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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第7章 巣立ちの朝
179/214

第7章 28 友達だっ!!

 

 ※




  夢の世界は瓦解し、『サイコダイブ』の世界は足下を埋め尽くす瓦礫と、天を這う根っこのような影の触手に覆われてた。

  夢の主が倒されても、『サイコダイブ』の世界は解けず、世界に私とコハクだけが意識を持って取り残される。


  腕に抱いたフジシマはぐったりして、口元の傷からダラダラ血を流してる。目を覚ます気配はなく『ナイトメア』の崩壊で深刻なダメージを受けているのは明白だ。

  急いで目を覚まして治療しないと……


  ……そして。


  私の見つめる先、真っ黒な世界のただ中で影を纏い佇むのは--


  「……コハク、いや。誰、お前。」


  私の問いかけに、靄を飲み込んだコハクが…コハクの姿をした“誰か”が振り返った。


  状況は分からない。けど、目の前に居るのはコハクじゃない。

  私がコハクの元に着いた時には重大なダメージを負ってた。精神汚染の影響で、コハクの人格が歪んだ……


  違う。あれは全くの別人。


  コハクの行使したと思われる不可解な能力たちは、私たち『ダイバー』の能力の範疇を超えてる。まるで『ナンバーズ』だ。

  それに分かる。声も違う。姿形が全く同じでも、あれはコハクじゃない。


  シラユキの時みたいに、コハクの精神に何かが寄生したのかもしれない……

  私の中で喋ってるこいつと、同じ声のやつが……


  振り返ったコハクの視線が私を捉える。充血した瞳の同高は開き、向けられた視線にそのまま狂気が乗る。身体に巻き付くようなねっとりした視線に寒気がした。


  「……誰?」


  --だめ。話しちゃだめ。


  --聞いちゃだめ。


  「お前誰だ……。」

 

  --お願い。


  「コハクを返せっ!!」


  光のない世界で私の足下に落ちた影が薄く輝く。暗い輝きの中に手をついてそこから肉切り包丁を引き出した。


  一歩前に出る私に、瓦礫を這う影がまた迫ってきた。

  コハクの足元から湧き水のように溢れ出す黒い流れは一直線に私に向かう。私はそれに突っ込むように走った。


  シラユキは戻ってきたっ!コハクも取り戻すっ!


  シラユキの『サイコダイブ』や、橘秋葉の時みたいに。

 

  頭の中で私を静止する声を振り払ってコハクとの記憶を絞り出す。

  私のコハクへの思い、思い出--頭で練り上げる思念を握り込むように包丁の柄を強く握り込む。


  正直、まだ分かってない。でも、何度も出来た。今回だって……


  自分で自分を過大評価してるのかもしれない。でも夢の世界ではそれくらいでいい。私ならやれる。大丈夫--


  --だめ。それじゃ届かないっ。


  「返せぇぇぇっ!!」


  声を振り払うように叫ぶ。『ナンバーズ』に痛めつけられた傷口からぽたぽたと血の雫が垂れる。瓦礫に足を取られる。それでも確実にコハクとの距離が詰まる。


  私の爪先と、コハクの影が触れ合った。

  頭に電極を刺されて、電流を流されたみたいな痛み。脳が焦げ付く程の負荷がかかる。その正体は、一瞬のうちに流し込まれる記憶と感情--

  呪いにでもかかったみたいに頭を蹂躙する声たち。噴き出しては消えていく感情の奔流。

  精神汚染に傷口から激しく出血する。私の深紅の血の球が、吸い込まれるように黒い影に落ちていく。


  --死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね--


  認識出来ない位のスピードで流れ込む記憶の断片と並行して流れ込む声。

  私を必死で止めようとする声と全く同じ--コハクを乗っ取った奴の声。


  抵抗する間もなく、まるで百年の知己の言葉のように、その声は違和感も拒否感もなく私の中に入り込んでいく。


  ……私はっ、この声を知ってる。


  「……っぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


  塗り潰されかける自我を振り絞って私は影に刃を叩きつけた。

  硬い地面を切りつけるように包丁を振り下ろして影に食わせる。私の一部である包丁に影がまとわりつくように根を張り侵食する。


  繰り返し、繰り返し記憶からひねり出してたコハクへの感情--怒涛の勢いで塗りつぶされるそれを外に押し出すように……

 

