第3章 5 『ナイトメア』
「名前って…そんな親しみ込めて扱うものじゃないわよ?」
「デモ、ナンノコッチャ、ワカンナイ。」
あんまり乗り気ではないハルカにワカンナイワカンナイとシラユキが愛らしく首を振る。
シラユキにここまで言われたら仕方がない。
「…異常原因。」
「長いな。あと、なんか名前っぽくない。」
私の最初の提案はコハクに却下された。
「…核。」
「イメージと違うかな。」
ハルカの提案もコハクが却下。
「…敵だから、エネミー、とか?」
私の次なる案にコハクのハルカが「おおっ」と好反応を示す。
「安直だけどそういうことよね?いいじゃん。」
「せっかくつけるんだからもうちょっとひねりが欲しいかな…」
とハルカとコハク。
なんだかほんとに拾ってきた捨て犬に名前をつけるみたいなノリだ。
「…病原体とか?」
「遠ざかった気がする。」
ハルカの案にコハクのダメだしだ。一体何から遠ざかったのか…
「…セッカクツケルナラ、カワイイ、ノガ、イイ!」
と、シラユキも眉間に皺を寄せ案をひねり出さんと奮闘する。
ホントに一体なんの時間なんだろう…
「…心の病気だから…サイコパス。」
「サイコパスだと“精神病質者”かな?夢の中の敵ってよりも、夢を見てる犯罪者を指す方になってるね。」
ハルカの案がまたしてもコハクに却下される。そこから着想を得たコハクがひねる。
「精神病だとサイコシスだ。…長いな。」
「略してサイコ。」
「ダサい。」
コハクの案から略すという私の妙案にハルカの容赦ないダメ出しが突き刺さった。
「方向性を変えてみようよ。」
あーでもない、こーでもないと…
一体どれくらい議論したのだろうか?
「悪夢ちゃん!」
「コハク、投げやりになってない?」
言い出しっぺのコハクがもうどうでも良くなってきたようで、なんでもいいから決めようという空気になってきた。
「…『ナイトメア』。」
シラユキがぼそっと、コハクの案を拾う形で提案する。
『ナイトメア』--悪夢ちゃんを英語にしただけ、安直なうえありきたりだ。
「いいじゃん、かっこいい。」
自分の案が拾われたということもあって、進行役のコハクは満更でもなさそうだ。
「…まぁ、『サイコダイブ』なんていい夢じゃないしね。的は射てる…」
ハルカも『ナイトメア』に一票だ。というか、さっさと決めたいだけかもしれない。
なら別に反対する理由もない。名前っぽいし、かっこいい響きだし、覚えやすい。口に出すのは少し恥ずかしいが…
「いいんじゃない?それで……」
私も賛同すると、コハクが正式に決定を下す。
「シラユキちゃん。私たちは今日から夢の敵を『ナイトメア』と呼ぼう。」
自分の出した案が採用され、シラユキも嬉しそうに頷いた。
命名式も済んでそろそろ口が寂しい。私は新しいお茶菓子を取りに再び奥へ。
「ミンナハ、ナンテヨンデルノカナ?」
「別に特別な名前つけてないと思うわよ。」
「私たちだけだよ。」
と、シラユキ、ハルカ、コハクが言っている。友人たちの声に耳を傾けながら私は冷蔵庫横のダンボールから適当な駄菓子やスナック菓子を見繕ってみんなのところに戻る。
「『ナイトメア』ヲ、タオシサレタ、ヒトタチハ、ドウナッテルノカナ?」
各々空になった紙コップにおかわりのコーヒーを注ぎながら話題がさらに変わる。
「精神状態が改善されて社会復帰するんじゃない?治療だからさ。」
シラユキの疑問に私は答えた。
「そもそもどこの誰かも知らないしね…その後どうなるかなんてそういえば私たちは教えられたことなんてなかったわね。ちゃんと成功してるのかも含めて…」
とハルカ。
私たち『ダイバー』に開示される情報は少ない。治療に成功しているのか否かも含めて。
「でも、テレビとかを見る限りでは“画期的な治療法”ってみんな言ってるわけだしそれなりの成果は出てるんじゃない?」
私は狭い知識から導き出される憶測でそうシラユキに言った。
