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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第7章 巣立ちの朝
181/214

第7章 30 痛いくらいに脈打って

 

 ※




  --身体が燃えた。


  臨界点を超えた精神汚染に固まった私の身体は、意識のある蝋燭みたいに…

  胸の内側から噴き出す白い炎の薪になって燃える。傷口から煙のように吐き出される白い炎は、私の身体をかじる虫たちを焼き払う。


  煙と影に包まれた明かりのない世界で、私が光ってた。


  コハクを襲うNo.05の大百足達が一斉に燃え出す。何にも触れてないのに火をかけられたように固い体が白い炎に撫でられて灰になってくい。


  「……っ!?」


  数万という虫たちの焼却は、No.05に一気にダメージをフィードバックする。脚の力が抜けたのか、押し倒されたみたいに後ろに倒れた。口から血泡が吹き出す。


  「……。」


  闘いに邪魔を入れた私にコハクの視線が向く。さして興味のなさそうな冷めた視線。


  虫たちを焼き払う炎は傷口を起点に私の身体を包むように広がっていく。熱は四肢に渡り、身体に立つ力が巡る。


  「……なにそれ?」


  コハクが尋ねた。視線に合わせて身体もこちらを向く。

  私の方はそれに返す余裕はなかった。攻撃が止み精神汚染は急速に収まっていく。


  ただ…熱い……っ。


  本当に火の中に居るような……というか、燃やされてるみたいだ。熱くて息も出来ない。

  でも、今しかない。


  かき乱された戦況--今しかない。


  手から離れた肉切り包丁を手に持つ。多分、こいつが最後。もう武器も作れない。


  自分でなんで動けるのか分からなかった。シラユキの時も、橘秋葉の時も、動けなくなった。自我と世界が曖昧になった。


  守ってくれてる……


  身を焼く炎に怖さを感じない。私は駆け出した。熱くて仕方ない脚は信じられないくらい軽やかに動いた。


  「……来ないで。」


  全身から火を吹き走る私にコハクが初めて明確な攻撃と拒絶の意志を見せた。

  後光が回りビームみたいに黒い閃光が飛んでくる。

  とても避けられるスピードじゃない。モロに直撃する無数の闇の刺突は私の身体をあっさり止める衝撃を叩きつける。

 

  それでも、ダメージも精神汚染もない。身を包む炎が身体に触れるより早く燃やしてた。


  「……?」

  「……っお前っ!」


  息もできないなか、叫ぶように息を吐き出す。苦しい。それでも叫ぶ。


  「誰か知らないけど……コハクを返せっ!!」

  「……来ないで?」


  後光からの攻撃が増す。まるでショットガンの乱射のような猛攻に私は軽々吹っ飛ばされる。この“誰か”の炎がなかったらきっとバラバラだ。

  それでも強引に前に出る。


  虫たちを蹴散らし、影を防ぎ、手に握った包丁を白く輝かせ……


  「……??」


  コハクの表情から余裕が消えた気がした。無表情になったコハクが足踏みする。

  地団駄を踏むみたいに地面を踏むと、足下の影が無数の手になって迫ってきた。


  掴みかかってくる手が火に触れる。触れた先から白い光に飲まれるように影が消滅していく。

  吹き出す炎は闇を照らして、影を照らして消し去る明かりとなり、コハクの影を退け続け……


  「……私が消される。」


  一歩。


  「……あなた。」


  一歩。


  「……誰?」


  踏みしめる地面の硬さが足に伝わる。私は今、立っている--

  白い火に包まれ焼かれる左手は、コハクの細い肩を捕まえていた。

 

  私はコハクに、近づいた。


  身のうちから流れ出続ける熱に身体は焼かれ、無理矢理に動かした筋肉が悲鳴をあげている。コハクを捕まえたというより、彼女の肩に体重を預けたという方が適切かもしれない。


  コハクは息も絶え絶え、というかまともに息もできてない私を不快なものを見るような目で見ていた。


  その目も、微かに歪んだ口元も--あの子の形をしてるけど、どれもあの子の見せない顔だ。

  見れば見るほどコハクなそれを、私は頭で否定する。

 

