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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第3章 借り物の夢で
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第3章 4 少女たちの女子会

 

 ※



  --私たち四人は、私の自室に場所を移すことにした。


  あまりの難易度の人生ゲームを投げ出して、理事長のクッキーに釣られた私たちは図書館を後にする。


  こだまさんに礼を言い外に出ると、眩しい青空を仰ぎ見ることができる。四月の日差しにしては強い光に私は目を細めた。


  「…そういえばシラユキの夢の中も暑かったね。」


  春の日差しにコハクが思い出したように言葉を紡いだ。


  --私たちはシラユキの心の中を覗いた。

 

  おそらくそれは、シラユキにとっても、私たちにとっても望ましいことではないだろう。だから、今までその話題を口にすることは無かったが……


  「…ワタシノ、ユメノナカ、ドンナノダッタ?」


  シラユキが私たちに尋ねる。


  「…海。」

  「うん、砂浜と海だったよ。他には何もなかった。」


  ハルカに続いて私も返した。

  私たちは足を止めることなく学舎に入る。敷地内の施設の行き来は全て、敷地中央の学者を経由する。


  「暑かったよとっても。夏の海だった。シラユキちゃんは海、好きなの?」


  コハクがシラユキに尋ねた。その問いかけにシラユキも少し考えるように黙り込む。


  「…ナツ、スキ。」

  「そっか、夏といえば海だもんね。」

  シラユキとコハクの会話に私も混じるように歩調を合わせた。


  「本物の海は行ったことないからさ…なんか新鮮だったよ。」

  「ミタコトナイ?ウミ?」

  「みんなはあるの?」


  まだ寄宿学校に来て日が浅いシラユキはともかく、私はハルカとコハクにも尋ねた。


  「私は無いかな。この学校にいたらなかなかそんな機会ないよ。」

 

  と、ハルカ。まぁそうだろう。ハルカも私も寄宿学校に在籍している期間はそう違わない。


  「私も記憶には無いかな…」


  コハクもどうやら無さそうだ。コハクがこの寄宿学校に入学したのがいつなのかは知らないが…

  いずれにしろ、海なんて実際に足を運ぶ機会はない。この寄宿学校の生徒で本物の海を見た生徒は少ないだろう。


  「…ソウナンダ。アノネ、ウミハオモッテルヨリズットヒロイヨ。」


  両手をめいっぱい広げてその広大さをアピールするシラユキ。拙い日本語口調も相まってかわいらしい。私たち三人は思わず笑みをこぼした。


  「アト、スゴクフカイ。」

  「入ったこともあるんだね。すごいなシラユキちゃんは。」


  思わず頭を撫でるコハクにシラユキは「?」と不思議そうな表情でされるがままだ。


  「…シラユキはさ、あの時見た夢とか…覚えてる?」


  私はずっと頭の隅にあった疑問について、その答えを求めてシラユキに訊いてみた。


  精神衛生上、本当はこんな話題を蒸し返すのはよろしくない。一応、私もシラユキもまだ経過観察中なのだ。


  「…ウウン。オボエテ、ナイヨ?」


  と首を振るシラユキ。

  そんなシラユキの答えに補足するように、前を歩くハルカが口を挟んでくる。


  「『サイコダイブ』中に見た夢は『ダイバー』しか記憶しないわよ。その『ダイバー』だって、全部を明確に覚えてられるかは状況次第でしょう。」

  「外から無理矢理夢の世界との接続を切られたりすると、記憶障害を起こしやすいんだ。」


  と、ハルカに続いてコハクも説明してくれる。


  とにかく、シラユキはあの時無意識だった。


  であれば、あの夢の中で精神汚染で致命的なダメージを受けた私を助けてくれたのはシラユキではないのだろうか?

  いや、私の精神汚染を解消した記憶と感情はシラユキのものに違いないはず。


  ……無意識、だったのかな。


  シラユキの深層心理そのものが私に介入してきたのだろうか?


  なんて考えてるうちに、私たちは寮にたどり着いていた。

  広い玄関を抜けて、私の部屋の階までの階段を登っていく。


  --覚えてない、ということは私が流し込んだシラユキへの“気持ち”も忘れているのだろうか?

