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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第3章 借り物の夢で
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第3章 8 墓地と水飲み鳥

 

 ※



  --ここは墓地なのだろうか?


  海外の墓地だろう。暗くジメジメした敷地内に、苔の生えた十字架が乱立している。

  奥に見えるのは教会だろうか?

 

  死者の眠る地のイメージとして相応しい、霧がかかった暗い場所だ。明かりもなく、空には雲がかかり、夜なのか真っ黒だ。月も出ていない。


  これがこの夢の主の心象風景だというのだから、たまらない。

  一体どんな人生を歩めばこんなどんよりジメジメな場所が心に深く刻まれるというのか?ネクロフィリアかネクロマンサーかなにかか?


  「ヨミ!『ナイトメア』ガ、イナイ!!」


  ぬかるんだ墓地の土を踏みながら戦う私とシラユキは、霧に巻かれまたしても夢の世界の敵--『ナイトメア』を見失った。


  さっきから私たちは、『ナイトメア』に弄ばれるように、この夢の世界を駆けずり回っている。


  二人ともダメージはほぼない。精神汚染の影響も微々たるものだ。

 

  大して強くない……でも、戦い方が狡猾だ。


  夢の世界での視界の悪さと、絶えず視界を遮る霧に紛れて、『ナイトメア』はコソコソと逃げ回っていた。


  そんな『ナイトメア』を追い回す私たちの脚に植物の根のような触手が絡みついてくる。


  「アゥッ!」


  地面から生えだした触手にシラユキが脚を取られ頭から地面に激突する。


  「っ!シラユキ!!」


  前のめりに転げて立ち上がろうとするシラユキの眼前、闇と霧を裂くようにしてそれは現れる。


  --見た目は水飲み鳥のような形をしている。

  現実の玩具同様、顔と胴体二つの球体を一本の管で繋げており、体にあたる球体からは人間の脚のようなものが二本生えている。

  脚部分を覗いて全体はガラス細工のような質感で、顔部分には丸い目と鋭いガラス製のくちばし、頭頂部には小さな黒いシルクハットが乗っかっている。


  体高は大抵の『ナイトメア』の例に漏れず大きく、おそらく三メートルはゆうにあるだろう。シラユキを見下ろすように佇んでいる。


  そんな『ナイトメア』の頭が、水飲み鳥と同じように真下に落ちてきた。


  シラユキ目がけ振り下ろされたくちばしを、シラユキは転がって何とか回避する。巨大な頭が湿気た土を撒き散らしながら地面に叩きつけられる。


  脚に絡みつく触手を無理矢理引きちぎるシラユキが距離をとる。それを、水飲み鳥の丸い目が追いかける。


  勢いよく体勢を立て直し、再び頭を持ち上げた。

  そんな無防備な水飲み鳥の頭に、跳び上がった私が飛び蹴りを食らわす。


  『グケッ!?』


  横にぶれる頭に引っ張られるように体全体が傾いた。

  その隙を見逃さず、影から戦斧を引き出すシラユキが突撃する。


  『--ゲァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ!!』


  シラユキの斧が直撃する寸前、口の開かない水飲み鳥が絶叫した。

  鼓膜が破れるのではと思う程の大絶叫と共に、私たちの視界を遮るように霧が急に厚くなった。


  「アレッ?」


  視界を奪われながらも戦斧を一閃するシラユキだが、霧を切り裂く斧の刃は虚しく空を切った。


  「マタイナクナッタ。」

  「ちっ……面倒だな。」


  私も影から得物--ウィンチェスターライフルを取り出して周囲を警戒する。


  「ドウシヨウ……コノ、キリ……フキトバセナイカナ?」


  おそらくこの霧も含めての心象風景だろう。仮に吹き飛ばせてもまたすぐかかる。


  そんな私の思考とは反対に、シラユキが影からなにか取り出した。


  「……扇風機?」


  というより、業務用の大型送風機だ。夢の世界の怪力を利用してシラユキが自分の影からうんしょうんしょと引きずり出す。


  「コレデ!」

  「電源なくて回る?」


  まぁ、そこは夢の世界だ。多少のことはイメージでカバー出来る。


  「……アレ?」


  が、スイッチを押しても肝心の送風機は動かない。困惑しながら何度も電源を入れるが、やはり動かない。


  「……シラユキは、この送風機の構造理解してる?」

  「……?」


  どうやらこの立派な送風機はハリボテだ。


  夢の世界では好きなものを創り出し使うことが出来る。

  しかし、『なんでも』というわではない。

