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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第7章 巣立ちの朝
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第7章 33 なにもしなくていいよ?

 

  電気をつけたはずなのに談話室が真っ暗になった。

  掴んでたはずのコハクの姿は忽然と消え失せ、真っ暗になった談話室に私一人取り残されてた。


  「……あれ?」


  何が起こったのか……ただ、さっき感じた感覚は--


  「…『サイコダイブ』?」


  私は談話室を飛び出た。真っ暗になった談話室では変わらずテレビの画面がチカチカ光ってた。


  廊下に飛び出した先では信じ難い光景が広がってた。

  壁や天井に真っ黒な根が張り巡らされてて、とても現実と思えない景色に自分の目を疑った。先程の感覚に覚えた疑念が深まっていく。


  「そんなわけ…」


  言いかけて私はヨミの夢に潜った時を思い出す。

  クロエに触れられ導入機を介さずに『サイコダイブ』した。

  でもそれはクロエが『ナンバーズ』だからで……


  「……まさか。」


  私の中でじわじわ嫌な予感が広がっていく。這い寄る胸を締め付ける予感を私は必死に振り払った。でも、その否定に根拠はない。


  「……まさか、『ナンバーズ』になったっていうわけ?」


  コハクの豹変--そして目の前の非現実。脂汗がじわじわ滲み出した。

  しばらくコハクは私たちの前から姿を消してた。その間何があったのか分からない。

 

  目を離すべきじゃなかった。

  私を後悔が襲う。私はいい気になってた。コハクと語らい、気持ちが通じたって勝手に思ってた。


  大甘だった。コハクのあの様子は普通じゃない。


  確かめないと--コハクと会わないと……っ。


  私は無意識のうちに足下に手を置いた。影すら落ちない暗闇で、私は手繰り寄せるようにそこにあるはずの影に触れていた。


  すぐに違和感に気づく。影に沈む込むような感覚がない。やはり、イメージしたナイフは出なかった。


  『サイコダイブ』じゃない?そもそもここは誰の夢?コハク?


  周囲に人影はない。『ナイトメア』も…

  精神世界は私たちの生活する寮そのままだ。根が張る異様な光景以外は何も変わらない。


  「…っ!くそっ、くそっ!どうすれば--」


  「--なにもしなくていいよ?」


  耳元で声がした。なんの気配もなく突然頭に割り込んできたのはまだ声変わりもしてないんじゃないかってくらい高い子供の声だ。


  振り向きざまに身体が動いた。距離を取るように後ろに跳んで身体を翻しながら腕を払った。その動きの軽さはまさしく夢の中の私だ。

  太い鞭のようにしなる腕が空気を切る。振り回される腕に伝わる重みは直撃した際の衝撃を十分に予感させた。


  でも、その予感は不発に終わる。

  挟み込まれるような圧迫感と肉を穿つ痛み。不自然にブレーキのかかる腕は外側からの力に無理矢理止められたことを意味した。


  「……っ!」


  ようやく顔をそちらに向ける。

  そこでは、巨大なてるてる坊主が私の払った腕に噛み付いていた。

  脆弱な腕は歪に開いた口に挟み込まれて激しく出血してる。目の覚めるような痛みが視覚を通じて叩きつけられる。


  手足のないてるてる坊主が器用に首を振り回し、噛み付いた腕を乱暴に回す。引っ張られる私の身体は上に放り投げられて天井に激しくぶつかった。

  腹の底から空気が絞り出される。衝撃に内蔵が収縮して息ができない。


  「……っ!……っ。」


  そのまま床に落ちてもがく。立ち上がる為に力を込める。ようやく仕事をし始める肺に空気をいっぱいに取り込んで全身に巡らせる。


  武器が出ない。戦えない。逃げなきゃっ。


  「なにもしなくていいよ?」


  跳ぶように立ち上がる私の後ろで口から私の血を垂れ流すてるてる坊主が子供の声で笑ってる。


  「なにもしなくていいよ?」

  「なにもしなくていいよ?」

  「なにもしなくていいよ?」


  ふわふわと浮遊するてるてる坊主がゆっくり私に近寄ってくる。無邪気な声もより強く耳に響く。


  「--なにもしなくていいよ?」




 ※




  何が起きたのか分からない。でも、これがのっぴきならない事態ってことくらいは分かる。

 

  廊下に出てまず向かおうとしたのは談話室。ハルカから貸した本を受け取る為だ。

  雨がザアザア降っててちっとも目覚めの良くない朝。着替えて廊下に出たらみんな倒れてた。


  ……?


  寝起きの頭がフリーズ。固まった思考を解凍するのに数秒を要した。


  一番近くに居た生徒に駆け寄る。抱き起こしたら息はあるみたい。顔色も悪くない。


  「……え?なに?」


  ガス中毒…?とか?いやないだろ。


  原因不明でまたフリーズ。とにかく起こそうと試みるけどうんともすんとも言わない。

  揺すったり叩いたりしたら不快そうに唸るだけ。ただ、皆の表情は総じて苦しそうに歪んでた。


  寝起きの悪い低血圧女子の集団睡眠……みんな揃って仲良く廊下で寝てましたなんて、そんなおめでたく捉えられるほど私はこの学校で常識を捨ててない。


  私は階段を駆け下りた。

 

