第2章 10 コハク
「私が案内するの?」
「うん。だって色々詳しそうだし…」
なんてこった。こいつ、相当にパーソナルスペースが狭いぞ。
私はいっつもぼっちですみたいな雰囲気出しといて、ぐいぐい来る。分かったこいつ私が苦手なタイプだ。
「…一人でマイペースに散策するのがいいと思うよ?」
「でも一日しかないわけだし、効率よく楽しみたいじゃん?」
親しみを込めた微笑を少女は返してくる。無意識のうちに私との物理的距離まで詰めてきた。なんてやつ。
ちょうどそんなタイミングで、こだまさんが頼んでいた本を抱えて奥から戻ってきた。
こだまさんは私と少女の二人を交互に見つめて不思議そうな表情を浮かべる。
「…あ、ありがとこだまさ…」
「じゃあ決まりね。」
私がこだまさんから本を受け取ろうとしているところで、彼女は強引にそう決めてしまった。
「…ねぇ、ちょっと私まだ…」
「--明日、楽しみにしてるよ。」
流石に少し苛立ちを感じて抗議の声を上げかけた私を遮って、少女がにっこり笑い返してくる。
まるで恋人とのデートに思いを馳せる乙女みたいに…
「……」
その顔を見たら、どういう訳か何も言えなくなってしまった。
少女は私に笑いかけると、そのまま足早に図書館を立ち去ろうとする。
「ちょっと待って!」
帰ろうとする少女を私は慌てて呼び止める。まだ大事なことを確認していない。
「君、名前は?」
私の問いかけに少女はハッとした表情を浮かべ、うっかりしてたと可愛らしく舌を出して見せる。
「--コハク。あなたは?」
「…ヨミ。」
互いの名前を交換し、満足気に頷く少女--コハクが再びにっと笑った。意外と表情豊かなやつ。
「明日ね、ヨミ。」
軽く手を振り駆け足で去っていくコハクの背中を、私は胸に本を抱えて呆然と見送っていた。
「……?」
そんな私をこだまさんが不思議そうに見つめていた。
※
--日曜日。
月に二回の外出日だ。この日は普段寝坊助な女生徒達の朝も早い。
私が寝ぼけ眼で廊下に出ると、すでに朝食を終えたであろう女生徒達が、各々私服姿で正門に向かっていた。
「……」
私も一度自室に戻り、部屋の洗面所で顔を洗い歯を磨き、クローゼットまで向かう。
クローゼットの中には大した服もない。いつ買ったのかも分からない黒のスーツが一色と、だいぶ年季の入った革ジャンやシンプルなシャツたち…
モノクロで彩りに欠ける衣装棚から適当に服を見繕い身支度を終える。
今日のコーデは黒いパンツに白い無地のシャツ、その上に革ジャンを羽織ったいつものスタイルだ。
財布と部屋の鍵だけ持って、私も生徒たちにならい正門に向かう。
普段出入りしない為あまり立ち寄らない寄宿学校の正門は、学舎から見て正面に伸びる並木道の先にある。
割と道幅も広く、脇にはちょっとした芝生の広場まである並木道は、遊歩道という感じだ。この時期は桜が咲き乱れている。今週はずっと天気が良かったため、花びらも散らずに壮観だ。
長い並木道をしばらく行くと、大きな正門が見えてくる。
敷地内と外界を隔絶する大きな正門は、正しく“門”といった感じだ。普段は閉ざされている正門も、今日は解放されている。
正門前の行列に私も並ぶ。
正門前の守衛室で、外出希望者は記帳し、GPS内蔵の携帯端末を持たされる。
この端末は学校とのみ連絡可能で、GPSにより常に生徒の位置を把握している。もし、生徒が立ち寄るのに“相応しくない”場所に立ち入ったなら、すぐに学校の者が飛んでくるというわけだ。
外出日といえど完全に自由、という訳でもなく首輪付きというわけだ。
しかしまぁ、こんなものいくらでも誤魔化せるわけで、あってもなくても変わりはしないけれど…
しかしまぁ、今回はそんな小細工は不要だろう。今のところ、学校側が眉根を寄せるような場所に立ち入る予定は無い。
外出の手続きを終えて、私は正門をくぐり外に出る。十九時までに戻ればいいので、それまでは晴れて自由の身だ。
