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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第7章 巣立ちの朝
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第7章 22 『量産機』

 

 ※




  男は黒いくせっ毛に赤い目で、どことなく黒猫を彷彿とさせる容姿だった。

  クロエやNo.04同様の、宝石のような赤い瞳が、どこか不吉さを抱かせた。どうしてか目の前の男を“人”として認識できない。まるで非現実の中にいる存在と対峙したみたいだ。


  「ぼさっとしてるな、入れや。」


  私をわざわざ玄関先まで出てきて出迎えた男は、道を開けて私を中に招いた。


  外観に違わず、館の中は広い。玄関先からすでに、ホテルみたいな大きな階段が覗いていた。


  「……どこ?ここ。」

  「俺らのマザーの家だよ。」


  『ナンバーズ』のマザーの家…『ナンバーズ』は学園の理事長の直轄……


  「……マザーって?」

  「うるせぇなぁ。天照学園の理事長だ。今は留守にしてるから、楽にしろ。」


  男の後に着いて案内されたのは、一階の奥にある応接室だ。こじんまりしてるけど、内装や家具は装飾が凝っていて高級感がある。入るだけで萎縮する。


  「座れ。」


  男はソファに腰掛け対面のソファを指し示す。私はテーブルを挟んで彼と向かい合う。


  「……04、茶でも淹れてやれ。さて……お前がコハクか。ふぅん、話に聞いてたより……」

  「……?」


  男は私を上から下まで観察して、ニヤリと口を歪ませた。なんだか気味が悪い。


  「自己紹介が遅れた。『ナンバーズ』の第一席。No.01だ。」

  「あなたが私をスカウトした人?」

  「そうだ。話は04から聞いてるな?お前は空席になったNo.10の椅子に座れ。」

  「話が飛躍しすぎて分からないんだけど……いきなり過ぎない?No.10は他の子に決まったんじゃないの?」

  「……はっ、おしゃべりな奴がいるな。誰から聞いた?」


  目の前のテーブルにNo.04の持ってきたコーヒーが置かれる。彼女はコーヒーを二人分テーブルの置いてすぐにNo.01の後ろの控えた。


  「ちゃんと説明がないとな……」

  「お前に状況の理解など不要……だが、まぁ順を追って話すか。まず、最近行われた『サイコダイブ』でNo.10が壊れた。そこでその代わりとして白羽の矢が立ったのが、お前らがこの前“勝手に”潜ったヨミって奴だ。」

  「……どうしてヨミが?」

  「推薦でな……だが、俺は納得してない。が、理事長が勝手に決めちまった。」


  決まってるんじゃん。


  「No.10が壊れた時点で俺は候補者を絞ってた。こっちとしてはそいつを『ナンバーズ』に入れる予定だった--それが…」

  「……私?」


  体温がグンっと上がる。無意識に触れたコーヒーカップの冷たさに、少しだけ上昇した体温がクールダウンした。


  「……えっと、でも理事長さんはヨミに決めたんでしょ?」

  「だから?」

  「だからって…」

  「俺はお前を『ナンバーズ』に入れたいと思ってんだ。分かる?」

  「……いや…あのさ、私の意見は?」


  私が当たり前の主張をすると、No.01は意地悪そうな笑みを浮かべて私を睨めつけた。


  「そのヨミの方はいい返事をくれなかったようだぞ?あいつは『ナンバーズ』には入りたくないってさ。」

  「私も別に……」

  「お前らはヨミへの“無断の”『サイコダイブ』で処罰対象らしいぞ?」


  ……は?


  「無断って…私たちはクロエと--」

  「黙れ。お前とシラユキ、それにハルカ…だったか?三人にはペナルティだそうだ。環が何をする気かは知らんけど……」

  「無茶苦茶だな。そんなの私たちの方は知らな--」

  「『ナンバーズ』になれば特権階級だ。ペナルティも免除だろう。」


  No.01のわざとらしい発言に私の中で急速に頭が冷えていく。ひどく冷たい気分になっていく。


  「……交渉下手だなぁ。知らないよ、そんなの。もし処罰があるって言うなら私もちゃんと受けるよ。」

  「お前だけの話じゃないし、他のやつも免除だ。それにこの話はヨミにも理事長からしてあると思うぞ?」


  ……こいつ。


  「……端からそういう話か。ヨミは勧誘されたんじゃなくて強制されてるんだ?」

  「それは捉えようだ。だがヨミが加入を決めたとして、それは自分の意志じゃないってことさ。そこで--」

  「……乗り気がしないなぁ。」


  彼が全部言い終わるより先に私は噛み付いた。これ以上付き合う気はないという意志を示して彼から視線を逸らした。


  「……。」

  「面倒くさそうだし。そんな強引な手を使ってくるなんてなんだかきな臭い。私は遠慮する。」

  「……へぇ。」


  コーヒーを啜るNo.01の視線は冷ややかだ。私に対する興味がどんどん失せていくような…

 

  「いいのか?危険を冒してまで助けた友人だろう?そんな友人が、望んでもない場所に押し込まれようと--」

  「そう思うならやめてよ。」

  「参ったな。強情だな。」


  ふぅっと息を吐き出すNo.01は天井を仰ぐ。私から視線が外れた瞬間、部屋の中の空気が弛緩した気がする。


  「……『ナンバーズ』になれば色んな特権がある。あらゆる束縛を受けていたお前たち『量産機』が、人並みの、いやそれ以上の自由を得られるわけだ。」

  「……『量産機』。」

  「お前が考えてる程悪いものでもないぞ?」

  「その『量産機』っていうのは、私たちはのこと?酷い言い方だなぁ。私たちは壊れても替えのきく、量産型ってこと?まるでライン生産されてる機会みたいな言い方。」


  私の言い放った言葉は、私には加入の意思がないってことをアピールする為のポーズだった。とにかく反抗的な態度で頑なに拒否する。

  しかし、私のそんな台詞に彼は何か反応した。逸れてた視線が私に再び集中する。私の胸の辺りがズンッて重くなる。


  「……そうだな。お前たちは『量産機』。量産可能な作り物……だがお前はその中でも特別になれる。」

  「……?」

  「お前、自分の過去を覚えてるか?この学校に来るより前だ。」

  「……いいや。それが?」

  「もしお前が『ナンバーズ』に入れば、お前の“過去”を返してやる。」


  ……私の、過去…?


