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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第3章 借り物の夢で
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第3章 1 私と彼女の邂逅

 

  「--このバカァッ!!」


  --私が長い眠りから覚めた翌日の朝、私はハルカのビンタを顔に食らいブサイクに顔面を歪ませた。


  「ぶべらっ!?」


  ハルカ渾身の一撃に私はベットの上で派手に転げ反対側に転落する。


  「…ちょっとハルカ、病み上がりだよ?精神的に。」


  理不尽な攻撃を仕掛けてきたハルカを隣に立つコハクがどうどうと宥める。それでも激情が収まらないらしいハルカは肩で息をしながら私を睨んでいる。その目にはなぜか涙が溜まっていた。

  そんな二人の後ろで、何やら恥ずかしそうにモジモジと下を向くのは、すっかり回復したらしいシラユキだった。


  無事、『サイコダイブ』から生還した友人達が私の見舞いに来てくれた。


  ……そんな場面からのビンタだった。


  「…何泣いてんの?ハルカ。」

 

  泣きたいのはこっちである。


  「いつまで寝てんのよこのアンポンタン!!あんたの分の授業のノート、私がとってたんだからね!?」


  何やら怒っているようだ。

  自分でこんなこと言いたくはないのだが、彼女の怒りもそれに基づく暴力も、その本質は理解しているつもりだった。私もそんなに鈍くない。

  ただ、それを自分で口にするのはあまりにも…


  「ハルカはずっと心配してたんだよ?おかげで不眠症気味だ。」

  「してないわよ!!」


  コハクに対してお約束のリアクションを返すハルカ。


  私はそんな二人をそれとなく観察する。

  状態は良さそうだ。どうやら、本当に問題ないらしい。

  正直先生とマザーの言葉では半信半疑だったので、こうして直に確認してようやく安心した。


  ……きっとコハクがいなかったらハルカは無事では済まなかったんだろう。

  それどころか、私もシラユキもダメだったかもしれない。


  今回は本当にコハクに救われたと思う。それだけ、今回の『ダイブ』には恐怖を感じた。

  問題は…


  「…シラユキ?どうしたの?」


  私はベットから少し身を乗り出してハルカとコハクの後ろに控えるシラユキに尋ねた。私の問いかけにもシラユキはモジモジとなんだか恥ずかしそうだ。


  「……?」


  シラユキの方も退院してるみたいだし、安定してろうだが、まさかまだ何か問題が…?


