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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第3章 借り物の夢で
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第3章 9 ある五月の朝

 

  教会までは随分あると思ったが、案外すぐにたどり着いた。霧のせいでぼやけていたため、遠くに感じたのだろうか。


  教会前の石階段を駆け上がると、ちょうど同時に着いたシラユキが隣に並んできた。


  「ヨミ、ダイジョウブ?」

  「へーき。シラユキは?怪我してない?」

  「ウン。」


  隣に並ぶシラユキを見る。水飲み鳥に蹴飛ばされていたが、見た目にダメージはない。精神汚染も、問題無さそうだ。


  私たちは教会の入口を背に、墓地を上から見下ろすように佇んだ。


  「……?ドウスルノ?」

  「待つ。四方を霧に囲まれた墓地よりは、何かを背にした方がいい。」


  『ナイトメア』は霧の中から前ぶれなく現れる。もしかしたら、霧と同化できるのかもしれない。

  そんなことを考えてもあまり意味が無い。夢の中での現象は、夢の主の思うままだ。


  私が教会を目指したわけ……


  背中を何かに預けること、

  そして、ここはおそらく夢の世界の重要な部分なのだ。


  一見果てのないように見える世界だが、教会より先は霧が深すぎて何も見えない。もしかしたら続いてないのかもしれない。

  何より、一面同じ景色の墓地の中で、唯一他と違うのがここだ。


  ……完全な勘だけど、いざと言う時はここを叩く。


  固く閉ざされた教会の扉が、全てを拒んでいるようにも見える。

  ここは、心の中の一番弱い場所なのかもしれない。


  「キタ!」


  シラユキが突然叫んだ。私は弾かれるようにシラユキを突き飛ばして横に跳んでいた。

 

  直後、石階段をスライダー気味に上昇しながら、教会に突っ込むように水飲み鳥が突撃してきた。


  強靭な脚から放たれた蹴りが教会の木製の扉に激突する。


  「--オリャァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


  無防備に突っ込んでくる首なし水飲み鳥にシラユキが斧を横薙ぎに叩きつけた。

  逃げる脚を奪うように、分厚い凶悪な斧の刃が脚部に叩き込まれる。

  体と違い血が通っているのか、一撃で断ち切れなかった傷口から鮮血が噴き出した。


  攻撃を受け、怒り狂ったかのように、『ナイトメア』も反撃に出る。

  まるでバレリーナのように、片足のつま先で立ち、コマのようにくるくると回り出す。体ごと回転させながら、血を撒き散らし蹴りを放ってくる。


  「ウワワッ……」

  「シラユキ!一旦退いて!!」


  シラユキが教会から離れるように石階段を降りると、今度は標的を私に変えて襲ってくる。


  「……っ」


  頬を掠めるつま先に背筋に冷たいものが走る。私もシラユキのように教会から離れようとする。

  そこで反撃は止まり、『ナイトメア』の体が再び霧に包まれていく。


  ちくしょう!これじゃさっきと同じだ!!


  私は消えかける水飲み鳥に突進するように迫る。

  それに反応したように、濃霧の中から鋭い蹴りが私に飛んできた。

 

  「……がっ!?」

  「ヨミ!?」


  不意をつかれた私は顔を跳ね上げられて石階段から転がり落ちた。慌ててシラユキが私を追うように階段を駆け下りる。


  その間に、再び水飲み鳥は濃霧に呑まれていく。

 

  「シラユキ!私はいい!!奴を!!」

  「……ッ」


  怒鳴る私にシラユキは石階段の途中で立ち止まり、水飲み鳥に向かって戦斧を投げつけた。

  既に実態が無くなった水飲み鳥に命中することはなく、戦斧は勢いよく教会の扉にぶつかり木製の扉を叩き割った。


  --っ!


