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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第7章 巣立ちの朝
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第7章 1 お泊まり会

 

  --私はどれくらい、友達のことを考えてあげられてるだろうか?

  考えるって、今何してるだろうとか、会いたいなとか、そういうんじゃなくて、その子が今どんな気持ちで、どうしてあげるのが最善なのかってこと……


  私はどこまでコハクに寄り添えてるんだろうか……


  --相手にハルカの気持ち、ちゃんと伝わってる?


  シオリの言葉……

  私の気持ち……私がコハクのことをどれくらい心配してるのかって?


  ……違うよ。


  “コハクが”じゃなくて、“私が”なんだ。


  きっと……



  --朝礼から教室が妙にざわざわしてる気がする。本当に気の所為程度だけど。

  遠くの方のヨミの席を見る。

  なにやらクロエ先輩と話したようだけど、後で聞いてみよう。

  当の本人は、じっと窓の外に視線を向けて思いを馳せてる。

 

  「ハルカ、ハルカ。」


  不意に前から呼ばれて私はそちらへ視線を移した。前の席の子が私の方を振り返って話しかける。


  「なんかマザー元気なくない?」


  言われて私は教壇の方を見る。教壇の上に立って朝礼を淡々と進めるマザーは、さっき寮監の部屋で会った時みたいに無表情だ。

  人形みたいに表情が変わらず、いつもの柔らかさはない。改めて私の胸がざわつく。


  「……そう、ね。」


  曖昧に返して笑うと前の子達がひそひそ言い合い出す。


  朝礼中に私語したら、今までのマザーなら注意が飛んできてたのに……

  私たちを見つめるマザーは実に事務的に機械のように必要事項を口に出して読み上げた。




 ※




  「ヨミ、今いい?」


  授業の合間の休憩時間、私はヨミの席に近づいてしゃがみ込んだ。席についてノートとにらめっこしてるヨミは課題に取り掛かってる最中だったみたい。


  「今忙しいけど……何?」

  「そこの公式間違ってるよ?……いや、クロエ先輩と話したの?」

  「……うん。」

  「それで、『ナンバーズ』加入の件は、取り合ってもらえそう?はっきりしそう?」

  「……。」


  私に返ってきたのは気まずそうな無言の返答。いい答えは返ってこなかったのかもしれない。


  「クロエは今、『ナンバーズ』の中で立場が良くないっぽい。」


  周りで談笑する他の子達を意識してか、ヨミの声は口の中で小さく言った。


  「それと、マザーについて……」

  「マザー?マザーがなんて?」

  「あれは別人だって。」


  あえて感情を殺したのか、ヨミはひどく淡々と素っ気なく私に告げた。

  同時に私の心臓は、じわじわにじり寄ってた不安がぎゅっと凝縮して締め付けてきたみたいに縮こまった。


  「……そう。『ダイブ』?」

  「クロエははっきりした返事はくれなかったよ。肝心なところはいつもはぐらかすからね。彼女は。」

  「それでも肝心なところを聞いて欲しかったわ。」


  結局分からないものは分からない。その上、答えを知ってるであろう人を知っていながら私たちの下にはなにも降りてこない。

  不完全な返答で不安ばかり煽られて焦りばかりが先行する。


  マザーにコハク、ヨミ……不安なことがいっぱいだ。


  予鈴が鳴って、散らばってた生徒たちが各々席に戻っていく。その音に私も立ち上がった。


  「……ハルカ。」

  「なに?」


  戻ろうとする私をヨミが呼び止める。その声に振り返る私に彼女ははじめて視線をよこした。


  「……コハクと、今まで通り接したい。コハクのことを信じてあげたら、そうできるかな?」

  「……。」


  答えられなかった。ヨミの口からはっきりと、こんな台詞が飛び出すなんて思ってなかったから。

  私は返す答えを持ち合わせてなかった。だから、精一杯、絞り出した無責任な一言だけをヨミに返してた。


  「あんたのいいようにしたらいいわ。あんたは、それでいい……」



  --ヨミはコハクの何を信じようとしてるのか、私は考えた。

  考えたけど、私にはその答えを見つけられなかった。

 

  ヨミに言ったみたいに、コハクのいいようにさせてあげるのが一番いいんだろう……でも、あの夢の中で私たちを『殺す』と言った子供たちが--あれが『ナンバーズ』なら……


  素直に頷けないだろう。「私たちを殺そうとした奴らだけど仲間になりたい」なんて言葉には……


  ウザがられても、ちゃんと考えてやるのが友達--

  でも、私の“考えてあげる”をコハクに押し付けるのは、コハクの気持ちを考えてあげられていることになるのかな?


