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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第2章 私の友達
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第2章5 私じゃない私の痛み

 

 ※



  用も済んだ私たちはその足で寮まで戻ってきた。やはりハルカも今日は休養を命じられたらしい。

  安静にしてろと言われたの二人が揃ってぷらぷらと敷地内をうろついていると知ったら、マザーが怒りそうだ。勘のいいマザーに気取られないうちに巣に籠ることにした。


  「初対面の子にあんなに愛想がいいなんて、珍しいね。」


  二人並んで寮の廊下を歩いている時、ハルカがそんな風に言ってきた。

  別に自分で無愛想な奴と思ったことは無いが、友人の多いハルカから見れば私はそういうタイプなのだろう。それだけに、シラユキへの対応は珍しく映ったようだ。


  「別に、私だって誰にでもツンケンしてる訳じゃないし…」


  というか、別にツンケンしてるつもりもない。


  ふと、私はハルカの交友関係の広さに少しの期待を込めてある事を尋ねる気になった。


  「…ハルカさ、茶髪のくせっ毛で、口元にほくろがある子って知らない?」

  「くせっ毛でほくろの子?…随分ざっくりした情報だね。」

  「他に知ってる事ないから…よく図書館に来てるみたいなんだけど…」


  自分でも人に聞い尋ねるにしては情報不足だとも思うけど、そもそも知らないから訊いているのだ。


  「クラスとかに居ない?そういう子…」

  「あんた…クラスメイトの顔くらい覚えなさいよ。」


  呆れたようにため息を吐いて眉間に皺を寄せるハルカ。こんなふわふわした情報でも、真面目に記憶を探ってくれている。


  「多分知らないわ。図書館とか行かないし、私。」

  「そう。」


  まぁ、大して期待はしていなかったし、別にどうしても知りたい訳でもない。

  たった二回会話しただけだ。ただ、少し不思議な雰囲気の子だったので記憶に残っただけのこと。

  今度会うことがあったら名前でも尋ねてみよう。


  「あんたも本とばっかにらめっこしてないで人と喋りなよ。」

  「ハルカこそ、たまには本の一冊でも読みなよ。遊んでばかりだとバカになるよ?」

  「大きなお世話よ。」


  ペチンッと、ハルカの指が私のおでこに打ち付けられた。割と激しめのデコピンに私が悶絶する。

  やっぱり今日はいつもより機嫌が悪そうだ…


  これ以上絡むとお互いに精神衛生上良くない。こんな日はさっさと別れた方がいいだろう。


  私は部屋の前でハルカと別れ、自分の小さな城へと帰還した。

 

  部屋に戻ってすぐにブレザーを脱ぎ捨てネクタイから首を解放する。かっちり着込んだ制服とさよならして私はそのままベットに飛び込んだ。

  まだ就寝には早いが、夕食まで眠ってしまってもいいだろう。


  壁にかかったカレンダーに視線を向けて、私は始まったばかりの一週間を数える。


  後四日もあるのか…


  この学校は月曜~土曜まで授業があり、日曜、祝日が休みとなる。そして月に二回、日曜日が『外出日』だ。

  外出日は一日学校の敷地の外に出られる。閉鎖的な日々の中に身を置く私たちにとっては、外の世界に触れられる貴重な時間だ。

 

  スマートフォンなんて便利なものは持ってないし、雑誌を見る機会もそんなに多くない。

  新聞やテレビは寮までの談話室に置かれているので、基本外界との繋がりはそれくらいだ。


  私はこの寄宿学校の息の詰まりそうな環境にどうしてもなれることが出来ない。


  次の日曜日は外出日だ。


  …外に出た時は、この前テレビでやってたスイーツバイキングにでも行ってみようか。


  そんなことを考えながら、私は惰眠の中に沈んでいく。


  --夢は何も見なかった。



 ※



  なんだかへんてこな場所だった。


  栗色の髪の少女は周囲を改めて見回した。


  おそらくは、どこかの学校の校舎内なのだろう。

  私の佇む廊下には、向かって右側に教室の扉が等間隔に並び、扉と扉の間には窓が設置され、教室の中を見ることが出来た。


  当然というか、教室の中には誰一人おらず、黒板に向かって小さな机と椅子が並んでいる。教室の後ろには生徒たちの作品か、「自由」とか「夢」とか「未来」とか書かれた習字が貼り付けられていた。


  そんな感じの教室がずらりと…終わりなく続いている。


  走っても走っても、廊下の先は見えてこない。


  教室とは反対側の窓からは外の景色が見れた。何の変哲もないグラウンドだ。サッカーゴールの前にいくつかのサッカーボールが転がっている。ただ、どれだけ先に進んでも景色が変化することは無い。まるで立体的な壁紙みたいだ。


  なにより、一番変なのは天井だった。


  天井には照明も何も無かったが、廊下は昼間くらいに明るい。

  そんな天井は、様々な色で描かれた目玉のようなイラストでびっしり埋め尽くされている。

  赤、青、黄色、紫、ピンク、緑--どぎついカラーリングの目玉は、ストリートアートのようにポップな感じだが、まるで生きてるみたいに私のことを視線で追いかけてくる。


  常に見られている様な気分でストレスがたまる。

  真上からの不気味な視線に加え、どこからか響いてくる子供たちの笑い声。

  逃げ惑うように駆ける私を嘲笑っているかのような、悪意ある笑い声が誰もいない校舎内に木霊する。


  --これが今回の夢の主の心象風景なのだろう。

 

