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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第3章 借り物の夢で
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第3章 13 酷い一日

  「…『サイコダイブ』がどういう風に行われてるか知ってる?」


  近年、犯罪者更正の為に本格的に導入された『サイコダイブ』。それに対する世間一般の知識がどの程度か、何となく気になった。


  世間は知っているのだろうか……

  彼らの精神を正常に戻し社会復帰させるまでの過程で、子供たちが何人壊れてしまったているのかを……


  「いや、そんな詳しく知らないけど……機会でやるんじゃないの?あと……お医者さん?」


  少女の返答は私の予想したものだった。


  『ダイバー』の存在は、公には認知されていない。ただでさえ、対象の精神構造を直接いじくる非人道的な医療行為--などと今だに風当たりが強いのだ。

  そのうえそれを行うのが十四歳から二十歳の子供たちだとしれた日には、また更に世間の批判を買うだろう。


  理解はできる。隠した方がいいこともある。

  しかし、当人達にとってはあまり面白くない。

  別に、褒められたいわけでも苦労を知って欲しい訳でもないけれど、私の頭にこびりついた灰色の目をした廃人が--彼女らの人生が日の当たらないところでなかったことにされている気がして、寂しさと微かな憤りを感じる。


  --勝手な言い分だ。自分が被害者であると同情を欲する身勝手なピエロだ。


  彼女がただ『サイコダイブ』への造詣がないだけかもしれない。


  「な、な、そんなことより、連絡先交換しよーぜ。ここで会ったのもなにかの縁だしさ〜。」


  そんな私の身勝手な憤りをよそに少女はなんだか嬉しそうにスマホを取り出した。既に画面には無料のメッセージアプリが準備されている。


  こんな簡単に連絡先の交換とかしちゃうのか……


  本当にこの子が良くない大人に騙されてトラブルに巻き込まれないか心配になりながら私は断る。


  「ごめん携帯持ってない。」

  「まじ?忘れたの?」

  「いや、そもそも持ってない。」


  断るも何も交換する連絡先がない。

  そんな私の台詞に少女はまたしても、下手したらさっきよりもオーバーなリアクションで長椅子の上でひっくり返った。


  「まじで!?そんな奴いんの?なんで?ないと困らね?」

  「学校の規則で……」


  私の返答に少女は信じられないものを見るような目で見てくる。ようなというか、信じられないものを見てる目で見てくる。


  「まじかぁ……鬼だな、監獄かよ。」


  よっぽど信じられないのだろう。それほど現代人の生活にスマートフォンというのは深く根付いているらしい。なんだか時代に取り残された気分だ。


  「え?じゃあ名前は?」


  と、少女が尋ねる。

  普通逆ではないだろうか?連絡先よりまず名前だろう。それとも、連絡先交換はもはや名刺交換くらいの勢いになりつつあるのか?


  しかし、ここでも私は答えに詰まってしまう。

  外の人に名乗るような名前を持ち合わせていない。私の本当の名前は、記憶の遠い彼方だ。


  「……ヨミ。」


  答えに窮した末、私はなんのひねりもなくその名を口からひねり出していた。


  「ヨミ?どういう字書くの?」

  「……えっと、ひらがなで、オッケー。」

  「なんか変な名前……苗字は?」


  苗字?


  苗字なんて気の利いたものは持ってないわけで……再び答えに窮する羽目になる。こんなことなら彼女のペースに乗らず突き放しておけば良かった。


  「……夏目。」


  脳をフル回転した末に、パッと頭に浮かんだ作家の苗字を口にした。


  「夏目よみ……なるほどよみちゃんだ。あたし、橘花梨(たちばなかりん)。花梨でいいよ。」


  少女--花梨は私に笑いかけながら強引に手を握って握手してくる。戸惑いながらされるがままの私。


  ……これは、いいのだろうか?まずいのでは?


  すっかり勝手に打ち解けてしまった花梨は新しい友人ができてご満悦だ。


  「ね。でさ、結局--」


  と、私への好奇心が収まらない花梨はさらに私との距離を詰めようとしてくる。


  しかし--


  「--何してるの!!」


  和やかな空気の流れる玄関ホールに、ヒステリックな金切り声が響いた。


  その突然の悲鳴じみた怒号に私と花梨が思わず肩を震わせそちらを見ると、エレベーターホールからこちらに鬼の形相をした女性が向かってくる。


  橘社長--花梨の母親だった。

  彼女の後に続くように『ナンバーズ』の二人も歩いてくる。どうやら用件は済んだらしい。


  「母さん。なになに?めっちゃびっくりしたんだけど……」


  と立ち上がる花梨の隣で、ようやく帰れると私も腰をあげた。


  というか、さっさと退散した方が良さそうな雰囲気だ。


  そんな私の予感は、見事的中していたらしい。

  玄関に響き渡る肉を打つ音と頬に走る鋭い痛みがそれを教えてくれた。


  「……っ」

  「娘に触らないで!!」


  橘社長の怒号と頬にじんじんと広がる痛み。

  社長の張り手で頬を叩かれたと遅れて理解した。


  「母さんっ!?何すんのいきなりっ!この子は友だ--…」

  「バカ言うんじゃないわ!!」


  突然の母の凶行に花梨が抗議の声を上げるが、それをかき消すように橘社長が絶叫する。

 