  今すべきことを考える…この数を介抱するのは無理。原因も分からないし留まるべきじゃない。


  学舎に向かって私は一階まで降りてきた。マザーを呼びに行くしかない。


  一刻を争うかもしれない状況で、私の足は躊躇うように止まってた。

  玄関に向かう足を止めて踵を返す。そのまま通り過ぎた廊下を逆走してた。


  視界に飛び込んでくる談話室。私は開けっ放しの扉から勢いよく中に飛び込んだ。


  「……っ。」


  明かりのついた談話室に敷かれたワイン色のカーペットの上で、目的の人物が横たわってた。


  「……ハルカ。」


  他の生徒と同じように横たわったハルカに駆け寄ろうとして私は部屋の隅に立つ人物に気がついた。


  ……あれは確か、ハルカとヨミの友達の……


  名前をコハクと言ったか?彼女は飛び込んできた私を見つめて立ち尽くしてる。私の顔を見て驚いてる様子だ。こっちも無事な人にいきなり遭遇してびっくりだ。


  「……あなた、コハク…だっけ?あなたは無事なの。何があったか……」


  状況把握の為に詰め寄る私はすぐに違和感に気づく。

  目の前で友人が倒れてる状況だ。取り乱してもおかしくない。それでなくとも、私が来た時点で何らかの反応があってもいい。

  でも、目の前のコハクは私を丸い目で見つめてるだけ。


  「……しっかりして。」


  人と話すのは苦手だ。この子のことはよく知らない。でもそんなこと言ってる場合でもない。


  「…ハルカを医務室に運ぶ。手伝って。」

  「……あなたは、なんで動けるの?」


  返ってきた反応は会話が成立しないもの。ただ、目の前でいきなり友人が倒れてさっきの私のように思考が停止してしまってるのかもしれない。

  私はため息と共に先程の違和感を払拭する。


  「……それはあなたもでしょ?動けるのは私たちだけ。急いで。ハルカを持ち上げ--」

  「ああ…あなたは外から来たんだ。」


  ……?


  「……ねぇ、何言ってるの?私の話、聞いてる?」


  もしかして昏倒の原因で頭をやられた?


  「あなたみたいのもいるのね。ふふっ環も意地が悪い……」

  「……?大丈夫?」


  私がコハクに触れようとすると、彼女はひらりと躱しながら後ろに跳ぶ。その顔はこの状況で無邪気に笑ってた。


  「……大丈夫じゃなさそう。あなたも医務室に行った方がいい。」


  私は再度コハクに近寄ろうとする。それにコハクは「ああっ」となんだか取り繕うように両手を振った。


  「大丈夫…大丈夫。ハルカを医務室ね、分かった……分かったよ。」

  「……全然大丈夫に見えない。でも、分かったならいい。急いで。」


  私がハルカの方を向いてコハクに背を向けた。コハクも私に続くのが気配で分かった。


  私はハルカが怪我をしてないか確かめる為に身体を調べた。ざっと見たところ怪我はない。倒れた時に打ったであろう箇所も問題ない。

  ただ、額には脂汗が浮き、苦しげな表情に顔の血の気も引いていた。


  ……他の子より重症。急がないと--


  慎重にハルカの身体を抱えようとした時、全身が総毛立つ。

  背後からぬっと伸びてきたねっとりした気配が私に触れようとした。寒気がして私は反射的にそこから跳び退いてた。


  「……っ。」

  「……。」


  見上げるとコハクが居た。手を伸ばしてなにか……私に触れようとした体勢のまま固まっている。その目だけがじろりと私を追いかけた。


  「……なに?」


  向こうが「なに?」だろう。彼女はハルカを運ぼうとしただけだろうに……


  ……本当に?


  コハクの腕は一本しか伸びてない。まさかハルカを引きずって行こうなんて考えてないだろう。片手では抱えられない。

  それにハルカを抱えるつもりなら、私の後ろから手を伸ばすんじゃなくて私の横や前に回り込んで来るはず…


  何より私が感じたのはそんな感覚じゃなかった。例えるならきっと、肉食獣に目をつけられた草食動物……


  「……そんなに怖がらなくてもいいじゃない。」


  心外だと口にするコハクの口元は気味悪く笑ってる。


  私はコハクとはそう何度も接したことは無いけど…

  彼女はこんな喋り方をしただろうか?こんな顔をするだろうか?


  「……やっぱり私一人でいい。あなたは医務室に行って。」

  「ひとりじゃ重いでしょ?手伝うって。」

  「行って!」


  強い口調で言って私は出口を指さした。コハクは大仰に肩をすくめてみせてから素直に私に従った。


  部屋から出ていくまで目を離さずに見送る。そんな私の視線をコハクは受け止め部屋を去る前こちらを一瞥して笑ってた。


  「……ハルカ、待ってて。」


  ハルカの身体を慎重に抱き起こして背中に乗せる。寝起きすぐの重労働。体力と頑丈さには自信の無い身体がハルカの体重で早くも弱音を吐いている。


  ぐったりしたハルカをしっかり背負って歩き出す。たったの数歩が重くて大変だ。


  ……医務室だって寮にある。もし藤村先生も同じ状態だったら……


  考えながらも私は縋る思いで部屋を出ていた。その足は階段に向かって真っ直ぐ進む。


  「……ハルカ、もう少し--」

  「--あ〜面倒くさっ。」


  談話室を出てすぐにそんな声が後ろから響く。ピクニックで鼻歌でも歌うような陽気な声で……


  「っ!?」


  振り返った私に向かって白い拳が振りかぶってた。


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