第3章 6 ハルカの友達
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ヨミの部屋でなんでもない会話に花を咲かせたあと、私たちは解散した。
ヨミの見送りを受けたあと、シラユキとコハクは各々の自室に帰って行ったようだ。私は一人、一階に降りていく。
「じゃ、また明日。」
「バイバイ、ハルカ。」
コハクとシラユキにヒラヒラと手を振って返し、私は寮の談話室を目指した。
特に用事があった訳でもないけれど、何となくそのまま帰る気にもなれなかったので私は用もなく皆の憩いの場に足を踏み入れた。
「…今は、五時半か…夕飯まで暇だな。」
夕飯は十九時と決まっている。あと一時間半。
課題も全て終わっている私は談話室で時間を潰すため、適当なソファに腰掛けた。
「あ、ハルカ。後で数学の課題写させてー。」
「ウチもー。」
ソファに座ったタイミングで談話室にたむろしていたクラスメイト達が挨拶がわりにせがんできた。
「…もう、自分でやりなよ。今日は忙しいから無理。」
「明日には返すって。後で部屋に取り行くねー。」
それだけ言って、勝手な約束を取り付けたクラスメイト達は談話室を後にする。
私はクラスでは優等生という扱いらしく、今みたいな不精な生徒からああいう頼み事をされることがままある。
課題を写させろ、くらいならかわいいものだが、図々しい奴は代わりにやれとか言ってくる。
…その点ではヨミとかは真面目よね。今までそんなこと言われたことないし。
あんな見た目でもヨミは案外真面目だ。提出物も期限をきっちり守るし、授業態度も悪くない。
多くの生徒が面倒なことを私に頼んでくることが多々あるが、私だって面倒だ。
その点、ヨミはそういう面で私を頼ることは無い。
そんな彼女だから付き合いやすいのかもしれない。シラユキは真面目だし、コハクも成績はいいらしい。ただ、サボり癖があると本人が言っていた。だからといって他人に頼ることはしないようだが…
……私は普通にやることやってるだけなのにな…
やるべきことをやってるだけで偉いのだろうか?それだけの事で周りからは苦ではないように見えるのか?
私だってやりたくないものはやりたくない。まして他人の面倒など…
私にとって付き合いやすい友人とは、案外ベタベタせず自然な距離感を保ってくれる人なのだろうか…
互いに気が向いたら会い、互いのことは持ち込まない…
ただ、そんな会いたい時がもっといっぱいあってもいいのかな…なんて最近は思ってる。
「……あ。」
そんな風に談話室をぼんやり眺めていると、視界に知り合いが映った。
他クラスの生徒ばかりの談話室で見かけた友人に、私は自然と話しかけに行っていた。
……迷惑かな?
彼女の真後ろまで近づいてから、私の動きはピタリと止まった。
ソファに腰掛けて手元に視線を落とす少女は、周りの世界を拒絶するかのように本の世界に没頭している。
今話しかけるのはまずいか?
なんて、遠慮がちに考えてると少女は私の気配に勘づいて振り向いた。
「…や、こんにちは。シオリ。」
「……」
どうやら遅かった。私を見上げる少女に挨拶をしてから、私は隣に腰掛けた。
読みかけの本を開いたまま私の方を見つめる少女--シオリは、ヨミ以上の本の虫だ。
髪は白に近いプラチナブロンド--絹のような美しく光沢のある髪は腰あたりまで伸びしばらく切っていないようだ。
同じく長く伸びた前髪が少女の白い顔の右半分を隠している。
肌はシラユキのように白く、切れ目な瞳は茶色だ。私とそう変わらない身長で、スタイルも日本人離れしている。
シオリはロシア人と日本人のクオーターらしい。
最も、例によって彼女は両親や故郷、自分の名前も『サイコダイブ』の影響で忘れてしまっているが…
神秘的でありながらもどこか親しみを感じるアジア系の顔立ちで、正統派美少女、といった印象だ。
「…なに?」
「ううん。用があるわけじゃなくてね…見かけたから…そんだけ。」
「そう。」
素っ気ない返事を返し、シオリはまた本の世界に戻った。
彼女とは中等部に上がってからの付き合いだ。
彼女はベタベタせず自然な距離感を保ってくれる“付き合いやすい友人”である。
……いや、私がそう思ってるだけだろうか?