  直後、私の中に記憶が流れ込む。


  病院だった。

  ひたすら白い病院が、この夢の主の記憶だった。


  長くは生きられない--


  そんな胸中の絶望感が私の中をどろどろと侵食していく。


  彼は小児がんだったようだ。

  小さい頃からの闘病生活は、病院の白いイメージとして強くこびりつき、無知ゆえの死への恐怖は、そのまま墓地として心象世界に反映されていく。


  教会を壊したことで記憶の堰が切れたっ…


  私の中に精神汚染が広がっていく中、教会の扉が破壊されたのに呼応するように、霧に消えたはずの『ナイトメア』が再び実体化した。


  こいつ……この教会を守ってるんだ。


  斧を投げつけたシラユキに、水飲み鳥が襲いかかる。丸い胴体に中程で折れた長い首、そして、生々しい脚となんとも珍妙で迫力に欠ける姿だが、あの蹴りをまともに喰らえばタダでは済むまい。


  「シラユキ!!」


  私は立ち上がりながらウィンチェスターライフルをシラユキに投げた。

  それを見事キャッチしたシラユキが、目の前に迫る水飲み鳥に向けて鉛弾を叩き込む。


  ガラス製の球体の体が砕け散り、胴体による接続が絶たれた両脚がその場に崩れ落ちた。


  「ウェッ。」


  ライフルの反動でバランスを崩したシラユキが石階段から転がり落ちてくる。慌てて下の私がシラユキを受け止めることで、彼女の白い髪が土で汚れることは防げた。


  「おつかれ、シラユキ。」


  腕の中のシラユキに声をかけるとシラユキもにこりと笑い返す。

  傷はない。どうやら精神汚染も影響ないようだ。

  二回目の『ダイブ』としては上々な結果だろう。


  『ゲァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』


  夢の世界に再び怪鳥の悲鳴が響いた。『ナイトメア』討伐の雄叫びだ。

  同時に雲に覆われた夢の世界にも大きなヒビが入る。


  ……今回は無事に終わった。


  内心ほっとしながら私は目を閉じる。

  ガラスの割れるような甲高い音と共に夢の世界の天井が砕けて落ちてくる。

  帰還の合図を聴きながら私は意識を引っ張る波に身を委ねた。




 ※



  朝。私はいつも通りベットの上で目を覚ます。

  ここ最近の『サイコダイブ』からの目覚めとしては最も気持ちのいい朝だ。とはいえ、たった今戦いを終えて来たばかりなので、日々の疲れは何も抜けてない。むしろ疲れた。

  それでも吐かなかったので今朝はいい目覚めだ。


  --五月。私が高等部に上がって一ヶ月が経っていた。


  世間では大型連休ということで、なにやら浮かれあがっている様子だが、私たちにはなんの変化もないただの休日だ。

  それでも、祝日がちゃんと休みであるところに関しては素直にありがたい。


  自室に備え付けてある浴室でシャワーを浴びて汗を流し、私は私服に着替えた。


  だいぶ暑くなってきたのでもう薄いTシャツ一枚だ。下はショートパンツ。


  適当に服を見繕って私は自室を後にする。

  目的地は医務室。『ダイブ』の後なのでいつもの検査だ。

  あと、シラユキの様子も直接確認したい。大丈夫だろうが、やはりあんなことの後では神経質にもなるだろう。


  ……いつの間にか私の中でシラユキが妹みたいなポジションになってる。


  不思議なものだ。昔なら他人のことなんてほとんど頭になかったのに……

  人間、些細なきっかけで変わるものだ。


  「よう一年!!」


  なんて考えながらぼんやり廊下を歩いていると、聞き覚えのある聞きたくない声が後ろから被さってきた。


  「……え?」


  不意を疲れた私が振り返ると、そのには馴れ馴れしく私の首に手を回す少女が一人--


  この暑いのにきっちりスーツを着込み、そのビジネスマンのような服装に反して、少女は馬鹿みたいなハイテンションだ。


  「……えっと。クロエ…さん?」

  「久しぶりだな、一年。」


  そんな気安い挨拶を交わす間柄でもないのだが……


  私の隣には『ナンバーズ』、クロエが立っていた。


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