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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第6章 夢から醒めて
144/214

第6章 29 本物だって信じてる

 

 ※




  目の前が真っ暗になった。比喩ではなく、本当に……


  先程まで迫っていた絶望的な状況は嘘みたいに霧散して、それに伴い熱くなっていた私の頭も急速に冷えていく。

  内側から湧き上がっていた熱が引いていき私を苛んでいた記憶も、押し入るものも今は何も感じない。たった今まで掻き出されていたあの子の顔も途端に朧気になっていく。

 

  ついさっきまで感じていた怒りや、不安、恐怖も何もかも消えてしまった。

  夢の世界と同様に……


  ……どこだろう?ハルカは?シラユキちゃんは?


  辺りを見回すけど誰の姿も見えない。『ナンバーズ』たちも、迫っていた槍も歪んだ世界も--


  「…『サイコダイブ』から醒めた……?訳じゃないよね。」


  初めての感覚だ。

  声を出したら私の声は聴こえる。足にもリアルな水の感触があった。


  私は今、地面に浅く張った水の中に立っている……

  足下に視線を落としても地面は見えないけど……


  ……脚が治ってる。


  私は見下ろす視界に映り込む右足首を注視した。そこには爆ぜたはずの脚が元通りに治って存在している。

  腕も--削れて失せた腕が元通りだ。

  まぁ、夢の話なので実際になくなってたら困るけど……


  真っ暗で何も見えない……でも私自身ははっきり見える。真っ暗な世界に私だけが浮かんでるみたい……


  「……誰かの夢の中?」


  現実味のない光景に私が憶測を口にする。声は響かず耳の中にそのまま入ってくる。空間の奥行は感じない。


  「まぁ、似たようなもんだ。」

  「!?」


  唐突に降ってきた声に私は反応して上を見上げた。その先に映る姿に私の心臓がぎゅっと縮こまる。


  何も無い--ように見える暗黒空間の空中に、ふんぞり返って椅子にでも座ってるみたいな体勢で私を見下ろす男がひとり……


  闇に溶けるみたいな真っ黒な装い、黒髪に映える紅い瞳--


  至高の『サイコダイバー』--『ナンバーズ』たちの頂点にナンバリングされているNo.01。その人だ。


  「……ここは?」

  「俺の夢……とでも言うのか?お前ら的に言うなら。俺の掌握している世界。俺の世界だ。ようこそ、楽にしろや。」


  私の問いかけに冗談を交えて返すNo.01。その姿は現実のあの屋敷で出会った時と同じ……

  私に浴びせてくるプレッシャーも同じ。まるで見下ろす視線に質量でもあるみたいに、私の身体が重く感じる。


  「ハルカとシラユキちゃんは?」

  「ここに呼んだのはお前だけ。」

  「何が起きたのかな?勉強不足でまるでついていけない。説明してくれると助かるけど……」

  「『ダイブ』を強制的に終わらせた。あの夢を掌握して、全員外に弾いた。」

  「掌握して……弾いた?」

  「部屋から閉め出したって感じだ。で、お前だけ俺のところに呼んだ。」


  全く分からない。何が起こったのかは想像できたけど原理はさっぱりだ。彼だからできるんだろう。


  「ハルカたちは?無事なの?」

  「さあな?本人次第だろう?」


  彼の投げやりな返答に自然私の視線は鋭くなっていく。反抗的な私の表情に彼から放たれる圧も重みを増している気がする。


  「約束通り助けてやったってのに……」

  「まず説明を……あの『ダイブ』は私たちへのペナルティとは無関係なのかい?」

  「あ?あれはお前らを始末する為に環が用意した舞台だろう……ついでにマザーも一人“中身をあたらしくする”って言ってたし…お前ら片付ける前に利用しようって腹だったんだろう。」


  --入れ替える?

