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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第8章 外の世界
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第8章 4 蛇と臆病者

 

  「……姫莉の器の居た福岡の学舎は、処分するわ。」

  「……ん?」


  自己嫌悪に浸ってる間にマザーからとんでもない言葉が飛び出した。思わずウチは身を乗り出しだ。


  「……ウチの学舎を……?なんで?」

  「生徒の管理が不十分だから。」


  なんともこじつけたような理由。

  まぁ確かに、ヨミやハルカ達みたいな『量産機』は学園的にはイレギュラーなのかも知れないけど……


  「……『量産機』が反抗的ってのも一部だろ?なにも学舎ごとって……」


  学舎を処分ってことは、そこの生徒諸共ってことだろう。考えるより先にウチは反論してた。口をついて出る言葉に自分でびっくりする。


  「……寮監は03がもう廃棄したわ。」

  「……っ!」


  真意は分からない。原因不明な姫莉の欠片の宿主の出現にマザーが危険視した……っていうのが一番納得いく推察……


  いや、それよりもっと説得力があるのが--


  「……まさか、八つ当たりってことはないよな?」


  この人の場合有り得る。

  ウチの軽率な発言にマザーの視線がナイフみたいに突き刺さった。ウチは慌てて席に着いて視線を逸らした。


  「……ヨミはどーすんの?」

  「連れてきなさい。」


  マザーのフォークが分厚い肉に突き刺さる。押しつぶされる肉が汁を滲ませながら鋭い切っ先を受け入れる。


  「……ヨミと、シオリという生徒……この二名は学舎の廃棄前にあなたが連れてきなさい。」

  「……。」

  「それと、藤島もね……」

  「……シオリはどーすんの?」


  マザーは答えない。訊くだけ野暮か。


  マザーはどうしても姫莉に目覚めたままで居て欲しくないみたいだ。歪な親子の関係を目にしてウチの胸に悔恨が渦巻く。


  「……分かった。」


  でも、所詮臆病者のウチにそれを口にする勇気なんてなくって……

  結局ウチはまた、指折り後悔の数を数えるだけ……




 ※




  屋敷の地下は個人の所有する敷地とは思えないくらい広大だ。まぁ、その用途のほとんどがろくなもんじゃないんだけど……


  アナログな照明に照らされた通路を歩く。壁をくり抜いた個室たちは鉄格子に阻まれ明かりもろくにない拘束室たちは一昔前の牢獄だ。

  ウチが歩くだけで吹き消えそうな頼りない蝋燭の火たちだけがこの地下で唯一の灯火だ。


  今はほとんど空っぽな拘束室が並ぶ。その中で唯一役割を果たす部屋の前に腰を下ろす。ケツに触れる床の感触は固くて冷たい。


  鉄格子越しに向かい合う罪人は同じ硬い床に寝転がったままこっちを見つめてた。

 

  殴られた頭と撃たれた脚の治療は最低限施され、血が染みた制服のまま拘束室に放り込まれてた。


  「……姫莉。」

  「誰?暗くて見えない……ああ、クロエ?」

 

  返ってきた声はびっくりするほど明るい。いや、驚くことでもないか。常人ならこんな暗闇に閉じ込められたら発狂しそうだけど、姫莉はまるで寝室でくつろぐみたいな気楽さだ。


