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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第7章 巣立ちの朝
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第7章 27 姫莉の欠片

 

  --聞いちゃだめっ!!


  頭を埋めつくした『死ね』の中に割り込んだ声。冷を浴びせられたみたいにはっとする。


  首の肉に食いこんだ刃が冷たくて、あと少しで命に届くのを主張してる。あとほんの少しだけ体重がかかったら、致命的なところまで刃が入ってた。


  目の前で白い煙のようなものが膨らんだ。目の前で弱い懐中電灯の光をスモーク越しに当てられたみたいに。

  瞬間首にかかっていた黒い刃が手で弾かれたように飛んでいった。


  --死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。


  --だめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめ。


  まだ頭の中でうるさく声がする。無理やり腕にへばりついた影を引き剥がすように持ち上げる。影の触れる面積が減ったら声も少し収まった。


  追いすがろうとする影が床から私に向かって上がってくる。私と影の間に漂う白い靄がそれを阻む。


  『ナンバーズ』を襲った声の靄--正体は分からないけど……


  「……味方、だよね。」


  脚も無理やり持ち上げる。強力な粘着面に足を取られてるように脚が思い。ベリベリ引き剥がす度に脚にかかる負荷に蓄積したダメージが悲鳴をあげている。


  ……私を守ってっ。


  --だめよ。


  一歩一歩、歩を進める私に頭の中で声が返す。

  私の向かう先では、佇むコハクと『ナンバーズ』の『ナイトメア』が対峙してる。


  フジシマさんを助けなきゃ…コハクも…っ。


  --だめよ。だめ。逃げて。


  うるさいっ、守れないなら、邪魔しないで。


  --だめだめだめだめだめだめだめだめだめ。

 

  --あの子はもう、コハクじゃない。


  うるさいっ、分かってる。分かってるから…行かないと…っ!


 

  「……っコハクは私に、死ねなんて言わないっ!!」




 ※




  フジシマの『ナイトメア』から解放された電車の『ナイトメア』が、身体を転がしながら起き上がる。振動で揺れる夢の世界がひび割れから崩れ始める。


  『…ウゥゥゥウゥゥゥ。イタイイタイイタイッ。オマエエエエ……。』


  自らを助けたかたちでフジシマを倒したコハクと、『ナンバーズ』の『ナイトメア』が向かい合う。

  血と唾液の混じった液体を口から垂れ流し、単眼の鬼面が小さな少女を上から見下ろす。


  「……欲しいんだ。」

  『オマェェェェェェッ。』

  「殺されちゃ…困る。」


  退治するコハクは虚ろな瞳を向けている。でも、目の前に迫る怪物には興味がなさそうにすら見える。据わった瞳は『ナイトメア』を見てなかった。


  「……お前が持ってるな。」

  『ママッ…ママノコドモハッ、オレダッ!!』

  「そこに居るんでしょ?」

  『ナンダヨォオマェェッ!!ジャマスルナァァァッ!!』

  「……返して。」


  ビリビリ震える声が空気に波紋を広げて私に伝わる。震える脚が折れかけるのを何とかこらえる。


  二人の会話は互いに一方通行で、会話として成り立ってない。お互い何を言ってるのか分からない。

  ただ、夢の世界の主であるはずの『ナンバーズ』の『ナイトメア』が、怯えてるように見える。


  身体が、声が、震えてる……


  突如として変化を遂げた今のコハクは、この場の全員を凌駕する“なにか”になっている。


  『デテイケッ!!オレノナカカラッデテイケェェェェッ!!!!』


  動揺をそのままに、震える心が世界に反映される。バリバリとひび割れた天井や壁が崩れてガラス片のように降り注ぐ。

  互いに見つめあった均衡はあっさり崩れる。怯えたような『ナンバーズ』の『ナイトメア』がその巨体でコハクに向かっていく。


  ……っコハクっ!


  声にする間もなく、両者の間が詰まる。二人の間合いが縮まり、血なまぐさい歯がコハクに触れるか触れないか--


  ほぼゼロ距離、二人の間が潰れた刹那、『ナイトメア』の顔が潰れた。

  コハクは指一本動かさず、ただ立っているだけ。食らいつこうとした『ナンバーズ』の顔が前から押し潰されるようにひび割れ、砕ける。

  圧迫された顔面から噴き出す血飛沫が、コハクにかかるより早く空中で静止する。シャボン玉みたいに赤い球がふわふわ浮かぶ光景は、影に侵食されたひび割れた世界の中にあって不気味さを掻き立てる。


  『ナイトメア』にコハクの足下から吐き出される影が集中する。私は走ってた。足裏にへばりついてた影から解放され、痛む身体を叱咤する。

  固まる『ナイトメア』の巨体の下に滑り込むように反対側へと移動する。私の目の前に、瓦礫の山に埋もれたフジシマが倒れてた。


  『…ィ……ママ、タスケ……テ。』


  顔面を潰されながら、這い上がってくる影に侵されながら、『ナイトメア』の身体がひび割れ始める。夢の世界同様に--


  「……“私”を、返して。」


  せんべいみたいに潰れて砕けた『ナイトメア』の顔面が下がっくる。コハクはそんな鬼面に細い指で触れていた。

  挟み込むようにひび割れた肉の間に指を食い込ませる。メキメキと音を立てる顔から何かを掴み取り引き出した。


  引っ張り出された“それ”は、実態のない黒い霧の塊のよう。掴み取ったコハクが腕を引くのに合わせて、『ナイトメア』の身体からそれが引きずり出された。


  『ヤメロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』


  夢の世界が音を立てて崩れ落ちる。世界の崩落からフジシマを守るように身を丸くして覆いかぶさった。

 

  世界の壁紙が砕け落ちて、根を張るように張り巡らされた影だけが不自然に残る。地下鉄駅の形が崩れて、背景の向こう側の深淵が顕になっていく。


  ……っ、夢の世界が崩れるっ!


