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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第2章 私の友達
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第2章 16 ひとりじゃない

 

  「…うるさい!!」


  後ろから飛びかかる唸り声のひとつもあげない狂犬の腹を下から蹴りあげて、ライフルを至近距離で放つ。

  這い出た直後、かつ至近距離なら私でも弾を当てられる。


  「っ!?」


  さらに出てくる犬達に私は鉛弾を撃ち込まんと銃口を向けるが、直後焼けるような痛みが私の左脚を貫いた。


  血の剣山--


  生首から溢れ出た血溜まりから血の針が無数に突き立ち私の足の裏から甲までを貫通した。


  「…くっ、この…っ!」


  痛みに動きが止まり、派手に砂浜にずっこける私に狂犬が上から覆い被さる。


  この構図もなんか覚えあるぞ…


  前腕の爪を振り上げる狂犬をライフルの銃床で下から殴りつけ、何とかマウントポジションから脱出。

  …した直後、腹部に衝撃を受け私は派手に吹っ飛んだ。

  口の中に血の味が広がり、砂浜に転がる私の右の横腹がじくじくと痛む。

  ブレザーをめくって確認すると、白いワイシャツが赤色にじわじわと染まり、4本の筋が浮かび上がる。


  転がる私を嘲笑うかのように、取り囲む狂犬たちの姿に、腹を爪で切り裂かれたと認識する。


  (……ほら、彼女も僕と一緒がいいってさ。)


  またしても頭の中に生首の声が直接響く。この口ぶりは、やはりシラユキのものでは無い。


  シラユキの中で発生している精神汚染である以上、本質は彼女のものでなくとも、その異常はあくまでシラユキの意思に基づく言動をこの世界ではとるはず…


  まるで精神異常が、自我を持って独り歩きしてるみたいな…


  (…殺せ。)


  うさぎの少女が狂犬達をけしかける。私は前方にライフルを撃ち込むが、四方に散る犬達にはやはり当たらない。


  飛び道具はダメだ。当たらない…


  私は自分の腹からどくどく流れる血溜まりに手を突っ込む。

  中から歪んだ刃の肉切り包丁を取り出し、何とか上半身を起こす。


  目の前で血の滴る獲物を狂犬達が見逃してくれるはずもなく、弾を避けて散開した狂犬達は再び私の方へ向かってくる。

  まるで統率の取れた狼の群れを思わせる首なし犬の一体に、私は包丁を振り下ろす。

  爪で切りかかった犬の胴体に深々と包丁の刃がくい込んだ。同時、私の左肩にも犬の爪が突き刺さり、激しく出血する。


  --持ってかれる!


  私は深手を負わせた犬を蹴り飛ばし無理矢理後退させた。くい込んだ爪が派手に私の肉を持っていったが、今はそれどころでは無い。


  ダメージを受けて、私への精神汚染が進行する。


  --目に映る全てが妬ましかった私は、その衝動をついに抑えきれなかった。


  誰かの家の、誰かの寝室…名前も知らない誰かがベットの上で血塗れで倒れている。


  そして包丁を持った私…


  --違う、私じゃない!


  何度否定しても頭の中に入ってくる情景。私もかなり危ない。


  瞬間、目の前に黒ずんだ犬の爪が迫る。

 

  反応が遅れた。死--


  犬が私の顔面を細切れにするより早く、犬の群れをかいくぐったコハクが横から巨大な鎌で狂犬を串刺しにする。


  「…なんだか今日は調子がいいや。ひとりじゃないからかな?」


  笑いながら、襲い来る狂犬の群れを一体一体丁寧に刻んでいくコハク。

 

  「大丈夫?立てる?」

  「…助かった。」


  本当に強い。あの犬達よりずっと速い。私では、攻撃を食らいながらでしか奴らを迎撃できないのに…


  「…強いね。」

  「『サイコダイブ』はその時の気分にも影響されるしね。」


  軽く犬達を倒しながら、コハクは余裕の表情だ。なんの誇張もなしに今まで会った『ダイバー』で一番かもしれない。


  『サイコダイブ』はその時の精神状態に影響される--つまり、今は気分がいいわけだ。


  …なんだか今日は調子がいいや。ひとりじゃないからかな?