  足下の影は私に這い上がろうとまとわりつき、その端から白い火に照らされ燃え尽きていく。飲み込む焔はこの世界で唯一コハクに抗える光--

  肩に指が食い込むほど強く握る。手を燃やす白い火がコハクの身体も焼いていた。


  「……。」


  コハクが肩に触れた手を凝視する。


  「……あなた。それ……」


  私は包丁を振り上げてた。絞り出す記憶と想いを乗せて--


  「--邪魔だっ!!」


  怒号が響く。血を吐くNo.05が、コハクに包丁を振りかぶった私の腕を掴んだ。

  握ったNo.05の手が白い火に巻かれて焼ける。手を焼く火が意志を持った生き物のように腕を登っていく。


  焼かれながらも強い力で私の腕を無理矢理引っ張る。握り潰されるかと思う程の握力に腕が痺れて包丁を握る手から力が抜けていく。


  「……っ、そっちこそっ、邪魔を……っ!」

 

  「--二人とも邪魔。」


  コハクの足下から噴火のように爆発した影が大質量で私とNo.05を弾き飛ばす。

  膨れ上がった影がウニのように鋭い棘を突き出して身体を突く。No.05の胴体が無数の針に穿たれて無理矢理に引き剥がされる。

  私の身体に触れた棘は炎に呑まれて届かない。けど質量に押し流される。


  「……っ!」


  転がる私の身体がズキズキ痛む。包丁が手を離れて吹き飛んでいく。


  また離された…っ。


  遠い……コハクが遠い……。


  「……あなた。」


  そう思うのも束の間、コハクが目の前まで迫ってきてた。

  息がかかるほどの近距離から私の顔を覗き込む。潰れた血まみれの顔は得体の知れないものを見る目をしてる。


  潰されそうになるほどの威圧感。私という存在をすり潰さん程の圧が眼光と共に飛んでくる。

  気のせいじゃない。本当に身体が重い……


  「……あなたの中にも…?誰だ。お前。」


  何か言ってる。けど聞かない。


  必死の思いで身体を起こす。手足の筋肉が炎の熱で焼き切れる。

  伸ばした手は炎に焼かれる熱で血が蒸発して赤い蒸気が立ち上がる。手から離れた包丁を拾う余力はなくて、コハクの制服の襟を掴んだ。


  「……誰がいる?それ、“私”?」

  「お前なんて…知らないっ!」


  お互い一方通行な意思の押し付け合い。成り立たない会話を無視して声を荒らげた。


  「コハクから出ていけっ!!」


  コハクと出会った浴場を、コハクと約束した図書館を、コハクと歩いた街並みを、コハクと囲んだ食堂の卓を、コハクと眺めた夜の空を--


  発火する腕から、掴んだコハクへ--全部全部、私という存在をそのままに押し流す。


  伝われ……届け……っ!


  渾身の全部を、押しつぶされた先の彼女へ…


  「--うるさい。無駄。」


  吐き捨てられたコハクの言葉に私の背筋が凍りつく。

  見上げたコハクの顔は、路肩の石でも眺めるように冷徹に私を見下ろしてる。


  --だめ。それじゃ届かないっ。


  頭の中の声を思い出す。途端に意識が遠くなる。



  「--ここに居たか。」


 

  鼓膜に滑り込んだ声は低く響き、そこに割く余裕のない脳に無理矢理存在を刻み込み報せる。

  この声も、知っている。


  「……。」


  コハクが私から視線を上げた。

  私の背後で煙と虫と影でごちゃごちゃになった地面が水面のように波紋を広げた。

  水底から浮かび上がったように硬い地面をすり抜けて、人影がせり上がった。


  心臓が--いや、それよりもっと深いところが痛いくらいに脈打った。ドクンドクンって、痛いくらい跳ねている。同時に苦いような、言葉に表せない感情が湧き上がってきた。

 

