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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第3章 借り物の夢で
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第3章 10 フライト

 

 ※



  「--ちょっと付き合えや。」

  「は?」


  医務室へ向かう道中、私に絡んできたのは『ナンバーズ』“09”、クロエだった。


  早速意味のわからないことを口走る『ナンバーズ』に私は困惑しながらもとりあえず首に回された腕を解いた。


  「暇っしょ?ウチに付き合ってよ。」


  と、再度クロエは私に言った。


  「……どこに、ですか?」


  コハクの話では彼女は高等部の二年らしい。一応先輩にあたるので私は取ってつけたように敬語で尋ねた。


  「外。」


  外?

  今日は外出日では無い。敷地内の外には出られない。いや、外というのは単純に寮の外とか学舎の外という意味--


  「出かけんの。着いてきてよ。渋谷。」


  ……渋谷???


  渋谷とは、東京都の特別区のひとつである。は?


  「何言ってるんですか?東京まで何時間かかると……ていうか、今日は外には……」

  「よし行くか!」


  ……聞いてない。


  既に了承を得たかのように私を引っ張ってクロエは歩き出してしまう。


  「ちょっとっ!困りますってば!勝手に外に出られるわけないでしょ?ていうか私、行くとこあるし……」

  「なに?友だち?一緒連れてく?」

  「な訳ないでしょ!医務室行くんです!忙しいのでまたの機会に、さよなら!」


  こいつやばい--私の第六感が警鐘を鳴らす。私はクロエを振り払うように廊下を駆け出した。


  「待ちぃや。」

  「ぐえっ!?」


  走り出した私の襟を掴み止めるクロエ。勢い余って首が締まる私。


  「どっか怪我した?ウチに見せてみ?」


  何故アンタに見せる必要があるのか?


  「元気そうだけど?付き添うか?その後渋谷行くか。」

  「違いますって……昨日潜ったから医務室に……」


  私の返答にクロエは不思議そうに首を傾げ、やがて合点がいったらしく「あぁ」と手を叩く。


  「そかそか。真面目だなぁ一年。毎回診てもらってんの?そんなのいいって。」


  「いいって」って、何がいいというのか。本人が気づけない異常もあるだろう。私はこう見えて健康診断等は受けないがなにか不調があったらすぐに病院に行くタイプだ。


  ……まぁこの寄宿学校では健康診断は強制だが。


  「じゃ、ウチが診てあげるよ。」


  ……?


  さっきから一人突っ走るクロエに着いていけず、ポカンとする私の額に突然クロエが頭突きを食らわせてきた。


  「っ!?痛った……」


  いきなり何する?と怒りがふつふつと湧き上がる。だが、クロエは頭突きがしたかったわけではなさそうだ。

  額を勢いよく合わせ、そのままじぃっと私を超至近距離で見つめるクロエ。


  「オッケー。問題なし。健康な精神状態でよろしい。じゃ、行くか。」

  「え?」


  一体何をしたのか?

  目の前で親指を立ててニカッと歯を見せて笑うクロエが再び私の手を掴んで引っ張る。


  「ちょっとっ!」


  力強っ……!?


  抵抗も虚しくズルズルと引きずられる私は、そのまま正門までクロエに引っ張られた。




 ※




  「よっ、ちょっと行ってくるよ。」


  正門まで引きずられた私はそのまま外に停められた車に詰め込まれた。私と、私を引きずるクロエを守衛は何も言わずに見送った。


  私はそこで、コハクの言っていたことを思い出した。


  『ナンバーズ』は理事長直轄の『ダイバー』で、外出等の自由が認められていると……


  ほんと…なの?


  黒塗りの外車に詰め込まれた私は、そんな噂を信じる他なかった。運転手の男は車に放り込まれた私を一瞬怪訝そうに見つめたが、後から乗り込んだクロエの姿に何も追求せずアクセルを踏んだ。


  --『ナンバーズ』にはいい噂を聞かない。


  再びコハクの言葉が頭をよぎる。


  「あの……私勝手に外出て……」

  「いいっしょ別に、ウチなんも言われたことないよ?」


  いや、あなたが良くても私はどうなのさ?


  さっきから状況が全く飲み込めない。

  なぜ私は車に詰め込まれて『ナンバーズ』の少女とお出かけしているのか?


  「……これ、どこ行くんですか?」

  「だから渋谷。」


  いやそうじゃなくて……


  私の次の言葉を待たずにクロエは「あぁ」と頷く。


  「大丈夫大丈夫。車で東京までは行かないからさ。空港だよ。飛行機でピューって。」


  ……いやだからそうじゃなくて……


  「……私はなんで連れ出されたんですか?」

  「え?一緒に行く人いないし。」

  「……。」

  「そんな心配すんなし!日帰りだから。」

  「……いや、あの……渋谷に何しに?」

  「マザーのお使い。」


  マザーのお使い?