  --死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。


  ……っ、わた……し…っ。


  叶わない。敵わない。私がコハクへの感情を押し出そうとするより早く、それを塗りつぶす思念が流れ込む。他のことが考えられない。私の意思が、意識が消されていく。


  視界が濁ってきた。目から頬に熱い線を感じる。赤く染まる視界は目から流れ出る血の量を物語る。


  膝をつく私を見下ろすように、コハクが佇んでる。

  もう少しで届く場所にいるのに、遠い。埋め尽くす精神汚染が、あなたが誰なのかも忘れさせる。


  ……。私は……


  --だめよ。無茶しないで。


  ……。


  --死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。


  --私まで消えちゃう。


  --死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。


  --しっかりして。


  --守るから。


  --お願い、この夢から…帰ってきて……


  --また、私の所に……



  足下が光った。今までで一番。影を押し返すように閃光のような激しい光が爆発した。


  --コハク。あなたは?


  --……うん、友達でいよう。


  --ひとりじゃないからかな?


  --仲良くなれる気がしたの。ヨミは私と一緒でひとりぼっちに見えたから。


  --……ヨミは、なんにも心配いらないんだよ。


  --ヨミ--私たち、友達だ。……ずっと。


  ……っ、コハクっ。私の友達--


  閃光に影が掻き消えた、気がした。私の視界は白い光に焼かれて分からなかった。

  でも頭の呪詛は晴れた。湧き上がるコハクへの感情。思い出そうとしても出てこないであろうような、小さな日々のやり取りに、それに感じた全てが……


  「コハクっ!!きみはそんな奴じゃないっ!!」


  握った得物が燃えるように熱かった。手が焼ける--いや、炎になったように。それでも離さない。

  膨れ上がる想いは私の心の許容量を超えて溢れ出すように流れ出す。感情と記憶の奔流が地獄と化した夢に溶け出した。


  影が泡立つ。沸騰したお湯みたいに、ぶくぶくと泡を立てて霧散していく。地面を埋めつくしてた影が蒸発するみたいに……


  「……?」


  ただ棒立ちだったコハクがぴくりと動いた。その顔は無表情にほんの少しだけの困惑の色を乗せて、潰れた右目を手を添えた。

  一瞬溢れ出した血の涙を指で拭って、不思議そうにそれを見つめてた。


  「っ!!」


  影が捌けた。近寄れるっ!


  私は立ち上がり疾走する。決して速くはないけど、それでも今の私の精一杯で駆け出した。

  握った包丁はまだ私の思念を纏ったように白く輝いている。


  近寄る私の頭で声がうるさい。まだ、ずっとずっとダメダメ言ってる。

  知らない。退かない。コハクは連れて帰る。ハルカとシラユキのところに……っ!


  コハクは私が夢の中で閉じこもった時、助けに来てくれた。シラユキの時も、真っ先に『サイコダイブ』を提案して私たちを引っ張ってくれた。


  私が助ける--私がコハクを取り戻すっ!!たとえ頼まれてなくたって……っ!


  「……誰だ。お前は……」


  はじめてコハクの中の誰かが私を真っ直ぐ見た。血に染った瞳は僅かに揺れていた。人形のように生気のない彼女の中に、生き物らしさをはじめて見た。


  「--友達だっ!!」


  距離が詰まる。コハクは迎え撃つでもなくただ立ってる。無防備なコハクの懐に、私は飛び込んだ。


  --コハクをっ返せっ!!


