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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第7章 巣立ちの朝
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第7章 7 クロエの冒険6

 

 ※




  No.03と一緒に車に乗り込んできたのは、ずぶ濡れの女の子。

  車から一部始終を眺めてたけど、三人相手に臆せず殴り掛かるあたり、結構図太い神経をしてる。見かけによらない。


  そんな勇ましい女の子は、見たところただの女子中学生。


  長く伸ばした流れる黒髪、艶やかだけど、枝毛が多い。最低限の手入れしかしてねーって感じ。

  色白な肌に、吊り上がった目。鋭い印象の黒い瞳には抑えきれない感情の奔流があった。

  キリッとした瞳に通った鼻筋、黒いマスクで口元を隠してるから全貌は分かんねーけど、結構美人。歳より大人びてみえる。


  身長はウチやNo.03と並んだら頭一つ分小さく、細い手足のせいで見た目よりずっとチビに感じる。

  細い身体を包むセーラー服は、髪や肌と同様に泥や雨で汚れて、彼女の鋭い双眸も相まってなんとも凄まじい印象を受ける。なんか歴戦の戦士っぽい。


  「ただいま。」

  「……おう。」


  奥に座るウチの隣に女の子を乗せて、女の子をウチと自分で挟むようにNo.03が乗車する。

  二人が乗ったのを確認した気の利く運転手は無言のまま車を発進させていた。


  突然知らないいじめられっ子との同乗。しかし、この子がNo.03の言ってた子には違いない。

  まさかこれでただ拾っただけの知らない子なんて言ったらまじ張り倒す。


  「ここに居ると思ったよ美希(みき)。今日もいいいじめられっ子っぷりだったぞ。」

  「……。」

  「実は探してたんだ。」


  ムスッとした表情で運転手の背もたれを睨みつける彼女--美希は、ウチやNo.03に一瞥もくれない。


  いやまぁ、あんだけフクロにされた後だし……


  「……03、この子とはどーゆー関係?ダチ?」

  「隣の頭悪そうなのは私の妹でね。実は今日は彼女が君に用があるんだよ。」


  ウチをガン無視してついでにふくれっ面の美希もガン無視して一人饒舌に話し続けるNo.03。


  「……妹?全然似てない。あと、友達じゃない。」

  「……おう、悪ぃ。」


  すげー睨まれた。


  「はじめまして、ウチのことは……クロエって呼んで。よろしくな?」

  「よろしく?やだよ。誰?」

  「03、とんがってんな〜こいつ。大丈夫かよ?」

  「知らないよ。」


  まじでこいつとNo.03の関係性が気になる。まぁどうでもいい。

  問題なのはこいつが『サイコダイブ』適正を持ってるかどうか……それが目的だし。


  「……私になんの用事?会ったこともない人が……」

  「……なぁ?ウチ高二で歳上なんだけど?」

  「は?」


  美希の瞳が細められ、悪人面がウチを威圧する。マスクに喧嘩の跡とまじでヤンキー中学生。怖……


  「お友達になりたいそうだ。私と、君みたいにね。いいだろう?」

  「あ?お友達?誰と誰が?」

  「09、この子は藤島美希(ふじしまみき)。とある事情でいじられてる可哀想な女の子だ。お前の探してた子だよ。」

 

  と、少女の濡れた肩をバシバシ叩いてNo.03はウチに彼女を紹介する。


  「……適正は?あんの?」

  「あるさ。きっとお前にとって都合のいい素材だろう……」

  「調べたのか?」

  「いいや?」

  「おい。」


  当人を挟んで説明もせずにベラベラと内緒話をするウチらに、当人は露骨に不快感を表情に滲ませてる。それでも会話に入ってこようとしないあたり、まじでどうでもいいんだと思う。


  そうこうしてるうちに、車は団地の前で停車した。


  「……ありがと。」


  ぽつりと言ってから美希は足下に置いたカバンを手に取った。それと同時に素早く降りてきた運転手が後部座席のドアを開いて傘を差し出す。


  「着いたよ、09。ここは彼女の家でね。」

  「……へぇ。」

  「よくいじめられてるから、送ってあげてるんだ。」


  ウチとNo.03が、運転手の傘に入る中、一人美希は濡れるのも構わずズカズカと団地の駐車場を横切って住棟を目指す。


  いくつかの住棟が連なった団地は、大きな県道沿いに設計されていた。

  最近ではあまり見ない団地の光景はどこか懐かしさすら感じさせる。近年では高度経済成長期に建てられた多くの団地は、老朽化に伴い幾度かの建て替えの後、そのほとんどが取り壊されたらしい。

