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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第2章 私の友達
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第2章 18 私の友達

 

 ※



  「…あのバカっ!どこいったのよ!?入水自殺!?」


  精神異常の核である生首を抱えて海に飛び込んだ悪友に、私は聞こえるはずもない罵声を浴びせていた。


  正直、焦ってる。


  シラユキとうさぎ野郎を切り離すことに成功したようなので、もうあとは楽勝…なんて考えていた矢先…


  「これだもんな。」


  コハクに右腕を落とされた隻腕のピンクうさぎが、咆哮をあげている。


  ホントにしつこい。こいつ三度目よ?


  私はかなり焦ってる。

  突然涙を流し出したヨミの様子は、明らかにおかしかった。

  受けたダメージも相当のはず。ヨミの精神状態はかなり際どい。


  「…急がないとって時に!!」


  私は大振りのククリナイフを構え、うさぎと対峙する。


  今回の『ダイブ』は明らかに今までとは違う。それは分かってたことではある。しかし--


  こいつを倒せば解決するわけ?でも、問題なのはあの生首の方よね?

 

  最悪、このうさぎを仕留めてもまた核が同じうさぎを生み出す可能性もある。早いところ生首の方を叩かなければ…


  「なのにっ!もう!!」

  「ハルカ、落ち着いて。ヨミは大丈夫だよ。」


  苛立つ私にコハクが静かに声をかけてくれる。


  「きっとシラユキちゃんが守ってくれる。友達なんでしょ?」

  「……?」

  「今は、あいつを倒そう。」


  コハクは冷静に、目の前のうさぎと向き合った。

  そうだ、今は取り乱してる場合じゃない。


  落ち着け。さもないと、私まで汚染されかねない…


  目の前、私の背丈の倍以上あろうかというピンクのうさぎは、コハクの反撃に警戒してか唸り声をあげるばかりで自分からは動かない。


  「ハルカ、行ける?」

  「オッケー、落ち着いた。ありがとう。」


  深く息を吐いて、私は集中する。心の中に流れ込んでくる他人の感情を押さえ込む。


  「私が前に出て攻撃を抑えるから、ハルカは後ろに続いてトドメを。」

  「わかった。」


  私の返答を合図にコハクが弾かれるように前に出た。


  「--ギィァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


  絶叫と共に、うさぎが左腕を振り上げた。長く伸びた爪が身体を捻るコハクの顔面スレスレの空気を切り裂く。的を外した爪が砂浜に深々と突立つ。

  地面に捕まった左腕に、コハクが鎌を振り下ろす。

  大鎌の刃が左腕を切り落とすより早く、大きく裂けた腹の中から白い腕が無数に伸びてくる。


  「っ!」


  腹から突き出る拳がコハクの身体を打つ。大きく後ろに弾かれたコハクの身体を後ろで受け止めて、ピアノ線を投げる。

  私の指から放たれたピアノ線が蛇のようにピンクうさぎの体に巻き付き拘束する。


  「止めた!!」


  ピアノ線をしっかり握り、砂浜に足を踏ん張る。そのままピアノ線を引き絞り、巨体を切断せんと力を込める。


  そんな私の体が、抗いがたい力に引っ張られ宙に投げ出された。


  「っ!?」

 

  縛られた体をよじりピアノ線ごと私を引っ張るピンクうさぎの力に、踏ん張っていた私の足はいとも容易く引き離される。


  私が弧を描いて宙を舞い、落下していく先でピンクうさぎが歪な牙をむき出しに大口を開いた。


  やばっ!?