「--おはよ。」
正門を出てすぐ、ポンっと方を叩かれて私は振り返る。
そこには見慣れた悪友の顔ともう一人--私に馴れ馴れしく挨拶をしてくる少女、コハクの姿があった。
「たまたま会ってね。あんた、ちゃんと友達いるんじゃない。」
私とコハクを交互に見つめて、ハルカが呆れたように笑みをこぼした。
別に友達じゃない…
会って二日三日で友達とは言わないだろう…分からないけど。
あえて今言う言葉でもないので、私は喉元まででかかった台詞を引っ込めて笑顔を取り繕う。
「…たまたま知り合ってね。」
「ね、今日はどこに連れてってくれるの?」
コハクが目を輝かせながら私とハルカを交互に見つめてくる。どうやら、ハルカも巻き込まれたらしい。
うきうきと楽しそうな彼女の姿にハルカがはしゃぐ子供を見守るみたいに苦笑した。
「えっと…どうする?」
「まずは、朝ごはんじゃない?どうせ食べてこなかったんでしょ?」
ハルカに委ねると、彼女はそう提案した。事実食べていないし異論はない。
「いいねいいね。外は学校では食べれないものが食べれるんだよね?珍しいものがいいな。」
…こいつ初めて会った時とキャラが違わないか?
外に興味無いみたいなこと言っておきながらこのテンションだ。
「…何食べる?」
私は正直何でも良かったのでハルカに委ねる。
--結局、無難にファストフードを胃袋に収めることにした。
安くて早くてとりあえず空腹を満たせる。オマケに長居しやすい。
私たちは駅前まで歩き、ハンバーガーショップに立ち寄った。
特段贅沢なものでもないのだが、やはり寄宿学校ではこの手のジャンクフードはお目にかかれない。
珍しいものというリクエストには沿えたのか、コハクは物珍しそうにバーガーを頬張っていた。
朝からハンバーガーとコーラとは…アメリカ人になった気分だ。
まぁたまにはこういうのもいいだろうと、私は朝限定のセットを口に運ぶ。
「…二人とも服、可愛いね。あ、ヨミのはかっこいい、かな…」
コハクがそう言って私とハルカを交互に見た。
今日のハルカは白のワンピースだ。無地でワンポイント胸元に小さな花のブローチが付いている。髪の毛も下ろしておりいつもと違う雰囲気だ。
そしてコハクは、シンプルにTシャツとジーパンだった。
白地のTシャツには胸元に唇のイラストが添えられていて白に赤のワンポイントがよく映える。
濃紺のジーパンと地味すぎないシャツのシンプルな組合わせは、大人びた雰囲気のコハクによく似合っていた。
なんだか二人とも春らしいおめかしして、一人真っ黒な自分が恥ずかしくなってきた。
「こいつはいっつもこればっかだよ。」
と、隣のハルカが笑いながら私を指差す。確かにこれしかないので否定できない。
「いいじゃん。似合ってるよ。」
「…どうも。」
コハクに褒められてなんだかむず痒い。視線を下げて無愛想に礼を言う。
--腹ごしらえも済み、時間は九時ちょうどだ。
これから何をしようかと、特に予定もない私たちはファストフード店のテーブルで顔を突き合わせる。
「とりあえず、シラユキのお土産買おっか。」
ハルカの提案でとりあえずの方針が決定する。まぁ、今日の目的の一つであるため、必然だ。
「…シラユキ?」
「今ちょっと入院棟に入ってる子でさ…今日外に出れないからなんか買って帰ろうと思って。」
ハルカの説明に耳を傾けるコハクが「ふーん」と頷く。
「友達なんだ。どんな子?」
「イギリスから来てるの。人懐っこくていい子よ。」
「…外国人なんだ。」
ハルカの説明にコハクも興味を示した。まぁ、外人などあの学校では滅多にお目にかかれない。珍しいのも無理はない。
「私も何か買って帰ろうかな。」
「いいんじゃない?喜ぶよきっと。」
ハルカとコハクはすっかり打ち解けた様子で楽しげに会話が弾む。なんだか間に入りずらくて私は気まずい雰囲気だ。
何を買うのかも決めていないので、私たち三人はとりあえず駅ビルに向かった。