  私は走るのをやめた。


  腹を括ったように、立ち止まり後ろを振り返る。


  視線の先--リノリウムの床を軽やかにかけてくるナニカ…


  見た目は小学生位の人間の女の子--上下共に体操着に身を包み、手には三十センチの定規を二本握っている。

  最も異質なのはその顔。少女の顔は真っ黒に塗りつぶされており、表情はおろか輪郭すら伺えない。

  まるで首から上をクレヨンでぐちゃぐちゃと塗りつぶされたみたい。

 

  「--けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけっ」


  対峙する私を侮辱するように、黒塗りの少女は笑う。同調するように、どこからともなく子供たちの笑い声が響いてくる。


  恐怖と悔しさ、疎外感と隣人のように近くに感じる絶望感。

 

  私の中に流れ込んできたドロドロした感情を、私は噛み締めるように実感していた。

  まるで、自分の痛みのように。


  --いや、自分の痛みなのだ。

  他者の想いや狂気を、自分のもののように感じ、共感する…


  それが『サイコダイブ』だ。


  この痛みからは逃げられない。


  居場所のない学校--

  無邪気な悪意--

  決して助けてくれない大人達--


  それでも、大好きな家族の前では、心配かけまいと気丈に振舞った。


  でも、いつまでも抱え込んではいられない。何もせず耐えるだけでは、やがてはいっぱいいっぱいになってしまうだろう。


  刺してしまった。


  まだ十一歳だった。


  「…君は間違ってないよ。よく耐えたね…」


  白い廊下の壁に語りかけるように手を置いた。


  大丈夫…頑張れ…


  「けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけっけけっけけけけけけっ」


  幼い罪人の夢の中、大罪人を具現化したトラウマの化身が、両の手に握った定規を振り回し襲ってくる。


  逃げる訳には行かない。この子は耐えた。逃げなかった。--私は逃げるために来たわけじゃない。


  廊下の幅は狭く、せいぜい四、五メートル。左右に避けて相手の後ろに回るのは難しいかもしれない。


  「…いいよ。受けて立つ。」


  アンニュイな瞳に闘志を燃やし、私は影に手を伸ばす。

  狭い廊下内で長物は使えない。私の手には片手で持てる草刈り鎌が握られる。


  「けけ…けけっ!!」

  「っ!」


  目の前跳び上がり、頭上から定規を振り下ろしてくる黒塗りの少女。私は鎌で定規を受け止めた。

  腕がビリビリと痺れ、踏ん張った足下のリノリウムの床が砕け足が沈む。


  「けけけけけけっ」


  左手の攻撃を受け止めたが、今度は右から定規が迫る。

  私の首めがけて定規がうなる。私は黒塗りの少女の足を払い、同時に力が緩んだ左手の定規を弾き飛ばす。

  重さから開放された私は頭を下げ、紙一重で定規を躱す。

  空ぶった定規が廊下の壁に激突し、分厚い壁を砕き割った。


  まともに貰ったらどこで受けてもその部分とはお別れだ。頭に貰ったならなら気持ちよくあの世にいけるだろう。


  「…ま、ここは夢の中だけどね!」


  私は定規を振り抜いた無防備ないじめっ子の腹に鎌の刃を突き立てる。


  「さ、よ、な、らっ!!」


  そのまま鎌を上に一気に引き抜いた。

  へそから鎖骨あたりにかけて大きく縦に身体を切り裂かれた黒塗りの少女が絶叫をあげる。

  盛大に血を噴き出して後ろ向きにばたりと倒れた。

 

  …終わり?あっけないな。


  絶命し、ズブズブと床に引きずり込まれるように沈んでいく夢の主を見下ろし、私はほぅっとため息を吐いた。


  いじめっ子はやっつけた。これで怖いものは取り払った。


  「…っ!?」


  そう思って安堵した瞬間、それが大甘だということを理解する。


  私の背後から、けたたましい笑い声とともに再び黒塗りの少女が床から這い出てくる。


  「けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ」

  「…こんにゃろ。」


  侮蔑を多分に含んだ笑い声が周囲から私に投げられる。土砂降りの雨音みたいに、私の鼓膜を震わせ頭の中にノイズを走らせる。


  数か?何体倒せば終わる?



  挑発するようにぴょんぴょん飛び跳ねる黒塗りの少女に、私は近づくことなく草刈り鎌を投げつけた。


  「げっ!!…っ」


  真っ黒な頭部に鎌が命中し、黒塗りの少女が頭から赤い噴水を噴き出す。赤いスプレーがただでさえ毒々しい天井のイラストをさらに派手に彩った。

 

  「…目がチカチカしてくるね。」


  早く終わらせよう…


  そう思いながら影に手を伸ばして、再び得物を夢の世界に具現化する私--


  そんな無防備な私の背中に、三十センチ定規が突き刺さった。

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