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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第2章 私の友達
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第2章 9 約束と図書館の少女

 ※



  「ハルカ、キョウモアリガト。」


  私たちのどんよりした気分を、真っ白な少女--シラユキがいくらかかき消してくれた。


  「キョウハ、ヨミチャンモ、キテクレタノ。」

  「うんうん。きてくれたの。」


  嬉しそうにはにかむシラユキのことを私は知らず知らのうちに撫でていた。シラユキの見舞いをあれだけ渋ってた私のこの手のひら返しに後ろのハルカの視線は冷たい。

  私はハルカからの視線に気づかない振りをしつつ、シラユキに容態を尋ねた。


  「キョウハ、ヘンナユメモミナカッタ。キブンハ、イイヨ。」


  シラユキの顔色は最初訪れた時よりはるかに良く、今日は本当に調子が良さそうだ。

  誰かのトラウマの光景も記憶から薄れつつあるようで、精神汚染の影響はすでに消えつつありそうだ。


  「…これなら、明日は外に出られるんじゃない?」

  「ヨミ、それはさすがに無いでしょ? 」

  「…?ソト?」

  「あれ?聞いてない?明日は外出日で--」


  私とハルカの会話にキョトンとするシラユキに私は月二回の外出日のことを説明してあげた。


  明日は日曜日。月二回の外出日。一日外で過ごせるこの日を心待ちにしている生徒は多い。


  「ソトデアソブヒ、ナンダ…」

  「そ、そなんだ。」


  シラユキはまだこの学校に来たばかりだ。その貴重さをこの間まで普通に外の世界で生きてきた彼女に理解しろというのもまだ難しいかもしれない。


  「シラユキ、なんかお土産買ってきてあげよっか?ここ何にもないから退屈でしょ?」


  私の日本語を懸命に聞き取り理解するシラユキにハルカが提案した。

  確かにこの病室は娯楽が何も無く退屈そうだ。私たちも見舞いの品か何かを持ってくれば良かったが、生憎気の利いた見舞い品など持ち合わせていない。

  精神汚染患者に刺激の強いものはご法度らしい。だからこその簡素な病室なのだが、状態も良さそうだし暇つぶしの雑誌やらお菓子くらいなら許してくれるだろう。


  ハルカの提案にシラユキは嬉しそうに飛びついた。


  「タノシミ、シテル。」


  そう言ってはにかむ少女を私もハルカも微笑ましげに見つめた。


  「…フタリトモ、ココ、ドシタ?」


  そんな私たちにシラユキは自分の鼻の頭を指さして尋ねてきた。

  私はハルカと顔を見合わせて、互いの鼻の絆創膏を見やる。


  何も無い病室で暇を持て余していることだろう。少しでも暇つぶしになればいい。

 

  私とハルカは、間抜けな顔の原因を二人して語り出した。



 ※



  簡単に済ませるつもりの見舞いだったが、思ったより長い時間を過ごしてしまった。

  外がうっすら暗くなり始めた頃、私たちは入院棟を後にした。


  シラユキはいい子だ。慣れない日本語で必死にコミュニケーションをとる姿はなんだかほっこりする。

  土産の約束もしたし、また来てもいいだろう。

  そんなことを考えながら、私は隣のハルカになんとなしに尋ねた。

  「ハルカさ、さっき見た和服の人と男子生徒…誰か知ってる?」


  正直私はこの寄宿学校内の情報に詳しくない。

  こういうことは、友人が多く耳が早いハルカにとりあえず訊いてみるのが一番だ。


  「男の人は知らないけど…どっかの学舎の子よね…ってか、あの女の人は知ってるでしょ?」

  「…有名人?」


  知らないから訊いているのに、ハルカは信じられないという風にため息を吐いた。


  「理事長だよ。うちの学校の。確か工藤って名前だったと思う…」


  知らなかった。あんなに若いのにこの寄宿学校の経営者とは…


  「…ハルカはさ、そういう情報をどこで仕入れるわけ?」

  「仕入れるって…普通にこの学校の生徒してたら入ってくる情報だと思うけど?」


  そういうものだろうか?ならなぜ私の元には入ってこない?


  「でもあの男子生徒は何なのかしらね?他所の学舎の子が来たことなんてないのに…」

  「それ以前に、理事長は何しにこんなとこに?」

  「たまにくるわよ。視察かなんかじゃない?あと…今日みたいに生徒がおかしくなった時とか……」


  本当にハルカは色々知っている。

  あの口ぶりだと何度か姿を見たことがあるのだろう。


  --私が知ってる“壊れた生徒”が連れていかれた時も、あの人はいたのだろうか…?