  「試してみるか?ヨミが加入したら見ることになる現実だ。」




 ※




  --No.01の抽象的な言葉に釣られて私は彼の後を追って館を出てた。

  雨は小雨になってた。おかげで少し視界も晴れて敷地の全容もよく伺えた。館の敷地はとても個人で所有できるレベルでは無いくらい広かったみたいだ。敷地外の景色だろうと思ってた風景が、敷地を覆う鉄柵の内側にあるのが分かった。


  再び車に揺られて数十分。着いた先で私は目隠しをさせられた。手を引かれて私は先に進む。途中エレベーターに乗ったらしく上か下に行く感覚があった。どちらにしろ随分長い時間乗ってたと思う。


  エレベーターから降りてしばらく歩かされた。目隠しの向こうが明るくなってきて、私はそこでようやく目隠しを外された。


  --見るんじゃなかった。いや、見たくなかった。


  「--着いたぞ。」


  訳も分からぬまま連れていかれた先、No.01とNo.04の立つ先は、白い扉に隔たれ、その前に一人の少女が立っていた。


  入院着のような衣服に身を包んだ少女。

  足下にまで届くほど伸びた白い髪の毛、真っ白な肌、サファイアのような瞳--


  「--シラユキちゃん?」


  雰囲気や髪の長さは違うけど、目の前に立ってるのは間違いなくシラユキちゃんだった。


  「……お前の知り合いじゃないぞ?恐らくはお前の知り合いの--試作機、プロトタイプだ。外人の遺伝子を使ったのはこれが初めてだからな。」

 

  ……プロトタイプ?何を言ってる?

 

  「シラユキちゃん?なんでここに?どうしたの?」


  私が詰め寄って肩を掴んで揺さぶっても、声をかけても、彼女はまるで人形のように生気のない目で私を見ているだけで反応しない。


  「……無駄です、我々以外の呼び掛けには応じないようになっています。」

  「……何をしたの?」

 

  No.04の言葉に私は腹の底が熱くなっていくのを感じてた。並行して頭と視線は冷ややかになっていく……


  「何もしてません。彼女にはまだ記憶を与えてませんので、人形と同じです。」


  記憶?人形?


  「--何したの?」


  言葉に感情を激しく込めて追求する。背後の二人はそんな私とシラユキちゃんを道化でも見るような視線で見つめていた。


  「--お前ら……」

  「開けろ。」


  私を無視してNo.01が命じた。その声にシラユキちゃんは応じて私の手を離れた。

  身体を私から離して後ろを向くシラユキちゃんは、本当に機械みたいに淡々と、扉の電子ロックを指示通りに解除した。


  真っ白な壁のような扉が開き、その先の光景が私の視界に飛び込んだ--


  「……。」

 

  なんの説明もない状態では、目の前のこの施設が何なのかは察しが悪い私では分からなかった。あるいは、分からない方が良かった。


  扉の先の空間は、奥が見えないほど広大で、野球のスタジアムくらいあるように感じた。

  二階建てになってて、眼下には同じくらいの面積の施設が同じように広がってる。

  壁も天井も真っ白で眩しい空間では、バスタブみたいな機械がひたすら等間隔で同じように並んでる。容器の中は拘束具のようなベルトが設置されてて--


  その中には、人がいた。


  みんな若い女--それも同じような、いや同じ容姿の少女たちが一列ずつ並んでる。隣の列には別の顔をした少女がまたずらりと……

  そんな光景がずっと、広大な施設を埋めつくしてた。


  --クローン。


  私の頭に真っ先に浮かんだのは、そんな単語だった。


  「……みな稼働前の最終調整中だ。この中で記憶が定着するのは、恐らく各モデル一体ずつ……」

  「……各、モデル?」


  No.01の不穏な発言に私の身体がじっとりと汗で濡れた。室内は異様に寒いのに。


  「列ごとにモデル分けしてある。同じモデルは、同じ遺伝子を使って器を作ってる。最低限の人格形成--言うなれば“魂”とでも言うものだが…その魂--器の中身が定着すれば、『量産機』として稼働可能だ。」

  「……『量産機』。」

 

  No.01の発言は、そのまま『人間を造ってる』って言ってた。

  そして私たちのことを『量産機』と--


  「……私、たちは……」


  私は感情が追いつかなかった。とにかく驚いてた。でも、それ以外のこの胸の中に湧き上がるものが何なのか頭の理解が追いついてない。

  自然漏れた声はただ震えてた。


  「……ここで、造られたの?」

  「……いえ。」


  答えたのはNo.04だった。その返答はなんとも無慈悲にも私に現実をよりはっきりと突きつけた。


  「あなたが造られたのは長野の第三工場…製造ナンバーは0126号だと記憶してます…」


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