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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第3章 借り物の夢で
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第3章 7 湯浴みの少女たち

 

 ※



  --ここでの生活は私にとって、必ずしも面白くないものという訳でもなかった。


  ここに居れば嫌なことはすぐに忘れられる。

  外の世界と関わることも無い。私にとっては平穏なものだ。


  --私には友達がいる。

  名前は知らない。ただ、ここではハルカと呼ばれている。


  この頭のおかしい寄宿学校では、生徒から名前を取り上げ、教師をマザーと呼び、閉じ込め、外から隔離して、育てるのだ。


  生徒としてでは無い。夢の中に潜る『ダイバー』として…


  私も友人も名前を奪られ、シオリとハルカという名前を与えられた。


  別にいい。

  今更本当の名前に興味などないし、親の顔も名前も、もう忘れてしまった。

  ここに居ればどんどん古い記憶はなくなってくる。そうやってこの学校だけが世界になっていくんだろう。

  それを皆、当たり前のように受け入れている。


  私にも、外にいた頃友達が居た。

  もう顔も名前も朧気だけど。

  ただ一つ、彼女から言われた一言だけは……


  「……シオリ?」

  「……ん?」


  騒がしい食堂で、隣のハルカが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 

  「…カレー、こぼしてる。」

  「……あ。」


  手元を見ると、傾けたスプーンからカレーのルーが机にこぼれていた。ぼーとしていてスプーンが傾いたらしい。


  「大丈夫?手にかかった?」

  「……いや。」

  「そう。ならいいけど。」


  食堂の机に置かれた布巾で甲斐甲斐しく私の手元を拭いてくれる私の友人。


  ……彼女は、周りに比べて物覚えがいい。

  名前や両親のことは忘れていても、ずっと昔のことを記憶していて、思いがけないタイミングで口にすることがある。


  昔のことを覚えているからこそ、私の友人で居続けてくれるのだろう…


  「……私たちが知り合ってもう三年だ。」

  「え?」


  蚊の鳴くような声で呟く私の声にもハルカはしっかり反応する。


  「どうしたの?急に…」

  「……いや、高等部に上がったから…」


  私の答えにならない曖昧な返事にハルカは「そうねぇ…」となにか懐かしむように遠い目をする。


  きっとまた昔のことを思い返しているのだろう。私の忘れてしまった大昔のことを…


  それこそ、二人が出会った時のこととか……




 ※




  --ハルカたちが帰ってから自分の部屋で適当に過ごし、食堂で食事を済ませた私は浴場に向かった。


  「……あぁ…やっぱりいいなぁ…」


  身体を洗い、大きな湯船にゆっくり肩まで浸かる。全身の凝りが解れて疲れが溶けていく。

  すぐにぽわぽわと頭が熱くなり、浴場に反響する女生徒たちの騒ぎ声までなんだか心地いい。


  「相変わらずエンジョイしてるね。」


  みっともなく隙丸出しでお湯に沈む私の頭上からの声に、私は視線だけ声の方に向けた。


  「やぁ、さっきぶり。コハクちゃんとシラユキちゃんだよ。」

  「ヤァ。」


  私の隣でお湯に身体を沈ませるコハクと、コハクの真似っ子なシラユキに私も「やぁ」と片手を挙げて気の抜けた挨拶を交わす。


  「シラユキちゃん、ヨミはね、このお風呂が大好きなんだって。」


  コハクが隣のシラユキに訊いてもない情報を流す。


  「オフロ、ヒロイネ。ワタシノウチヨリデッカイ。」


  と、ぱちゃぱちゃと足をばたつかせてお湯とじゃれるシラユキが楽しそうだ。つられたようにコハクも小さく足をばたつかせて遊ぶ。


  比較対象がこの浴場ってのもすごいな…そういえば、『サイコダイブ』で見たシラユキの家、大きそうだったし…


  すっかり熱くなった頭で私はそんなことを思い出した。シラユキはもしかしたら富裕層の出身なのだろうか?


  ……まぁ、この寄宿学校は学費が高い。大体の生徒が金に余裕のある家庭の出だろう。


  ……シラユキはまだ入学したばかりだから、家とか家族のこととか覚えてるんだ。


  私が忘れてしまったようなことも…ほんとの家族も名前も…


  シラユキの出自に興味が湧いたが私はそれを無理矢理頭から切り離す。

  覚えていようがいまいがそういう話題はここではマナー違反だ。


  「ヨミハ、オフロガ、スキナンダ。」

  「そう……楽しみなんてこれくらいだしさぁ…どう?シラユキ。いいお湯でしょ?」

  「まるで自分でお湯張ったくらいの威張りっぷりだ。」


  ぶくぶくと湯の中に沈んでいく私をコハクとシラユキが笑ってる。


  「……アツイ。」


  私の隣でシラユキが早くものぼせそうだ。見ると、真っ白な肌が朱に染まっている。外人は熱いお湯が苦手なのだろうか?