  これは、私の知らない感情……


  振り返った先には、漆黒の世界をそのまま映しこんだような男が立っていた。

  黒いスーツは闇に溶けて、クロエたちと同じ瞳は深い深い真紅に輝いてる。どこか黒猫を彷彿とさせるその容貌は私も知ってる顔だった。


  「……また、『ナンバーズ』?」

  「01っ!」


  遠くの方で立ち上がるNo.05が声をあげた。

  男--No.01は彼の方にちらりと視線を寄越してすぐに、目の前のコハクへと視線を移した。私のことは目に入ってない。

  対峙したコハクは目を丸く見開き、それまでの敵意や狂気が嘘のようにストンと抜け落ちてた。


  「……あなたなの?」


  コハクは--いやコハクの中の誰かは驚いたような、惚けたような声を出した。口から零れた声はとろりと蜜のように闇に溶けていく。


  「……しばらくだな、姫莉。久しぶりの自由はどうだ?」


  No.01の声に私の、いや私の中で熱を持つ感情がうるさいくらいに内側から膨らんでいく。泣きそうな時みたいに喉が引きつった。


  姫莉--No.01はコハクをそう呼んだ。


  クロエが言ってた。コハクはこいつに勧誘されたって…それに今の口ぶり……


  ……全部っ、全部こいつが……?


  「会いに来てくれたの?」

  「来るつもりはなかった。」


  コハクにそう言うNo.01は今だコハクを掴んだ私に視線を向けた。じっとりとした視線が肌を湿らせた。


  「……ずっと探してた最後の欠片を見つけたからな。」


  最後の欠片?

 

  No.01はそう言って私を見ている。頭の中は途端に静かになった。身を包む熱は急速に冷めていき、傷口を起点に吐き出されてた白い焔はすっと消えていた。


  「……違う、実。この子の中のは……」

  「いや、お前だよ。そいつを取り込め。」


  No.01がコハクに命じた。私を見下ろすコハクの目に逡巡の色が見えた。


  頭の中の声ももう聞こえない。それでも私の中の私じゃない感情がうるさいくらいに存在を主張してる。熱く滾るそれは命の炎みたいだ。


  「……私があなたの言うことを聞くとでも?今まで、放ったらかしにして、瓶漬けの私を助けてくれなかったあなたを……」

  「あの器で解き放たれてどうなる?そいつはお前の為に都合した。今日の為にな。姫莉…俺はお前を--」


  コハクとNo.01が話し込んでいる間に、割り込むように巨大な百足が突っ込んできた。

  ホームに滑り込む電車みたいに、周りを蹂躙しながら這う足は減速せずに、真っ直ぐNo.01の方へ--

  しかし、その凶暴な牙は獲物を捕らえることは叶わず、文字通り邪魔な虫を払うような動作で手を振るNo.01の空を切る手刀に従い、大百足の首と胴体はパンみたいに切断された。


  「……なんのつもりだ?」

 

  百足に遅れて割って入るNo.05の敵意にまみれた視線にも、No.01は不遜な態度を崩さない。


  「マザーがお前に潜れと命じたか?」

  「無理するな。ボロボロだぞ?」

  「黙れ。01…俺は欠片を回収するように言われてる。聞いたはず……」

  「……俺の邪魔をするのか?」


  No.01の足下でじわじわと影が広がっていく。煮えたぎるマグマのような影は泡を立てて、近くにいる私にまで肌を焼く熱気が伝わってきた。


  「お前こそマザーの邪魔をするのか?」


  世界が歪む。両側から押しつぶされるようにビリビリと空間がひび割れていく。引きずられるように私の身体も傷口がじくじく痛んだ。


  「--コハク。」


  No.01の声にコハクの表情が少しだけ不満そうに歪んだ。それもすぐに拗ねた子供みたいな表情にころりと変わる。


  「……騙されてあげるよ。」


  コハクの手が彼女の襟を掴んだ私の腕を掴んだ。触れた部分がジンジン熱くなる。焼けた鉄に挟まれたみたい。


  --だめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめっ。

  --消える。私が。呑まれる。いやだ。やだやだやだやだやだやだ。


  耳鳴りのように頭で声がする。だめだ。身体が動かない。


  身体が重くなっていった。鉛みたい。

  ズブズブと奥に引きずられるような感覚が襲う。合わせて、コハクがハッと目を開いた。


  ……違う。これ……っ。


  視界が端から暗くなっていく。遠くなる意識は世界から引き剥がされるように……

  周りで騒がしい声が聞こえた。その声もノイズのように遠くて…


  プツリと意識が途絶える直前、視界に映ってたコハクに手を伸ばした気がしたけど……


  伸ばした手が触れたのかは、分からなかった。


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