  夢の世界での『ダイバー』の行動、権限は自分の理解を超えない。

  武器を創るにも、仕組みを知らないものは創り出せないということだ。創り出せても、今みたいに形だけのハリボテになってしまう。

  だから自分の身体を作り替えることもできないし、原理を知らない現象も再現できない。例えばいくら夢の中でも魔法は使えないということだ。


  ただしそれも、『ダイバー』の力量と精神状態によるらしい。

  ある程度のことは『ダイバー』のイメージで補完できる。例えば、ハルカのピアノ線が生き物のように動く等だ。


  どの程度のことをイメージで補完できるかは、夢の世界での主導権次第。夢の世界の主や『ナイトメア』は大抵のことは実現できる。

  『ダイバー』でも、夢の世界でより強い権限を勝ち取れれば、より実現可能な範囲も広がる。


  現状の私たち--平均的な『ダイバー』の力量では、仕組みを理解している物質を創り出すのが精々だ。


  「コレ、ツカエナイ?」

  「まぁ、盾にくらいはなるかな。」


  しょんぼりするシラユキをなんとかフォローする。

  そんな間抜けなやり取りをしている間に、奴は再び姿を現した。


  「ッ!?ウシロ!!」


  シラユキの声に私は振り返る。背後から現れた水飲み鳥のくちばしが、私の身体スレスレを通過して地面に叩きつけられた。


  「……っの!」


  私はくちばしを躱しながらライフルの銃口を首に押し当てた。

  ゼロ距離から撃ち込まれた鉛弾がガラス製の首を砕き割る。


  『ゲァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』


  胴体と切り離された頭が間抜けに地面に突き刺さったまま悲鳴をあげる。


  「逃がすな!!」


  私の声に弾かれたようにシラユキが戦斧を振りかぶる。

  棒立ちの胴体へ上から戦斧を叩きつけようとする寸前、丸い体から生えた脚が鞭のようにしなる。

  まるで刺突のような鋭いつま先がシラユキの腹を突き、後方に吹っ飛ばした。


  「シラユキっ!?」


  霧の彼方に消えていったシラユキに気を取られた瞬間、首を失った胴体だけ逃げるように駆け出した。

  逃げる『ナイトメア』を庇うように霧がまた深くなる。


  私は霧に消えていく影に向かって鉛弾を撃ち込んだ。当てずっぽうに撃った弾だが、『ナイトメア』の悲鳴が響いたので当たったらしい。


  「シラユキ、大丈夫?」

  「……ダイジョウブゥ」


  私の声に霧の向こうからシラユキの弱々しい声が返ってきた。

  とりあえずの無事を確認し私は霧の先へ『ナイトメア』を追って走る。


  どうやら逃げられたらしい。私が見つめる先、黒い土の上にガラス片が散らばっていた。


  ……でもダメージは与えた。次で終わらせる。


  「シラユキ立てる?立てるなら奥の教会まで走って!」

  「……ウン」


  大丈夫だろうか?


  私はシラユキのいる方向を注意しながら、奥で霧に霞んでいる教会を目指す。


  墓地は若干傾斜がついており、教会までは少し上り坂になっている。

  十字架が乱立する土の地面から教会へと続く石畳の歩道に渡り、そのまままっすぐ駆け出した。


  そんな私の行く手を阻むように、歩道の両脇から根のような触手が這い出してくる。


  私は立ち止まって影に手を入れた。イメージを固め、それを維持したまま影から手を引き出す。

  影から出した手にはマッチと酒瓶だ。ウォッカの入ったボトルを触手に向かって放り投げ、ライフルで瓶割る。

  頭からアルコールを浴びた触手が不愉快さを表すようにうねる中へ、私はマッチをすって放り投げた。


  上手く燃えますように……


  祈りながら私は歩道から外れて墓地に戻る。

  教会へ走る私の背後で燃え盛る触手が暗闇を照らす松明として煌々と熱い光を灯す。


  飲食物を創り出すのは比較的難易度が高いが、過去に口にしたものだとそのハードルも下がる。

  私は過去に、“悪い先輩”から飲まされた酒の味を覚えていた。


  --その先輩のことは、忘れられない。忘れたいのに……


  私はライフルから肉切り包丁に得物を変えて再び墓地の中を走る。

  絡みついてくる触手を切り払いながら先へ進む。

  触手自体は致命的な攻撃はしてこない。精々が妨害程度だ。この夢の持ち主は攻撃性が低いのかもしれない。


  遠くの方で地面が爆ぜる音が聞こえる。石製の十字架が砕け、思い何かが地面を砕いている。

  おそらくシラユキだろう。


  私は霧に阻まれ姿の見えないシラユキと並走するように教会への道を駆け抜ける。


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