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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第8章 外の世界
197/214

第8章 9 姫莉という女

 

 ※




  突然の大声と共に大浴場に姿を現したクロエは、キョロキョロと辺りを見回してた。何かを探しているような素振りだ。


  「……あの人。」

  「たしか『ナンバーズ』の……」


  周りからヒソヒソと声が聞こえてきた。

  湯船のお湯が波打って、水音と共に次々に白い裸体が湯気の中から立ち上がる。

  厄介者の到来に、巻き込まれないうちにと女生徒たちが示し合わせたように大浴場から足早に去っていく。


  すっかり寂しくなった大浴場に取り残された私たちと、生徒たちをみおくるクロエの視線が交差した。


  最後の生徒が大浴場を後にして、完全に四人だけになった大浴場に、ぺたぺたと裸足で石を踏むクロエの足音だけが静かに響いていた。


  「……みーけった。」


  そう言って笑うクロエは湯船の縁に膝を着いて私たちを見下ろした。その目元には深い隈ができていて、隠せない疲労の色が顕になっている。


  ……いつぶりだろう、彼女に会うのも…


  「……クロエ、センパイ?」

  「よっ、雪見だいふくちゃん、ハルカちょん。一緒にいいか?」

  「……その前に身体流してよ。」


  私の指摘に脚をお湯に脚をつけようとしたクロエがピタリと固まる。


  「……いいじゃん。ウチらは身体の垢まで共有する仲--」

  「じゃない。最低限のマナーだよ。」


  私の説教にクロエはぶーっと唇を尖らせて「めんどくせー」と言いながらシャワーの方に向かっていく。


  「……大浴場では始めて会うわね。」

  「……何か用があるんだ……ちょうどいい。私たちも用がある。」


  小声で話す私とハルカの声。もしかしたらクロエにも聞こえてるかもしれない。


  「……ヨミ、それはそうとさっき、何を言いかけたの?」


  ハルカの問いかけに私の心臓がキュッと縮まる。脈打つ鼓動に反応してお湯が微かに脈打った気がした。


  「……後でいい?」

  「ん、必ずよ?」


  私はそう誤魔化した。クロエの乱入に固まった決心が揺らいだ。

  私のその言葉に隠し事が大嫌いな親友は薄く微笑んで返してた……




 ※




  「ああ〜…意外といいな…ここ。」


  身体を流してどっぷりとお湯に浸かるクロエの口から腹の底から絞り出したため息が漏れだした。演技には思えない疲労のため息に私はちょっとだけ心配になった。


  「初めてですか?大浴場。」

  「まーねー。部屋に広い風呂がついてるんで…ハルカちょんも入ったろ?」

  「そうでしたね。」

  「ハルカ、クロエの部屋に行ったの?」

  「ワタシモ、コハクモ、イッタヨ?ヨミガ、ネタキリニナッタトキ。」


  意外と交流があったみたいだ。私は三人の顔を眺めた。


  「……クロエ、話でもあったの?」


  私はそう切り出した。いつまでもお湯に溶けてもらっていても困る。

  私の問いかけにクロエはちらりと私らを一瞥し、天井に吸い込まれていく白い湯気をじっと目で追った。


  「……風呂に入りに来ただけ。」

  「そう……」

  「ただ……そうだな。」


  クロエは湯船の縁に預けた背中を起こして、私たち三人に向き直る。

  その紅い双眸は、今までにないくらい真摯に、あるいは負い目があるように伏せられていた。ただ、視線が下を向いていても、その顔は私たちに正面から向かい合っていた。


  「……謝らなきゃいけねーことがあるな。」


  クロエの言葉に私たちは黙って続きを待つ。そんな私たちにクロエは小さく笑ってた。


  「……この間起きた学舎での事件は聞いてる。」

  「……クロエは、どこに行ってたの?」

  「……東京。マザーのとこだ。」


  やっぱり……いや、当然『ナンバーズ』の一員であるクロエは今回の件に深く関わっている。

  試験でであったフジシマはクロエの名前を出していた。彼女が私たちの為にクロエが寄越した人物であることは明白だった。


  「……フジシマって人は、無事?」


  私の問いかけにハルカとシラユキが私とクロエを交互に見た。私はそれに応じて説明を挟む。