  コハクの言葉が私の中で繰り返される。


  「やばいっ!」


  私とコハクが犬達を退けている間に、ハルカの悲鳴じみた声が上がる。同時、私の視界でピアノ線が弾け、首を失った少女の体が開放される。

  どうやらハルカが狂犬と交戦してる間に拘束力が緩んだらしい。


  「コハク。私はいい。ハルカを…」


  私の言葉にコハクは私のダメージを吟味するように見つめる。


  「…大丈夫だ。私も強い。」


  一線級の実力を誇るコハクに気後れすることなく、私は毅然と言い放つ。もちろん虚勢だが、そんな私の心をも見透かしたようにコハクがクスリと笑う。


  「あいつ、何とかなりそう?」

  「…大丈夫だよ。シラユキだって、ひとりじゃない。」


  私の言葉にコハクはキョトンとしてから私に笑いかける。


  「死なないでね?」


  …気の利いたジョークだ。


  砂浜の砂を蹴りあげてハルカの方へ走るコハクを見送り、私は“こいつ”と向き合う。


  依然狂犬を生み出し続ける生首と、首を失った少女の体。

  生首の血溜まりは時間を経るにつれて広がり続けており、それに比例するように夢の世界のひびが少しずつ広がっている。


  対して、落ちた首を拾う気配を見せない体はひりつく日差しに照らされて砂浜に落ちた真っ黒な影に手を伸ばす。

  応じるように、影から身の丈を超える戦斧が手の中に収まるように飛び出してくる。


  少女のワンピースの生地が盛り上がり、背中の生地が爆ぜるように突き破られる。そこから二本、真っ白な細腕が顔を出す。


  肉体変化…夢の世界で主導権を持ってる持ち主ならではの無茶だ。


  増えた腕に対応するように、さらに三本戦斧が影から飛び出した。


  「…うわ、これはヤバそう。」


  ハルカと共に狂犬を刈り取るコハクが顔を引きつらせた。

  それ程の威容だ。

  顔なしの少女を拘束せんと、ハルカが再びピアノ線を放った。現実的にありえない生き物のような軌道で空を駆けるピアノ線が少女に絡みついた。

  が、四本の腕がそれを力ずくで引きちぎる。


  「うっそ!」


  ククリナイフで犬を牽制しながら全く通用しない攻撃にハルカがショックを声にあげる。

 

  (…殺すよ。君も、君の友達も。)


  (シラユキはひとりじゃない?ははっ)


  (そのシラユキが、お前らを殺すんだ。)


  頭の中に嘲笑の声が響いてくる。私は、その間抜けな声に声を張り上げた。


  「それだけ聞けば…充分!!ありがと!!」


  ハルカとコハクに襲いかかろうとする少女の体に私は後ろから抱きついた。


  「…シラユキっ!」


  生首の声は少年だった。しかし、ワンピースの少女の体は女。そして戦斧。


  生首は言った。シラユキが殺すと--


  この世界は仮想世界。ここで見るものは私の心の中の景色--

  そして同時に、シラユキの心でもある。


  「…捕まえた。シラユキ。」


  この体はシラユキの体、シラユキの心…


  「--っ」


  シラユキの体は私を強引に振りほどき、斧を振り上げた。

  身体をひねり初撃を躱した私の足元で砂浜が爆ぜる。筆舌に尽くし難い破壊力を、空ぶった一撃で理解させれる。


  「ハルカっ!コハクっ!犬任せた!」

  「また細かいのなの!?」


  私の無茶振りにハルカが悲鳴をあげる。コハクは笑いながら大鎌を担ぎあげた。

  コハクなら心配ないだろう。ハルカにはしんどいが何とかしてもらうしかない。私に犬を捌きながらシラユキの相手をする技量は無い。


  息を整える間も、覚悟を決める暇もくれず、シラユキの体は躍動する。

  一発でも脅威の戦斧が、四本同時に降り注ぐ。絶え間ない猛攻に私は負傷した脚で後退する。

  スコールのような必殺の嵐を躱し、受け止め、逃げて--


  シラユキはこんなに強いのか…


  これが彼女の『ダイバー』としての実力という訳では無いだろうが、私は新米のシラユキから繰り出される猛攻に背筋が凍る。


  シラユキは夢の世界の持ち主。この世界における絶対権力者。


  同時に、この世界にはもう一人、世界の主導権を握る悪魔がいる。

 

  今は二対一だ。そのうちの一人をこっちに引き込む。


  --一撃も取りこぼすな。一発貰ったらお陀仏だ。


  まるで現実世界でマザーと訓練してるみたいな緊張感の中、私は攻撃をいなし続ける。


  後退しつつも、決して距離を開けすぎず…


  隙を見逃さず…


  「--っ」


  振り下ろした右腕の斧が私の身体スレスレを通過し砂浜に叩きつけられる。その斧を戻すことなく左腕の斧を横薙ぎに振るう。

  しかし、右半身が腕を振り下ろした体勢で沈んでいたせいか、斧は中途半端なスピードで私の頭上を一閃する。


  焦ったな。


  私はその隙を見逃さず、一気に懐を獲る。体がひっつきそうな程のゼロ距離で、私は覚悟を決めて肉切り包丁を横に振り抜いた。


  細い腰に刃が入り、肉が裂けていく。嫌な感触を腕に感じながらも、私は手を止めない。簡単に抜けないところまで、深く斬り込む。


  シラユキのダメージに反応するように、一気に空の亀裂が広がった。


  多少のダメージは覚悟してもらう。でないと、私の“攻撃”が通らない。


  痛みに悶えるように身を捩り刃から逃れようとするシラユキを捕まえ、包丁の柄をしっかり握った。

  刃は左の横腹からへその手前まで深くくい込んでいる。これで逃げられない。


  私も覚悟を決めた。


  「--シラユキ、君はひとりじゃないんだ。」


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