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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第3章 借り物の夢で
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第3章 2 なんだこいつ

 

 ※



  --シラユキへの『サイコダイブ』から三日が経った。

  日曜日。よく晴れた朝だ。私はようやく慣れ親しんだ自室への帰還を果たし、晴れ晴れした気分でベットに飛び込む。


  「……あー…病室のベット硬かった…」


  自分の匂いの染み込んだふかふかのベットは至福である。

  それにしても、しばらく離れていただけで十数年過ごした部屋が自分の部屋じゃないみたいだ。なにせ、入院棟に入ったのは初めての経験だった。


  それだけ、今回は危なかった…というか、普通ならアウトだった。


  ……シラユキのおかげだな。


  ふと思い出したようにベットの脇を見ると、シラユキに買ってきた見舞い品が紙袋に仕舞われたまま放置されていた。


  ……何買ったっけ?


  袋の中を漁ると、中からは札幌ラーメンだのチーズケーキだの雑貨だのが顔を覗かせる。


  「ラーメンは自分用、この本もか…あちゃあ、このケーキ冷蔵庫とか入れてなかったけど大丈夫かな?」


  …常温で放置して一週間。まぁ大丈夫だろう。


  「……これ、渡さなきゃな。」


  もう退院してしまったけれど、折角買ってきたものだ。

  ……渡す。

  渡すには会わなければ、当然だ。ということはその為の約束を取りつける必要がある。


  私“から”誘うのか…


  初めての経験に私のアレがあれしている。つまりあれだ。私は一体どれだけボッチを拗らせてるのだろうか?


  「……ハルカたちはもう渡したのかな?」



  私は紙袋を手に自室を出た。

  携帯電話なんて気の利いた物を持ってない私たちは些細な用事でも直接出向く必要がある。全く不便なものだ。


  私はシラユキもコハクも部屋を知らないので、とりあえずハルカの部屋に向かった。



  「……あ?」


  私を出迎えたハルカは朝っぱらから機嫌が悪い。寝癖はぼうぼうで就寝着は乱れまくっていた。普段かっちりしてる彼女でも、休日の朝はこんなものだ。


  「……なんか、機嫌悪いね。」

  「さっきまで潜ってた。」


  どうやら仕事終わりだったらしい。『サイコダイブ』の後は寝た気がしない。疲れで機嫌も悪くなるだろう。


  不機嫌ながらも、ハルカは私を部屋にあげてくれた。


  ハルカの部屋も、間取りはわたしの部屋と同じだ。ただ、殺風景な私と違いピンクや黄色の明るい小物やカーテンでだいぶ華やかに見える。『女の子らしい部屋』というのはこういうものだろうか。


  「なに?あんたの方から珍しい。」


  いきなりの来訪者に驚きつつもご丁寧にお茶を淹れてくれたハルカが、私の横に置かれた紙袋を見て合点する。


  「ああ…それか。あんた、それ私のところに持ってきてどうするのよ。」

  「いや、ハルカもう渡したのかなって。」

  「渡してない。」


  渡してないらしい。


  「なら渡そうよ。折角買ったんだからさ……」

  「渡そうよでなんでウチくるの?」

  「シラユキの部屋知らない。」


  私の情けない答えにハルカも「あぁ」と納得した様子。相変わらず不機嫌そうに頭を掻きむしりつつ


  「シャワー浴びたい。あと、藤村先生のところ行かなきゃだし…午後からでいいでしょ?」

  「オッケー。ていうかハルカはシラユキの部屋知ってるの?」

  「知らない。」


  知らんのかい。


  「用事があるんですってマザーに訊けば分かるでしょ。あと、コハクにも声かけとく。」


  流石のコミュ力だ。やはり頼りになる。


  「分かった。十三時でいい?」

  「いいよ。十三時に…図書館でいい?」

  「分かった。じゃあそれまで時間潰しとく。またねハルカ。」


  機嫌も悪そうなので長いは無用だ。私はハルカにあいさつして部屋を後にする。


  私は行くあてもなく談話室にやってきた。


  寮の一階にある談話室は、寮に住むこの学舎に通う全生徒が集まる場所だけあってかなりの広さだ。

  例によってクラシックな雰囲気の室内にいくつかのソファが設置されており、数台のテレビと本棚。角には小さな給湯室までついている。

  壁の大きな窓からは学舎に続く道が眺められる。緑に溢れた外の景色はそれなりに心安らぐ光景だ。今日は晴れている分尚更。


  日曜日なだけあって談話室は多くの生徒で賑わっていた。外出日以外の休日はだいたいこの談話室にみんなたむろする。


  私も生徒たちに倣ってソファに腰掛け、目の前のテーブルから菓子を手に取る。

  私たちの寮の談話室には寮監の計らいでお菓子が常備されている。こういうところは、各寄宿舎によって違うようだ。


  菓子と言えば、私が入院してる時理事長が持ってきた見舞いのお菓子はとても美味しかった。クッキーの詰め合わせだったのだがもう箱からして高そうだったので、一気に食べるのも勿体なく半分ほど残してある。

