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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第7章 巣立ちの朝
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第7章 35 会いたい

 

  マザーの静止を振り切って私は走ってた。まさかハルカまで居るなんて……タチの悪い夢だ。


  シャチは捕らえた獲物で遊ぶっていう。ちょうどそんな感じで咥えたハルカを天井に放り投げて弄んでた。


  走りながら廊下に設置された消火器を手に取る。栓を抜いて噴射口を向けた時『ナイトメア』が丸い目をこちらに向けた。

  レバーを引くと同時に白い消火液が吹き出した。『ナイトメア』とハルカを真っ白に染め上げた白い目潰しは獲物を視界から外させた。


  床に撒き散らされる消火液を滑りながら突っ込む。すぐに私を捕捉する『ナイトメア』が頭を噛み砕かんと口を広げる。

  頭皮をギリギリ掠める歪んだ口を回避しハルカを抱えて走った。


  ハルカは右腕が血まみれだ。噛みつかれてたところだ。ぐったりしてるけど息はある。


  駆け抜ける先の廊下には寮の玄関--ここを抜ければ……


  「--逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで」

  「--なにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよ」


  走り抜ける私の背後でふたつの声が重なる。おそらく、さっきまで私を追っていた『ナイトメア』と、今ハルカを襲ってた『ナイトメア』……


  「--きゃああああああっ!!」


  女生徒の悲鳴が聞こえた。

  私は『ナイトメア』をやり過ごせたけど、当然後ろに続いてたマザーたちは挟み撃ちだ。


  「……っ。」


  躊躇い止まる脚。私の背中をドンッと弱い力が叩いた。


  「……ハルカ?」

  「……戻れ、バカ…助けなきゃでしょ!?」


  いたるところを打ち付けられたであろうハルカは顔も痣だらけで、それでも気丈に私にそう言った。


  「……分かったよ!」


  武器も出せない。勝ち目ない。もう、やけくそだ。私はハルカをその場に寝かして踵を返す。

  戻った先で生徒が一人、肩を深々喰らいつかれてた。痛みに悶える少女の悲鳴が廊下に響く。

  その後ろで、『ナイトメア』と対峙するマザーが背中と壁の間に生徒を庇うようにして、両手を広げてた。まるで生徒を守るみたいに……


  ……マザー。


  彼女から人間味とか優しさの欠片を見出す。私の時しかり…もしかしたら私たちは誤解してたのかもしれない……


  私は床を踏み抜く勢いで蹴っていた。跳び上がる身体が大きな『ナイトメア』の頭まで届く。

  そのまま身体ごと叩きつけるように回転蹴りを少女に食らいついてた『ナイトメア』に食らわせる。

  てるてる坊主の見た目に反して蹴った時の手応えは重たい。『サイコダイブ』の中とはいえ私の蹴りではビクともしない感じだ。


  それでも嫌がった『ナイトメア』は少女から標的を私に変えた。血まみれの白い顔を向けて滑るように襲ってくる。

  その間にもマザーに襲いかかった『ナイトメア』と、『ナイトメア』を必死で押し返そうと抵抗するマザーが私の後ろで揉み合ってる。


  仰け反るように背を曲げて私の顔に食らいつこうとする『ナイトメア』の牙を躱す。そのままバク転しながら上を通過する『ナイトメア』のお腹らへんにまた蹴りを叩き込む。

  勢いの乗った突進に私の蹴りが推進力として加わり『ナイトメア』はそのまま進行方向先のもう一体の『ナイトメア』に直撃した。


  「逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで」

  「なにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよ」


  壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返す『ナイトメア』たちがもみくちゃになりながら廊下の端まで転がっていく。

