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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第2章 私の友達
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第2章 19 私の中の私への気持ちに

 


 ※



  「…これは事故ね。」


  ぼんやりと精神パルスのモニターを眺めながら、俺の“マザー”はそう結論づけた。


  「『サイコダイブ』適正のない者が精神干渉なんてできないもの…まして精神の“上書き”なんて…」

  「…『ダイバー』の精神に定着する形で擬似的な自我を獲得したんだろ…器の乗っ取りと同じ現象だが、これはレアケースだ。参考にはならないな。」


  暗い室内に明かり代わりに焚かれた暖炉の火がゆらゆらと燃えている。夜中とはいえ正直暑い。

  マザーと付き合った俺は『量産機』の脳波をチェックしながら推察した。


  「でも、こういう事態も起こるということね。干渉する側が必ず安全という訳でもないと…」

  「当然だ。精神世界の主導権は持ち主だ。だからこその替えのきく『量産機』だろ?」

  「…それで?被検体は?死んだの?」


  マザーの問いかけに俺は『量産機』たちの脳波を見て言う。


  「…死んだ。全ての『量産機』の脳波は正常に戻った。被検体の魂は宿主を失って完全に消滅したよ。」

  「『量産機』は?」

  「それぞれ多少精神汚染の影響が出てるが、問題にはならない。また通常通り稼働させられる。」

  「そう、良かった。」


  口でそう言いながら、マザーは心底どうでも良さそうだ。替えのきく『量産機』なのだから当然だ。潰れたからといちいち気に止めていてはキリがない。


  奴らは使い潰す前提だ。


  「器を乗っ取っても、外からの干渉で引き離されるリスクはあるのね…」


  マザーの興味は、『量産機』の安否より今回の実験の結果だ。

  正直、突発的に発生したこのケースで参考になる結果が得られたとは思えない。今回はイレギュラーすぎる。


  「やっぱりバックアップは必要という事ね。器から引き離されると消えてしまうみたいだし…」


  得られた成果と言えばそんな当たり前のことくらい…


  「時間の無駄だ。」

  「いいえ“実”。『サイコダイブ』適正の無いものでも器の乗り換えが可能だったわ。これだけでも収穫よ。」

  「短期間すぎて参考にならん。時間経過とともに消えていたかもしれない。」


  仮にそれが可能だったとして、適正を持つ俺たちには関係ない。


  「でも、この結果だけでも適正を持たない人達にとっては格好の餌よ?」


  俺の心中を見透かすマザーが笑った。

 

  この撒き餌に食いついた豚どもで、あわよくばさらなる実験ができる--とでも言いたげだ。

  つまり、事実などどうでもいいのだ。


  「で?『量産機』たちはどうする?一応回収するか?」

  「……必要ないでしょう。今回重要だったのは被検体の方だし…」


  マザーはアンティーク調のテーブルからワイングラスを手に取りゆっくりと揺らす。中のワインが芳醇な香りを漂わせた。


  「しかし、観測してみた限り、やはり記憶とは重要な要素だな。」

  「当然よ。個人が個人であるために、記憶は最も重要な要素よ。器を持たない私たちにとっては特にね?」


  クスリと笑いグラスに口をつける。艶めかし唇がグラスのワインをゆっくり舐るように飲み込んでいく。黒い和装とワインはちぐはぐな感じがして、西洋のアンティーク調の室内と相まって不思議な感じだ。


  マザーの従者--黒髪の少年、(みのる)は空になったマザーのグラスにワインを注いでやる。


  「わざわざあんたが出向くほどのことでもなかったな。」

  「そんなことないわよ…貴重な収穫は肌で感じないと…」

  「……借り物の肌でか?」


  俺の皮肉にマザーはにぃっと唇を歪めて笑った。

  漆黒の装いに真っ白な肌は見るものを不安な気持ちに駆り立てる。


  女は悪魔のように笑った。


  「借り物?私よ?あなたの“お母さん”じゃない。」


  マザー……工藤環(くどうたまき)は言った。俺は息子だと。

 

