第3章 15 シオリとマイ
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寄宿学校に戻って早々に寮監室に連行された私は、二十分にも及ぶ取り調べを受けてようやく誤解を解くことに成功した。
私の意思で外出した訳では無いこと、クロエに無理矢理連れ出されたことを説明し、納得した寮監とマザーは揃ってため息を吐いた。
「No.09ね。……あの子も困った子だわさ……」
すっかり白くなった髪の毛に手ぐしを通し、しゃがれた声で寮監は呟いた。
「あたしらの言うことなんか聞きやしないし……かと言って『ナンバーズ』だからねぇ…」
「……マザー小林、その辺で…」
私のマザーに窘められ寮監は口をつぐんだ。
寮監の呆れたような呟き。それは言外に『ナンバーズ』がマザーたちの権限を超えた特権を有することを証明した。
クロエは問題児--しかし、『ナンバーズ』である以上、何も言えないと。
「事情はわかったわ。ヨミ。」
私のマザーはそう言って対面に座る私に向き直る。
「ただし、無断の外出を行ったあなたにお咎めなしという訳にも行きません。形式上、罰は与えます。」
「えっ!?」
ちょっと待って欲しい。
「全然分かってないじゃん……私は……」
「外に出たのは事実だからね。」
マザーに食ってかかる私に寮監はそう言った。
すでに決定したことだと、諦めろと。
本当に、本当にろくでもない日だ。今日は。
「……罰って?」
「そう身構えないで……軽いものよ。無断の外出を外出権の行使として、次の外出日の外出を禁じます。」
マザーは私にそう言ってペナルティを課した。その後取り繕うように私に言い聞かせる。
「例外を作ると他の子に示しがつかないのよ。ヨミ。」
「規則違反は然るべき手段で取り締まらないとね。」
マザーと寮監の言い分に、とりあえず私は納得した素振りを見せる。
二人の言い分もまぁ分かる。それに、ここで言い合っても仕方がない。
私は処分を受け入れて寮監室から退室する。
「……はぁ。」
本当に散々な一日だ。
私はぐるぐると空腹を訴えるお腹に応じて、その足で食堂に向かう。
道中イラついて廊下の壁を思いっきり蹴りつけると、ミシリと軋むような音が立つ。
苛立ちをぶつけながら私は今度あったらタダじゃおかないと、元凶である『ナンバーズ』に心の中で毒づいた。
※
--私たちは夢を見ない。
私たちの見る夢は他人の夢で、それすらも人の手で創り出す偽物だ。
でも、そんな私たちでも、借り物の夢に落ちる瞬間--その刹那、夢を見る気がする。
--嘘つき。
忘れられない誰かの呪詛。
いつまでも消えてくれないその声に、私の心は毎回締め付けられる。
一体あと何度、この声に詫びれば終わるのか?
--それとも、私が吐いた嘘を思い出せない限り、この呪いは永遠に続くのか……
記憶のそこから浮かび上がるように、私は夢の世界に浮上する。
目を開けた私の視界に映る景色は、夢とはとても思えないくらい酷く殺風景だ。
どこかの駐車場だろうか。
商業施設やマンションの自走式立体駐車場を思わせる世界が広がっている。
天井には換気用のダクトがむき出しに這っており、その下にはコンクリートの灰色の空。
視線を下ろせば車が等間隔に並べられ、明かりのつかないヘッドライトが私を見つめている。
駐車場はどんより暗く、天井の蛍光灯は切れかけで点滅している。
「……う?」
そんな夢の世界で、私は背後の声に振り返る。
見ると、見慣れない少女が、私の後ろに立っている。
「……。」
「……あ、えと。誰?」
彼女も『ダイバー』だろう。
黒い髪を三つ編みにした地味な女の子。見るからに頼りない。歳の頃は私より少し下そうだ。
「……シオリ。」
「あっ……マイです。どうも。」
訊かれたので名乗った。相手の方も困惑しながら名前を口にした。
「……えと、ここは?」
見るからに動揺している、キョロキョロと辺りを見回して忙しなく動き回る。そのくせ、私の傍から離れる気配はない。
「……あなた、初めて?」
「ああ……はい。潜るのは今日初めてで……あ、でも、訓練は毎日……」
「だったら余計なことしないで。」
強めの口調で忠告する私に少女--マイは怯えたように小さくなる。
……敵は?