  『サイコダイブ』中の記憶は定着しなくても、感情は定着するはず…


  だったら、それでもいいか……


  いずれにしろ、そんな恥ずかしいことを確かめる気にもなれず、私は自室の扉を開けた。


  「いらっしゃい。上がって。」


  私は扉を開けて三人を中に招き入れた。


  「おじゃま。」

  「…ここがヨミの部屋かぁ…へぇ…意外と綺麗に片付けてあるね。」

  「…ナンダカ、ヒロクカンジル。」


  靴を脱いで部屋に上がる三人が各々の感想を述べる。

  いつも上がってくるハルカは別段感想もなく、室内を見回すコハクはなんだか意外そうなリアクションだ。シラユキが広く感じるのは多分ものが少ないからだろう。


  私は三人を適当に座らせてから奥に引っ込む。目的のクッキーと、あと冷蔵庫からペットボトルのコーヒーと紙コップを取り出した。


  「はいお茶。」


  私は三人が囲んでいる丸い折りたたみテーブルにコーヒーの入った紙コップとクッキーの箱を並べた。


  「砂糖かミルクいる?ないけど…」

  「ないなら訊くな。私はいらない。」


  ハルカがツッコミながら早速コーヒーを流し込む。つい最近まではブラックは飲めなかったはずだが、私がこれしか出さないからか最近は飲めるようになったようだ。


  「…イタダキマス。」


  シラユキがお行儀よく手を合わせてお辞儀までした。これで合ってるのか?と私たち三人を見回すので、三人は1人ずつ頭を撫でてやる。すっかり妹分が板に付いてしまった。


  「おぉ…この店知ってるよ。高いんだって。」


  クッキーの箱を見てコハクが言った。やはりいいものらしい。流石理事長だ。容姿からいかにも金持ちそうだったが…


  「もう半分ないけど…」

  「ハルカ、これ私が貰ったお見舞いだから。分けてあげてることに感謝しながら食べて。」

  「自分で分けたんじゃん?」


  四人でそれぞれクッキーを手に取り口に運ぶ。口にあったらしくみな遠慮なしに箱からクッキーを持っていく。

  お上品なお菓子というのは数が少ない。五分もしないうちに箱の中は空になってしまった。


  クッキーを完食するまで、適当な雑談に花を咲かせていた私たちだが、目的のクッキーを食べ終え口が寂しくなった頃合で再び話題がシラユキの夢に戻った。


  「…ワタシノユメニイタ、“アノコ”ハドウナッタノカナ?」


  話を戻したのは他でもないシラユキだった。

  “アノコ“とは、精神異常の原因のことだろう。


  「あれはシラユキが疲れてたから出てきたもので、もう消えたから心配ないよ。」

  「元々はシラユキちゃんの心模様だから。それが他の人の影響でおかしくなってただけさ。」


  ハルカとコハクがそう説明した。

  私もその通りだと思ったが、やはりそうは思えなかった。あの精神異常はシラユキから独立した自我を持っていた。


  そう思ってるのが私だけ……である以上、あの時私に語りかけてきていた声はやはり私にしか聞こえていなかったらしい。


  ……シラユキ本人は“あれ”のことをどう感じていたんだろう?


  本人の実感--精神異常をシラユキ自信がどういう形で認識していたのか、できていたのか私は気になった。


  …気になったが、私はそれを口にはしなかった。


  もしそれを思い出そうとしてまたシラユキの中で異常が起きたら洒落にならない。何がキッカケになるか分からない。本来、『サイコダイブ』の記憶など思い返すものじゃない。


  「“あの子”のことは忘れなよ?思い出す必要もない。」


  夢の世界での異常原因--あの孤独な少年を指して私もシラユキにそう言葉をかけた。

  それにシラユキもひとまずは納得して、それ以上の追求はやめたようだ。

  やはり、自分の心の中で何が起きていたのか、本人でも気になるようだ。『サイコダイブ』中に記憶がなければ尚更…


  「…ミンナ、“アレ”トカ、“アノコ”トカ、“イジョウゲイイン”ッテヨンデルケド、アレハ、ナマエガナイノ?」


  私たちの返答で疑問にケリをつけたシラユキの興味が、今度は別のところに移ったようだ。


  “あれ”、“あの子”、“異常原因”--


  つまりシラユキの中に巣食ってたもの。


  『サイコダイブ』において、夢の世界で敵対する“敵”--

  これを撃破することが私たちの仕事であり、『サイコダイブ療法』の基本だ。


  その夢の世界に巣食う“敵”--シラユキが疑問視したのはその固有名詞。


  確かにあれには名前なんてない。先生もマザーも“精神異常の原因”としか説明していないし、あれをなんと呼ぶかは人によって様々だ。

  というか、名前なんてどうでもいい。


  しかしシラユキにはどうでも良くなかったようで、答えに詰まる私たちを後輩ダイバーは素朴な疑問の答えを求めて見つめている。


  「…ないね。特に。」

 

  ハルカが分かりきった結論を出す。


  「ジャア、ナンテヨベバ、イイ?」

  「別になんでもいいんじゃない?好きに呼べば…こないだのとかは“うさぎ野郎”とか?」


  シラユキにハルカが返した。もちろん、シラユキが言っているのは奴ら全体の名称で個体を識別する為の名前ではないと分かっているだろうが…


  そもそも、奴らは現実には実在しないもので、私たちが夢の世界で倒せるように形を与えられたものだ。

  なので、どこまでいってもただの“精神異常”なのだが…


  「ないなら作ろうか。名前。」


  提案したのはコハクだった。

 

  空になった紙コップにコーヒーを注ぎながら、三人を見回して言った。


  「確かに呼び名が統一されてないとなんのこっちゃ分からないしさ…不便だ。」

  「ワタシタチガ、ナマエ、ツケルノ?」


  コハクの提案になんだかシラユキが楽しそうだ。

  なんだか捨て犬に名前をつけるみたいなノリで、奴らへの命名式が始まってしまった。


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