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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第3章 借り物の夢で
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第3章 16 駐車場の鬼神

 

 ※



 

  巨大な拳に打たれ、私の体は地面に叩きつけられた。

  それでも有り余る剛腕の力に、地面が割れて私はひとつ下の階まで落とされてしまった。


  「……っ!」


  落下中に身をよじり、かろうじて受身をとることに成功する。

  致命的な地面との衝突は回避したが、降り注ぐ瓦礫の雨はすべて回避できない。石の雨が容赦なく私の体を打った。


  ……ちっ。


  ダメージを負ったことで私の精神汚染が進行する。


  --他人を傷つけたいという欲求。


  形容しがたい、およそ常人の精神では理解できない感情と衝動が私の中で膨れ上がる。


  殴ることが快感だ。酷く心地いい、それが生きがいと言っても差し支えない。


  男は殴る。女は犯す。子供は親の前で殺すのが最高だ。どっちの悲鳴も聞けるから--


  ……こいつはとんでもないサイコ野郎の中に入り込んだみたい……。


  当たり前のように刷り込まれていくこの夢の主の常識に私の理性が必死で抗っている。


  このままではまずい。何も出来なくなる。


  精神汚染が異常なレベルで凶悪だ。時間経過と共にどんどん私が塗りつぶされていく。


  「……早いとこ、決着つける。」


  ダメージを確認しながら私は立ち上がった。頭上には大きな穴が開き、今にも天井が崩れ落ちてきそうだ。


  ……あの子は?


  私は上の穴から、上階に居るだろうマイの姿を探す。無事なのだろうか?巻き込まれていないか?


