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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第3章 借り物の夢で
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第3章 17 殺してやる

 

 

  私の身体に頭突きにより二本の角が深々と突き刺さった。

  腹部に激しい痛みと熱さ、太く荒削りの杭のような角が私の腹筋の肉をかき分け深くに入ってくるのが分かった。


  「……ぅ!」


  頭突きをモロに食らい、今日何度目になるのか、私の身体は弾け飛んだ。


  無防備に地面に叩きつけられた体が悲鳴をあげる。仰向けで地面に転がって動けない。


  頭の中で、不快な記憶が絶え間なくフラッシュバックする。


  --一体彼は、何人殺したんだろう。


  肉を切り裂く感触や、生きたまま焼けていく肉の臭い。

  私の中の男の記憶では、それは至高の思い出として輝いている。


  そんな夢の主の凶暴性をそのまま具現化したような怪物は、のっそのっそと私に向かって歩いてくる。

  金棒を拾い上げ、私にトドメを刺さんと……


  まずい、起きろ……っ


  私は右手をついて何とか体を持ち上げた。同時に、再び得物をイメージするが、影からは何も出てきてくれない。


  ……自我の境界が薄れてる。


  私という存在が徐々に精神汚染に塗りつぶされていく。もはやこの世界で戦うことも、存在する権限さえ呑み込まれかけている。


  目の前まで迫る鬼。鬼の背後には奴が捨てた青龍刀。


  ……あれを拾うしかないが…


  腹からは絶え間なく血が流れ出てくる。目の覚めるような鮮血だ。

  この美しい赤が私の中で脈打っている--


  この期に及んでそんな至極どうでもいいことを考えるようになったらもういよいよおしまいかもしれない。


  血が綺麗なんて感性も、私のものか分からない。分からなくなってしまった。


  やつを掻い潜り後ろに回れれば青龍刀を拾えるが、とてもそんな元気は無さそうだ。真正面から行ってもこの傷だ。あっさり叩き潰されて終わりそう。


  迫り来る“死”を前に私は観念したように天井を仰いだ。

 

  ……。


  鬼がいよいよ私にトドメの一撃を浴びせんと金棒を振りかぶった。


  その瞬間--


  私は残り少ない体力を振り絞って、猛然と駆け出した。


  私の捨て身とも取れる行動に、鬼も雄叫びを上げる。

  金棒が頭まで迫る。一秒後、このままいけば私の頭は潰れたトマトみたく中身をぶちまけ潰れるだろう。


  --しかし、先に頭を潰されたのは鬼の方だった。


  鬼の頭上--彼自身が開けた大穴の亀裂。無理矢理こじ開けた穴によって生じたひび割れが、外からの衝動に形を保てず天井から切り離された。

  ひび割れがそのまま瓦礫として切り離され、重力に引っ張られて鬼の頭頂部に落下する。

  車一台分はあろうかという重量と質量が鬼の頭頂部を砕き割った。


  頭部への衝動に鬼の体がブレて狙いが逸れる。

  かなりギリギリで冷や汗ものだが、的を外した金棒が私の真横の地面を砕き割った。


  四散する礫に打たれつつも、私は走った。


  鬼の背後をとり、転がっている青龍刀を拾い上げる。

  そのまま止まることなく、先刻斬りこんだやつの首に刃を一閃した。


  鬼も、瓦礫の直撃だけで力尽きることはなく、振り向いて反撃に出る。

  金棒が横薙ぎに私に迫るが私の方が速い。


  既にえぐれた傷口に、私は渾身の力で青龍刀を叩き込んだ。


  「……っ!!死ねっ!!」


  小さく短く、呪いを込めて。私の口から零れた殺意は言霊となり、鬼の首を斬り飛ばす。

  同時、鬼の振るった金棒が横から身体に叩きつけられた。

  全身の骨が砕けるような衝撃に血泡を吹きながら私は吹っ飛ばされる。


  駐車場の壁に叩きつけられながら、膝から崩れ落ちる怪物の最期を見届けた。


  ……そう、それでいい。


  いくら夢の中だって、あんなのが闊歩する駐車場なんておかしいに決まってる。




 ※


 


  「……大丈夫ですかぁ?」


  流石に疲れて地面に転がる私の頭上からマイの声が聞こえてくる。


  瓦礫はマイが上から落としてくれた。どうやら無事だったようだ。


  「……」


  声をかけ返す元気もなくて私は無言で手を挙げて応じた。

  今はとにかく腹が痛い。あと左肩。

  現実ではないと分かっていても、目が覚めた後が不安になるダメージだった。


  ……しかし、今問題なのはそこではない。


  ……夢が覚めない。つまり、あいつじゃないってこと。


  『サイコダイブ』の導入機が、精神異常の解消を認めていない。つまり、敵はまだいるということだ。


  ……あのこけし。


  最初にレイピアで串刺しにした翁のこけし。


  あれに近づいた途端凄まじい精神汚染が広がった。多分、あっちが異常の核だ。


  ……精神汚染。こっちも何とかしないとな。


  私の中には今だ、どす黒い狂気が燻っている。おそらく、適切な処置を受けないと改善しない。


  「今、そっちに行きます!」


  頭上からマイの声が降ってくる。


  「……だめ。今は近づかないで。」


  何とか腹から声を絞り出し私はマイに忠告する。

  殺人衝動を抑えきれない。今近づかれたら何をするか分からない。


  「でも…」

  「いいから。あなたはさっきのこけしを探して。見つけても近づいてはダメ。私がそっちに行くから位置だけ教えて。」


  こけしに近づいた際の精神汚染は尋常ではない。近づけない。

  何とか遠距離から仕留める手立てを考えなければ……


  「無理しないでください!そんな体で動いたら……」

  「……いいから、放っといて。」

 

