えのない日々の授業が尚更代わり映えのないものに思えてくる。


  変化のないことが安心に繋がる--


  以前藤村先生がそんなことを言っていた気がする。

  しかし、この閉鎖的な寄宿学校の日々がいつも同じ顔ぶれで紡がれていくからこそ、新しい出会いも刺激もないからこそ、より一層閉鎖的で息の詰まる生活になっているように私は感じていた。



 ※



  特筆すべき変化もないまま、今日も私たちの一日は終わりを告げた。


  全ての授業が終わり、生徒たちがぞろぞろと教室を後にして寮へと帰っていく。

  今からは貴重な自由時間だ。

  部屋でのんびりと自分の時間を過ごすもよし、課題を片付けるもよし、学校の敷地内なら出歩いてみてもよし。


  「…ハルカ。」


  そして私は、真っ直ぐ寮へと帰るでもなくハルカと合流して中庭にやってきていた。

  朝とは違い力強い陽光が相変わらずガラスの天井から中庭を照らしていた。柔らかな朝の日差しとは違う、大地を温める眩しい陽の光。今日は一日快晴だったため、 春の太陽といえど随分暑く感じた。

  季節が変わり随分日が長くなってきた。

  早く日が落ちる冬場は最悪だ。この古ぼけた学舎も寮も、照明だけでは薄暗く昼間の様相とはうってかわり酷く陰気で不気味になる。おまけにエアコンなんて気の利いたものはないせいでひどく冷え込む。

  寮の自室に戻るまで、一日震えっぱなしだ。


  「…今夜またあの夢に潜るわけだけどさ…」


  ブレザーを着たまま少し動けば、額に汗が滲むくらい暖かな午後。

  私は中庭のベンチにハルカと並んで腰掛けて、昨夜の反省をはじめる。


  「あの夢の主は相当殻が厚いのね…」

 

  ハルカの呟きに私も一つ頷いた。


  『サイコダイブ』の際、夢の主--精神異常の原因となっている“敵”が強いということはそれだけ外からの介入…つまり私たち『ダイバー』を恐れているということらしい。


  夢の中、そして夢の主たちは夢を見ている人物によって世界の形も強さもまちまちだ。


  外から入ってくるモノ--外敵を排除しようという思想が強ければ硬く、

  そして強くなる。

  自分の殻の中にそれだけ強固に閉じこもっているという訳だ。


  臆病かつ攻撃的な性格ほど、夢の中の敵は強くなる。

  なので、それを破るためには私達も相応に深く夢の中に入り込むしかない。


  「もう少し深くまで入り込まないと、あいつは破れないね…今日はもっと深度を下げてみよう。」

  「でも、今日は二人じゃないのよ?」


  深度を下げればより深く対象の夢の中へ潜り込める。

  同時に、自他の境界線はより不明瞭になっていき、相手からの精神干渉も受けやすくなる。

  つまり、精神汚染のリスクが上昇する。


  「…適正テストはクリアしてるなら問題ないよ。この学校にいる以上、いつかは通る道だ…」

  「今日初めて潜る子よ?」

  「そんなことを言っても『ダイブ』する以上リスクはついてくるんだ…遅いか早いかは問題じゃないよ。」


  私は正直、今日初めて潜るという『ダイバー』の事などすっかり念頭になかった。

  ハルカは随分と新人のことが心配らしく、その後もしばらくごね続けていた。


  「…今までの深さじゃあのうさぎは倒れない…倒しきれないで痛めつけられるのと深く潜るの、どっちも同じぐらいリスキーだ。」

  「……戻ってこれるかな?」


  ハルカの目にははっきりした不安の色が濃く浮かび上がっていた。

  もしかしたら彼女の脳裏にはこびりついているのかもしれない。

  過去にそのようにして廃人となって消えていった「誰か」の姿が……


  私が忘れてしまった「誰か」が--

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