  「アノ…」

  「うん?」


  ようやく口を開くシラユキの言葉に私は耳を傾けた。


  「…ゴメンナサイ。」


  シラユキは謝った。


  「…なんか、責任感じてるみたい。」


  シラユキの前に立つコハクがそう言って「大丈夫だよ?」とシラユキの頭を撫でてやった。私が寝こけてる間にだいぶ打ち解けたようだ。


  「…ゴメイワク、オカケシマシタ…」


  「……日本語、上手になったね。」


  初めて会った時より、だいぶ聞き取りやすくなった日本語に私は笑顔を返した。

  シラユキが欲しいのはそんな返事ではないだろう。でも、私はあえて謝罪には触れなかった。


  代わりに、意を決して私は伝える--


  「…二回も助けられた。ありがとう。元気になってよかったよ。」


  私はベットから降りて、大切な友人の頭を撫でてやる。


  この感謝も、君への気持ちも全部本物だ。それが、あの時ちゃんと伝わってくれた。


  私を受け入れてくれてありがとう。


  自分の台詞になんだか顔が熱くなる。そんな私を眺めてコハクが楽しそうに笑ってる。


  こういう空気は苦手だ。

  早く終わってくれとも思うし、このまま続けばいいとも思った。


  「……シラユキ、こういう時はありがとうよ。」


  私に撫でられて今にも泣き出しそうなシラユキにハルカが言った。なんだか同い年なのに年下みたいな扱いだ。


  ハルカの言葉にシラユキはこくりと頷き、私を見上げて言ってくれた。


  「--アリガトウ、ヨミ。」




 ※



  「…そういえば、シラユキに買ってきたお見舞い、結局まだ渡してないや。」


  シラユキたちが授業に向かった後、一人になった病室で私は思い出したように呟いた。

  シラユキの為に用意した品々は部屋に置きっぱなしだ。退院したら渡さなくては……


  そんなことを考えながらベットに仰向けに倒れる私の耳に、遠慮がちなノック音が響いてきた。


  「…お見舞いです。」


  私の返事も待たずに細く開かれた扉から入院棟の看護婦が顔を覗かせた。


  「…?お見舞い?」


  誰だろうか?

