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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第3章 借り物の夢で
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第3章 12 悪夢の産まれる場所

 

  ただ待つのも暇なので私は何となく玄関を見渡した。

 

  壁には掲示物がポツポツとあり、おそらく自社に関連するものなのだろう。ここがどこかすら知らない私にとってはあんなものでも立派な情報源だ。


  何枚かの掲示物には『株式会社オフィシャルテクニック』と書かれている。これが社名なのだろう。略して『OT工業』とも書かれている。


  掲示物にはよく分からない白い機会やらなんやらがでかでかと写っている。

  社名からしてものづくりの会社なのだろうが、何を作ってる会社なのかさっぱりだった。


  なんの会社かは知らないが、うちの学校の理事長はこんな会社とどういう付き合いがあるのだろうか?学校の運営の他に色々な事業を手がけているのだろうか?


  あの若さで?


  --そもそも、なにゆえ生徒にこんなお使いを……?



  …ま、ああなるか。子供取られたくないもんな。



  クロエの言葉が私の耳にこびりついていた。


  子供ってなんのことだろうか…


  なんて考えながらボケっと座っていると、受付嬢が紙コップをこちらに持ってきてくれた。

 

  「…よろしければ。」

  「あっ、すみません…」


  軽く礼を言ってドリンクを受け取る。中身はコーヒーだ。

  都会の会社はサービスもいい。私はコーヒーを喉に流し込みながら改めて自分の格好を見た。


  Tシャツとショートパンツ。

  今朝クロエに連れ出された時の格好だ。

  こんな場所でコーヒー貰ってもてなされる格好じゃない。

  たまに会社に入ってくる大人たちの視線が痛かった。こんな所にラフな格好の小娘が腰掛けて偉そうにコーヒー飲んでたらみんな見るさ。


  「ホントに何してるんだ私は……」


  やっぱり着いて行った方が良かったのかもしれない。

 

  そんな居心地の悪さを感じながら長椅子で縮こまること数分。


  「…こんにちわー。」


  自動扉が開き、外からまた新たな来訪者が入ってきた。

  しかし、飛び込んできたその声は大型連休中にこんな会社に響くには不自然なほど高く、若く可愛らしい声だ。


  私がそちらに目を向けると、同じく入ってきてすぐ私を見つけた少女も私を見つめてきた。


  白いオフショルダーのトップスに、下は長いジーパン。背中にはリュックサックを背負っている。


  髪の色は明るい茶色。肩くらいまでの長さの髪を右側でひとつにまとめたサイドテール。

  顔立ちはとにかく目が大きい。うっすらメイクでもしているのかうっすらと頬が赤く、何となく全体的に肌が白く見える。

  美人というタイプではないが、親しみやすそうな可愛らしさのある童顔で、発した溌剌とした声からも元気のいい子という印象を受ける。


  少女は私に一瞥した後、そのまま真っ直ぐにカウンターの受付嬢の所へ向かった。


  「あら、花梨(かりん)ちゃん、今日は早いのね。」

  「ん、部活すぐ終わったし。母さんは?」


  受付嬢と少女の会話が聞こえてくる。どうやら母親がここに務めているらしい。受付嬢の対応からも、よくここには訪れるようだ。


  その後、なにやら二人で二、三言会話を交わし、少女はカウンターを離れた。


  「今日外暑くてさ、喉乾いちゃった。」

  「はいはい。コーラでいい?」


  長椅子に座りながら受付嬢にそんな気安さで声をかけると、受付嬢もまた笑いながら応じた。


  ひとつの長椅子の両端に、私たちは座っていた。

 

  少女は当たり前のようにポケットからスマートフォンを取り出して、なにやら素早い動きで指を画面に滑らせる。そんな動作のひとつすら私には都会っ子に見えて羨ましい。


  「はい、コーラ。」

  「ん、サンキュー。」


  受付嬢からコーラの入った紙コップを受け取り、スマホから目も離さずに礼を言う。


  「……」

  「……」


  しばし玄関ホールに沈黙の時間が流れる。少女は夢中でスマホを弄り、受付嬢は何を考えているのかぼーっと暇そうに一点を見つめている。

  そして私もまた暇そうに天井を見つめている。


  「……ねぇ。」


  唐突に、隣から声が飛んできた。私は不意をつかれてビクッと肩を震わせながら声の方を見る。

  すぐ隣に例の少女の顔があった。


  少女はじぃっと私の顔を凝視してくる。なんだろう?

  ただでさえ居心地が悪いのにやめて欲しい。なんだか身じろぎ一つするのも悪い気がして私の身体は硬直した。


  「ピアス、すっごいね。」


  散々私の顔を観察した末に、少女が口にしたのはそんな感嘆詞だった。


  「…あぁ、これ?」

  「すっげーカッコよ。何個?三つ?すげー。痛くなかったそれ?自分で?」


  私のピアスには人を惹きつけるなにかでもあるのだろうか?それとも、世間一般的にも片耳に三つは多いのか?