  ……普段愛らしい印象のシラユキも、脱ぐと結構すごい。特に胸部が…

  私も平均値よりは上だと思うが、さらにひと回りでかい。


  ……対称的だな。


  対して、熱かったのか湯船の縁に腰掛け、脚だけ湯船に浸からせたコハクを見る。

  スマートでモデルのような体型。着る服に困らなそうだ。胸はあれだが、それでも女性らしい起伏はちゃんとあり色気のあるスタイルだ。

  この二人、年頃の男なら生唾ものなのだろう。


  「なにかな?私の身体を舐めまわすように観察して…」


  ガン見してたらコハクから変な目を向けられた。

 

  「……いや、シラユキとは違うなって…」


  違うタイプの魅力がある--という意味だったが、言葉足らずだった。

  コハクは自分とシラユキを見比べて(主に胸部)再び私に変な目を向けてくる。


  「……違うってコハク。誤解だ。」

  「君たちはいいね。膨らんでて。」


  コハクがそっぽ向いた。

  こういうことで拗ねる子なのか…と思ったが、すぐにこちらに顔を戻す彼女の表情にただの冗談だとすぐ察する。


  「シラユキちゃん、気をつけよう。ヨミったら私たちの身体に欲情してる。」

  「ヨクジョウ?」

  「してないから…そっちの趣味はない。」

  「どうかな?男の居ない環境だし…」

  「コハク。」


  キョトンとするシラユキが本気で勘違いしたら困る。私はお湯をコハクに飛ばして牽制した。


  「……ヨクジョウッテナニ?」

  「うん?性的な欲望が抑えられ--」

  「まじで沈んでもらうよ?コハク。」


  これ以上シラユキをだしにして私をからかうつもりなら容赦しない。


  「あはは……ごめんごめん。」

  「……ったく。コハクって意外とテンション高いな…疲れる。」


  本当に初めて会った時とは印象が異なる。疲れを取るはずの入浴でこんなに疲れるなんて…


  「そういえば、初めて会ったのもお風呂場だったっけ?」


  なんとなく口をついて出た私の呟きがシラユキの興味を引いたらしい。すっかり茹でだこ状態のシラユキがこちらに身を乗り出してくる。


  「コハクト、シリアッタトキ?ドンナダッタノ?」


  私とコハクを交互に見つめてシラユキがぐいぐい近づいてくる。胸が当たる。柔らかい。

  ……いや、ほんとにでかい。柔らかい。すごいなこれは…


  「そんな面白い話じゃないよ?」


  一体何がそんなに気になるのか?勝手に上がっていくシラユキの中のハードルを超える自信は私にはない。


  「……最初は無愛想でね。彼女。」


  私が戸惑っている間にコハクが勝手に語りだした。大丈夫だろうか?


  「脱衣所でいきなり私に組み付いて--」

  「コハク、今後君がそういう方向性で行くんなら私にも考えがある。」


  白い目を向けて無言の抗議を送る私にコハクが参ったと両手を挙げた。

  ホントに、初対面の時と印象が違う。こんな二枚目系のお調子者だったのか…

  ……付き合い始めてから面倒くささに気づくタイプだ。たちが悪い。


  「いやね、えらくガラの悪い子がいるなって思ってさ、声かけたんだ。ホントにそれだけ。」


  コハクが私のメッシュに触れながらそう言った。たしかに否定できない。


  「カッコイイヨ。カミノケ、コンドワタシニモオシエテ?」

  「シラユキには似合わないかもね…それに髪染めたら怒られるよ?」


  なんなら私も怒られる。ハルカあたりから。


  「……コハクはさ、なんで私に絡んでこようって思ったの?」


  私は再び湯船に肩まで沈むコハクに対して素朴な疑問を投げかけた。


  自慢じゃないが--いや、自慢にもならないが私はそれなりに周りから避けられているようだ。

  用もないのになぜ何度も私に接触してきたのか?


  「え?だから、ガラ悪いのいるなって……興味本位だよ?」


  コハクはそう言って笑った。


  「それだけ?」

  「何か理由が必要なの?」

  「いや、そういう訳じゃ…」


  私の追求にコハクは「そうだなぁ…」と少し考えこむ。そして、結論が出たのか私の方へ視線を戻して、


  「仲良くなれる気がしたの。ヨミは私と一緒でひとりぼっちに見えたから。」


  実に簡潔かつ失礼極まりない返答が返ってきた。


  「……悪かったねぼっちで。」

  「悪くないよ?ぼっちでありがと。」


  皮肉の混じったコハクの言葉に私は舌を出した。そんな私の肩に思い何かがのしかかる。

  同時、身体を預けるように寄りかかってくるのがシラユキだと気づく。


  「イマハ、ヒトリボッチ、チガウネ。ヨカッタネ。」


  なんてかわいい子なんだろう。甘えるみたいに寄っかかって……


  「……?」

  「シラユキちゃん?もしかしてのぼせた?」


  コハクの問いかけに返事はなく、代わりに真っ赤に熟れたトマトみたいになったシラユキがぶくぶくと沈んでいく。


  私とコハクが慌ててシラユキを湯船から引っ張り上げ、脱衣場まで連れていく。

  道中、女生徒たちの注目を浴びまくり、湯浴みによるものでは無い体温の上昇を感じて私まで赤くなってきた。


  --風呂場ではぼっちでいい。


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