  そういえばあの『ナンバーズ』の二人も気になることを言っていた。「代わりが器に入る」と。


  「……私たちを使ってってこと?『サイコダイブ』じゃなかったのかい?あれは。」

  「『サイコダイブ』だろ。」


  ヨミとハルカのマザーに何が起きたのか確認した方がいいだろうか?それに、マザーの過去……

  いや、今はそれより……


  「それで?私たちを始末するっていうのはあの二人の役目だったと?」

  「そこで助けてやったのは俺だろ?約束だからな?」


  私の『ナンバーズ』加入の条件……


  「それについては……お礼を言わなくちゃだけど、ハルカとシラユキちゃんが無事かどうかの後かな。」

  「お前の礼など要らん。お前が約束を守ればな。」

  「……工藤理事長とは?話はついてるのかい?結局ヨミの加入の件はどうなるの?」

  「お前が気にすることじゃない。」


  No.01の視線が針のように刺さる。上から押さえつける圧とは別に、全身を貫く細く鋭いプレッシャーが私を黙らせた。


  「準備が出来次第呼ぶ。それまでは大人しくしてればいい。」

  「……」

  「友達のことは今のうちに忘れておくんだな。09を見ていれば分かるはず…『ナンバーズ』にお友達は無理だ。」

  「……」

  「……どうせお前らの記憶も人格も、“作りもの”。見せた通りだからな。今更未練も--」

  「この学校での出会いは、少なくとも本物だって信じてるんだけどな……」


  彼の言葉を遮って私は思わず口から吐き出していた。

  なんだからしくない台詞だけど、あるいは私の中にフラッシュバックした光景を振り払う為に口に出したのかもしれない。


  「……どーでもいいけど。」


  そんな精一杯の虚勢にも、彼の反応は冷ややかだ。

  私を熱心に勧誘した男とは思えないくらい、関心のない瞳で私を見つめてくる。まるで、道端の石ころでも眺めているみたいだ。


  そんな彼の態度に私は疑問を抱きそれを口にする。


  「どうしてヨミではなく私を加入させたいの?なにか理由があるの?」

  「……」

  「ヨミじゃ不都合な理由でも?」

  「よく喋るなお前は。俺の中に入ってここまでベラベラ喋った奴は他にいまい。」


  はぁとわざとらしいため息を吐きながらNo.01が私を見下ろす。大層な言い方だが舐めすぎだ。喋るくらい誰でもできる。


  と思った直後、私は全身が硬直するみたいな違和感に縛られた。

  まるで身体中の筋肉が石化したみたいな、外側から縛られる感覚ではなく内側から拘束されたような--


  ……声が。息も…出来ない……っ。


  金縛りにでも襲われたみたいに苦しさと窮屈さに続いて、私の胸の奥の方がどろりと熱される。

  溶けた鉄を流し込まれてるみたいな、内側を焼くような痛み。同時に先程感じた、頭の中身を掻き出されるみたいな不快感。


  それに伴って私の中で走馬灯のように、一瞬のうちに記憶がフラッシュバックしていく。

  ほんの刹那の、瞬きの間の出来事。一切の抵抗も許さない強制力と閃光のような速さ…


  --覗かれた……


  私はその刹那で理解する。

  私は今、“犯された”んだって。


  「……どんなものかと思ったが、聞いてた程ではないか……まぁ、あの反抗的な小娘よりは行儀がいい。」

  「……っ。」


  金縛りの拘束から解放されて私は大きく息を吸う。酸欠に喘ぐ肺にありったけの空気を取り込んだ。


  「お前を選んだのはあの不良娘より適正が高いから……それだけだ。」

  「それ……だけ?」

  「お前はおしゃべりを直せば傍に置いてもいいぞ?まぁ、この後の学校での身の振り方でも考えておけ。」


  まるで羽虫でも払うみたいに、彼は私に向かって手を払った。

  それを合図に、私の身体が一気に後ろに加速した--ように感じた。


  --出ていけ。言外にそう告げられたように、実体を伴わない私の意識が、グンッと世界から切り離された。


  意識のみが感じる重量に引っ張られながら、急速に溶けていく意識。

  私は存在しない瞼を閉じながら、何も無い漆黒の中を引っ張られながら飛んでいた--




 ※




  肌を伝う感覚はひんやり冷たくて、私は思わず身震いしたと思う。

  思うっていうのは、実際のところは分からないからだ。不明瞭で、はっきりした感覚はがない。

  ただぼんやりと、五感だけが漂ってるみたいな……


  その証拠に、私は自分の身体を見ることが出来ない。けど、目の前の光景は視認できていた。

  といっても、何も無い暗闇だけど……

  ただ、上の方から微かに差す光がうっすらだけどこの空間を照らしてる。光はゆらゆら不規則に揺れていて、まるで水面から降り注ぐ陽光みたいで--


  ……?


  漂う私。これは、“私の中”なのかもしれない。

  そう思った時、目の前にぼんやりと何かが浮かんだ。

  水面に揺れる光が映し出す幻影みたいにはっきりしないそれは、それでも確かに私の目に飛び込んだ。


  ……女の子?


  髪の長い……女の子?


  姿をはっきり見ることは叶わないけど、確かに人のような何かが浮かんで、私を見ていた。

  私に、微笑みかけているような気がした……


  --誰?


  声に出したつもりの言葉は世界に飛び出すことはなく、私の内側で泡のように溶けて消える。

 

  私に何かを言っている……

  そんな気がする。そんな気が……


  --あなたは誰?


  人か否かも、そもそもこれがどこかも分からない。私は必死に身体を動かすけれど、実体のない私が前に進むことはなく--


  --『--』


  なにか、言っている。


  何も聞こえてこないけど、私は何かを語りかけられたみたいな気がした。私はよく耳を凝らすけど、私の声が形を成さないようにあれの発する言葉も声として私には届かない--


  誰?誰?誰?


  冷たい水の中で何度も何度も呼びかける。とうとうその声が届くことはなく……

  お互いの距離は縮まらず、差し込む光が揺れると同時、誰かの影もまたゆらゆらと不安定に揺れて水流に揉まれて掻き消えていく--


  まただ。行ってしまう……

  私の中にいる誰か。私を見ている誰か。いっつも何も言わないで消えてしまう誰か……


  ゆらゆらと定まらないその姿に苛立ちすら覚える頃--私の瞼の奥を陽光が強く差す。


  幾度と繰り返したベッドでの目覚め。でも、直前の記憶は曖昧で、私は蒸し暑さから肌を湿らせる汗の冷たさに現実を感じ--


  「……また、夢。」


  私は--少女ヨミは“自分の”夢を見ていたんだ。

 

  --夢は見るか?

 

  藤村先生の言葉が頭に浮かび、私の頭がズキンと痛む。知らない感覚を脳が処理しきれないみたいに……

 

  『ダイバー』は『ただの女の子』になり、『借り物』ではない『自分の夢』を手に入れた……?


  それが、なんだって言うんだろう。


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