  強い意思が言葉になり、声になり、世界に……


  その前に、私がコハクに触れる直前に、コハクの背後で暗黒の世界の壁が激しく爆ぜていた。




 ※




  コハクの背後、私の正面で、世界が破裂した。突然の破壊の波は暴風が吹き抜けるように影の中を駆け抜けて私を吹っ飛ばした。

  必死に引き剥がされないように堪えるけど、ボロボロの身体に到底抗う力はなくて飛ばされる。転がりながら包丁を地面に突き立てた何とか最低限の離脱に留める。力を込めたら折れた骨が軋んだ。

 

  身体のダメージが思い出され、引っ張られるように精神にまでダメージがいく。思考が停止して身体が動かなくなる。まるで周りの大気に固定されたみたい。


  --不味いっ。


  シラユキの『サイコダイブ』や、秋葉の『サイコダイブ』の時の感覚。臨界点を迎える精神汚染……

  それでもあの時よりは意識がはっきりしてる。

  私が“守られてる”から……?


  吹き抜けた突風が収まった。同時に頭をガンガン打つ記憶の濁流は収まる。耐えた。


  突然の不意打ちはコハクのもの?違う気がした。

  目の前に佇むコハクは突風の影響をまるで受けず、さして興味もなさそうに砕けた壁に振り返った。


  「--凄まじいな。」


  砕け割れた世界の背景の向こうはまた漆黒。どこまでも続く闇の中に一人の乱入者が立っていた。


  色の抜け落ちたような真っ白な髪の毛は闇に沈む世界でただ一つ、世界に抗うように映え、鋭い眼光は死者のように生気のない灰色。目の下の隈が不健康な印象をより濃くするその男は、黒いスーツに身を包んでた。


  ……私はこいつを知ってる。


  たった一度だけど、会ったことがある。


  橘秋葉の会社にクロエに連れていかれた時、クロエと共に橘秋葉と会っていた男--


  『ナンバーズ』……No.05。


  「……その精神ダメージで自我を保っている。やはり09の言った通り資質でもあるのか……」

  「……な、んで?」

  「何故ここに?と…?お前には関係ない。」


  私の小さな呟きにまで律儀に返してから、病的な青年は彼に背を向けるコハクを視線を移した。


  「……っ!コハクに何する気……っ。」

  「黙っていろ。友人を取り戻したいのなら、俺の邪魔をせぬ事だ。」


  私など眼中に無いと、No.05は瓦礫の海を突き進んでいく。近づく足音にようやくコハクが彼の方を見た。


  「……。」

  「……戻れ。お前に『サイコダイブ』への直接的な干渉を許可した覚えはない。」

  「……。」

  「元の器に戻れ。そして取り込んだ欠片を返せ。」


  コハクはゆらゆらと、頼りなく不気味に身体を揺らしながら顔を傾け、下から覗き込むようにNo.05を見つめる。

  まるで肉食獣が獲物を品定めするように……


  「……あなたも、私を持っている。」

  「渡す気は無い。最終勧告だ。欠片を返せ。」


  ……欠片?


  取り込んだ欠片?コハクが飲み込んだあの黒いモヤモヤのこと……?


  またしても私を置き去りに話が進む。

  コハクはNo.05の気丈な態度に、その無表情を崩した。頭上のティアラがぐるぐると回転の勢いを増して、威嚇するように足下の影が膨れ上がる。


  「……ここで、私に勝てるとでも?」

  「……。」

  「お前をこのまま弾き出すこともできるのよ?口の利き方、考えた方がいい。」

  「誰に生かされているか忘れたか?自分の身体が手に入って気分が良くなったか。」

  「口の利き方。」

  「マザーが不測の事態を想定してないとでも?このまま消えたくはないだろう?」

  「はったりね……私が消えたらもう夢の世界は作れない。それに--」


  コハクの顔が凄惨に歪む。悪意に満ちた狂笑を浮かべて、息の詰まるような殺意をばら撒いた。


  「私は“女王”--私の世界に生きるあなた達に、抗える道理はないわよ?」


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