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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第2章 私の友達
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第2章 13 鉛色の空

 

 ※



  買い物をして、美味しいものも食べて、映画も見て--

  それなりに充実した休日を堪能した私たちは夕食を済ませて寄宿学校に帰ってきた。時間は十六時半。


  「今から渡しに行ったら遅くなるよね…」


  シラユキへの土産を詰め込んだ袋を掲げてハルカが言った。

  彼女の言う通りなので、とりあえず今日は解散してまた明日シラユキに会いに行くことにする。


  「その時、コハクにも紹介するわね。」

  「うん。楽しみにしてるよ。」


  それなりに楽しい時間を過ごせたのは、やはりひとりじゃなかったからなのだろうか…


  私は今日という休日を彩ってくれた友人二人にらしくもなく礼を口にする。


  「…今日はありがと。」

  たった一言、それだけだったがハルカは「いきなりどうしたこいつ?」とでも言いたげな表情を見せて、コハクは相変わらずの愛らしい笑みを返してくれた。


  「こちらこそ。またね。」

  「うん。また明日。」


  コハクにそう返して、私たち三人はそれぞれの部屋に戻っていく。


  --また明日。

 

  何時ぶりなのだろうか?誰かと明日の約束をするなんて。

  別にこんなの、約束と呼べるものでもないけれど…


  思えば昨日からだ。昨日、コハクと外出日の約束をした。「明日一緒に」なんて約束は、本当に久しぶりなんじゃないだろうか?


  ハルカと何か事前に約束事をして、当日行動を共にするなんてことも思えばなかった。あの子は気づいたら傍にいてくれて、それが当たり前だとすら感じていた。

  今日もそうだ。ハルカとは特段約束などしていない。


  あの子は常に私のことを気にかけてくれていたのかもしれない…


  私はそんな悪友に、よく分からない感情が芽生えていた。


  ……感謝、だろうか?らしくもない。


  おそらく本人の前では決して口にしないであろう言葉。

 

  こんなことを考えるのも、コハクの『友人』という単語を妙に意識しているせいなのだろうか?


  今まで率先して友人など作ることはしなかったけれど…


  明日の約束をして一緒に居る子--

  約束なんてしなくてもいっつも傍にいてくれる子--


  友達とはどっちなのだろう。

 

