第3章 14 子供たちの悪巧み
※
迎えに来た車に乗り込み私は再び空港に向かった。
クロエはこれから別件の用があるらしく私とは別れた。勝手に連れ出しといて酷い話だ。
「マザーになんか文句言われたらウチに言えって言っといてな?」
別れ際私のことを気にかけてかそう言葉をかけてくれた。勝手に連れ出して説教食らって挙句ビンタまでされた私の不憫さに流石に罪悪感を感じているのだろう。
……まぁ、言われなくてもそう言うが、全部あんたのせいだし。
空港で行きで乗ったプライベートジェットに乗り込み、再び空の旅。
--結局、寄宿学校に帰ってきたのは十七時過ぎだった。
正門に車が着き、私は辺りを伺うように車を降りる。
こそこそしようと堂々としようと、どっちみち話は通っているわけで、正門をくぐってすぐ、マザーと寮監が私を出迎えた。
「……ヨミ。ちゃんと説明なさい。」
開口一番、マザーの隣で私に穏やかながらも厳しい口調で寮監がそう言った。隣のマザーの表情も険しい。
……本当に、心の底から、納得がいかない。
腹の底から湧き上がる振り回された一日への憤りをとりあえず呑み込む。今ここで癇癪を起こしても仕方ない。かえって状況が悪くなるだけだ。
なので、私はとりあえず最初に何を言うべきか悩んだ末、
「……ただいま。」
第一声を間違えたのは、間違いないだろう……
※
都内某所--某所というのは、うちらもここがどこかよく知らないから。
マザーの所へ行く時は、必ず全ての窓が黒塗りの専用車で連れていかれる。当然外の景色は見えず、窓を開けることも許されない。距離や外の音で大体の予想はつくが、正確な場所はやはり分からない。
徹底して秘匿される訳でもないが、うちらに公にするつもりは無い。
マザーからのうちらへの信頼--いかにそれが低いかということなんだろうな。
というか、どうでもいいんだろう。
今から向かう場所の正確な所在を知るのは、『ナンバーズ』ではマザーの身辺警護を務めるNo.01だけ…
それは別にいいとして……こいつとこの車内で二人きりは気まず過ぎだって……
後部座席、隣に座るNo.05に対してうちはたっぷり距離をとる。
息が詰まりそうだ、せめて窓を開けさせて欲しい。
無言の車内で揺られて三、四十分ほど。車は停車し、運転手が扉を開けてくれる。
車は既に敷地内に入っており、辺りは広大な庭だ。
奥にそびえる豪邸--そこに続く道をうちとNo.05は並んで歩く。
広大な庭には木々が生い茂って、敷地の外を見ることは出来ない。自然のカーテンに覆われプライベートはバッチリ隠されている。
庭の一本道を進むうちらの傍らで、敷地内に放し飼いにされている番犬たちがじっとこちらを見つめている。
全く可愛げのないワンコロたちが涎を垂らしながら唸り声を上げるが、うちらには決して襲いかかってこない。厳しい躾が施されているから。
……犬ならまだ可愛いよなぁ。もっとやばそーなの放されてるしここ……
頭上の木やら、奥の茂みやらでガサガサと音が立つ。
マザーの趣味でセキュリティ強化の為様々な猛獣、番犬が放し飼いにされているらしい。しかも、満足に餌を貰えてるのか怪しい。ここでは庭師の顔ぶれが頻繁に変わる。
道から外れない限りは大丈夫……
依然No.04が言っていた。ここを歩くのは昔子供の頃やってた道路の白線渡りの気分だ。
毎度の如くヒヤヒヤしながら庭を抜け、ようやく屋敷に到達。
目の前には映画に出てきそうな洋館。普通の家何棟分なのだろうか?