  「……試験であった『ナンバーズ』の候補だ。」

  「『ナンバーズ』ノコウホッテ、ヨミトコハクダケジャナカッタノ?」

  「……クロエが寄越した人…だよね?」


  向き直る私にクロエは小さく頷いた。


  「……ああ、無事だよ。元気にしてる。」

  「……そう。」

  「ウチとの関係は、美希から聞いたのか?まぁ……いいや。ウチが寄越したってのは事実だ。」


  クロエは深いため息をひとつついてから私たちに告げた。

  それは、彼女にしたらとても勇気のいる告白だったのかもしれない。口にする彼女の顔は、今までに見たことない顔だったから…


  「……あの試験を仕組んだのはウチだ……」


  クロエの告白に私たちは絶句した。

  深く吸い込む空気が熱気に熱され熱い。体温が上昇して頭がクラっとした。

  信じたくなかった。


  ただ……話をちゃんと聞こうとも思った。


  「……謝りたいことって、それですか?コハクのことも、全部あなたが原因だと…?」

  「……きっかけを作ったのは、ウチかもしれない。ただ……言い訳みたいだけど、コハクのことに関してはウチはなにも知らなかったし、関与してなかった。」

  「……信じる。」


  ハルカの問いに答えるクロエの言葉に私は間髪入れずに返してた。


  「その代わり、詳しい事情を教えて……それに、コハクの現状も……」


  驚いた様子のクロエに私は告げていた。私はクロエを信じる。

  彼女の顔を見れば、信じるに値することは分かったから……それに、彼女は“友達”だから……


  「……ヨミとコハクが『ナンバーズ』の候補に選ばれて……何とかしてやりたいって思ったんだ。」

  「……っ。」

  「そんで……他の候補者を選んだらってマザーに進言した。そしたら、他の候補者も混ぜて試験で決めようってことになったんだ……」


  クロエの語った経緯に私はまたショックを受けた。

  クロエは私たちの為に動いてくれた。そして、結果、コハクがあんな状態になったのか…

  私のせいで、コハクは--


  失意に落ちかける私の背中に、ハルカの手が触れた。

  ハルカはただ、湯船の中で私の背中を支えるように手を触れていた。その手の温もりは、お湯よりも熱く私に伝わった。


  「……それで、コハクに今何が起こってるの?」

  「別人になった。きみらのマザーと同じだ。」


  クロエは完結に私たちに言い放った。熱気に乗せられて消えていくクロエの声に私たちはただ沈黙する。


  「コハクは戻ってくるんですか?」

  「……。」


  数拍置いたハルカの問いかけにクロエは答えを返さなかった。その沈黙は私の心により一層深い影を落とす。


  「……コハクの中に居るのは、誰?」

  「……。」

  「クロエ。」


  質問がクロエを困らせてる。それは分かってるけど、私の口は止まらなかった。彼女の中にある責任感と罪悪感を盾に卑怯に攻めた。


  「ヒマリって呼んでた…『ナンバーズ』が。私の中にも…居るの?」


  ハルカとシラユキがぎょっとする。私はクロエだけ見てた。


  肺の中の空気を深く吐き出すクロエの熱い吐息が抜けていく。ため息と共に最後の堰が切れて彼女は口を開いた。


  「……ウチら『ナンバーズ』は、バラバラになった姫莉の欠片をそれぞれ与えられてる。『サイコダイブ』そのものの姫莉の精神を与えられてるからこそ、ウチらは『サイコダイブ』で特別な力を行使できるって訳……」


  精神の欠片……『サイコダイブ』そのもの……?


  「それがヨミちの中にあるってことは、知らなかったし、理由もわからん。」

  「待って!じゃあヨミもコハクみたいになるの…?クロエ先輩、あなたも…?」

  「落ち着け、ハルカぴょん。欠片に意思はない…」

 

  意思はない…?じゃああの声は…私に語りかけてきたあの声は……?


  「“ヒマリ”ッテ、ナニ?」

  「……『サイコダイブ』を管理する夢の世界の核……」


  クロエはこれまでにない苦い表情で、私たちに告げた。


  「コハクは姫莉の器に選ばれた…姫莉を“人”として蘇らせる為にな……」

  「蘇らせる…?」


  「--姫莉は、ウチのダチだよ。」


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