そんな風に思うくらい、彼女は普段私と関わろうとしない。
どちらかと言うと私には話しかけてきてくれる方だ。ごく稀に、私に声をかけてくれることがある。
それくらい、彼女は他人との距離が遠い人だ。それが、彼女にとって心地いい距離感なのだろうと私も勝手に思ってる。
だからこそ、私の方からベタベタ馴れ合おうとはしない。
用もないのに会いに行かないし、声をかけるのも今日みたいにたまたま見かけた時だけだ。
でも、たまたま一緒になった時はおしゃべりくらいしたいなと、そう思えるくらいには私はシオリが好きだ。
シオリはそうでは無いらしく私を無視して本の中に没頭する。
シオリのこういう態度も、気分屋な所も三年近い付き合いで理解しているつもりだ。
だから私も無理に気を引こうとはせず、談話室のテレビに意識を向けた。
読書が済んだら私のことも構ってくれるだろう。そういう気分じゃないのなら私を無視して談話室から出ていくだろう。
少なくとも、こうして隣にいることに拒否反応を示さないので、今日はおしゃべりできそうだ。
そんな気を遣う友人が紙の世界から戻るまで、私は三十分近くぼぅっとテレビを眺めた。
「……このタレント。結婚するんだってね。」
しばらくテレビの画面を眺めていた私の横から、そんな声が聞こえてきて私はそちらを見る。
読み終えたのかいつの間にか本を閉じたシオリが、私と同じくテレビの画面を眺めていた。画面の向こうでは、バラエティ番組の司会役の有名タレントが大口を開けて笑ってる。
「……へぇ、知らなかった。意外と見るんだ、テレビ。」
「見ない。テレビはうるさいから嫌い。」
興味無さそうな口調でシオリはそう言った。
四分の一がロシア人である彼女の日本語はシラユキのそれとは比べ物にならないくらい流暢だ。
「じゃあ談話室来なければいいのに。」
「……」
私のそんな指摘にもシオリは関心がなさそうに、ぼぅっとテレビの画面を眺めたまま視線をこちらに向けることは無い。
「図書館とか行かないの?本読むならあそこ…」
「私は談話室の方が好き。どっちかって言うと。」
私の言葉を遮ってシオリは言った。だが、私は彼女がどういう人間か少しは理解しているつもりだ。
「遠いからでしょ?ホントに出不精なんだから……」
「……」
相変わらず私の指摘には返事がない。
「今度の外出日にでも外出たら?あんた、全然部屋から出ないんだもの。干からびちゃうわよ?」
「……ハルカこそ、遊んでばかりいるとバカになる。」
相変わらずの憎まれ口に私は安心する。今日は機嫌がいい。本当に機嫌が悪い日は口を聞いてくれない。
「……昨日は潜ったんだって?」
相変わらず目の合わない友人が唐突に話題を変えてきた。
「うん。一人だったけど、余裕だった。」
「男?女?」
「え?多分…女の子の夢。なんかね、パティシエみたいな『ナイトメア』が……」
「……『ナイトメア』?」
思わず口をついて出た単語にシオリが怪訝そうに表情を変えた。
しまった…つい出てしまった。
まだ今日決めたばかりなのに、すっかり記憶に定着してしまっているようだ。なんの引っかかりもなく出てきたあたり、私自身夢の世界の敵に対する呼称がなかったのは不便だったのだろうか?
「……なに?『ナイトメア』って。」
「ううん。別に。」
なんだか『ナイトメア』という単語そのものまで恥ずかしいものに感じて私は誤魔化した。
ようやくシオリと目が合ったなーなんて考えながら、じぃっとこちらを見つめてくる彼女に今度は私が目を合わせられない。
「…『サイコダイブ』の情報なら、共有して欲しい。」
いやそんなに大したものじゃない。
「いや、別にホントになんでもないよ。でさっ!そのパティシエがさ--」
強引に話題を戻す私にシオリはなんだか不満げだ。相変わらずの無表情だけれど、ちょっとした視線や雰囲気の違いで機嫌が分かる。その程度には彼女のことを見ていた。
「……ハルカが誤魔化すなんて珍しい。」
「いや別に誤魔化してるわけじゃないけどね…」
特に隠すようなことじゃないけど、なんだか『友人たちの間で決めた私たちだけの呼び方!』っていうのが恥ずかしかった。
特に彼女の前では…
「……女の夢の方がたちが悪い。」
シオリの方もそれ以上追求することはせず、話題を戻した私に乗っかってくれた。
「へぇ、そういうもん?私には分かんないけど。」
「ドロドロしてるよ。入ってくる感情が。気持ち悪い。」
「あー、それは何となくわかる。私達もおかしくなったら、ああいうのが心の中で燻るのかな?」
「……」
私の疑問文にシオリは答えない。ただやかましいテレビを眺めている。
「でさ、そのパティシエのおっさんなんだけど--」
そんなシオリに私は構わず会話を続ける。こちらの話を聞いていないようで、彼女はちゃんと聞いてくれている。
そんなこともちゃんと分かってる。
久しぶりに過ごすシオリとの時間は、ヨミたちとの時間とは違ってゆっくり和やかに過ぎていった。