  今日の午後にみんなに持って行ってもいいかもしれない。


  「…それに比べて、ここの菓子は親しみ深い味わいだね。」


  なんでも寮監が手作りしてるらしいビスケットを小皿から一個摘む。


  「あーーーっ!」


  直後、静かな談話室に間の抜けた声が響き渡った。

  お上品に談笑していた女生徒達が一斉に私の方を見た。正確には私の隣を--


  「…?」


  私も彼女らに倣い自分の横に顔を向ける。


  私の横には、一人の女生徒が腰掛けていた。

  童顔で可愛らしい顔つきに、長い黒髪を低い位置で二つに結んでいる。ぱっちりした大きな目に長いまつ毛。手首にはシュシュが

 巻かれ、よく見ると爪にはネイルまでしてあった。

  発した大声のイメージ通り溌剌とした印象を受けた。

  大雑把な表現をすると、ギャルっぽい。

  ただ、それ以上に目を引いたのは彼女の装い。

  他生徒とは違いレディーススーツを身にまとっている。しかし、胸にはこの学校の生徒である証のバッチが光っている。


  「それ!」

  「え?」


  少女は私が今小皿からつまみ取ったビスケットを指さし、


  「それウチが狙ってたんですけど!?」


  ……?


  また面倒くさそうなのに目をつけられてしまった。


  どういう訳か、大声を発した彼女の姿を見るや否や何人かの--というか半分近くの生徒が談話室から逃げるように去っていってしまった。

  残った生徒たちも少女から距離を取るように離れた場所に座り直していく。


  「…ごめん。じゃああげるよ。」

 

  どれも同じだと思うが……

 

  私からビスケットを受け取った少女は満足気に「うむ」と頷き一口で小さなビスケットを平らげた。


  私はなんだか嫌な予感がしたので、他の生徒達と同様彼女から離れようと腰を浮かした。


  「待ちたまえ一年。」

  「え?」


  少女が誰かを呼び止めた。私じゃなければいい。ありませんように。


  「待てっての!なにゆえ?なにゆえ無視?」


  私だった…


  スーツの少女は私をがっしりホールドして捕まえ、強引にソファに座り直させる。


  「なに?ビスケット返したけど。」

  「人の物をちゃんと返せたから、ご褒美にこれあげる。」


  ……あなたのじゃないでしょう?


  私が白い目を向ける中、少女はジャケットの内側から飴玉を取り出した。


  「んっ!」

  「…ありがとう。」


  掌に乗せられた飴玉をつまんで受け取り、懐にしまった。

 

  「一年、名前は?」

  「え?」


  なぜ名前を訊かれるのだろうか?初対面でもいきなり名前を訊くのが普通なのか?

  まぁたしかにコミュニケーションをとる上で名前くらい知らないと話にならないので当たり前の行為ではあるが…


  この場で終わる関係なのになぜ自己紹介を…?


  「…ヨミ。」

  「うん、だと思った。」


  だと思ったってなんだよ。


  コハクも初対面の時は多少変なやつだった気がする。どうも最近は変なやつに絡まれる。


  私がげんなりしていると少女が自分を激しく指さし何かを訴えてきた。


  「……?」

  「おいウチの名前は?いや有名人だから知ってるだろうけど流れで訊けよ!」


  ……なんだこいつホントに。


  「…名前は?」


  この手の相手は突き放すとうるさい。ので、聞きたくもない名前を尋ねた。


  「秘密。」


  ……殺意が湧いてきた。


  「…約束があるから、もういいかな?」


  口角を引くつかせながらも、何とか笑顔をつくって優しく丁重に私はエクスキューズする。


  「なになに?友達?私も行っていい?」

  「いいと思う?」


  いいわけないだろ?ボケというニュアンスを多分に含ませた私の口調にも、紹介は当たり前だろうという風に顔色ひとつ変えずに、


  「うん。」


  ……なんか凄いなこの人。


  これくらいの図太さがあれば私も友達とかいっぱいできるのだろうか?ちょっとだけ見習ってもいいのかもしれない。

 

  一周回って尊敬に近い念まで感じ始めた私に、少女は何が楽しいのかケラケラ笑った。いやきっとこいつは何も楽しくなくても笑ってるに違いない。


  「飴ちゃん大事に食べろよな?」

  「え?…あぁ、うん。」


  そういえば飴玉を貰った。


  私の曖昧な返事に少女はニカッと笑みを見せて勢いよく立ち上がる。

  そのまま何が楽しいのかスキップでもするように談話室を後にしてしまった。いや、きっとこいつは何も楽しくなくてもスキップしてるに違いない。


  談話室の外からは、少女の陽気な歌声が響き渡って聴こえてきていた。


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