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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第7章 巣立ちの朝
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第7章 6 クロエの冒険5

 

 ※




  店内でウチと話してる間に携帯電話で付き人でも呼び出したのか、ウチらが雨の中店を出る時には、路肩に黒塗りの外車が停まってた。

 

  「雨降ってるし乗っていこう。」


  強くなってきた雨足の中後部座席のドアを開けてくれる黒服の運転手。ウチとNo.03は車内に入る。


  「ささ、話したまえよ。」

  「の前に、これ目的地どこ?」

  「それはお前の返答次第。どーせあてもないのだろう?」


  なんでこいつは今回に限ってこんなに関わりたがるの?普段は顔も見せねーくせに。


  「……話しおもしれー事でもないし……てか、誰にも内緒な?」

  「素晴らしい前振りだね。おい、聞くなよ?」


  カーテンで仕切られた運転席に無茶ぶりを飛ばす。No.03の冗談めかした指示にも運転手は律儀に短く返した。


  事前に目的地を指示してたのか、特にNo.03の口から指定がないにも関わらず、車はゆっくり進み始めた。


  「それで?どうして候補探しにこんなにやる気なんだ?」

  「……ダチだから。」


  ボソリと返したウチの答えに、No.03は不思議そうに首を傾げて見せた。


  「……ダチ?」

  「そ、ダチ。ダチにめーわくかけちまったんだよ。だから。」

  「ダチって?」

  「……ヨミちのこと。」

  「ヨミち……」


  No.03は短く説明するウチの言葉に驚いた顔をしてた。説明の内容というより、ウチの口から『友達』なんて単語が出てきたのに驚いた様だ。


  「……『量産機』が友達か。」

  「んだよ。お前だって学校じゃいい先輩やってんだろ?」

  「そうでも無いけど……それで?友達が『ナンバーズ』はダメか?」

  「……本人がやだって。ウチが勝手に推薦したんだよ。」


  自分で言葉にしてみて、我ながら何をやってるのだろうかと思う。身勝手で嫌になる。


  いっつもウチは考えが足んねーな……


  「ほほう、勝手に推薦して本人に嫌がられて困ってると……で、代理を見つけてくるという訳だ?」

  「そーそー。」


  これ以上話してたくないからさっさと切り上げたかったけど、ちらりと覗いたNo.03の顔は楽しそうに笑ってた。

  いい退屈しのぎを見つけたって顔してる。


  「……変わってるね、お前。その『量産機』ってどんなやつだ?」

  「いーじゃねーか別に!ちゃんと話したぞ?約束守れよ?」


  ウチが念を押すと、分かった分かったとNo.03はへらへら笑う。やっぱ心配だ。


  「それで、03の紹介してくれるってやつは?どんなやつ?男?女?歳は?」

  「女。中三。ただの学生だよ。」

  「そいつ、『ダイバー』の資質持ってんの?テキトーな人柱じゃ意味ねーんだけど?コハクって『量産機』がすげー優秀なんだわ。」

  「……大丈夫だろ。ちゃんとイカれてるよ。」


  窓の外で濡れるアスファルトを眺めながら彼女はそう言って笑ってた。


  --ただの学生。No.03のその言葉がウチの中に棘として引っかかる。

  申し訳ないという気持ちがあった。無関係なのに、これから面倒事に巻き込もうとしてる。


  でも--仕方ねーな。運がなかったんだろ。


  ウチは一瞬チクリと傷んだ良心を振り払う。ここであっさり切り替えられるのが、ウチが今日まで人の身体で図々しく生きてこれた要因だから--




 ※




  --鏡よ鏡よ鏡さん。世界で一番美しいのはだあれ?


  小学校の頃東京に出てきて、もっと都会だと思ってた東京が郊外だとこんなものかと知った時は、ほんの少しだけ落胆した。

  ドラマや映画に出てきそうな河川敷を、ミミズの入ってた靴で歩く。


  下を流れる川の流れは雨のせいか早くて、いつもは穏やかな水面も今日はドブみたいに濁って見えた。


  学校のトイレで女子たちが化粧してた。

  校則違反だけど、先生たちは何も言わない。面倒くさいからだ。生徒の校則違反を注意したって、自分たちの給料が上がる訳でもない。


  そのくせ合唱の練習の時は、「マスクを外せ」と執拗に言ってくる。

  顔面に絵の具を塗りたくってる女子はよくて、顔を布切れで隠してる私はダメなんだ。


  私に注意--いや、嫌がらせしたその先生は、私に殴られて養護教諭のところに行った。鼻から血が出てた。


  私の顔のことは知ってるくせに、何度も何度もしつこく言ってくる。だから殴った。

  私が悪いんでしょうか?