  このまま『サイコダイブ』が終わったら…コハクは?


  それでも動けなかったのは、振動と落ちてくる世界の欠片からフジシマを守るため……

  そして、この光景が普段の『サイコダイブ』の終わりと明らかに異なった様子だったから。


  『カエセヨォォッ!!ソレガナイトッオレハ“トクベツ”ジャナクナルッ!!ママノコドモジャナクナルゥゥッ!!!!』


  砕けた顔で『ナイトメア』が叫ぶ。苦しみ悶えるその身体は枝のように絡みついた影に拘束されて動けない。


  哀れな奪われ人を前に、コハクはもう『ナンバーズ』に興味が無くなったように背を向けた。

  鷲掴みにした黒い靄はコハクの腕に蛇のように絡みついて、霧散していく靄に従って体積を減らし続ける。

  消えていく存在をコハクは見つめて、口を開いた。


  崩壊した世界の空を仰いで、黒い靄を口の中に運ぶ。

 

  大地震のような揺れに私は立つことも出来なかった。フジシマを抱く腕に力が籠る。

  咄嗟に自分の足下から引き出したフリントロック式のピストルをコハクに向けた。

  引き金にかかる指が震えた。銃口の先に見えたコハクの後頭部に、私は引き金を引けなかった。



  「--おかえり。」


 

  口に含んだ靄を呑み込みコハクが呟いた。コハクの顔から紡がれるコハクじゃない声に、影たちが称えるように湧き上がる。


  とっくに形の失せた夢の世界が、真っ黒な暗澹(あんたん)に包まれた--




 ※




  美希の精神パルスが異常に波打ち、No.06の反応が消えた。

  精神の重複を意味するパルスの重複が、コハクに三つもの反応を示し、それを最後に観測用のモニターは暗転する。


  夢の中で何が起こってるのかは分からない。分からないけど、『サイコダイブ』が継続されているのは確かなようだ。脳内の導入機からアクセスできるネットワークでは、No.06の『サイコダイブ』はまだ潜れる。


  「……これ、なに?」

  「06が壊れた。」


  ウチの口から零れた精一杯の一言にマザーは簡単に答えた。それは分かる。


  「……コハクは妃莉に乗っ取られたようだな。あの時と同じだ。」

  「シラユキの時ね。実。妃莉はシステムを統括する核…あらゆる『サイコダイブ』に介入可能だけど……」


  マザーはこの異常事態に不満げな表情。対してNo.01は心底愉しそうに笑ってる。


  「……コハクは妃莉の欠片を受け入れる器としては不適切…なまじ丈夫故に壊れることは無かったみたいだけど、自我は塗り潰された。『ナンバーズ』としては不適切よ。」

  「で?」


  マザーの視線がどんどん切れ味を増していく。やばい。

  それより二人は何を言ってるのか。置いてけぼりもいいとこだ。


  「今の観測……間違いなく06に預けた妃莉の欠片も奪われた。」

  「奪われた、という表現は適切ではありません。結局私たちの手の中ではあるので…コハクは『ナンバーズ』になりました。」

  「黙りなさい、04。」

  「噛み付くな環。なんだ?06に情でもあったか?」


  煽るようにケラケラ笑うNo.01。彼の低い笑い声だけが部屋に響く。


  「『ナンバーズ』になった?あれはシステムを統括してた妃莉が乗っ取ったの、意味わかる?」

  「だから?」

  「妃莉が自由になった。」

  「それは違う。バラけた十二の魂のうちふたつが融合しただけ。残り九つはまだ俺たちが持ってる。」


  ??どういうこと?


  「妃莉が全ての精神を手に入れたら自由だろう。だがひとつは行方知れず……仮に俺ら全ての欠片を奪われたとしても揃わない。何を焦ることがある?」

  「……よく喋るわね実、急にご機嫌ね。まさか、これを見越してたってことはないわよね?」

  「ちょっ、ちょっとっ!」


  ウチは二人の間に割って入る。制止しようとするNo.05を押しのける。


  「どゆこと?え?コハクはもう妃莉の欠片を植え込まれたん?じゃあ今フリーの10の欠片は?どうなんの?てか、06は……」

  「黙りなさい。」

  「……はい。」


  マザーの視線がウチに向かってウチは萎む。No.05が「だから止めろと言ったのに」みたいな顔してる。


  「環。お前は『ナンバーズ』の妃莉の欠片を全て妃莉に奪われ、『サイコダイブ』システムを制御できなくなるのが怖いのか?」

  「……。」

  「仮にそうなったとして、妃莉が“一人の人間”として蘇ったとして、何をそんなに恐れる?」

  「……実。」

  「お前の“娘”だろう?」

  「実っ!」


  マザーの声が一際大きく部屋の声を震わせた。マザーが声を荒らげることなんて今までなかった。


  「……05。」

  「はい。」

  「潜りなさい。06の欠片を回収して。」

 

  マザーからの命令でNo.05が慌ただしく部屋から出ていった。No.05をのんびりした様子で視線だけで見送った。


  何が起きてるのか分からない。分からないけど……


  ただひとつ、ウチの浅はかな考えはそれを上回る策謀にあっさり塗りつぶされたってこと……


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