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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第7章 巣立ちの朝
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第7章 5 クロエの冒険4

 

 ※




  --昨日からこっちはずっと雨だ。


  傘をさしながら歩く館の庭園、緑の芝と庭の木々は空から降り注ぐ恵に生き生きと背を伸ばす。薄暗い空とは対称的だ。


  結局何しに来たのかもわかんねーままウチは館を後にする。

  自体はよりめんどくせー方向に向かってしまった。最悪だ。


  獣たちの視線を横切って一人とぼとぼと中庭を歩くウチの背後で、水音を交えた石畳を蹴る音が聞こえてくる。


  「おーい。」


  呼び止めるように飛んでくる声。庭にはウチの他に人影はなく呑気な呼び声がウチを呼んでることは明白だ。

  ウチは振り返った。


  「おーい。」


  庭の石畳を傘をさして走ってくるのは、長い白髪をなびかせるNo.03だった。


  「もう帰るのか?」

  「おー、用は済んだから。」


  追いついてきたNo.03にウチは張りのない声を返した。そんなウチの声音と表情に、彼女も成果を察して同情の多分に篭った笑みを返した。


  「マザーのご機嫌取りは失敗か?」

  「03が助けてくんねーから。」

  「それは残念だったな。」

  「そーでもねーよ。マザーのご機嫌は治ったしな。」


  ウチは唇を尖らせて踵を返す。ゆっくり歩き出すウチにNo.03は続く。


  「そうか、それは良かった。で?なんの話だったんだい?」

  「なんでもいーじゃん。」

  「No.10の候補か?」

  「分かってんなら訊くなし。」

  「ははは。09の意見は通らなかったか。珍しいな。マザーはお前には甘いのにな。」

  「通らなかった……けど、まぁ、突っぱねられたって訳でもねーよ。面倒なお使いが増えただけ。」

  「お使い?はは、お前にか?」


  なんか興味津々だ。隣で可笑しそうに笑ってる。ウザイ。


  「それ急ぎかい?私ももう帰るとこなんだが……」

  「急ぎは急ぎだけど……なに?もう帰んの?」

  「学舎で可愛い後輩が待ってるからね。でもその前に少し話さないか?マザーとどんな喧嘩したのか気になってね。最近お気に入りの喫茶店があるんだ。奢るよ?」

  「後輩が待ってんじゃねーの?」

  「いいじゃないか、お使い、手伝ってあげてもいいぞ?」


  おっと危ねー。No.03のこういうとこは信じちゃダメ。こいつまじで風来坊だから、約束なんてしてもふらっと消えて音信不通になる。


  ……まぁ、ウチも似たようなもんか。


  正直忙しかったけど、別に隠すこともないし……それに、マザーのお使いのあてもない。ダメ元でNo.03にも手伝ってもらうか……


  「まぁ……いーけど?奢りね?」




 ※




  しとしとと雨が降り注ぐ。原宿の竹下通りは相変わらずの賑わいを見せてた。これから夏にかけてもっと人が多くなる。


  今日も雨だってのに大学生だか高校生だかが往来でごった返す。ウチらは傘をさした人の群れを縫うように目的の店に入った。


  結構広くてオシャレな店。価格設定もオシャレさに見合う値段。お高くとまってやがる。まぁ今日は奢りだ。


  「夏になると人がいっぱい湧くから嫌だね。虫と一緒だ。」

  「だったら引きこもってりゃいーじゃん。ウチ、フルーツタルトとアイスカフェモカ。」

  「やっぱり駅前よりこういうとこの店がいいな。」


  店内を見回してからNo.03が頷く。平日昼間の雨。それでも店内はそこそこ席が埋まってる。


  「駅前だとさ、客の出入りが多いから客単価より席の回転数なんだ。だから椅子は硬いしBGMもアップテンポで落ち着かない。原宿も人は多いけどこういうとこの店はレイアウトとかメニューにこだわりがあるね。」