  悪魔のような笑みをたたえて。




 ※




  --なんだか息苦しくて、私は酸素を欲するようにあえいだ。まるで水の中に沈められてるみたいに息が苦しい。


  あぁそうだ、私は海に--


  「っ!」


  夢の海原から現実の水面へ--顔を突き上げるように私は勢いよく身体を起こした。上半身が起き上がった勢いで掛け布団が弾き飛ばされ床にズルズルと落ちた。


  「……っ?……。」


  さっきまでの記憶が曖昧だ。そして頭の中も混乱している。

 

  私はどうしたんだっけ?


  「…おはよう。ヨミ。」


  聞き慣れた声に私は弾かれたようにそちらに首をひねった。目の前には、親の顔より見た顔--というか、ここでは“親”そのものである人物の顔があった。


  「マザー…」


  ベットの横の丸椅子に私のマザーが腰掛け私を見つめていた。

  いつも見ている慈愛に満ちた顔には微かに疲労の色が浮き上がり、目の下にはそれを物語る隈ができていた。


  辺りを見回すとそこは私の慣れ親しんだ部屋じゃなかった。

  白い天井と壁--カーテンが開かれた窓からはオレンジがかった陽光が差し込んでいる。


  …入院棟。


  私の腕には点滴の線が繋がれ、隣の心電計には私の心拍数が示されている。


  「……私は、どれくらい?」

  「2日くらいね。寝坊助さん。」


  誰になく呟いた疑問にマザーが返してくれた。


  「良かったわ目が覚めて…気分はどう?」


  語りかけながら、マザーが私の身体を抱き寄せた。細い腕が私の頼りない身体に回され、力の限り抱きしめてくる。


  「……。」


  ようやく事態が飲み込めてきた。

  そう、私はシラユキの夢に潜って、それで…


  「……うぇっ」


  思い出した瞬間、胃を絞られる感覚に私が嘔吐く。慌てて私を放してベットの下の洗面器を持ち出すマザーの前で私は空っぽの胃の中身を細々とぶちまけた。


  --これ、前もあった。




 ※




  私が目を覚ましてすぐ、藤村先生が駆けつけて診察を受けた。

  結果は問題なしだそうだ。心音、脈拍、脳波、精神パルス全て安全圏だ。


  つまり、私は無事生還したのだ。


  「二、三日は入院だけどね。」


  私の肩を激しく叩きながら先生はそう言って、三十分程のカウンセリングをしてくれた。

  その間、徐々に記憶が蘇ってきた私の頭にいくつかの疑問が浮かんでくる。それについて先生とマザーに尋ねたい気持ちになったが、今はそんな気分にはなれなかった。


  「……あの、シラユキは?それと、ハルカとコハクも…」


  なので、カウンセリング後私は確認しなければいけない一つだけを尋ねた。


  「……みんな、無事よ。あなたが帰ってくるのを心配しながら待っているわ。」


  マザーがそう言って私の背中をさすってくれる。

  それで、私の肩の緊張が一気に弛緩する。


  同時に、私の脳裏に夢の中の出来事が鮮明に蘇る。


  あの時、海に落ちた私をすくい上げてくれたのはやはりシラユキなのだろうか…


  私の中には、今だにあの時流れ込んできたシラユキの感情が残っていた。はっきりと認識できるほど強く。

  他人の記憶と感情が精神干渉によって定着しているが、先生も異常なしと言っていた。これはこのままでいいのだろう。


  --何より、この記憶はとても暖かい。


  忘れるまでは、もう少しこのままでいい。いや、このままがいい…


  私の事を誰かが想ってくれた証だから…


  深く息を吸うと、ひんやりした空気が肺の中に入ってくる。その冷たさに、現実に生きていることを実感した。


  --今はただ、私の友人たちの顔が見たいと心から思った。

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