  とっくに始業の時間は過ぎてるし、他所のクラスのマザーがわざわざ会いに来るとも思えない。

  もしかしてシラユキのマザーかな?なんて身構えていた私の視界に、予想外の人物が映り込んできた。


  入ってきたのはシワだらけの顔のマザーだ。

  年齢は多分七十を過ぎていたはず。マザー達が身につける黒い装束を着ている。


  私たちの暮らす寮の寮監であり、この学舎を取り仕切るマザーだ。


  ただ、私にとって予想外だったのは彼女ではない。


  黒い和服に漆黒の髪。絵の中から飛び出してきたような美貌と上品な色気。

  赤い瞳の少年を引き連れて病室に入ってきたのはハルカが『工藤』と言っていたこの寄宿学校の理事長だ。


  「……?」


  困惑する私をよそに寮監が私を指しながら理事長に紹介する。


  「この子が今回潜った『ダイバー』です。」


  簡単に過ぎる私の紹介に理事長はこくりと頷き、後ろに控えた男子生徒に目配せをひとつ。


  「……出ろ。」


  寮監に高圧的な一言を浴びせる少年。とても生徒とは思えない態度だが、寮監は素直に応じ理事長と少年に一礼して退室しだ。


  すっかり置いてけぼりの私に、ようやく理事長がこちらに視線を向けた。切れ目の瞳は少年同様真紅に染まっている。光の宿らない瞳がどこか不気味だった。


  「…はじめまして。」

  「……あ、どうも。」


  私に向き直り丁寧に頭を下げてくれる理事長に、私も慌てて居住まいを正しながら頭を下げた。


  「楽にしてくれて結構です。お疲れのところ、急に押しかけてしまってごめんなさい。」


  私に対して驚くほど丁寧な対応をしてくれる理事長。見た目通りその言動の端々に育ちの良さが垣間見える。一緒に居ると自分の無作法に恥ずかしくなるタイプの人種だ。


  「…この天照学園の理事会の工藤と申します。」


  --てんしょう…天照と書いてテンショウと読む。この寄宿学校の名前だ…たしか。日本神話の主神である天照大御神から取られている。仰々しい名前なので覚えていた。


  「お名前を伺ってもよろしいですか?」


  ボケっとしている私に、遠慮がちに理事長が尋ねてくる。


  「…ヨミです。」


  名前--と訊かれて一瞬言葉に詰まった。この寄宿学校での呼び名のことか、それとも本当の名前なのか…

  最も、本当の名前は私の記憶の中にはないけれど…


  「そう、ヨミさんね。よろしくお願いします。」


  親しみを込めた微笑--のつもりだったのだろうが、私に向けられた笑顔はあまりに浮世離れしていてあんまり親しみを感じない。


  「…あの、私に何か…?」


  らしくない口調で戸惑いながら私が尋ねると、理事長は可笑しそうに笑って


  「そんなに固くならないでください。大変な『サイコダイブ』だったと聞いたので心配になりまして…様子を見に来ただけです。ご迷惑でしたか?」


  心配で様子を見に来ただけ……高等部だけでも千人を超えるマンモス校の理事長が、わざわざ一人の生徒のお見舞いか…


  やはり、今回の『サイコダイブ』は色々とイレギュラーだったのか…


  「…わざわざありがとうございます。」

  「楽にしてください。まだ病み上がりなのだから。」


  理事長に促されて私はベットの上で足を崩した。


  「…渡すのが遅れてしまいました。これ、よろしかったら食べてください。」


  理事長が後ろに目配せすると、後ろの少年が前に出て手に提げた紙袋をベット脇のテーブルに置いた。わざわざ見舞いの品まで持ってきたらしい。生徒一人に…


  「ありがとうございます。いただきます。」

  「普段はお菓子などあまり食べれないでしょうから…」


  可笑しそうにクスリと笑って理事長は言った。割とお菓子や暇つぶしの趣向品は外出日に手に入るのだが、それをわざわざ今言う必要はない。


  「…それでですね。」


  社交辞令も終えて、理事長は勿体つけた口調で本題を切り出した。


  「…今回の『ダイバー』への『サイコダイブ』というケースは過去に前例がありません…もしよろしければ詳しくお話をお伺いしてもいいですか?」


  『ダイバー』への『サイコダイブ』…

  それが、私が見た夢で出会った違和感に直接関係する要素なのだろうか?

 

  シラユキの心に巣食った“あれ”は、シラユキのものでは無い自我を持っていたように見えた。あれがなんだったのか、あれから考えても分からない。


  夢の世界で、精神異常の原因たる“敵”が、夢の持ち主を超えた行動を起こすことなどなかったし、全ては夢の持ち主の精神状態に基づくもののはず。


  でも“あれ”は間違いなくシラユキじゃなかった。シラユキに引っ付いてしまった何かだ。


  『サイコダイブ』の見せる仮想世界は対象者の精神世界を完璧に再現する。

  私たちの『ダイブ』でシラユキの精神異常は改善している。『サイコダイブ』自体に何らかの不具合があったとも考えられない。


  「…やっぱり、まだ辛いかしら?思い出せない?」


  勝手に思考の海に沈む私に理事長がやんわりと声を挟んできた。すっかり彼女を無視してしまった私は慌てて現実に思考を戻す。


  『サイコダイブ』中は常に脳波、精神状態を観測されているが、夢の中で何が起こっているのかは外の人間には知る由もない。彼女が何を知りたいのかは未知だった。


  その上で…


  「…すみません。あんまり記憶なくて。でも、特段変わったこともなかったと思いますけど。」


  私は当たり障りのない答えを返していた。


  私は、シラユキの夢の中で見たものを--シラユキの心の中を他人にペラペラと喋る気になれなかった。


  なので誤魔化した。

  私の返答に、理事長の後ろで少年の眼光が鋭くなった気がした。射殺すような鋭い視線に私の全身の毛が逆だった。


  「…そうですよね。無神経な質問でした。ごめんなさい。」


  対称的に、理事長は私の答えに対してそれ以上言及することも無く、丁寧に頭を下げて詫びた。


  「すみませんお力になれなくて…何か思い出せたらマザーを通して…」

  「無理はしなくて結構です。お体も心も、よく休めてください。」


  後々の面倒を回避するための言い訳を理事長は遮った。

  そして、用は済んだとばかりに私に対して背を向けて、扉に向かって歩き始める。


  「あ、そうだ。それと…気になってたんですけど…」


  見送る私の視線に理事長は振り返り、自分の漆黒の髪を指さし


  「その頭…」

  「あっ……えっと…」


  この髪色が校則違反であることは承知してる分私はバツが悪く目を逸らした。


  「かっこいいですけど…ね?」


  理事長は厳しく指導する訳でもなく、やんわりと私に釘を刺した。


  「……はい。」


  すっかり小さくなる私に入口で頭を下げて、理事長は病室を後にする。


  病室に届く廊下を歩く彼女の足音は、ひどく早く聴こえ、何故か私の心を掻き乱した。


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