  私の忠告を無視してマイが降りてこようとする。私はきつい口調で静止するが、結局下に飛び降りてきてしまった。


  「……ばか。勝手なことするなって…」

  「動けないでしょ?安全な所まで連れていきます。」


  --細い首だ。

  きっと絞めたら簡単に折れる。身体も小さくて柔らかそうだ。お腹にナイフを突き立ててかき回せば、きっと楽しいだろう……


  あぁ、最悪の気分だ。


  私は青龍刀をなるべく遠くに放り、私に肩を貸してくるマイを睨む。


  「……私はいいから。」

  「良くないです。」

  「……今、精神汚染の影響を受けてる。あなたに危害を加えないとも限らない。」

  「大丈夫です。多少なら我慢します。」


  なんなのこの子は…


  「……あなたね。」

  「助け合わないと…私、シオリさん死んじゃったら悲しいです。嫌です。」


  …本当に何を言っているのか。


  最初はあんなにオドオドしていたくせに、随分偉そうなことを言ってくれる。私を助けるというのなら--


  「……」


  助けられたか…


  彼女のアシストがなかったら今頃私の頭は潰れてた。

  今もこうして彼女の肩を借りて歩いてる。というか、助けられてしかいない。


  ……ダメな先輩ね。


  なんだか情けない気分になって、私は何も言えなくなった。


  確かに、片方が完全に殺られたら不利な状況になる。この世界はあくまで持ち主が主導権を握っているのだ。

  こんな状態の私がお荷物以外の何なのかはさておき、互いの安全を確保し合うのは重要だ。

  一人より二人の方が、生存率は高いに決まってる。


  「ここ、出口とかないんでしょうか?あのエレベーター、乗れるかなぁ?」

  「マイ、聞いて。まだ倒さなきゃいけない奴がいるの……だからまず上に戻って…」

  「の、前にシオリさんを安全な場所に運びます。そいつは私に任せてください。」

  「……あのこけしは近寄ると精神汚染が進行する。危険だから…」


  私の話などお構い無しにマイはエレベーターを呼び出す。呼び出しボタンを押して間髪入れずに扉が開いた。


  「これ、どこに行くんでしょう?」


  あまりにも不用意だ。夢の世界で行き先も分からない場所に入り込むなんて。


  「……全く。」


  マイに引きずられるように私はエレベーターに乗り込む。


  エレベーター内は普通で、階のボタンは地下三階から十二階まである。

  白い壁には掲示物が貼られており、十階より上はレストラン街らしい。


  ……どこかのショッピングモールかなにか?これもこの夢の持ち主の記憶の一部……


  思い出の場所かなにかだろうか?しかし、そんなことはどうでもいい。


  マイはおそらく適当に一階のボタンを押す。すると、地下二階の階表示が徐々に上昇していく。


  「とりあえず広いとこに行きましょ?戦いやすいし、ここデパートかなにかみたいだからもしかしたら医療品とかあるかも…」

  「……ここは夢の世界よ?中の構造がどうなってるかなんて…」


  現実に則するとは限らない--そんな私の指摘は、目的階に着いたエレベーターの軽やかなピンポーンという合図に遮られる。


  「……あれ?」


  しかし、一向に扉が開く気配はない。階表示は一階を示している。

  マイが何度も「開く」ボタンを押しても扉は反応しない。


  私は警戒しつつ辺りを見回すが、エレベーターの中だ。四方は壁に囲まれ、何も無い。


  そう思い込むのがまた、致命的な油断で命取りなのだと、私は本当に学ばない。



  --殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す


 

  瞬間、私の思考が殺意一色に染る。


  まるで、それをしなければならないかのような、いっそ本能に基づく欲求のようにすら感じる殺意が私の中を侵す。


  食欲や睡眠欲、性欲みたいに--それを感じ、その欲求を満たすことが当たり前であるかのような--


  「……っ!!」


  強烈な精神汚染。私は足下に視線を落とした。


  私とマイの足下には、あの翁の面をつけたこけしがひっそりと佇んでいた。


  いつの間にっ!?


  「--っマイ!!」


  私が呼びかけるとほぼ同時、私の身体はエレベーターの壁に叩きつけられた。

 

  「……っ」


  私に肩を貸していたマイが、虚ろな目で私の首を締め付けてくる。


  あっという間に呑まれてしまった。


  「--泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け泣け。」


  うわ言のようにマイが私を締め上げながら呟く。完全に狂気に染まっている。自力脱出は難しい。

  そしてそれは私も同じだった。


  --殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。


  マイに対する猛烈な殺意。ふつふつと湧き上がる破壊衝動。

  目の前の女は私に犯され、殺されるために産まれてきた--そう信じて疑わない程の強烈な精神汚染。


  ……戻って来れなくなる!


  自然、私の手もマイの首に伸びていく。

  抗うことすら困難な精神汚染。近づくだけで殺し合いをさせられる。この夢は凶悪だ。


  殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す--


  抗いきれない。こけしとの距離が近すぎる。


  かろうじて理性を保った私の自我が、視線をマイから離した。


  そのまま私の中の殺意の奔流が視線の先に注がれた。

  単純だが、今できる唯一の抵抗だ。そして、それはかろうじて効果を発揮する。


  私は足下のこけしを蹴っ転ばし、その顔面を思い切り踏みつけた。


  『キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ!!』


  絶叫と共に一瞬私の思考の霧が晴れ、同時、私の身体は宙に投げ出された。


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