  このまま落ちれば上半身と下半身はお別れだ。全身の血の気が引く中必死に空中で軌道を変えようと身動ぎする。


  そんな無様な私の眼下、大口を開いたピンクうさぎの口に、コハクの鎌の刃が斬りこんだ。口を上下に裂くように一気に振り抜かれる刃が容易く顎を断ち切った。


  「--助かったっ!」


  私はそのまま、鮮血に染まるピンクうさぎの顔面に蹴りを入れながら着地する。


  痛みに悶えるように絶叫と、自由に動けない不自由さに、ピンクうさぎが巨体を振り回す。白い砂浜に口から飛び散る血の雫が打ち水みたいに飛び散った。


  コハクは撒き散らされる返り血を意にも介さず、再び大鎌を振り抜いた。

  横薙ぎに一閃された鈍色の刃が、腹の裂け目からピアノ線を千切ろうともがく白い腕達をまとめて斬り飛ばす。

 

  そのままの勢いで身体を回転させるコハクの回し蹴りが後ろからピンクうさぎに直撃した

 

  正面、私めがけ前のめりに倒れてくるうさぎの頭に、私はククリナイフを振り下ろす。


  「--いい加減にしろぉぉっ!!」


  三度にも渡る因縁のうさぎよ頭頂部に、湾曲した分厚いナイフの刃が叩きつけられた。


  青い空に真っ赤な鮮血。吹きあがる血のシャワーが私の顔を赤黒く汚す。


  「……ッ……ィァ…ァッ」


  致命的、のはず。

  私は深々と肉にくい込んだナイフをさらに下へ--眉間部分まで引き下ろす。

  もう二度と起きてくるなという、明確な殺意を持って。


  「……詰みだね。出直してきな。」


  トドメの必要も無い程のオーバキル。そこにコハクの大鎌がダメ押しで振り抜かれた。

  ナイフをくわえ込んだままの頭が刈り取られて胴体から離れた。頭と体が繋がっていた接合部から視界を真っ赤にするほどの血の噴火が空に打ち上がった。

  そのまま血の土砂降りが砂浜に降り注ぐ。


  流石に動けないのか、私の目の前で土下座でもするみたいに首なしうさぎが砂浜に崩れ落ちた。


  「……勝った?」

  「…うん、次が出てくる気配もないね。」


  荒い息を整えながら、私はとりあえずの勝利に安堵する暇もなく、広がる海の方を見た。


  「…ヨミは?」

  「分からない、私たちより深くに潜ったんだと思う。」


  深度を下げた…?なんのために?

 

  私の呼吸は一向にまとまらない。訳の分からない不安感と、消えてしまったヨミの安否がぐるぐると頭の中を掻き回す。


  …落ち着け。私も潜ればいい…ヨミのいる所まで。それで…それで…


  思考がまとまらない。動悸が激しくなり視界の端がぼんやりと眩んでいく。


  もしヨミが戻らなかったら--


  「……落ち着いて。」


  コツンと、軽く額を小突かれる。ぐちゃぐちゃの思考に沈んでいた私の意識が一気に現実に引き戻された。


  「…コハク。」

  「自分で自分の精神を汚染してた。思考が良くない方に向いてるよ?この世界では命取りだから…冷静に。」


  コハクに冷静に諭され私はやっと思考が落ち着いてきた。


  「ここはシラユキちゃんの夢の世界だ。精神異常と切り離せた今、ヨミが深度を下げたからといって夢の世界に汚染されることは無いはず。」

  「健全な精神状態でも、深く繋がったら異常は起こりうる…それに“あいつ”をまだ仕留めれてない…っ」


  コハクに反論する私の唇に人差し指が添えられる。


  「大丈夫。“あいつ”にはもう拠り所はないんだ。ヨミが精神汚染をはね返せば消えるよ。」

  「だからそれがっ」

  「あの子は強いから。」


  根拠の無い励ましの言葉。しかし、コハクはそれに説得力があるように、当然のことだとでも言うように繰り返した。


  「あの子は強いから…」



 ※




  --上から覗けば透明な海だったのに、ひとたび中に飛び込むとどこまでも深く暗かった。

  一寸先も見通せない深海への道の中、本能的な恐怖が私の身体を支配する。


  あるいはこれも、精神汚染で増長されたものだろうか?