  両方ならいい…私はそう思った。

  そして、後者の場合は、いつまでそうして私に付き合ってくれるだろうかと、少し不安にもなる。

  だから、明日ハルカに会った時はもう少し優しくしてみよう…


  なんて考えながら私は学舎を通って寮を目指す。


  その道中、学舎の窓からちらりと見えた外の風景--


  続々と生徒たちが戻ってくる中、静かに正門に停まる黒塗りの高級車。

  またしても、普段学校で見ないものの姿に、私の心はほんの少し--虫の知らせ程度に泡立った。



 ※



  月曜日--


  昨日までとは打って変わってどんよりとした曇り空が寄宿学校の頭上を覆っていた。


  いつものように寝坊助の私を起こしてくれる日光も今日は雲に阻まれ、私は少しばかり遅刻した。


  始業のベルを聞きながら廊下を駆けている時、学舎の窓から正門を見る。


  昨日と同じ場所に、昨日と同じ黒い車が停まったままだった。


  私は視界の端に映る光景を特に気に止めることも無く教室に走っていた。


  --昨日がたまに訪れる非日常なら、今日はいつもの日常。

  いつものようにマザーに小言を言われ、休憩時間にハルカと喋り。


  そんな、いつもの日常--

  この日常が続いた方が、平和でいいに決まってる。

  例えどれだけ閉鎖的でつまらなくても…



  一日の授業が終わり、私とハルカは一旦寮の自室に戻った。

  予定通り、この後はシラユキに昨日買っておいた見舞い品を渡しに行く。


  自分が用意した品々を袋に詰めて、寮を後にする。

  同じように入院棟に向かっているだろうハルカとコハクと合流して、見舞いに行くのだ。


  …なんだか変な気分だ。

  『友達』との約束というのはこんななのか…

  なんて感慨に耽っている間に、私は入院棟に到着していた。


  「…?」


  ハルカとコハクはまだ来ていないようだったが、珍しい先客が居た。


  私より少し前を歩くのは、藤村先生だった。

  別に精神科医である彼が入院棟に向かっていること自体はへんでは無いのだが、先生は普段寮の医務室を離れることはあまり無い。


  そういえば土曜日も来てたな…


  私はなんとなしに前を歩く先生に駆け足で追いつき、ポンと肩を叩いた。


  「先生。」

  「うわっ。」


  私の急な呼び掛けに先生の大きな背中がびくりと跳ね上がった。


  「…なんだヨミか……」


  こちらを振り返り私の顔を見て先生ははぁと息を吐く。なんだか随分緊張してる様子だ。


  「どうしたの?そんなにびっくりした?」

  「するさ…二つの意味で…お前とこんな所で会うなんてなぁ…」

  「あー…うん。ちょっと友達のお見舞い…」


  少し照れくさそうに告げる私に藤村先生はギョッと目を見開き、私と手に持った紙袋を交互に凝視した。


  「…ヨミも成長したんだね。」

  「ほんと失礼な人だな。」

  「いや、いい傾向だよ。俺は嬉しい。」


  --いい傾向だ。は先生の口癖だ。なので、実際いい傾向に向かってるのかは正直分からないしあてにもしてない。


  「ちなみに誰かな?君のハートを射止めたのは?」

  「…何その言い方?別に恋仲じゃないっての…友達って言ってるじゃん。」


  なんだかいつもの調子に戻ってきたみたいだ。私は先生の詮索に、別に隠す必要もないので答えた。


  「三〇一四号室のシラユキって子。この前私と潜った子だよ。」


  私がそう言うと先生の表情が何故か曇った。


  「…シラユキの、お見舞いか。」

  「うん。」


  先生の表情の変化に気づきながらも、私は特に詮索することなく会話を続けようとした。

  しかし、先生の方からその表情の理由が語られた。


  「…今日はやめとけ。シラユキは今容態が安定してない。俺も今から様子を見に行くところなんだ。」

  「…え?」


  予想外の先生の言葉に私は一瞬固まった。

  同時、土曜日目にした運ばれていく生徒の姿が脳内にフラッシュバックする。


  「…そんな、なんで?一昨日行った時は全然…っ」


  「--お取り込み中ですか?藤村先生。」


  矢継ぎ早に言葉を投げようとした私の口は、割り込んできた三人目の声に邪魔をされる。


  穏やかで、静かな、それでいて自然と耳に入ってくる声音。

  発された声に呼応するように私の周りの空気が震えた気がした。

  声質自体は優しげだが、鼓膜から脳に上がってくる声には体を芯から凍えさせるような異質な冷たさがあった。


  声の方に視線を投げると、見覚えのある女性が入院棟の入口に立っていた。


  黒い和服に、黒い髪--育ちの良さそうな上品な佇まい。

  後ろにこれまた見覚えのある黒い少年を引き連れた彼女--この寄宿学校の理事長、工藤だった。


  「…理事長、お待たせしてしまい…」

  「いいえ、急にお呼びだてしたのはこちらです。」


  硬い表情で頭を下げる先生を横目に、先生の緊張の正体を察する。


  同時にさらに嫌な予感が大きくなる。


  一昨日彼女を見た時の光景と、シラユキの容態が頭の中で結びつく。


  「…とにかくヨミは帰れ。話なら後でな。」


  慌てた様子で先生は私を後ろに押しのける。


  「…ちょっと待ってよ!シラユキは…」


  「分かりました。失礼します。」


  引き下がらず先生に食い下がろうとする私の肩を誰かが後ろから引っ張った。振り返り声の主を見ると、そこにはいつの間にかコハクが立っていた。


  先生は私とコハクの意外な取り合わせにまたしても目を丸くしながらも、すぐに工藤理事長の方へ向かっていく。


  「コハク。」

  「…とりあえず、戻ろっか。」


  取り乱す私を宥めるようにコハクが優しい口調でそう告げる。

  コハクのおかげでいくらか冷静さを取り戻した私は、コハクと並んで入院棟を後にした。


  そんな私たちの頭上--鉛のような雲からぽつりぽつりと、雨の雫がこぼれ始めた。

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