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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第7章 巣立ちの朝
175/214

第7章 24 魔王

 

 ※




  --殴られ蹴られ、痛めつけられた身体が息をする度に軋む。のしかかったフジシマの体重で潰れそうだ。

  つんのめりながらも私は走った。視界を流れていく暗闇を疾走する。痛みに悶えて寝転がってしまいたいのを噛み殺して……


  コハクの声が聞こえた--


  視界も不明瞭な暗闇に、背後に居る“何か”から逃れるように突っ込むように突っ走る。

  遠くから聞こえるコハクの声が、精神汚染の幻聴なのかも分からない。


  分からないけど走った。


  そして--


  「--コハクっ!!」


  構内の広い通路で、二人の人影が対峙する。大鎌を構えたコハクに向かって、素手の男が駆け出した。


  雄叫びと共に拳が振るわれた。それを迎え撃つように、禍々しい黒い刃が闇で煌めいた。


  「--私らみんな人造人間っ!!試験管の中で産まれましたっ!!それでも僕らは兄妹ですってっ!!!!」


  「--言ってあげなよっ!!ごっこの妹にっ!!!!」


  状況も分からないまま見つめる私の目の前で、コハクの振るった刃が男の首を斬り飛ばした。

  コハクの背後に立った私の方まで血飛沫が飛んで、私とフジシマの顔に赤いペイントをぶちまける。


  「……コハク?」


  『ダイバー』が『ダイバー』を殺した。足下に転がった生首が夢の中だってのに生々しくて脚が震えた。


  「……っ、え?」


  立ち尽くす私にコハクが振り返った。ぜんまいの切れかけの人形みたいなカクカクした挙動で私を見た。


  一体何が起きたのか。彼も『ナンバーズ』の候補者なのか…事態の把握を急ぐ混乱した頭は固まった。

  --振り向いた顔を見て私は絶句した。


  頭からだらりと垂れた血の筋。潰れた右目…

  そして真っ赤に染まった眼球から溢れ出す赤い涙--


  尋常じゃないダメージの色。それよりも暗闇に浮かんだ彼女の貌は異様な威圧感と暴風のように、撒き散らされる狂気があった。


  「……あれ?……ヨミ?」

  「…コハク。」


  夢の中で目にした友人の姿。ダメージだけじゃない彼女のあまりの変化に私はなんて言えばいいのか分からなかった。

  私を見つめる彼女の瞳孔は赤黒く染まった白目の中で揺れていた。


  「……あれがもう一人?やばいんじゃない?私らも人のこと言えないけど…ヨミ?」


  私の背中でフジシマが硬直する両者を交互に見つめる。そんな二人を、焦点の合わないコハクの瞳が見つめて私は本能的に危険を察した。


  「……コハク、会えて良かった。その人は…何があったのか説明して…コハク?聞こえてる?」


  精神汚染か?今すぐ何とかしないと--


  動けと身体に命じるけど、私の手足は動いてくれない。ダメージ関係なしに、前に進む力が入ってくれない。


  「……?」


  カチカチ口の中で響く音に私はハッとした。私の奥歯が震えて噛み鳴らされている。


  ……怖い?


  「…ヨミ?ああ、ヨミ?……あれ?これって現実?」

  「おい……あの子なんかやばいんじゃない?あなたもやばそうだけど……本当に大丈夫?」


  まともに立てもしないフジシマが一丁前に人の心配。応じてやる余裕はなくて私は蛇に睨まれた蛙状態。


  怖いの?コハクが……?


  不安要素は多い。でも、現状いきなり震え出した身体の原因は、目の前のコハク以外にない。

  他に理由を探しても、『ナンバーズ』が追ってきてる気配はない。いきなり生じた震えの正体は、目の前の友人の異様な姿--


  私は、友達を見て、震えて……っ。


  事実に私は愕然とした。あんまりだ。でも、気づいたら声も出ない。


  --それくらい、目の前のコハクはコハクじゃないみたいだ。


  潰れた右目を見開いて、ボタボタと血涙を流しながら身体を揺らしてゆっくり近寄ってくる。一歩踏みしめる事に、ドロドロと暗闇に落ちた影が広がっていく。


  「ヨミ?ヨミ?……もしかして、聞いてた?」

 

  --コハクと、今まで通り接したい。


  --『ナンバーズ』には私がなるからね。


  --私たち、友達だ。だから、信じて?


  --コハクが今欲しいものって、なに?


  --だから出るんだ。



  --だめよっ!!