  「ふぅん。」


  シラユキとの交友で和んでいた気持ちが、嫌なものを思い出したせいでまた重くなった。


  私はハルカとそのまま別れ、一人敷地の外れにある図書館に向かった。


  学舎の中を通り、夕日の差す図書館にたどり着く。途中女生徒とすれ違ったが、もういい時間だ。図書館から今出て来たのだろう。


  時計を見ると十八時半だった。

  十九時には夕食なのであまり長居は出来ない。私は急ぎ足で図書館に入る。


  「…こんにちは、こだまさん。」


  入ってすぐにカウンターのこだまさんに挨拶すると、こだまさんもにっこりと微笑み返してくれる。


  「頼んでた本、届いたかな?」


  カウンターに身を乗り出して尋ねると、こだまさんはこくりと頷いて奥に消えていった。


  図書館に置いていない本でも、こだまさんに頼めば取り寄せてもらえることがある。

  先日何冊かの本をこだまさんに頼んでいたのだ。土曜日には届くだろうという話だったので、今日はこうして足を運んだ。


  こだまさんが戻ってくるまで私は人気のない図書館の中をぐるりと見回す。

  等間隔に設置された窓からオレンジ色の日差しが館内に差し込み、幻想的だ。くすんだ本棚の木の色味が夕日に照らされ仄暗い館内によく映えた。


  そんな静かな館内の空気に浸っている私の視界に、意外なものが飛び込んできた。


  いや、そんなに意外でもないのだろうが、全く意識していなかった私は不意をつかれた。


  --螺旋階段を下り二階から降りてくる少女。

  栗色の髪を夕日に照らし、差し込む日差しに眩しそうに目を細める少女も、どうやら私の姿を見つけたようだ。


  私の姿を見つけるやいなや、跳ねるように階段を駆け下りてカウンターの方に近づいてくる。床を駆けるローファーの音が図書館の静寂を破った。


  「…やぁ。また会ったね。」


  私の隣に並び立つ少女が、嬉しそうに話しかけてくる。


  「こんにちは。今日もサボり?」


  そんな彼女に私は冗談交じりの挨拶を返した。

  そんな私に少女はキョトンとした顔をし、すぐに表情を綻ばせた。


  「今日は機嫌が良さそうだね。」


  前回図書館で会った時のことを言っているのだろう。


  「…あの時は潜った後だったから…」

 

  当時を振り返りなんだか申し訳なくなって私はばつがわるそうに視線を逸らした。


  「私は昨日潜ったばかりだよ。」


  と、そんな私の返答に対してさらりと彼女は返してきた。


  「…そっか。」

  「ごめんね。機嫌悪いのにしつこく絡んで…」

 

  少女は本心から申し訳なさそうに詫びてきた。ますます居心地が悪くなる。


  にしても不思議な子だ。

  なんだかこの子もハルカと同じで友人が多そうだな…なんて考えていると、少女がカウンターに肘をついて私の顔を覗き込んでくる。


  「…もうすぐ夕飯だけど、こんなとこで何を?」

  「頼んでた本が今日届いたから、借りに来たんだ。」


  私の返答が意外だったのか、少女は驚いたように目を丸くした。


  「…へぇ、ほんとに本の虫なんだね。」

  「…?君だってよく来るんでしょ?ここ。この間も、すごい早かったじゃん、本読むの。」


  私が返すと今度は少女の方がばつがわるそうに苦笑した。


  「私は本が好きっていうか…ここくらいしか居る場所なくて…」


  友人が多いタイプかと思ったがどうやらそういう訳では無さそうだ。


  「…わざわざ注文してまで本読む人、初めて見た。」

  「明日買いに行ってもいいけど…わざわざ買うのもね…頼めばタダで借りて読めるわけだし。」


  私がそう返すと少女は思い出したように「…あぁ、明日外出日か…」と小さく漏らした。


  「?外、出ないの?」


  外出日をあまり意識してなさそうな呟きに私は聞き返していた。大体、外出日はみんな楽しみにしているものだ。かくいう私も、はしゃぎこそしないが、学校の敷地外に出れるので楽しみではある。


  「…あんまり興味なくてね…ほとんど出ないし。」

 

  外出日はあくまで休日--希望しない生徒は当然、敷地内で自由に過ごす。

  しかし、そんな生徒もいるのだと私は内心驚いた。他人の休日の使い方など、他人がとやかく言うものでもないけれど…


  「君は?どっか行くの?」

  「別にどこ行くって予定立ててる訳では無いけど…普通に出るよ。」


  シラユキに土産を買わないといけないし…


  少女は私の返答に「ふぅん…」と頷き、


  「じゃあ、明日は私も出ようかな…」

 と小さく零した。


  「そうしなよ。ずっとここにいても退屈でしょ?」

  「でも、普段出ないから行くあてないしな…」

  「適当にぶらつくだけでもいいんじゃない?外なら食堂で出てこないような料理もスイーツも食べられるし…」


  ただ食べ歩きをするだけでも楽しいものだ。

  というか、大半の生徒は外で購入したものを持ち帰り娯楽を得ている。ある程度の私物も、必要なものなら学校が用意してくれるが基本外出日に自分で買い出しするものだ。


  今まで外に出ないでそういうのどうしてたんだろうか?


  なんて不思議がっていると、少女は小さく「うん、決めた。」と呟いて


  「明日、外を私に案内してよ。」

  「…は?」


  と、予想外の提案をしてきた。

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