  「んな事考えながら店選んでるの?」

  「09が高校生だった頃はどうだった?この辺。」

  「今も高校生だっつーの。あんま変わんねー。」


  窓ガラスにつく雨粒を眺めながら、湿っぽいBGMに耳を傾けてると注文したフルーツタルトとアイスカフェモカが来た。No.03はアイスコーヒーだけ。


  「やべー可愛い。テンション上がんな。」


  やってきたフルーツタルトは豪華だ。ウチは早速携帯電話で写真を撮る。


  「……SNSにでもあげるのか?分からないな。09は変なとこでマメだよね。」

  「あ?映えるだろ?」

  「今でも使うんだ。それ。」


  たまに言葉遣いが古いって言われる。No. 03なんかは割と最近入った『ナンバーズ』だからウチより多分大分歳下だ。


  しっかり写真を撮ってからフルーツタルトを食べる。対面でアイスコーヒーをちびちび飲むNo.03は興味深けにウチを見てた。


  「で?」

  「ん?」

  「マザーに何を頼まれたんだい?」


  こいつは関わらねークセにあれこれ知りたがる。『ナンバーズ』なんてめんどくせーのしかいねーけどこいつは他の連中とは別の意味でめんどくせー。

  それでもまだ、マシな方だけど……


  ウチはマザーとNo.01と昨日話した内容をそのまま聞かせた。

  そして命じられたお使い--選考にかける為のNo.10の候補者を連れてくることも……


  「……外部者から、ね。」

  「……ん。『量産機』以外ね。」

  「つまり、『ダイバー』以外から『サイコダイブ』適正のある候補を連れてこい……と、私たちの時のように?」

  「どーするかね?」


  全部丸投げしたい気分でNo.03に尋ねてみる。しかし案の定、No.03はどこ吹く風で涼しい顔だ。


  「……お前は何が気に入らないんだ?その二人……というか、片方はお前の推薦だろ?」

  「事情が変わったの。」

  「そうか……お前はその二人以外からNo.10を決めたいから、選定試験なんて提案したと……」

  「ウチじゃねぇし!05だし!」


  正直どうでもいい。その選定にヨミとコハクが入ってる時点で選定にかけられるのが『量産機』か否かはどーでもいい。

  ただ、全く光明が無いわけでもねー。


  要はウチの選んできた候補が試験に受かればいいんだ、そうすれば穏便にことが済む。

  問題は試験内容がどういうものになるのか、どうやってその候補者を勝たせるか……


  「……ふぅん。分からんな。姫莉がコハクという子を選んだのだろ?他に選択の余地があるか?」

  「……おめーも言うのそれ?」

  「システムの根幹を作ってるのは姫莉だ。」


  そういう話は聞きたくない。ウチは耳を分かりやすく塞いだ。


  「マザーがヨミという『量産機』を選んだのなら、その子になりそうな気がするけどね。マザーは強引だから。」

  「知らね知らね、あーあー!」

  「それにしても、お前も分からんなぁ……みんな訳が分からない。お前は結局何がしたいんだい?」

  「うっせうっせ!」


  耳を塞ぎながら、携帯電話のカレンダーを見る。


  六月二十八日だ。


  マザーの指定した期限は一週間だ。七月五日……

  ヨミとコハクを『ナンバーズ』にさせない為には、それまでに相応しい誰か--姫莉を受け入れるに足る人柱を用意しなきゃならない。


  ……ヨミはウチが巻き込んだ。それに、コハクが『ナンバーズ』になったら、それもヨミを悲しませる結果になる。


  「……何とかしねーとな。」

  「おや、珍しくやる気だね。すっぽかすのかと……」

  「ウチだって真面目にやることもあんの。ここで投げ出したらそれこそ人でなしだし?」


  ペロリとフルーツタルトを平らげてウチは途方に暮れる。


  とは言ってもあてがねぇなぁ……ウチ、学校以外知り合いいねーし。


  精々行きつけの美容室くらいのものだ。ウチってばもしかしてだけどぼっち?


  「03〜、誰か良い奴知らねー?出来ればウチらみたいなクズがいい。」

  「ウチらみたいなって……「ら」を付けるな「ら」を。」

  「いや、クズにしか務まんねーから……」

  「失礼なやつだね。」


  言う割には楽しそうに笑ってる。さっきからウチの話をずっとそんな調子で聞いている。

  身内の内輪もめが楽しいのか……まぁ気持ちは分からんでもないが……


  「知らなくもないな……」

  「……ん?」


  アイスカフェモカの甘味を舌の上で楽しむウチに、No.03はぽつりとそんなふうに呟いた。


  「No.10の候補だろう?それっぽい奴を知ってるよ。」

  「……んん?」


  予想してなかったNo.03からのそんな助け舟にウチはテーブルに身を乗り出す。まじでダメ元だったけどまさかのまさかだ。


  いや待て。あんまし期待すんな?


  「ホントかよ?『量産機』じゃねーやつ?」

  「ねーやつ。あ、でも紹介するとは言ってない。」

  「なんで!?手伝うって言ったじゃん!?」

  「クズではないからなー。」

  「いやクズじゃなくてもいいよこの際。時間ねーし!」

  「どうするかなぁ……面倒だなぁ……すぐに学舎に戻らないとだしなぁ……」


  だったらこんなとこで呑気にお茶してんじゃねーよ。


  「た〜の〜む〜よ〜姉貴ィ。このままじゃウチマザーに殺されるってぇ〜。」

  「……まだ半分だ。」

  「あ?」


  半分?何が?


  「お前がなんでこの件に意欲的なのか、教えてくれよ。そしたら考える。」

  「は?」

  「だって気になるだろ?マザーからの言いつけ、まともに守ったことあるか?そんなお前が--」

  「おーいー!意地悪だなぁ03!!」

  「話せない理由でも?」

  「……。」

  「ん〜……まぁ……」


  No.03は押し黙るウチをからかうみたいな笑顔で見つめてから、伏せて置かれた伝票を表にしてテーブル中央に差し出した。


  「とりあえず、人にものを頼む時は誠意を見せないと--」


  早くも約束を反故にし始めるくそやろーにウチの眉間に青筋が立つ。

  やっぱりこいつらはクズばっかりだ。


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