  マザーが用事を生徒に頼ることなんてあるのか?まして外出が必要な……


  状況的と情報を頼りに、私はクロエに再び尋ねる。


  「……マザーって、理事長のことですか?」

  「うん。」


  私はもう嫌な予感しかしなかった。

  理事長といえば、シラユキへの『サイコダイブ』の後、入院中の私をわざわざ訪ねてきて『ダイブ』の詳細について詮索してきた。


  まさか目的は私……?

  いや、そんな事のためにわざわざ?


  「……私は何をしたら……」

  「うん?別に何も。ひとりじゃ寂しいから連れてきただけー。今日さぁ、嫌な奴に会うからさー…」


  どこまで本当の事を言っているのかは定かではないが、彼女の言葉をそのまま信じるなら私に用がある訳では無いようだ。


  ……?じゃあなんで連れてこられた?


  私はもう訳が分からなくなり、頭を埋めつくした「?」に追いつけず、考えるのをやめた。


 

  --車で走ること三十分程、時刻は朝の九時になろうとしていた。


  私は、初めて訪れる空港という場所で、どこまでも続く滑走路と旅客機たちを見つめていた。


  「……。」

  「お?なんだなんだ?かわいー反応しやがって、空港初めて?」


  窓ガラスに額を押し付けて外を眺める私にクロエは馴れ馴れしく肩を組んできた。


  当然、生で飛行機や空港を見るのは初めてだ。予想してたよりずっと広くて大きい。


  ……飛行機が飛ぶのにあんな距離が必要なんだ。


  滑走路の端から端まで、ここからじゃ見渡せない。初めて目にするものはやはりどんなものでも新鮮だ。


  「行くよ。」


  クロエは搭乗手続きもしないまま、つかつかと歩き出した。それを運転手が見送り、私もクロエの後について行く。


  「……私たちが乗るのはどれですか?」


  目を輝かせて滑走路を眺めながらクロエに尋ねると、彼女はおかしそうに笑った。


  「いい反応すんじゃん一年。また連れてきてやるよ。」


  それは遠慮して欲しい。


  そう思いながら足の早いクロエについて行く。クロエは脚が長いのか、普通に歩いてるだけなのにやけに早い。


  「ウチらが乗るのはあれ。」


  と、クロエが窓の外を指さした。

  ネイルアートに彩られた指先が指していたのは小型の飛行機だ。飛行機の周りではフライトの準備を進めている整備士達が忙しなく動き回っている。

  奥に見える旅客機に比べ、だいぶ小型だが……


  「あれ、プライベートジェットですか?」


  明らかに一般客が利用する旅客機では無い。尋ねる私にクロエはまた笑った。


  「でっかい方じゃなくて残念だな。ま、あっちはいつかね〜。」


  私たちはそのまま、小型のプライベートジェットに乗り込んだ。


  機内は思ったよりも広く、ジャンボジェットに比べたら玩具みたいな外観とは裏腹に通路も広く窮屈感はない。

  座席もふわふわで背中を預けると体が沈んだ。しかもリクライニングする。

  座席の横には小さなテーブルが設置してあり、スチュワーデスみたいな女性がドリンクまで持ってきてくれた。


  ……これ、なに?


  私は今どういう待遇で、どこに向かって、どうなるのだろう?


  初めての飛行機、初めての東京、初めての--……


  思考停止してボケーッと座っていると、しばらくして飛行機が飛び立った。


  「東京までは二時間くらいかな〜。それまでは景色でも見ときなよ。」


  通路を挟んで反対側に座るクロエがヒラヒラと手を振って、アイマスクをつけて座席を倒した。眠るらしい。


  「……。」


  どうしていいのかも分からず、というかここにいていいのかも分からず、私はとりあえず言われるがまま窓の外を眺めた。


  どんどん遠のいていく地上の景色、遥か遠くに立ち並んだビル群。そしてずっと遠くに本州との間に広がる海。


  初めて街を空から見下ろしたが、やはり壮観だ。

  太陽の光を浴びてキラキラ光る海に私もキラキラと目を輝かせた。


  そうこうしてるうちにやがて外は雲に覆われ、飛行機はどこまでも続く雲の海の上を航海する。


  地上からでは見ることの出来ない、空のさらに上の世界。


  ……空の上ってなんにもないんだ。


  当たり前のことを、この目で初めて見て実感した。


  空の旅も悪くない。

  そんな感想が心の中でポツリと漏れた。何も無い雲の上をただ眺めているだけなのに、私の心はよく分からない興奮で踊りっぱなしだった。


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