  「私の!!娘に近づくな!!この悪魔共!!」

  「……母さん?」


  母親のただならぬ雰囲気に花梨の表情がひきつる。その気迫と激しい憤りは私の肌にも身の危険としてびりびり伝わってくる。


  「……一年、帰ろっか。」


  頬をぶたれ呆然とする私に、クロエが優しく声をかけてきた。その脇をNo.05がつかつかと歩き去る。


  「……また伺います。」

  「二度と来るなっ!二度と来るなっ!!」


  入口で丁寧に頭を下げるNo.05に、橘社長は鬼の形相で叫び散らす。あまりの取り乱し様に慌てて受付嬢が駆け寄ってくる。


  私もクロエに着いて外へ出る。


  「あっ……」


  私が出ていく直前、花梨の寂しそうな声が聞こえた気がしたが、私は構わず外に出ていった。


  ……彼女とは、もう会うこともないだろう。




 ※




  「……なんか悪かったね。ビンタされちゃって。」


  会社のビルから少し歩いた喫茶店に『ナンバーズ』の二人と入店していた。


  この三人で喫茶店というのは一体どういうことなのだろうか…

  困惑する私をよそに、赤くなった頬を撫でるクロエが詫びていた。


  --そんな私たちの正面。


  鋭い眼光を私たちに向ける病的な男--No.05がアイスティーを啜っている。

  コーヒーで舌を湿らせたNo.05が、私に質問する。


  「……許可なく学校の敷地外に出ることは許されていない。知っているな?」

  「え、……はい。」

  「知っててなぜ出た。」


  突然始まる私への責任の追求。もうどうしたらいいのか分からない私の隣でクロエが肩を寄せてくる。


  「気にしなさんな。こいつこういうつまんない奴でさ……なぁ?面倒臭いよな?」


  ……やっぱりクロエと花梨はよく似ている。


  「No.09。」


  私に寄りかかりながらパフェを口に運ぶクロエに追求が移る。


  「なぜ連れ出した?どう責任をとる?」

  「だーかーらー、こないだの『サイコダイブ』でNo.01が興味持ったから経過見とけってテキトーな指示出したから……」

  「それはもういいと言われなかったか?」


  『ナンバーズ』の会話に不穏な空気を感じる。


  この前の『サイコダイブ』--おそらく、シラユキへの『ダイブ』のことだろう。あの時の『サイコダイブ』に彼らは妙な興味を持っているようだ。


  「いやだって……01が。」

  「それに、経過観察は対象者だった『ダイバー』の方だろう?」

  「その『ダイバー』に夢の中で干渉されたのがこの子だから、一緒にって……あぁっ!もうめんどくせーなぁ!」


  一体どういうことだろう。観察?


  私とクロエが初めてあったあの談話室のやり取りも、偶然ではないと?


  疑問が尽きないが私はとても会話に入っていけず黙り込んでいる。そんな私にNo.05が意識を向けた。


  「……この件はお前のマザーに報告する。」

  「ちょちょちょい!外出許可したのは守衛だから!勝手に出したのあっち。全部守衛だから。」


  さらりと全ての責任を他人に擦り付けるクロエ。そんな彼女の言葉に耳も貸さないNo.05が私に向き直る。


  「……お前はもう帰れ。足は手配する。処遇はお前のマザーに一任する。」


  ……意味がわからない。私は自分で外に出た訳でもない上、ちゃんと拒否したのになぜ罰を受けるのか。

  理不尽にすぎる扱いに抗議しようと考えるも、彼のあまりに鋭い眼光になにか反論するより先に口を塞がれてしまう。


  この人目怖っ。


  結局チキンな私は黙ってコーヒーを流し込むことしか出来なかった。


  「……それと、今日見聞きしたことに関しては一切口外するな。いいな?」

  「ちょっとぉぉっ!これから表参道でショッピングだったのにぃ!!」


  No.05に釘を刺される私の隣であまりにも空気の読めないクロエが叫ぶ。


  叫びたいのはこっちだ。本当に今日は酷い日だ--


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