  「自分で開けたよ。開ける時は痛いけど…最後の方は別に。」

  「慣れ?やば。あたしもピアスとか開けたいけどさ、学校厳しーしなぁ。」

  「うちも厳しいけど、開けたよ?」

  「まじか。メンタル強。せんせー優しめ?」

  「いや、そんなこともないけど……」


  ぐいぐい来る少女に私も自然と応対していた。あれ?なんか今どき女子っぽい会話。


  「髪の毛もかっこいいね。それも自分で?」

  「の時もあるし、店でやってもらう時もあるし。」

  「え?てかさてかさ。学校どこ?」


  なんだろう…最近の女子はみんなこんな感じなのだろうか?なんか数分会話しただけで簡単に住所とか電話番号引き出せそう。


  「……天照学園。知ってる?」

 

  私が答えると少女は長椅子から転げ落ちそうな程の大変なリアクションを見せてくれる。


  「え?あの?めっちゃ頭いいとこっしょ?」


  ……情報がふわふわしすぎてる。


  「知ってる知ってる。あの、あれ!すっげー広いの学校が。いや入ったことないけどさ。まじ?お嬢様じゃん……」


  どうやら東京にも学舎はあるようだ。東京の敷地は見たことないが、まぁどこも広大であろうことは想像がつく。


  「まぁ、私はよその県から来たんだけど……」

  「え?どこ?」

  「福岡。」

  「遠っ!福岡ってどこにあんの?」


  どこって日本ですけど……?

  日本の首都から見たら私の地元は辺境の地なのだろうか?

  …まぁ、地元かどうかは知らないけれど。


  「はぇぇ……びっくらこいた。見た事ねー奴いんなーと思ったけど……はぁぁ、わざわざ遠いとこからご苦労さん。」


  と、いちいちリアクションが大きい少女はわざとらしく頭を下げた。

  なんだろう、彼女にはクロエに通ずる何かを感じる。


  「へぇぇ。あれっしょ?天照学園って、全寮制?なんっしょ?めっちゃ厳しいって聞いたよ?あたしもねー、昔友達行ったもんなあっこ。今どうしてるかなぁ……」


  友達があの寄宿学校に……


  口振りからしてかなり昔のことのようだ。きっと、その友達はもう彼女を覚えてはいまい。


  どんな気持ちなんだろう。友達があの学校に入学するのって……


  学校の内情を知っている身からすると、なんだか複雑な気持ちになる。


  「へぇぇ。なんかすごい子と知り合いになっちった。で?東京まで何しに?」


  ……何しに来たんだろう?


  少女の素朴な疑問に返せる答えを私は持ち合わせていなかった。私自身、何しに来たのかよく分からない。


  「……さぁ?」

 

  返す答えも見つからず、私は首を傾げるしか出来ない。


  「なになに?秘密の用事?教えてよー。」


  体当たりするみたいに肩をぶつけてくる少女。なんだろう、鬱陶しい。


  「君は?お母さんがここで働いてるの?」


  と、あからさまに話題を変えに行く。それに乗っかってくれた少女は得意げに胸を張って説明してくれた。


  「ここ、母さんの会社なんだわ。つまり、あたしは社長令嬢。どぉ?天照学園のお嬢様にも負けてないっしょ?」


  社長の娘--


  つまり、先程『ナンバーズ』達と言い争っていた彼女の……


  「へぇ。分かんないもんだ。」


  よく見ると面影がある気がする。が、あまりにも印象が違うのでイマイチピンと来ない。


  「で?君は?もしかしてお父さんがここで働いてるとか?で、本社に転勤で引っ越してきたとか?とか?」


  想像力をフルに働かせ少女は私を詮索してくる。

  彼女があの社長の娘となると、こうして話しているのもなんだか気まずい。


  「……まぁ、それは秘密で……」

  「んだよォー。」


  一向に内情を明かさない私に少女は不満げだ。このまま一方的に詮索されるのも面倒なので、私は彼女に尋ねてみた。


  「ねぇ、ここはなんの会社?なにか作ってるんだよね?」


  おそらくは産業機械を作るメーカーなのだろうが……


  そんな私の憶測に対して返ってきた返答は私を多少驚かせた。


  「ここはね、国のお偉いさんたちがお客さんなんだって。なんか、『サイコダイブ療法』?って分かる?あれの為の機会作ってんだってさ。」


  『サイコダイブ』導入機--


  「他にも色々やってるらしいけど、あたしは知らん。ただ、うちの技術は世界一だからね〜。」


  自分事のように自慢げな少女の言葉に私は合点がいく。


  ここは『サイコダイブ』の導入機を作ってるメーカーなのか……理事長のビジネスパートナーってそういう……


  それもびっくりだが、あの装置を一般企業が製造していたとは……そっちがびっくりだ。そもそも、国内生産されてたと思ってなかった。


  あれってそんな簡単に量産できるものなの?


  この会社にそんな技術力、頭脳が揃ってるとは思えないが、まぁ見かけでは判断できない。


  「へぇ……すごい会社なんだね。」


  今度は私が感嘆詞を漏らす番だ。私の感想に少女は素直に喜んだ。


  「でしょ?でしょ?すげーんだぜうちの会社。」


  うちの会社かどうかはさておき、よく知らないとか言っておきながらやはり彼女なりに母親の仕事に誇りを持ってたりするみたいだ。


  ここであの『サイコダイブ』の導入機が作られている……


  私はふと、素朴な疑問が頭によぎったので、それを彼女にそのままぶつけてみた。


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