  犯罪率の急激な上昇も相まって、セキュリティ面での課題を抱えるようになり、よりセキュリティの万全な集合住宅の台頭でその数を減らした。

  高齢者が多く、前時代的な施錠のシステム--それらを一新するのにかかる費用。こういった事情が、こういった体系の集合住宅が時代から取り残されるようになった要因だ。


  住棟は一棟五階建て、美希の家は最上階みたいだ。

  狭っ苦しいエレベーターに三人仲良く入ると、美希が嫌そうな顔をした。


  「……え?なに?」

  「おじゃまするよ。大事な話があるんだ。」


  ウチとNo.03の顔を交互に見つめてますます顔を歪ませる。


  「そんな嫌がんなくてもいーじゃんか。ダチになろーぜ?」

  「……あ?」


  ……一々対応がこえーんだよなぁ。



  聞いたところNo.03は何度かおじゃましたことがあるらしい。


  「友達だからな。」

  「……だから、勝手に付きまとってるだけじゃん。まじでやめて。」

  「何を言う、送ってもらって助かったろう?」


  後ろを着いて歩くウチらに大きなため息を吐いて、美希は玄関の扉を開けた。やっぱり扉の鍵は、今時珍しい鍵を鍵穴に差し込んで開くタイプ。電子ロックと生体認証が主流の昨今、防犯面での頼りなさが目立つ。


  「--ただいま。」


  美希が扉を開けて帰宅する。ウチらもそれに続く。

  玄関先には、スリッパが一足並べて置いてあった。美希はそれを踏みつけないように跨いで靴下のまま上がる。


  「母さんは……仕事出たか。」

  「「おじゃましまーす。」」


  美希に続いて上がり込むウチらにまたしても露骨そうに嫌な顔をする。


  「チッ!」


  ついでに舌打ち。なんでそこまで嫌うん?初対面じゃん?


  「……お茶淹れる。適当に座ってて。」


  ウチらを狭い畳張りの居間に通してから、美希はつかつかと奥に消えていった。

 

  内装も一昔前の住宅のそれ。この建物自体建ってから時間が経ってるんだろう。居間の奥のベランダへ出る為の引き違い戸の鍵もクレセント錠だ。


  「03、家族は?」

  「母子家庭だ。母親は水商売をしてる。」


  うわぁ家庭に色濃く差す影の予感。


  「やべえ、絶対親子仲険悪じゃん?それ。」

  「そうでも無い。仲良くはなさそうだけど、お互い嫌ってもない。そんな感じに思うよ。まぁ、母親とは会ったことないけど。」

  「あのなぁ?親子ってのはそんな他人みたいな距離感じゃねーって。」

  「お前に親子が分かるのか?」

  「分かりますよ?ウチにも昔は居たっつーの!」

  「……今の発言、マザーが聞いたら泣くよ?」


  泣かねぇだろ?あの人泣くとかあるん?


  No.03とヒソヒソ話してたら、トレイに麦茶を乗せた美希が戻ってきた。

  泥だらけの服は着替えたらしく上下白のジャージ姿だ。ますますスケバン感がある。そのマスクどうにかしろ。


  「お茶。」

  「どーも。暑いからエアコンつけて?」

  「ない。扇風機ならそこ。」


  No.03を冷たくあしらいながら小さなちゃぶ台を挟んでウチと向かい合う。彼女の視線は終始刺々しく、初対面のウチのことをまるで親の仇みたいな目で見てくる。


  「なんの用事?」


  ……まぁ、考えてみりゃいきなり現れた女が「友達にして!」なんて、まともな感性持ってたら不審がるか……


  さてどうしたものか。

  『ダイバー』になってくれなんていきなり頼んでも頭おかしいやつだし……かと言って回りくどいことしてる暇無いし……


  それとなく助けを求めてNo.03の方をちらりと見るけど、こいつはもう扇風機に夢中だった。


  「なんの用事?」


  立て続けに繰り返す美希。苛立ちが声に篭って隠れてない。


  「用がないなら帰ってほしい。私は知らない人と友達にはなれない。」

  「なんだよ〜、つれねーなー。こいつとはダチでウチとはダチになれねーって?」

  「友達じゃない。」


  まじでどういう関係?


  落ち着けウチ。何はともあれ、勧誘するにもこいつの『ダイバー』の適正を見ねーことには始まらねー。折角『ナンバーズ』加入を取り付けて、いざ試験の時に夢にも潜れませんじゃお話にならねー。


  ……いや、どうやって?


  「……さっきのやつらさ、なんできみと喧嘩してたん?」


  ……いきなりズカズカ行ってもしゃーねー気がする。ウチは慎重に距離を詰めることを選択する。


  「……。」

  「無視ね。」

  「なんでそんなこと話さなきゃいけないの?見ず知らずのあなたに……」


  美希の顔がみるみる不機嫌になってくる。吊り目がさらに吊り上がり、眉間に深いしわが寄る。地雷を踏み抜いた。今にも殴りかかって来そうな雰囲気だ。


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