私は影に手を入れながら周囲を警戒する。
私のイメージを受け取って夢の世界が私の得物を具現化する。
手にしたのは銀色のレイピア。
慣れ親しんだ感触と重量感に今日のコンディションを確認。問題なく夢の世界での自己形成の主導権を握れている。
……問題ない。
私は索敵を怠らず、駐車場の中を進む。
「あっ、待って!」
慌てた様子でマイが私の後を着いてくる。
一応彼女の方も気にしながら、敵の気配を探るがそれらしきものは現れない。
精神汚染の兆候もなく私は駐車場を一周してしまう。
場内は案外狭く、私が歩き始めた地点からちょうど反対側に斜路があり上に登っていけるようになっている。
「……なんにもない。なんだか拍子抜けですね。」
私の後を着いてくるマイはそんなことを言っている。緊張感がないのは如何なものか。しかし、多少は緊張も解けたようだ。
「……上に行くよ。」
「あっ、はい。」
一応声をかけてから私は上の階に登っていく。車用の斜路を早足で登り、二階に到着。
「……あの。」
「……」
私に続くマイがなにか話しかけてくる。おしゃべりしている暇もないので返事もせず聞き流すが彼女は勝手にしゃべり続ける。
「シオリさんは、もう何年も潜ってるの?私、中等部の二年で、今年からようやく潜れるようになったばかりで……」
「……」
訊いてもいないことを勝手にぺらぺらと喋り出す。特段重要なことでもなさそうなので私は聞き流すことにする。
「先輩はみんな大したことないよって言うけど……私、不安で……」
「だから?」
「あっ……だから、一人で心細かったっていう話。シオリさん一緒じゃなかったら大変でした。」
何が言いたいのかさっぱりだ。
いまいち要領を得ない彼女の声を聞きながら索敵を続ける。
何も襲ってこない?なぜ?
深度が浅いのだろうか?もっと深く潜る必要があるのか……しかし、彼女がついてこれるだろうか?
「シオリさんは初めて潜った時は、一人で……?」
どうでもいい質問なので、私は無視する。二階にも特に敵影なし。本当に拍子抜けだ。しかしこのままではいつまでも夢から出られない。
精神異常の原因を見つけなければ……
「私ね…訓練の時色々教えてくれた先輩いたんだけど…その人、居なくなっちゃって……」
私は三階に上がる。ぺらぺらと喋りながらマイも着いてくる。
「夢の世界ではお互い守り合うんだって、言ってた…」
「……」
「私、シオリさんのことちゃんと守りますね。あ、でも…そんなに強くないから……」
「…潜る時いつも誰かと一緒とは限らない。」
「あっ、…そうですね。」
「……自分の身は自分で守ろう。」
その先輩とやらはそれが出来なかったから居なくなったんだろう。
「……。」
私はある一点を見つめて足を止めた。
「……?シオリさん?」
私が見つめる先を後ろからマイも見る。
視線の先--黒いセダンのボンネットの上。
ただの駐車場の風景の中に異質なものがひとつ。
「……こけし?」
「近づかないで。」
不用意に接近しようとするマイを無理矢理遠ざける。
こけしだった。ぽつんと車の上に佇んでこちらをじっと見ている。大きさは三十センチくらい。
ただ、顔に当たる部分に面をつけている。
能面の翁だ。立派な髭を生やした、顎が上下で別れ紐で繋がれている切り顎。白式尉だ。
こちらをじっと見つめる黒い空洞の目。急激に不安感を駆り立てられながらも私は前に出た。
--酷い暴力衝動。
「……っ!!」
一歩近づいただけで、強烈な精神汚染を受けて私は思わず後ずさる。
夢の主の思念が私の中をどろどろと侵す。後ろにいるマイを、どうしようもなく傷つけたい衝動に駆られる。
思いっきり殴り倒して、顔が潰れるまで蹴りたい。この手にしたレイピアでお腹を刺したらどんなに柔らかいだろう……
きっと、きっと、いい声で泣いてくれる--
……異常な夢の主の精神構造に私までおかしくなってくる。
触れてもないのにこれか……かなり強力ね。
「……あれに絶対近づかないように。」
後ろのマイに声を絞り出して、私はレイピアを構えた。
手には汗が滲み、力んでいないと今にもマイを刺し殺しそうだ。
危険だがやるしかない。にらめっこをししても始まらない。
意を決して私はレイピアを投げた。投擲された刃の切っ先がまっすぐ翁に向かって飛んでいく。
距離は十メートル弱。まず外す距離ではない。それにしたってあっさりと、私のレイピアは翁の面を刺し貫いた。
貫通したレイピアの衝撃にこけしはそのまま車から転がり落ちていく。木の体がコンクリートに落ちる軽やかな音が駐車場に響いた。
……無抵抗?
「終わり、ですか?なんだかあっさりしてますね。」
私の後ろから様子を伺うマイが呑気に言った。こういう場合は必ず良くない展開になる。
「…下がってて。ここから動かないように--」
危なっかしいマイにそう告げて、私はゆっくりこけしの方に歩み寄る。急な攻撃に対応できるようにすり足でゆっくり。
影から飛び出てくるレイピアを掴み、こけしの様子を伺う。
これだけ近づいても精神汚染は来ない……終わった?
これだけ?本当に?
信じられない。しかし、ほんの一瞬、気が緩んだのは確かだ。
油断とも呼べない刹那の緊張感の弛緩--
それが、ひどい命取りになることもある。
「っ!上!!」
マイを近づかせないのは英断だった。彼女の位置からなら私の見えない所もよく俯瞰して見れる。
おかげで彼女の発する警報に私は応じることが出来たから……
真上を見上げ、レイピアを構えた時には眼前に巨大な拳が迫ってきていた。
灰色の巨大な腕。一体どこから出てきたのか、天井から生えだしたように見える。
そんな巨大な拳を、頼りないレイピア一本でどうにかできる訳もなく、私の体は容赦なく振り下ろされた鉄拳に呆気なく叩き潰された。