  「みーきーちゃん。」


  傘をさして一人歩く私の背中に、名前を呼ぶ声が飛んでくる。悪意に満ちた響きに私はマスクの下の口を歪める。


  振り返った先には、三人組の女たち。みな制服を着崩してカバンにはストラップやら何やらをジャラジャラ付けてる。


  “かわいい”は“かわいい人”にしか似合わないんだ……


  昔、母さんの化粧品を隠れて使ってみた。バレた時母さんに思いっきりぶたれた。「みっともないからやめろって。」


  女の子が化粧してみっともないだって、救えない。

  この子らも、校則で禁止されてる化粧を黙認されてる。かわいいからだ。

  ……それで私はかわいくないと。


  「一人でどこ行くのー?」

  「毎日一人じゃん?」


  かわいい彼女らが私を取り囲む。耳障りな笑い声がケラケラと聞こえてくる。視線を伏せた私の視界で、足下の水溜まりが雨に打たれて波紋を広げてた。


  「……帰るの。」


  私のシンプルな返答にも、何が面白いのか女たちは笑ってた。


  「あ、そーそー。あたしらからのプレゼント、気に入ってくれた?」

  「……あ?プレゼント?」

  「あれ?気づかなかった?靴の中に入れてたじゃん?」

  「もしかしてそのまま履いちゃった?キモ。」


  ケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラ。


  ……靴にミミズ入れたのこいつらか。


  「てかこいつ、今日も職員室呼ばれてたよね?」

  「まじで何やらかしたの?」

  「顔がキモイから学校来ないでくださーいって?ギャハハッ!」


  ……気分が悪い時、心のモヤモヤを晴らすのは簡単だ。

  拳を握って前に突き出せばいい。私はちょうど正面に立ってた女の顔にパンチを打ち出した。

 

  バチンッ!といい音がして女の顔面が私の拳で潰れた。低い鼻の頭が赤くなって鼻血が噴き出す。せっかく白く塗った顔が台無しだ。


  「……あ?」

  「ふざけんなよてめぇ!!」


  無言で殴りかかった私を、取り囲んだ二人が蹴っ飛ばす。

  こかされて濡れた地面に叩きつけられ、上から容赦なく蹴られる。顔も腹もお構い無しだ。


  「キモいんだよ!」

  「チョーシ乗んなや!マジ殺すぞ!?」

  「死ねよ!!死ね!!」


  かわいい顔してたって、普段へらへら笑ってたって、こいつらの本性なんてこんなものだ。

  ……全然、かわいくなんかない。


  蹴っ飛ばす一人の脚を掴んでそのまま引っ張る。無理やり転けさせた女の上に馬乗りになって私は上から顔を殴った。


  「なっ!?てめ……っ!」

  「離せや!!」


  他の二人が引き離そうとする中、私はひたすら拳を振り下ろす。


  顔、顔、顔、顔、顔--

  ひたすら顔面を殴る。叩く度拳が痛む。私の細くて頼りない指に固められた拳。人の顔ってこんなに硬い。


  「まじでふざけんなっ!!」


  女の一人がカバンで私の顔を殴った。目の前がチカチカして、私は思わず後ろに倒れ込む。

  どんなに凄んだって、威勢よく喧嘩したって、私は所詮ただの女子中学生。

  漫画やアニメの主人公みたいに強くない。三人から寄って集って殴られ蹴られ、勝てっこない。


  「……キモくて悪かったね。キモイからこうやって顔隠してるんだ。毎日コソコソ生きて、これ以上何が不満だって?」

  「何ボソボソ言ってんだよ!」


  せめて吐き捨てた心の声も、上から傘で殴られてあっけなくかき消される。口の中が切れて血の味が広がる。


  しばらくそうして袋叩きにされて、奴らの気が住んだ頃私は放置された。


  「明日覚えとけよ。」


  顔中化粧してアクセサリーでギラギラ飾ったかわいい女の子の口には相応しくない台詞を吐きながら彼女らは立ち去っていく。


  ……あれがかわいい女の子。


  あれだったら私のがずっとかわい気があるってものだ。あれじゃチンピラじゃないか。


  随分痛めつけられたらしい。セーラー服はビリビリに破けて、泥だらけだ。傘もひしゃげてて使い物にならない。


  「……はっ、化粧してなくてよかった。」


  濡れて帰らなきゃ…化粧なんてしてたら雨で台無しだ。


  それくらいの強がりは口から出てきて私は安心する。大丈夫だ。今日も折れてない……


  アザだらけの身体を起こしてカバンを拾う。びしょびしょだ。

  こんなタイミングで雨足が強くなってきた。私はうんざりしながら帰路に戻る。


  足下の水溜まりに映る歪んだ私の顔の像をぼんやり眺め、思わず私は脚を止めてた。


  「……鏡よ鏡よ鏡さん。世界で一番美しいのはだあれ?」

  「--“美しい”の定義も人によるし、そんな質問されても鏡さんは困っちゃうと思うけどな。」


  ……すごくすごく空気の読めない横槍が私の独り言をぶっ刺した。感傷に浸りブルーになってる私の心がブルーからレッドに変わる。


  「……ストーカー野郎。」

  「野郎は失礼だ。私はレディだよ?」


  声の方に振り向いて悪態を吐く私に、傘の下で忌々しい美貌を覗かせる女が笑ってた。


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