「“画期的”かぁ…なんだか回りくどくも感じるけど。あれ、“画期的”なのかなぁ?」
私の推察にコハクがそんな疑問を口にする。たしかに、「ただの精神異常改善の為になんでこんな面倒なことを…」と私も何度かは思った。
「精神病とかの治療って本来時間がかかるものなんでしょ?それを一晩で解決できるから、“画期的”なんじゃない?」
ハルカの意見にポテトチップスを齧る私はそれなりに納得出来る内容になるほどと頷く。
「『サイコダイブ』って一回のコストどれくらいなんだろ…」
「導入機は高そうだけど…『ダイバー』さえ居れば案外安上がりなのかもね。」
私の疑問にコハクが返した。
次から次へと疑問符が浮かんでくる。おそらく考えても答えの出ない疑問たち…私たちは『サイコダイブ』について驚く程に無知だ。
「『サイコダイブ』自体はさ、潜るだけなら安上がりでも、私らが貰ってるお給料とかメンタルケアとか考えたら一回の『ダイブ』でも結構しそうじゃない?」
「かもね…日本に何人の『ダイバー』が居るのか知らないけど…」
ラーメン味のスナックを口に流し込むハルカにコハクが同意する。深堀すればするほど、頭に浮かぶ疑問は「なんでこんなことをしなくてはいけないのか?」というものに行き着いていく。
……そこまでして犯罪者の更生が必要なのかな?
夢の世界で痛い思いをする私たちからすると、そんな疑問や不満の一つも浮かんでくるというものだ。
『サイコダイブ』は適正がないものは行えない。
その為、適正を持っているモノは必然的に『ダイバー』に選ばれる。
私たちは、望んで選んでいる訳では無い…
脱線していった議論が本題をシラユキが本題に戻す。
「…ヒトノ、ココロノナカヲ、ノゾイチャウノハ、“ドウトクテキ”ジャ、ナイケド…」
シラユキの“道徳的”発言に彼女の夢に潜った私たちまでなんだか申し訳ない気持ちになった。
「デモ、キットスクワレテルンダヨネ…ワタシタチノ、ヤッテルコトハ、ヒトダスケ、ダネ。」
--人助け。
『サイコダイブ』をそんな風に捉える人は多分、ここには居なかった。そんな実感毛ほどもなかったから。
でも、社会貢献であることには間違いないわけで人助けにはなるのだろうか…?
シラユキの言う通り、無理矢理精神に介入して、異常な状態であるとはいえ、“心”に手を加えるというのは人の道に反することかもしれない。
そもそも、何をもって“異常”と定義するのか?“異常”だったとして、それを力づくで変化させるのは正しいのか?
『サイコダイブ』によって引き起こる精神状態の変化は、決していい方向ばかりとも言えないのではないか?
考え方やものの感じ方に少なからず変化が生じ、今までとは違う心になっていく。
精神異常を抱えた犯罪者が更生--その異常が改善しているということは少なからずそういう意味合いを含んでいる。
『サイコダイブ』によって心を“書き換えられた”人達は、果たして今までの彼らと同じ人格と呼べるのか?
呼べるにしろ呼べないにしろ、それは正しいのか?
「人助けかぁ…それで助かってる実例を目の当たりしないし、実感は湧かないわね。」
「いるじゃん?目の前に。」
ハルカに対してそう返したコハクの言葉に、難解な思考に一人どっぷり浸かっていた私はハッとする。
「…ワタシ?」
コハクに見つめられるシラユキが自身を指さして照れくさそうに笑った。
「…ウン。ミンナノ、オカゲデ、タスケラレタ。アリガト。」
律儀に頭を下げるシラユキにハルカが微笑んだ。
……そうだ。シラユキは改善した。
シラユキは以前のシラユキのままだ。だから…
そう思いたいだけか、私はこれ以上考えるのをやめた。
これ以上悩んだところで答えは出ないだろうし、出たところでどうすることも出来ない。
--社会も私たちの日常も、もうそういう風に出来上がってしまっているのだから……