  頭の中で声が爆発した。

  完全にフリーズし、現実にない声を聴いてた。頭の中を叩かれたようなショックに一瞬意識が遠くに連れ去られる。


  「--走れってのっ!!バカヤロウっ!!」

  「……え?」


  耳元で炸裂する罵声に私の意識が帰還した。同時に首に回った腕が私を引っ張り首が締まる。

  そのまま背中のフジシマが後ろに体重をかけて私を引っ張り倒す。喉に痛みを感じながら仰向けに転けた私の視界が黒いカーテンに覆われた。


  「……っ!?」


  目の前に迫る“死”。その馴染み深い気配に私は素早く立ち上がろうとした。

  言うことを聞かない脚は応じずに派手に転けるけど、そんな私をフジシマが襟首掴んで引っ張った。


  直後私の居た場所がドロドロと拡散する影に呑み込まれた。地面を侵食していく影からは小さな黒い腕が無数に生えだし虚空を掴もうとしている。

  まるで影の中に囚われた被害者達が、抜け出そうともがくように--影の増幅に伴い漆黒の底なし沼から悲鳴のような声が漏れ出てきた。


  --まさに現界した『地獄』。きっと地獄って言うものがあるのならこんな感じだ。


  悪夢を地獄に塗り替えるのは、影の発生源で立ち尽くし頭を抑えるコハクだった。


  「……いや、違う……っ、そんなつもりで言ったんじゃ……っ。」

  「コハクっ!」


  手を伸ばす私をフジシマが力いっぱい引っ張った。


  「離してっ!!」

  「正気かっ!?逃げるよっ!あんなのに構って--」

  「友達なんだっ!!」


  荒らげた私の声にコハクがぴくりと身体を揺らした。

  直後、薄く広がっていく影がぶくぶく泡立ち、まるで高波のように盛り上がってきた。


  「ちょいちょいちょいちょいっ!!」


  怯んで後ずさるフジシマを振りほどいて、私は頼りない足取りでコハクの方へ--


  --ダメよ。


  「うるさいっ!なんなんだっ、さっきからっ!!」


  --もう遅い。


  「黙ら黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ!!」


  --奪われる。


  「--大丈夫。ヨミ、ハルカ、シラユキちゃん…」


  震える声が伝搬する。広がる影からコハクの震えた悲鳴が飛び出して、私たちの鼓膜を震わせた。

  鼓膜の振動に応じるように私の胸がギシギシ軋む。目の前がチカチカ点滅して、訳の分からない光景が目の前を駆け抜ける。

  現実では無い、不気味な絵画のような……

  地面に足を縫い付けられたみたいに、私とフジシマの動きが止まる。


  「私たち、平気だ、全部全部、作り物だったとしても--だって……」

  「--コハクっ!!」


  影の中央で顔を手で覆うコハクに、私は力の限り叫んだ。

  なにが起きてるのか分からない…でも、ここで手を伸ばさないと--


  きっと一生後悔するっ。


  「--みんナずっとっ、トモダチだかラッ!!!!!!!!」


  覆ってた手をどけて両腕を広げる。明かりのない天井を仰ぐ顔はぐちゃぐちゃに歪んでた。

  まるで舞台に立ってファンを魅力する大スターみたいに、コハクは影の闇の中央で力強く、不安定に歪んだ笑顔で叫んでた。




 ※




  参加者の精神パルスが大きく歪んでいく。いや、夢の世界にそのものが悲鳴をあげるように、構築された仮想世界が、安定を欠き不安定に歪み出す。


  夢の中で何が起きてるのか分からない。ただ、ウチの目にはっきり映ったのは--


  世界を構築する“意識”と、コハクの精神パルスの波長が、全く同じ形に同調し激しく波打ってる。

  コハクが『サイコダイブ』そのものになったみたいな……


  --コハクは姫莉が選んだ……


  No.01の言葉にゾッとした。

  異常を示しだした波長。不安定化する精神。そして……


  「……コハクは?」


  ウチのか細い声は暗い室内に吸い込まれて溶けた。吐き出した息が熱くてびっくりする。


  「……すげぇ。」


  モニターを眺めるNo.01が感嘆の声をあげた。まるで恍惚のため息を漏らすように…No.04も、05も、ただ一点をじっと見つめている。


  大きく波打ってたコハクの波長が、まるで水平線のように一直線になる様を……


  「……あらら、完成しちゃったわ。」


  マザーはグラスの中のワインを揺らして上下する水面を楽しみ…


  「--新しい『ナンバーズ』。」




 ※




  天井につくほど盛り上がる影がそのまま上からのしかかってくる。高波のように眼前に迫る影はまるで襲いかかってくる山だ。


  「--やばいっ!!」


  フジシマの悲鳴を最後に、私の視界が本物の黒一色で埋め尽くされた。

 

  --身体にまとわりつく感触は何も無かった。ただひたすら、真っ黒だった。


  --だめよ。だめよだめよだめよだめよだめよだめよだめよだめよだめよだめよだめよだめよだめよだめよだめよっ。

 

  頭の中で声がうるさい--


  真っ黒な視界がバチッと散った。目の前で線香花火が光ったみたいだった。


  --数百、数千……

  頭がパンクする情報量が押し寄せる。しかも同時に--


  --ありがとう。

  --名前は?私はハルカ…

  --気持ち悪い。

  --その顔を見せないでっ!

  --コハク。

  --あなたもいい子……長生きしてください。

  --コハクのお母さんは……

  --偉そうに…犯罪者の娘がよ。

  --アリガトウ、ヨミ。


  バチバチ、バチバチ--

  バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ--


  脳みそが割れそうだ。神経が焼き切れる。身体の感覚が曖昧になって、自分がどういう状態か分からない。


  私と、私じゃない記憶がごちゃごちゃに混ざりあって……


  --だめよ。

 

  --見てはいけない。あなたは、あなた……


  ……うるさい。あなたは……あなたは誰?


  --私は……


  --あなたのトモダチ。


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