  「聞いてよ。明日から『ごーもん』だって。私の身体を痛めつけて遊ぶんだわ。ふふっ、あははははっ。」

  「……おめーの身体じゃないだろ?」

  「痛いのは嫌だなぁ……ねぇクロエ助けてよ。ここの鍵開けて?」


  無理な相談だ。そんなことする度胸あるならこんなことなってない。

  それでも、かつての友人の姿に胸を痛める程度の良心はまだ持ち合わせてる。


  「……姫莉、言いにくいんだけどさ……」

  「--どうして助けてくれなかったの?」


  ウチの言葉を遮った姫莉がウチに冷たい声音で吐き捨てた。本心を隠すように狂った笑顔ばかり見せてきた姫莉の、氷みたいな本心を垣間見る気がした。


  「……いや。」

  「ずっと……ずっっと、そばに居たのに……あなたは分厚いガラスの水槽に浮かんだ私を見てるだけ……」

  「……。」

  「実はこの身体を用意してくれた。あなたは?」


  ウチと会話する気はないらしい。ウチはしばし黙り込んだ。

  というか、完全に切り出せなくなった。


  「友達だって信じてたのになぁ……」

  「ウチはそう思ってる。」

  「じゃあここ開けて?」

  「……姫莉。」

  「私の為にクロエは何もしてくれないの?」


  蝋燭の火がピリピリ震えるみたいに揺れている。風も吹いてないのに吹き消されそうだ。見えない風圧みたいなものを感じる。


  「結局クロエはずっと卑怯なまま……怖かったらなにもできない。それで、今は私の欠片を握った『ナンバーズ』、工藤環の娘……か。」

  「姫莉、待てよ。あんな状態のお前を外に出てどうしろってんだよ?自分の目で見たか?本来のお前の身体は--」


  言いながらウチはまずい方向に自分で話を持っていってるって気づく。

  無意識のうちに働く保身は罪悪感か、姫莉への恐怖心か……


  「……酷いなぁ。クロエは……」


  ため息と共に吐き出される声に胸の深いとこがピリッと痛い。演技なのか本心なのかも分からない姫莉の呟きがウチの心を抉ってく。


  「実は?姿が見えないけど…どこ?会いたいなぁ。」

  「……なぁ、あいつの言いなりにはなっちゃだめだぞ?姫莉……あいつは……」

  「友達の悪口?」

  「いや……違……」


  言葉一つひとつに揺さぶられる。だめだ、これ以上話しちゃだめだ。


  切り出す本題に良心を痛ませながら、ウチは言葉を区切って本題を切り出した。


  「……姫莉、その身体はさ、ウチの……友達の大事な人の身体なんだわ。」

  「……?」

  「……返してやってくれねぇかな?」


  今までの話の流れからありえない方向転換。確実にミスった。ウチから話題を逸らすことに必死だった。


  「……いきなりなんの話?」

  「……その子に会いたがってる奴が居るんだ。」

  「会ってあげる。鍵開けて?」

  「屁理屈言うなよ!そーじゃねぇ……その身体を元の持ち主に--」

  「--また瓶の中に閉じ込められろって言うの?」


  そりゃそうだ。たった今ウチが言った。姫莉の本来の器の話……

  今度は演技じゃないだろう微かな苛立ちが姫莉の声に篭ってた。その声に色をつけるなら暗い赤の混じった黒色だ。


  「……頼む。」

  「クロエはいっつも、自分のことばっかり。」

  「頼む!」


  床に手をついて頭を下げる。額をゴツゴツした硬い床にに押し付けて懇願する。檻の向こうに囚われた少女に向かって--


  「……ははっ、あはははははははははははっ!」


  姫莉は笑う。笑ってた。笑い声がじめっとした地下の空気を伝って蝋燭の火を吹き消した。

  一面が真っ暗闇に落ちる。その中で煌々と輝く姫莉の赤い目だけが私を射抜いてた。


  「そんなことしなくたって、私はいずれ追い出されるんでしょ?お母さんから。またあの人形みたいな身体にっ。変なの!ははははははははははははははっ!!」

  「……その子に…その身体に傷ついて欲しくない。それに……姫莉はダチだし……」


  我ながら勝手な言い分だ。姫莉はさらに笑ってた。


  「あたしの為にはなんにもしてくれないのに?あはははははははははははははっ!!はははははははははははっ!!」


  高い笑い声が石の壁に反射して地下全体に響き渡る。まるで四方から笑い飛ばされてるような感覚になって頭がぐわんぐわんする。


  ひとしきり笑い終えた姫莉は、尾を引く笑い声を噛み殺しながら目尻に浮かんだ涙を指ですくって私を見た。


  「……あなたが私の為にしてくれることがあるなら……あなたのお願いも聞けるけど……」

  「……ここを開けろってのはなしな?」

  「ねぇ、お願いしてるのはそっちだよね?」


  呆れたようなため息を交えて姫莉は告げた。


  「クロエが代わりの身体を用意してくれるならこれは要らない。それくらいしてくれないと、友達でもお願いは聞けないなぁ。」

  「……代わりの器。」

  「友達でしょう?私をまたあの動かない身体に閉じ込める気?それくらい、してくれるよね?」


  暗闇の向こうで姫莉が起き上がる気配がした。微かな物音共に紅い瞳が近づいてくる。


  鉄格子越しにウチを見つめる目は至近距離で眩しいくらい輝いてた。暗闇で鼠を睨む蛇の眼光みたいに、ウチを真っ直ぐ見つめてる。


  新しい生贄を用意しろ--

  姫莉の提案は有無を言わせぬ圧力と共にウチにのしかかる。

  そして、ウチにとってもそれを拒否する無神経さはなかった。


  どちらにしろ最低な選択……

  それでもウチはダチを選んだ。


  「……約束するな?」

  「するよ。友達だもん。」


  喉を鳴らすような笑い声がウチの耳に響く。底の見えない深海のような暗闇で、夜の女王は静かに笑ってた。


  ウチを弄ぶみたいに、手のひらで転がすみたいに悪辣な意志を覗かせる姫莉の笑い声が、冷たい地下を這って行く--


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