全体的に黒く、都内品川にあるタイ王国大使館のタイ大使公邸に雰囲気はよく似ている。それを超でっかくした感じだ。
館の扉が開き、うちらは中に招かれる。
相変わらず馬鹿みたいに広い玄関を土足で抜けて、一階の正面、大階段を上がらす左の扉を開く。
その先は広い応接室。
一体何人の来客を想定しているのか、応接室と言うよりは城かなにかの食堂みたいだ。
中央に巨大なテーブル、それを取り囲むように仰々しい椅子がずらりと並んでいる。
頭上にはシャンデリア、テーブルには燭台。そして大きな暖炉。
クラシックな灯りと季節外れな暖炉の火が暗い応接室を照らしている。
「……済まない。三分遅れた。」
うちと一緒に入室したNo.05が部屋に入るなり三分の遅刻で詫びる。
本当に時間に厳しい奴。こっちまで急かされて嫌だ。
「……あぁ、いいよ別に三分くらい。かけろよ。05、09。」
応接室の奥、一番上座に当たる席。暖炉の火を背にした黒髪の男がうちらを出迎えた。
くせっ毛の黒髪に紅い目。気だるげな表情と視線はうちらを見てない。
暖炉の真ん前という位置取りで暑くないのかきっちりスーツを着込んでいる。
『ナンバーズ』No.01。
うちら『ナンバーズ』の頂点に君臨する男。
「……04、茶でも出してやれよ。」
「あっ……はい。」
促されて席に着くうちとNo.05をぼんやり眺め、思いついたようにそう言って傍らの女の子に言いつけるNo.01。
応じたのは小柄な少女。
『ナンバーズ』の例に漏れず黒いスーツを着こなした少女。
01同様紅い瞳が眼鏡の奥でこちらを見つめている。髪の毛は腰あたりまで伸びた漆黒。暖炉の灯りを受けてつやつや輝いてる。
色は白く、No.05同様どこか病弱な印象だ。その印象通り、No.01に応じる声は小さくおどおどしている。
どことなく育ちの良さを感じさせるお嬢様然とした少女。よくNo.01と行動を共にしている少女--No.04だ。
No.04がお茶を用意しに退出したのを見送って、No.01が面倒くさそうに頬杖をつく。
「04。聞いたぞ。『量産機』を連れ出して橘の所に言ったようだな?」
あれ?耳が早いな。
一体いつの間に報告したのやら……うちがチクリ魔を睨むが、当のNo.05は素知らぬ顔だ。
「いや、あれよ。あんたが見張っとけって言ったヨミって子。うち外に出るから着いてこさせただけで……」
と、今日何回目かの同じ言い訳。
本当はOT工業のお使いが終わった後買い物するつもりでそのお供として連れてきただけだけど……
「なにそれ?言ったっけ?」
始まった。No.01はすぐ自分の言ったことを忘れる。基本どうでもいいのだ。
逆にNo.01が忘れる事柄はどうでもいいことということになる。
「……例の『サイコダイブ』中に『ダイバー』に干渉したというシラユキという『ダイバー』の件だ。夢の中で干渉されたのがそのヨミという『ダイバー』だ。」
と、No.05が説明してやる。
「……ふーん。で?」
「で?って……だから、監視目的で連れてきたわけ!」
「なんで干渉されたヨミって方監視してんの?した方のが重要だろ?」
「知らんわ!あんたが両方って言ったの!」
うちが言ってやっても、当のNo.01はやはりピンと来てない様子。
「……てか、そのシラユキってのは夢の中で干渉?あぁ……シラユキってやつの中に潜ったあれか……」
ようやく思い出してきたのか、合点がいったと頷くNo.01。
それと同じく、お茶を用意してきたNo.04が戻ってきた。うちとNo.05の前に湯気の立ちこめるティーカップを置いてくれる。
「……その『ダイバー』は夢を見ながら干渉したのか?なら、そいつでいいんじゃないか?」
と、No.05。
「……それを確かめろってことだろ?まぁ、環の奴はあんまり興味なさげだったなぁ。」
どうやらうちが受けた指令はマザーからのものだったみたいだ。
思い出してきたNo.01が心底どうでも良さそうに呟くそばに、No.04が最初のように控える。
「……そうそう、その『量産機』たち、確か一緒に潜らせたろ?どうだった?」
どうだった?いや聞いてませんそんなの……
「……何をやっているんだお前は。『ダイブ』の経過観察をしなかったのか?」
「いやだって……うちが見とけって言われた時は潜ってないし?それいつよ?潜ったの。うちはすぐ「やっぱいいや」って言われたから監視やめたし……」
No.05に反論するうちにNo.01がすかさず切り込んだ。
「じゃあなんで連れてったんだよ?」
「……。」
もう嫌いだこいつら。
「まぁ、いいやどうでも。それよりどうだった?あのアマ、折れたか?」
とNo.01が本題に話題を移した。
「いや、いい返事は貰えなかった。」
「そりゃそーだろ。大事な大事な一人娘だぞぉ?」
No.05に続いてうちも今回の交渉でも収穫がなかったことをぼやく。いい加減無駄な努力だ。
「……環はなるべく穏便にことを運べと言っている。」
「いやいや、んな事言われても無理っしょ。だったらてめーでいけって話。」
この場に居ないマザーに対して毒を吐く。今日はNo.01が上座に座っているということは、マザーは顔を出さないということだろう。
「……仕方ねぇなぁ。」
「無理矢理奪うか?」
がしがしと激しく頭をかくNo.01に物騒なことを言うNo.05。うちは正直どうでもいい。
マザーやNo.01が何を考えてるのかなんて深く考えたことない。ていうか、関わりたくもないと思ってる。
ただ、命令には従う。マザーは母さんだから。
「……誰が行く?」
「10は?てか今日も欠席かあいつは?」
No.05の問いかけにNo.01は苛立った様子だ。
確か今日呼び出しを食らったのはうちとNo.05、No.10、No.07のはず……
『ナンバーズ』は相変わらず集まりが悪い。
「まぁ、もうめんどくせぇし……これ以上積んでも折れねぇわな。抜け殻にしてやれば諦めもつくだろう。」
「……しかし橘は導入機の供給元だ。マザーも慎重になるのは分かる。なるべく穏便に話を進めたいものだが……」
「導入機はいくらでも都合がつく。」
No.05の指摘にもNo.01は心底面倒そうに返した。彼にとっては些事なのだろう。
「……仕方ねぇよ。」
燭台の炎を見つめながらNo.01は呟いた。
そんな彼らの悪巧みをうちはまるで他人事みたいに聞き流す。
うちの頭の中は、この後の夕食でいっぱいだ--