  しかし、他人の心配をしている暇はないとすぐに悟る。


  天井の大穴の周りに、どんどん亀裂が入っていく。崩落の予兆に私は跳躍した。


  私の立っていた場所に瓦礫の雨が降り注ぐ。車を押しつぶす石の雨の質量は凄まじく、まさに破壊の豪雨だ。


  そんな頭上から、さらなる破壊の権化が降り立った。


  身の丈三メートルはある大男。

  上半身は全裸で、下には褌だけ。毛深い体は筋肉質で、右手には金棒が握られている。

  最も特徴的なのは顔だ。厳つい体つきとは裏腹に、顔にはコミカルな怒り顔の赤い面をつけている。

  丸い目に大きな黒目、口はへの字に曲がってギザギザの牙が描かれてる。なんとも迫力のない顔だ。

  面の向こうからは二本、肌の色と同じ角がそそり立っている。


  金棒を持って角を生やした大男--目の前には鬼がいた。


  さっきのこけしとは別か……こいつが私を落とした方……


  私と対峙する鬼は窮屈そうに背中を丸めて、低い唸り声をあげてこちらを威嚇している。


  あの子はあの位置なら巻き込まれた可能性は低い……


  とりあえず今は構ってられない。私が目の前の敵に集中すると同時に鬼が走り出した。


  「--っ!」


  弾かれるように私も鬼に向かって走る。互いに一直線、両者の視線が交差する。


  鬼の豪腕がうなり、地面を削りながら下から上へ、巨大な金棒が私に向かってくる。

  直撃すればミンチ必至の一撃を、滑り込むように鬼の股下に入り込むことで回避。

  そのまま鬼の下を通過しながら両足のアキレス腱を鋭く突いていく。


  股下をくぐり抜けて背後をとった私に、金棒の追い打ちが続けざまに繰り出される。低い姿勢のままステップを踏み、後退しつつそれらを躱していく。


  角に追い詰められた私が軽自動車を踏み台に横っ跳びで回避する。その軽自動車が、金棒の直撃で一撃のもとスクラップにされる。

  横に逃げ回る私に対して鬼は体をひねり蹴りを放ってくる。


  空中で見事直撃した鋭い蹴りに私の身体は紙切れ見たく吹っ飛ばされた。


  受け身もとれずワゴン車に突っ込む。全身を打ち付けた痛みに肺の空気が絞り出された。


  ……でかい図体の割に身軽なやつっ。


  ダメージに身体の動きがすっかり鈍くなる。

  それを見逃すはずもなく、弾丸のように飛んでくる鬼が振り下ろした金棒がワゴン車を上からぺしゃんこにした。

  危うく車と運命を共にするところだった。私はかろうじて躱し、金棒を足で踏みつける。


  得物の動きを封じてレイピアを一呼吸のうちに叩き込む。しかし、それも見切られ左腕を盾に急所への攻撃は弾かれた。


  この巨体にしてみれば爪楊枝で刺された程度のダメージ。私の鬱陶しい攻撃など意に介さず、鬼は金棒を無理矢理持ち上げた。

  金棒を足場にしていた私の身体はまたしても吹っ飛ばされ、空中で鬼の鉄拳をモロに食らう。


  「--がっ!」


  背骨が軋むほどの衝撃、私の身体は後方へ弾け飛び柱に打ち付けられた。


  通用しない……これじゃダメだ。


  手にしたレイピアを捨て、私は影に手を入れた。

  鬼が突っ込んでくる中イメージを練り上げ具現化する。


  持ち出したのは青龍刀。薙刀のように柄の長い太刀。


  私は迫る鬼に対して距離を取りながら、分厚い刃を横薙ぎに一閃する。


  首めがけ飛んでくる斬撃を左腕でガードする鬼。強靭な筋肉に挟み止められ腕の半分くらいでめり込んだ刃が止まる。


  今度は鬼の金棒が地面に対して水平に滑る。私の細い身体を消し飛ばさんと空気を裂き迫り来る。


  握った青龍刀の柄をしっかり握り、体重をかけて私は跳んだ。鬼の左腕にくい込んだ刃がより深くくい込み、そんな鬼の腕を支えに私は棒高跳びの要領で跳び上がる。


  足下を金棒が通過していく。


  ヒヤリとしながらも私はそのまま鬼の顔面に思いっきり蹴りを食らわせる。

  ふざけた面にヒビが入り、首が後方に弾けた。そのまま私は体重を青龍刀にかけて着地する。


  刃のくい込んだ左腕は切断には至らなかったが、大きく傷口を裂いて抉る。酷いことになった傷口からはドバドバと血が噴き出した。


  そんな左腕の負傷など気にもとめず鬼は私に襲いかかる。

  鬼が間合いを詰める分、私も後退する。退りながら青龍刀で再び左腕に斬り込む。


  刃はあっさり鬼の左腕の傷口にくい込み、そのまま腕の肉を切り裂いた。

  完全に腕を斬り飛ばしそのまま体も切断しようと振り抜く。


  しかし届かず、金棒が青龍刀の刃を弾き、私の身体もその反動でバランスを崩す。


  晒した隙に鬼は一切の容赦なく襲いかかる。丸太のような蹴りが私に一直線に飛んでくる。

  それをすべて何とか躱すが、振り下ろされた金棒に私の対応は遅れた。


  かろうじて直撃は避けた。しかし、避けきれなかった左肩の上に金棒が落ちてくる。


  人一人をコンクリートの天井ごと突き破る剛力で振るわれる、百キロはあろうかという金棒の一撃。

  当然無事で済むはずもなく私の耳に肉が爆ぜて骨が砕ける音が聞こえてきた。


  「--っぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


  思わず絶叫する。

  夢の世界故か、かろうじて腕は繋がっていたが、肩の肉は抉れて中から白い骨が頭を覗かせている。

  ぶらぶらと力なく垂れ下がる左腕に力は入らず、当然使い物にならない。


  --痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!


  --殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!


  私の中で凶暴な思考が膨れ上がる。


  なぜ私が泣き叫ぶのか?泣くのは私じゃないのに…

  許さない。この肉ダルマを切り刻んで食ってやる。生きたまま体を刻む。

  この私にこんな仕打ち--こいつの悲鳴はさぞ甘美な味がするんだろう。


  地面をのたうつ私にさらに金棒が振り下ろされる。

  身体を転がしてそれを躱す。私の左肩を砕いた一撃が、地面を派手に叩き割る。


  脚と手をもぐ。それで動けなくしてから下から順々に……


  「……悪いけど、」


  さらに横薙ぎに振られる金棒を頭を下げて回避。そのまま一気に懐に飛び込んだ。


  「私にそんな…趣味はない!!」


  頭の中を駆け回る呪詛をかき消すように私は叫ぶ。

  右手で振り回す青龍刀の柄が鬼の硬い腹に直撃し、体をくの字に折り曲げた。

  その反動で鬼との距離が少し空く。そのスペースで私は再度青龍刀を一閃する。


  渾身の力で薙ぐ青龍刀が、硬い腹筋を切り裂き、致命的な傷を与えた。


  ここで終わらせるな!


  力が抜けたように項垂れる鬼に対して私はさらに追撃する。下がる鬼の顎を柄尻で突き上げ無理矢理立たせ、今度は首に刃を叩き込む。

  やはり硬い。一撃では切り離せず刃が弾かれた。


  「……っの!」


  身体ごと回転しさらに二撃、三撃叩き込む。その度黒っぽい血が飛び散って、夢の世界と私を汚らしく汚していく。


  まだ……っ!


  さらなる追撃。首に向かって刃を滑らせる。その時鬼の右手が動いた。

  首に直撃する寸前。金棒を離した右手が刃を掴み止める。

  万力で固定されたみたいにピクリとも動かない。同時に、力を込め続ける刃がくい込み鬼の手の中でも血が溢れる。


  私は影からレイピアを具現化する。

  影の沼から這い出したレイピアが私の足下に転がった。

  私はそれを拾い上げることはせず、爪先で蹴りあげる。

  爪先に弾かれたレイピアは剣先を鬼に向けたまま弾丸のように飛んでいく。そのままいけば、鬼の眉間を鋭い切っ先が貫通するだろう。


  そんな予感を裏切るように、鬼の顔ががくりと項垂れる。

  私に頭頂部を見せつけるように頭を下げる鬼にレイピアが迫る。しかし、レイピアの切っ先は頭に生え二本の角に器用にからめとられ弾かれた。


  「……っうそ!」


  しかし、最悪なのはそのから。

  鬼はそのまま、青龍刀の刃を握り私を捕まえたまま全体重を乗せて頭を私にぶつけてきた。


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