  募った不信感--私を取り巻く環境と、私自身に募る……


  こんなことを考えながらも、自然と頭に入ってくる授業内容。そんな自分が、とても変に感じた。




 ※




  「ネェネェ、ワタシノヘヤコナイ?」


  昼休憩、ウキウキした顔でシラユキが嬉々としてそんな提案をしてきた。隣合って座る私とヨミは顔を見合わせる。


  昼時の食堂、いつもの席……ただし、コハクの姿はなかった。


  「いつ?」

  「キョウ、ヨル。」


  ヨミにシラユキが顔を輝かせながらまさかのお泊まりの提案。お泊まりって言っても、同じ寮の中なんだけど……


  「クラスノコガネ、ハナシテクレタノ。キノウトモダチノヘヤデネタンダッテ。」

  「消灯時間過ぎて自分の部屋の外に居たら怒られるよ。」


  急にまじめちゃんなヨミの返答に今度は私とシラユキが顔を見合わせた。


  「無断で敷地外に出るのはいいの?」

  「もしかしてずっとそれでいじられるの?私。」


  でも言葉と反してヨミはそんなに乗り気じゃないってふうにも見えない。案の定二つ返事で了承した。


  「まぁ、各部屋を見回る訳じゃないもんね……」

 

  と一言。となると私の方も嫌とは言いづらい。正直そんな気分じゃないけど……


  「どうして急にお泊まりしたいの?シラユキ。」

 

  尋ねる私に返ってきたのは、シラユキの少し恥ずかしそうな--そして寂しげな表情だった。


  「……イロイロアッテ、ケサモアンナカンジデ…フアンナノ。」


  --不安。


  はっきりと口に出されて私は反射的に「ごめんね」と呟いてた。


  「……えっと、それでコハクは……」

  「ツレテクル。ヒキズッテデモ、ツレテクル。」


  ぷっくりした頬を紅潮させて若干膨らませるシラユキが決意表明。はたして素直に来るだろうか……

  来たら来たで、今朝のことのすぐで気まずくなりそうな気がして、結局不安だった……



  --入浴を終えて私はシラユキの部屋に向かう。

  同じ寮の中だというのに、人の部屋で一晩明かすと考えたらなんだか少しドキドキした。

  パジャマパーティーだ。


  部屋の扉をノックしたら、すぐにシラユキが出迎えてくれた。

 

  「イラッシャイッ!!」


  こんな時だけど、シラユキの楽しそうな顔を見たら自然と表情もほぐれていく。


  「おじゃまします。みんなは?」

  「ヨミトコハク、イッショニクルッテ。サッキフタリニアッタ。」

  「……コハク、どんなだった?」

  「ダイジョウブ。フツウダヨ?」


  ニッコリ笑って私を安心させようとするシラユキ。そんな彼女が私に不意に近寄って来た。


  「コンバン、イマダケ……イマハ『ナンバーズ』ノオハナシ、シナイデ?キョウハモウ、ケンカハナシ。ナカヨクシヨ?」


  釘を刺すシラユキの言葉に私は今回のお泊まりの目的を察した。同時にシラユキに気を遣わせてしまったことが恥ずかしくなった。


  「……分かったわ。」


  のんびりしていていいんだろうか……そう思いながらも、こうしてシラユキが設けてくれた場を台無しにするような気持ちにはなれなかった。


  シラユキの部屋は絵に描いたような女の子の部屋だ。

  床には自分で用意したであろうモフモフのピンクの丸いシャギーラグ。カーテンも薄いピンク。部屋の至る所にはキャラクターものの小物が点在して、『サイコダイブ』導入機の上にすらカエルが鎮座してる。私たちとは同じ部屋に見えない。

  同じ間取りの同じ部屋でも、シラユキもコハクもヨミも、それぞれで全くの別の部屋みたいだ。


  シラユキが小さなテーブルの上にお菓子やらジュースやらを並べていく。


  「今から?」

  「オカシアッタホウガ、ソレッポイヨ。」


  ……シラユキは外で暮らしてた時は、こうやって友人を招いてお泊まりとかしたのかな?


  「……シラユキって、学校の外にお友達居る?」

 

  ふと頭に思い浮かんだ他愛もない質問。深い意味もなく私の口から飛び出る問いにシラユキは目を丸くする。

  しばしの沈黙。返ってきたのは質問だった。


  「……ハルカハ、ムカシノコト、ドレクライオボエテル?」

  「……え?まぁ、印象深いものは覚えてるけど……どれくらい……?」

  「ワスレテイクノッテ、ハヤカッタ?」


  『ダイバー』は精神汚染の治療の過程で、過去のことを忘れていく。どんどん。

  シラユキの思いもよらない質問に、私は答えに窮した。

  それは、軽はずみな自分の質問を悔いたから。


  「……まぁ、多分。」


  色んなことを忘れだしたのは、きっとすぐだ。それすらも、今となっては記憶がない。


  「シラユキ。来たよ。」


  私の背中を汗が滲む。そんな中で部屋の外からヨミの声がシラユキに呼びかけた。


  シラユキがすぐに立ち上がって玄関に向かう。扉の開く音と、三人の声が室内に入って来る。


  「こんばんわ。」

  「……おじゃまします。」


  ヨミと、ちょっとバツの悪そうにしたコハクが、遠慮がちに入室する。そんなシラユキが楽しそうに背中を押して二人を奥に詰め込んだ。


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