  --消えたくないというこの謎の存在の意思が、“死“に対する“恐怖”という感情が私の中のそれに類する感情と共鳴して増長していく。


  (死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)


  うるさいほど大きくなっていく声に私は何も抵抗出来ないでいた。


  抱え込んだ黒い首は、私の中に入り込もうとするように口から白い腕を伸ばした。暗い口腔内から伸びてくる幽霊のような腕が私に絡みつく。


  何も出来ない。


  思考が停止して、私はどんどん沈んでいく。

  猛烈な不安とそれに対する激しい憤りが駆け巡る。私は今、完全に“こいつ”と同化してしてしまっていた。


  --これからどうしよう。


  そんなことすら考えることが出来ず、ポツポツと浮かんでくる私の思考はその瞬間激情に押しつぶされて泡のように弾けて消える。


  このまま行けば私は消えるのだろう。


  --もし、そうなったら…あの子たちは今みたいに助けに来てくれるのかな?


  「…あんまり、いい友達、ではなかったろうしなぁ…」


  今日の体験の後だと、見捨てられてしまうかもしれない。私ならもう二度と、こんな『ダイブ』はごめんだ。


  私の呟きが泡となって消えて、シラユキの中に溶けていく。こんな猛毒抱えて、さらに深くに沈んでくるなんて、シラユキにしたらいい迷惑だ。

 

  --ダイジョウブ、ダヨ


  ……!?


  私の頭の中に、少年の狂気では無い柔らかい声がいきなり響いた。


  ぐちゃぐちゃに混ざった狂気の渦を掻き分け割り込むように声ははっきりと深くに届いた。


  ……シラユキ?


  瞬間、私の中に私以外の記憶が流れ込む。記憶と、それを追うように感情が流れ込む。

  勢いは強くない。緩やかに、ゆっくりと、暖かい感情が私の中に入ってきた。そして私は、それに拒否反応を示すことなく、受け入れた。


  --白い病室、春の日差し……

  ベットに腰掛ける私に笑いかけるのは--『私』


  私じゃない。これは…シラユキの見た景色?


  まさか…睡眠状態のシラユキの方から意図的に干渉している?

  これは夢の中--夢を自在に変化させるなんて、通常ありえない。


  それこそ明晰夢でもない限り…


  しかし、シラユキの記憶はたしかに私に干渉する。


  私とハルカがシラユキに笑いかけている。私の手がシラユキの髪の毛をそっと撫でた。


  手のひらから暖かい“熱”が伝わる。


  私の熱が伝播するように、胸の奥がじんわり暖かく和らいでいく。


  瞼を瞑る度、自分じゃない声が響いてきた。わけも分からない感情と記憶が、無理矢理押し入ってきた。


  --ひとりでいると押しつぶされそうだった。


  ……救われていた。『私』に。


  シラユキの記憶が、私の中に泥のように沈殿していた不安と恐怖を押し出していく。

  ドロドロとした黒い感情が、シラユキが入ってきた分外に流れ出て消えていく。


  (死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)


  私の中で少年が叫ぶ。

  瞬間、暗い海に亀裂が入った。

  深い深淵に、まるで海溝のように亀裂が走り広がっていく。その先は海よりも暗い深淵の闇--何も無かった。


  (嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)


  がっしりとしがみつく白い腕が、海に解けるように解けて溶けていく。


  同時に、私の体が首から引き離されるように上昇する。見えない力に引っ張られるみたいに海上に向かって登っていく。


  (置いていかないで…)


  私の眼下、どんどん底に、海溝の下に引きずり込まれるように沈んでいく少年の首が、悲しげで寂しげな声を投げてくる。


  その声に--私は手を伸ばしかけ、その手を戻した。


  分かってしまった。そこに落ちるのがどれだけ怖いか。でも…


  「…一緒にはいられない。友達が、呼んでるんだ。」


  深く暗い海の中を登りながら、私はゆっくりと目を閉じた--

 

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