  それでもすぐに体勢を立て直しこちらに顔を向ける。身体の向きをこちらに向ける時、下の大きな布の身体がたてがみのようにひるがえる。


  私は負傷した少女に肩を貸しながらマザーの手を引く。


  「ハルカっ!逃げるよっ!」

  「……りょーかいっ。」


  マザーも女生徒も再び追いすがってくる『ナイトメア』から逃げるように脚の回転を早める。

  ハルカに手を貸そうと伸ばしたけど、彼女は自力で起き上がった。


  そのまま五人、転がるように背後から迫る声から逃げる。正面の玄関の扉を蹴破って外に飛び出した。


  --飛び出した先の光景は、事態がなにも好転してないことを物語る。


  空は墨で描かれたみたいに真っ黒な雲に覆われ、寮と同じように黒い影の根に包まれてる。目の前の非現実的な光景は、この悪夢がどこまでも続いてることを分からせた。


  「……くそ。」

  「……ヨミ。やっぱり、あいつら倒さないと『ダイブ』から醒めないわ。」

  「……ハルカ?ハルカも潜ってるの?」

  「は?これが現実に思える?」


  ……あの感覚に襲われたのは私だけじゃない。この夢の世界は周りの人達も巻き込んで……

 

  「……それよりヨミ。コハクが……」

 

  ハルカの口にした名前にビクリと身体が痙攣した。嫌な汗が身体を伝う。


  「……コハクに会った?」

  「……今話す事じゃないかもだけど……あの子おかしかった。それに、コハクに掴まれた瞬間、私潜ってて……」


  ハルカの顔は憔悴しきって見えた。理解できないものへの心の負荷が、そのまま顔に表れてた。


  「……あの子、『ナンバーズ』になったんじゃないかって……」


  ハルカの言葉にマザーがぴくりと身体を震わせ反応した。

  対して私の方は、ハルカがどういう経緯でその結論に至ったのか、分からないけど……


  「……後でちゃんと話す。」

  「……っ、あんた、何か知ってるの?」

  「今はこいつらだ。」


  玄関の扉を体当たりで叩き割って、二体の『ナイトメア』が外に飛び出してくる。私たちの立ち話が終わるのを待ってたかのような余裕の態度。


  ……コハクは学舎の全員を夢に引きずり込んだってことか?じゃあシラユキは……?無事なの?


  戻るにしろ逃げるにしろこいつらをどうにかしないといけない。私は雨で湿った学舎への通路に手をつける。

  やっぱり武器は創れない。私たちの『サイコダイブ』内での権能を奪われてる。


  ……助けて。何とかしないといけないんだ。


  私は祈るように訴えた。

  それはあの『ナンバーズ』の『サイコダイブ』で、私を守ってくれた“誰か”へ……

  届いてるのかも分からないダメ元だけど、私は縋るような気持ちでもう一度あの人に語りかける。


  私を守って……お願い……


  お母さん……っ!



  --来て。


  --私のところに……


  --会いたい……




 ※




  また身体が熱くなった。

  呼吸の度にじわじわと熱が身体に広がって、膨れ上がる熱量が外に吐き出される。


  白い焔が暗黒の世界を席巻し、私から溢れ出した炎は対峙した『ナイトメア』二体を容赦なく包み込んだ。


  「……っ!?」

  「あんた……っ、それ!」


  マザーとハルカがその光景に目を剥いて驚く。


  「逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで逃げないで」

  「なにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよなにもしなくていいよ」


  「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」


  炎に包まれた『ナイトメア』たちは抵抗する間もなく火に巻かれて断末魔をあげる。白い炎は『ナイトメア』に対して絶大な威力を発揮し、火から逃れようと身体を転がす『ナイトメア』を逃がすまいとしつこいくらいに焼いていく。

  飛び散った火の粉はまるで粉雪みたいで、暗黒の世界の背景に四散していく。

  白い熱は影を溶かして、インクが溶けるみたいに世界が解放されていく。


  再び私の息が詰まる。底に引きずられるような感覚に私は思わず呼吸を止めてた。

  水底にいきなり引き込まれるような感覚は『サイコダイブ』の導入の感覚--つまり夢と現実を行き来する感覚……


  視界が暗転して私は目を閉じた。その時ぼんやりと水中に映り込む光景--


  揺れる水中に幻影のように浮かぶのは、何度も足を運んだ見慣れた煉瓦造りの建物……


  図書館だった--


  --会いに……来て。


  幾度と聴いたか細い声が耳の奥で囁いた。それを最後に私の夢は砕けていた。


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